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残響のロザリーナ ~兄を探す最強の剣姫は、守るべき小さな命と砦の絆のために剣を振るう~  作者: 霧原零時
第二章 灰の砦に甦る“かつての光”

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第6話 王館の静寂――灰の砦に忍び寄る絶望

■■■■■■■■■■■■■

【ルドグラッド砦――王館】

■■■■■■■■■■■■■


王館の空気は、砦の喧騒とはまるで違っていた。


石壁に囲まれた広間は、ひどく静まり返っている。

まるで――ここから“世界の終わり”が始まるのを待っているかのように。


高い天井から漏れ込む光は白く冷たく、

玉座には若き王――ヴァレンティスが座していた。


顔つきは若い。だが、その眼光だけは、

幾千の兵を導いた王のそれだった。


その傍らには、白髪の重騎士ガルデン・アルバレス。

そして、鋼の気配をまとった女将軍、シャーロット・ベニバラード。


三人の存在だけで、この場の緊張が形になっていた。


その静寂を破るように、扉が開く。


ニコル、ポコラン、ロザリーナ、アズの四人だ。


ヴァレンティスが目を細める。


「……ずいぶん賑やかに帰ってきたな」


ヴァレンティスの低い声に、ニコルが軽く手を振った。


「いやぁいやぁ、陛下~、今日の道のりはホント大変でしてねぇ──」


ベニバラが鋭く睨む。


「冗談はいい。要点を述べろ」


「はいはい、分かってますって、シャーロ──」


ビキッ。


空気が物理的に凍った。


ベニバラの眉が、ひどく危険な角度で吊り上がる。


「……ニコル。今、何と言った?」


「へ? いやその……シャーロ──」


「私を“シャーロット”と呼ぶなと言ったはずだ」


声が低い。

低すぎる。


ニコルの半獣耳がピンッと立つ。


「えっ、でもフルネーム“シャーロット・ベニバラード”じゃ──」


「その“シャーロット”が気に入らん」


「いや、だって……可愛い名前じゃん?」


ガタンッ!!


ベニバラの背後で、石床が“踏み抜かれたように”揺れた。

地震かと思うほどの圧。


ベニバラの手が静かに剣にいく。

アズが青ざめる。


「ニ、ニコル……! 逃げて……!!」


ニコルは両手をひらひらさせながら後ずさる。


「はいはい分かった! 分かったよベニバラ将軍!

 『可愛すぎる名前だから嫌』って、ほんと理解が──」


「黙れ!」


その一言で、ニコルが石像みたいに固まった。

横で老練将軍までも固まっている。


だが、ロザリーナは、微動だにせず、静かに立っていた。


重い空気が落ち着いたところで、ニコルは咳払いして話を続けた。


「……でですねぇ陛下。

 道中、とんでもないお化けイベントがありましてねぇ。

 黒帝八将・グラ=シャルンが村で大暴れしてまして――

 いやぁ、マジで俺“お陀仏顔”でしたよ?」


冷たい視線が飛んだ。

ベニバラだ。


「おまえはいつも、……そんな顔だろ」


「ちょっとぉ女将軍サマ、辛辣ぅ~」


ベニバラが眉を寄せるが、ニコルは続けた。


「いやいや今回はガチ!

 俺がバラバラ寸前だったところに――」


ひょいと横を親指で示す。


「――そんで、その時“スパーン”よ!   

 このお嬢さんが、軽くグラの籠手や胸甲を吹き飛ばして、

 そりゃもう爽快でしたよ~!」


アズの瞳が丸くなる。


「ロ、ロザリーナさんが……?

 ニコル、また大げさ言ってるんじゃないの?」


「おいおいアズ、俺を信用しないのはいつも通りだけどさぁ~。  

 今回はホント。俺でも追いつけない速さだったよ?」


アズは驚きで目を丸くし、そっとロザリーナを見た。

(……こんな静かなのに……そんな強いの?)


