第75話 裂けた戦場――四つの夜はまだ終わらない
◆北城門前・橋の上◆
ドンッ!!
ガルデン隊の兵たちの肩が、
門へ叩きつけられる。
鉄帯が、低く唸る。
北城門。
黒鉄の枠で囲われた分厚い木扉。
その内側では――
黒帝兵四十が、
ひしめき合うように押していた。
「押せ!!」
「門を開けさせるな!!」
背中を押し合い、
体を門へ叩きつける。
だが――
外から、
再び衝撃。
ドォンッ!!
鉄が軋む。
内扉が、
わずかに揺れる。
黒帝兵が叫ぶ。
「もう限界だ!!」
「持て!!」
「ここが破られたら終わるぞ!!」
*
門の外。
跳ね橋の上。
ガルデンは、
両膝に手をついていた。
息が荒い。
肩が、激しく上下している。
その周囲で、
兵たちが叫んでいた。
「押せぇ!!」
「体当たりだ!!」
若い兵が突っ込む。
ドンッ!!
鈍い衝撃。
だが――
門は、動かない。
兵がよろめく。
肩を押さえる。
「くそ……」
息が白い。
腕が震えている。
それでも、
誰も離れない。
ガルデンが、
ゆっくり顔を上げた。
門を見る。
亀裂の走る内扉。
老将の目が細くなる。
「どいていろ」
低い声。
「……もう一度じゃ」
兵たちが振り向く。
「わしの最後の一撃じゃ」
ガルデンが立つ。
足が震える。
門の前へ出る。
兵たちが声を上げた。
「将軍、それ以上は無理です!」
「俺たちがやります!!」
皺だらけの顔が、歪んだ。
「おまえら、ちょっとここへ来い」
低く笑う。
門に体当たりしていた兵たちが駆け寄る。
「そうじゃ」
「これ以上は、わしの体がもたん」
一拍。
「だから」
ゆっくり言う。
「わしにやらせるな」
兵たちの目が変わる。
ガルデンが門を指す。
「いいか」
「城門はな――硬い」
一拍。
「だがな」
ゆっくり、
言い切る。
「最後は、
人が開けるもんじゃ」
兵たちを見る。
「そう――
おまえらがな」
空気が、変わる。
ガルデンが吼えた。
「ここに十人ずつ並べぇ!!」
兵たちが一列に並ぶ。
肩を寄せる。
「体を低くして、
肩から行け!」
深く息を吸う。
そして――
「――行けぇぇぇぇ!!」
前列が突進。
ドォォォンッ!!
十の肩の衝撃。
門が揺れる。
内側。
黒帝兵の列が崩れる。
「押せ!!」
「押し返せ!!」
次の十が走る。
内と外。
人の力がぶつかる。
門が、きしむ。
ギィィィ……
木が軋む。
鉄が唸る。
ほんのわずか。
だが――
確かに、開く。
閂に走る、ひび。
ガルデンが怒鳴る。
「もう一度じゃ!!」
兵たちが吼える。
「うおおおおお!!」
再び、突進。
ドォォォォォンッ!!
その瞬間――
内側で、
黒帝兵の一人が叫んだ。
「閂が――」
次の瞬間。
バキィンッ!!
内側の兵がよろめく。
太い閂が、
真ん中から折れた。
一瞬の静寂。
そして――
門が、
ゆっくり、
内側へ押しやられる。
「押せぇぇぇ――!!」
ギィィィィィ………
闇の隙間。
その向こうに、
黒帝兵の列。
ガルデンの目が光る。
「――開いたぞ」
低い声。
次の瞬間。
老将が吼えた。
「突っ込めぇぇぇぇ!!」
北門が、
ついに破れた。
――◇――
◆西側・城門前◆
城壁の松明は、
ニコルが消していた。
城壁の影が、
濃い。
夜の闇が、
石を覆う。
その暗がりの中で――
西門の内扉。
その閂が、
外されていた。
門の手前。
黒帝軍の鎧を着た三人。
ニコルと、
遊撃隊員二名。
「もうちょっとだけ。
世界は眠っていてねー」
ニコルの祈りが、
小さく闇に溶ける。
その時だった。
ダッダッダッ。
石を踏む足音。
三人の右手側。
城壁の上から降りてきた黒い影。
「……何をしている!」
ニコルが、
剣の柄に指を掛ける。
そこへ現れたのは――
黒帝兵。
五人。
そして、
その後ろ。
赤黒い鎧。
この城の総指揮官。
――レッドバルム。
「なるほどな。
盤を狂わせてるのは、お前らか」
その眼が、
細くなる。
ニコルが、
肩をすくめた。
「あちゃー」
軽い声。
「ばれちゃったみたいだねぇ~」
レッドバルムの口元が、歪む。
その瞬間。
ドドドドドドドッ!!
