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第77話 鎖なき暴徒――西門の闘技場の怪物

◆西側・城門前広場◆


囚人たちが、

西門前へ雪崩れ込んだ。


「金だァ!!」


「殺せぇぇぇ!!」


半裸の身体。


泥。


血。


鎖の痕。


だが――


速い。


異様に、速い。


距離が、一瞬で消える。


斧が振り下ろされる。


ドゴッ!!


盾ごと兵が弾き飛ばされた。


「なっ……!」


ソルディオ隊の兵がよろめく。


囚人は止まらない。


斧を振るう。


棒を振るう。


だが――


狙わない。


顔。


喉。


腕。


掴む。


折る。


ボキッ!!


指が折れる音。


噛みつく。


「ぐぁぁぁ!」


兵の悲鳴。


ソルディオが叫ぶ。


「距離を取れ!」


だが。


囚人たちは、


距離を取らない。


闘技場の戦い。


殺し合い。


泥の中で、


命を削り取るやり方。


ソルディオの兵が、


戸惑う。


「なんだこいつら……!」


その時だった。


囚人の群れが割れた。


足音。


ドン。


ドン。


一人の巨漢が前へ出る。


腹の突き出た、

二メートルを超える身体。


背中に無数の傷。


右手には、


錆びた大斧。


囚人たちのボス。


男は笑った。


欠けた歯を見せる。


「ハハッ」


斧を肩へ担ぐ。


血走った目が、


ソルディオたちを舐めた。


「おまえら、兵士か」


ゆっくり言う。


「いいなァ」


口角が歪む。


「壊し甲斐がある」


名を――

ギド・ボルガン。


かつて闘技場で

二十三人を殺した男。


ボルガンが斧を振り上げる。


「野郎ども!!」


怒号。


「骨まで砕けぇぇ!!」


囚人たちが吠えた。


暴徒の群れが、


再びソルディオ隊へ突っ込む。


――◇――


◆西門城壁上◆


「……まずい」


アズが下を見る。


西門前は、


すでに混戦だった。


囚人。


兵。


血。


乱戦。


「弓は無理だ」


クレセントが言う。


「味方に当たる」


ポコランが頷く。


アズが即決する。


「降りよう」


指を指す。


「南西の塔!」


三人が走る。


遊撃十五も続く。


城壁を駆ける。


南西の塔。


その時――


塔の入口から、


影が現れた。


五人。


黒帝軍の鎧。


先頭の男が言う。


「お、いたか」


短髪。


鋭い目。


遊撃隊副将。


マクレブ。


東から回ってきた。


アズが叫ぶ。


「副将!」


城壁上で、


遊撃隊が合流する。


「下で隊長たちが――」


クレセントが言いかける。


マクレブは、


すでに下を覗いていた。


一瞬の判断。


「降りるぞ」


アズが頷く。


「了解」


全員が


塔へ飛び込む。


石の螺旋階段。


ドドドドド!!


足音が、

塔の石段を一気に駆け降りていく。


――◇――


◆西側・城門前広場◆


ギャァァァァ!!


そのときだった。


右翼で、

囚人の一人が吹き飛んだ。


宙に、血が散る。


その中心にいたのは――


遊撃隊長ニコル。


ニコルは身体をひねり、

宙でくるりと旋回して着地した。


片手の剣を広げ、

肩をすくめる。


「めちゃくちゃな戦いは、

 俺だって得意でさ~」


次の瞬間。


頭上から、

大斧が振り下ろされた。


だがニコルは――


首をわずかに傾けただけで、

その刃を紙一重でかわした。


そして。


下から剣が走る。


ザシュッ。


喉を貫いた。


囚人の身体が崩れ落ちる。


血が、石畳へ広がった。


「さすがだよ。

 ……遊撃隊長」


ニコルを見て、


砦の兵の練兵教官――

ソルディオが一歩前へ出る。


ガルデンの右腕。


剣の腕なら、砦では

ベニバラ、ニコルに次ぐ実力者だ。


ソルディオは、

ゆっくりと剣を抜いた。


「下がってろ」


短く言う。


兵たちが戸惑う。


その正面には――


囚人の群れを割って現れた巨漢。


ギド・ボルガン。


二メートルを超える巨体。

手には、錆びた大斧。


血走った目が、

ソルディオを舐めるように見た。


右眉が、ゆっくり上がる。


「ほお……」


低く笑う。


「俺と一騎打ちをするつもりか」


斧を肩に担ぐ。


欠けた歯を見せて笑った。


「いいんだぜ」


ゆっくりと腕を広げる。


「おまえら全員で掛かってきても?」


その声に、


囚人たちが

ゲラゲラと笑う。


だが――


ソルディオは動かない。


低く剣を構えたまま、

一歩も退かない。


その静かな構えに、


周囲の兵が

自然と間を空けていた。


円ができる。


西門前の石畳。


血と泥の上に、

二人の影だけが残る。


ソルディオの剣先が、

わずかに揺れた。


「……来いよ」


低い声。


ボルガンの口の端が吊り上がる。


「おもしれぇ」


巨体が踏み込む。


石畳が軋んだ。


次の瞬間。


大斧が振り下ろされた。


ブンッ!!


空気が裂ける。


ソルディオは

半歩、横へ滑った。


ドゴォォン!!


斧が石畳を叩き割る。


石が跳ねた。


「速い!!」


砦の兵が叫ぶ。


だが――


止まらない。


ボルガンはそのまま、

腕力だけで斧を引き上げた。


太い腕に、紫の筋が浮き上がる。


そして――


振り抜く。


横薙ぎ。


ゴォォッ!!