ロザリーナはその視線を特に気にする様子もなく、ただ静かに佇んでいた。


ヴァレンティスは、静かにロザリーナへ視線を向けた。


「名乗りと目的を」


ロザリーナは一歩進み出ると、無駄のない所作で頭を下げた。

露わになった左腕に、淡い青銀の紋様が揺れる。

それは、かつて王都の英雄にのみ与えられた誉れの紋。

兄・ライザリオンの大剣にも刻まれていたものだった。


「……ロザリーナ・エルデンハート。

 旅の剣士。――兄を探している」


その名が告げられた瞬間、王館の空気が凍りついた。


ヴァレンティス、ガルデン、ベニバラ――

三人の視線が、同時に鋭くなる。


「エルデンハート……あの王家の名か」


ガルデンが、低く呟く。


ロザリーナは静かに顔を上げた。

その青銀の瞳は揺れない。


「兄――元王都軍最強の戦士、

 ライザリオン・エルデンハート。

 五年前、世界が裂けたあの日、

 獣界へ落ちた兄を……今も追っている」


声はあくまで淡々としていた。

だが、その奥には、鋼よりも硬い願いが沈んでいる。


ニコルとアズが、ほぼ同時に息を呑んだ。


「“王都のライオン”――!」


アズは思わず胸元で手を握りしめる。


「じゃ、じゃあ……生きている可能性が……?」


だが、ベニバラが厳しい声で割って入った。


「……獣界は、人の理が通じぬ地。

 狂暴な魔物が跋扈し、空気すら毒に満ちている。

 ヒトが生き延びる場所ではない」


ガルデンもまた、重く続ける。


「獣界へ落ちた者は、二度と戻れぬ。

 裂け目は一方通行だ。

 行ったが最後、人界へ戻る術はない」


「戻れないのなら、私がそちらへ行くまでだ」


即答だった。


ロザリーナの瞳には、微塵の迷いもない。

その一言に、王館の空気がさらに深く沈む。


ポコランもアズも、

息をするのを忘れたように彼女を見つめていた。


その視線を受けながら、ロザリーナは凪いだ声で言った。


「兄は生きていると信じている。

 それだけが――私のすべてだ」


静かな言葉だった。

だがその声音には、

折れることを許されなかった誓いの刃が宿っていた。


そしてロザリーナは、五年前の滅びの夜を語った。

光が空を裂き、兄の背が亀裂の向こうへ消えていった、その瞬間までを。


語り終えた後、重い沈黙が場を締めつけた。


ヴァレンティスの喉が、わずかに動く。


ロザリーナの腕に刻まれた青銀の紋様。

それは紛れもなく、王国がかつて讃えた誉れそのものだった。


(……エルデンハート。

 本物の、直系の騎士か)


脳裏に、五年前の光景が蘇る。


父王の決断。

王都へ救援に向かった総大将の、血が滲むほど強く握られた拳。

「王都はもう守れぬ」という、断腸の思いで下された撤退命令。


精鋭五百を擁しながら。

地平を埋め尽くす魔獣の濁流を前に。

我が軍は、背を向けて退いたのだ。


(我々王族が守れなかったものを……

 彼女は今も、たった一人で背負っているのか)


胸の奥を焼いたのは、言葉になりきらぬ自責だった。


ライザリオンが王都正門で、

文字通り“盾”となって魔獣を食い止めていた、その時。

自分たちは未来を残すために、退くしかなかった。


それが正しい判断だったとしても。

あの夜を生き延びた者の胸に残る傷が、消えることはない。


ヴァレンティスは、静かに口を開いた。


「……そなたの剣を歓迎しよう。

 兄君の行方――我々にとっても看過できぬ。

 協力は惜しまぬ」


その声にあったのは、単なる同情ではない。

同じ滅びの夜を生き延び、なお前へ歩き続ける者に向ける、深い敬意だった。


ロザリーナは深く頭を下げる。


「……感謝する」


すると、前へ一歩踏み出す者がいた。


――ポコランだ。


「あ、あのっ……!  

 ぼ……僕も強くなりたいですっ!  

 ザイラス軍を倒せるような剣士に……!」


ガルデンの目が鋭く光る。


「若さは力だ。

 しかし、その剣に、お前は命を懸けられるのか」


ポコランの喉が震える。

だが――握った拳は揺らがなかった。


「……賭けますっ!」


ニコルがにやりと笑う。


「いいんじゃな~い。陛下、この坊や、伸びるよ?」


ヴァレンティスは頷いた。


「……よかろう。ガルデン、ニコル。お前たちに任せる」


「……承知した」


老将の声は低く、揺るがなかった。


「ポコラン。今よりお前は剣士として扱う。  

 死地に立つ者として、子供扱いはせぬ」


ガルデンの声は重い。


「は、はいっ!!」


すると、アズが勢いよく前へ出てきた。


「じ、じゃあ私もっ!

 もっと修行して、ニコルの遊撃隊に入りたいです!」


瞬間、ガルデンの眉間に深い皺が寄った。


「アズ……! おまえはまだ十五だぞ! 無謀が過ぎる!」


アズはふくれっ面で言い返す。


「ちょ、おじいちゃん古いってば!  

 “若いからこそ前線で動ける”っていつも言ってるじゃん!」


「それは状況によってだ! おまえは違う!」


「おまえはって、なによっ。 

 ……おじいちゃんは――!」


ガルデンが顔を覆う。


「おじいちゃん、いうな。……まったく……!」


ニコルが肩をすくめて笑う。


「いやぁ~いいねぇ若さは。  

 陛下、アズは、おじいちゃん譲りで、才能ありますよ?  

 ちょっと凶暴だけどぉ~」


「凶暴言うな!」

アズが頬を赤くして怒鳴る。


「……騒がしい」

ガルデンが深い溜息をついた。


ベニバラがそのやり取りを横目に、静かに一歩進む。


「……剣姫ロザリーナ。  

 王家の血など、この砦では何の意味もない。  

 私は、貴女(そなた)を剣士としてのみ見る」


ロザリーナは即答した。


「……それでいい」


ベニバラの口元がわずかに緩む。

ニコルが手を叩く。


「いやぁ~良い砦になってきたじゃないかぁ?  

 最強女将軍に、剣姫さま、熱血坊や、堅物じいに、そして暴れ娘――  

 全員集合~ってね!」


「……黙りなさい。半獣の道化」

ベニバラが睨みつける。


「お~、怖い怖い。毒舌健在だねぇ~♪     

 やれやれ、女将軍さまは今日も冷たいなぁ~?」


ニコルはひらりと手を振った。


*


その時、王館の外の空がゆっくりと暗くなり始めていた。

冷たい風が、再び血と、腐敗の匂いを運んでくる。


――嵐の前触れ。


ザイラス軍の影が、最後の砦の岩肌に、確実に迫りつつあった。

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― 新着の感想 ―
ロザリーナだけでなく、ベニバラもちょっとムスッとしたタイプなのか〜!!ロザリーナちゃんにも、シャーロ…あ、ベニバラ将軍にも笑ってほしいですね〜♪ でも、みんなで力を合わせれば、お兄ちゃんも見つかるかな…
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