左手から、
多数の足音。
北側から兵が雪崩れ込む。
黒帝兵。
北門を守っていた隊。
四十。
城門前が、
一瞬で黒い鎧に埋まる。
完全包囲。
「おまえら、何者だ!」
黒帝兵の一人が怒鳴る。
ニコルが、
小さく息を吐いた。
「……あーあ」
ゆっくりと、
黒帝軍の兜を外す。
中から現れたのは、
耳まで覆う銀糸の髪。
その間から、
ネコ耳がピクリと震えた。
ハーフマスクの奥。
縦に細い、
金色の瞳。
「はっ、半獣か!?」
ニコルが、笑う。
「『戦場の道化師』――
覚えといて……」
一拍。
「いやぁ~、無理か。
みんな、もう死んじゃうもんねぇ~♪」
次の瞬間。
シャッ。
距離が消える。
前にいた兵の喉が裂ける。
速い。
ザシュッ!!
二人目。
三人目。
血が石壁に散る。
だが――
多すぎる。
黒帝兵が押し寄せる。
槍。
剣。
遊撃二人が、
背中を合わせる。
「隊長!
数が多すぎます!」
「囲まれてます!」
ニコルが笑う。
「それ、見れば分かるよ~」
兵が押し寄せる。
刃がぶつかる音。
火花が散る。
西城門前が、
黒帝兵で埋まる。
「あいつらを押し込んで、
城門の閂を下ろせ!!」
レッドバルムが怒鳴る。
橋は、ゆっくりと下り続けている。
遊撃三人は、
内扉へ続く門洞へ押し込まれていた。
*
その城壁の上。
黒帝兵を倒した、
三つの影。
アズ。
ポコラン。
クレセント。
下の城門前。
包囲された三人。
ポコランの声が震える。
「ど、どうする……」
アズが辺りを見渡す。
「弓を」
短い言葉。
足元に転がる弓。
黒帝兵が落とした武器。
アズが拾う。
胸壁から身を乗り出す。
吹き抜けた夜風が、
群青の髪を揺らした。
矢羽が、
小さく震える。
城壁の下。
黒帝兵四十。
その中央で――
ニコルが、
まだ笑っていた。
――◇――
◆南側・丘の上◆
砕けた木材。
パラパラと落ちる砂。
風が、
それらを流していた。
さっきまでの轟音が、
嘘のように消えている。
崩れた荷車。
折れた車輪。
散らばった石と破片。
丘の上は、
静まり返っていた。
その中央。
積み重なった巨大な馬車の残骸。
その大型馬車の下から、
巨体の一部が突き出ている。
ラグ。
下半分が、
荷車の下敷きになっていた。
甲冑はひしゃげ、
鉄仮面は、
どこかへ吹き飛んでいる。
むき出しの顔。
血と泥にまみれた、
醜い面。
左腕は、
折れて、逆に曲がっていた。
瓦礫の下で、
首飾りの千切れた小指が散らばっている。
足も、
抜けない。
それでも――
ラグは、
笑っていた。
ひび割れた歯を見せる。
「……降参だ」
低く、かすれた声。
「おまえらの勝ちだ」
息が、
泡のように漏れる。
「助けてくれ」
「なあ……」
丘の上。
その前に、
一人の影。
ヴァレンティス。
王は、
何も言わなかった。
ただ、
上から見下ろしている。
その目は、
動かない。
ラグが、
必死に笑う。
「あんた……王様か」
「俺は降参した」
「助けてくれよ」
風が、
砂を転がす。
ヴァレンティスは、
瞬きもしなかった。
その時。
後方で、
声が上がった。
「どこですか!?」
「……将軍!!」
ロートだった。
丘を見回す。
必死な形相。
馬車の下。
瓦礫の下。
がむしゃらに覗き込む。
だが――
ベニバラの姿が、
ない。
ロートが叫ぶ。
「将軍――!!」
返事は、
なかった。
丘の上に、
ただ風だけが吹いていた。
――◇――
北門は、開いた。
ガルデンの兵は、
ついに城内へ雪崩れ込んだ。
外濠を回って、
ソルディオたちが向かっている、
西門。
その内側では、
レッドバルム率いる黒帝兵に、
ニコルたち三人が、
包囲されていた。
南側の丘では、
戦いはすでに終わっている。
処刑人ラグは、
瓦礫の下。
だが。
ベニバラの姿だけが、
どこにもなかった。
そして――
城内の闇に消えた、
ロザリーナ。
混沌の中で、
戦いは、まだ終わっていない。