ソルディオが屈む。


風圧が頭上を通り過ぎる。


髪が揺れた。


次の瞬間。


今度は逆袈裟。


下から上へ。


大斧が斜めに走る。


ソルディオが跳ぶ。


斧が右肩の甲冑を弾き飛ばした。


石が弾ける。


「うおおお!!」


囚人たちが吠える。


「いいぞ!やっちまえ!!」


「潰せ!!」


ボルガンが笑う。


欠けた歯が見えた。


「どうした!

 訓練だけで、実戦知らねぇのか」


大斧が振り上がる。


「いい加減、逃げ回るだけかァ!!」


ドォォン!!


振り下ろし。


ソルディオが横へ流れる。


だが――


次の瞬間。


横薙ぎ。


ゴォッ!!


今度は紙一重。


刃が胸の鎧を掠めて、

火花を散らす。


「教官!!」


砦の兵が叫ぶ。


ソルディオは答えない。


ただ――


見ていた。


斧。


肩。


腰。


足。


ボルガンの重心。


振り。


間合い。


(重い)


(だが――速い)


(止まらない)


また来る。


大斧が振り上がる。


空が、塞がる。


振り下ろし。


ブンッ!!


ソルディオが半歩退く。


石畳が砕けた。


土煙。


その中から――


横薙ぎ。


ソルディオが身体を倒す。


刃が鼻先を通る。


汗が飛んだ。


「当たれば終わりだ……!」


兵が呟く。


その通りだった。


一撃でも受ければ――


身体が二つに割れる。


だが。


ソルディオの目は

揺れていない。


(まだだ)


(まだ早い)


ボルガンが踏み込む。


「ハハッ!!」


斧が回る。


横。


縦。


横。


暴風。


巨体とは思えない連撃。


だが――


そのとき。


ほんの一瞬。


斧が、深く振り抜かれた。


ソルディオが上半身を反らす。


刃の軌道が逸れる。


ボルガンの重心が

前へ流れた。


(――今)


ソルディオの足が動く。


膝へ、踵を叩き込んだ。


ドゴッ!!


鈍い音。


巨漢が前へつんのめる。


「っ――!?」


ボルガンの目が見開く。


だが。


斧は止まらない。


振りの途中。


その重さで。


ボルガンの身体が

前へ流れる。


その横へ――


ソルディオが滑り込んだ。


死角。


巨体の真横。


ボルガンが振り向く。


だが、遅い。


ソルディオの右手が、

背の短剣を抜いた。


一直線。


ズブッ。


刃先が耳孔へ、

深く突き刺さった。


「――ッ!?」


ボルガンの身体が止まる。


瞳が、黒から白へ裏返る。


刃が

脳を貫いた。


ソルディオが

静かに短剣を引き抜く。


血が

耳から溢れた。


巨体が

ぐらりと揺れる。


ソルディオは

ボルガンの髪を掴み、


その衣服で

短剣の血を拭った。


囚人たちが

声を失う。


砦の兵も

息を飲む。


手を離す。


ドサァン……


ボルガンの身体が

石畳へ倒れた。


大斧が転がる。


ゴロン……


静寂。


そして――


誰かが呟く。


「……勝った」


ソルディオは

短剣を背に戻し、


左手の剣を

右手へ持ち替えた。


だが。


(一拍)


「アッハハハハッ!」


囚人の笑い声。


「ボルガンの野郎、やられやがったぜ!」


囚人たちは

怯えて退くどころか、


笑った。


「あいつはいけ好かねぇ奴だった」


「次は俺様がボスだ」


石畳の向こう。


囚人たちは、

まだ百は残っていた。


――◇――


◆南西側・塔の下◆


石の階段を駆け下りてきたマクレブが、


塔を出たところで足を止めた。


南門の前。


黒帝軍の鋼盾が、


いくつも地面に投げ捨てられている。


北門へ援軍に走る時に、


黒帝兵たちが捨てたものだ。


「おまえら、こっちに来い!」


マクレブが走り出す。


その後ろを、

アズたち遊撃兵が追った。


南門前の広場。


敵の姿はない。


争った形跡もない。


夜風だけが、


門の外から吹き込んでいた。


マクレブが言う。


「みんな、盾を拾え」


遊撃兵たちが、


散らばった鋼盾を拾い上げる。


鉄が鳴る。


カン。


カン。


マクレブが振り向く。


「ポコラン」


屈みかけていた少年が、


顔を上げた。


「あの丘へ走れ」


門の外を指差す。


橋の向こう。


暗い丘の稜線。


「民兵でもいい」


短く言う。


「加勢に来るよう、


 陛下に頼め」


ポコランの顔が強張る。


マクレブの声は低い。


「敵が多すぎる」


一拍。


「一人でも味方が欲しい」


マクレブは知らない。


先ほど、


丘の上で起きたことを。


「任せて!」


ポコランが拳を握る。


「僕、足には自信あります!」


拾い上げた盾を、


また地面へ放り投げる。


ガンッ。


「ポコラン……」


アズが、何か言いかけて飲み込む。


「うん、大丈夫。

 ――行ってくる!」


ポコランが笑顔を作る。


だが、


その目は真剣だった。


門を抜ける。


橋へ。


石橋の上を、


全力で走り出す。


向かう先は――


ベニバラの姿が消えた、


あの丘の上へ。

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