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第57話 夜行の馬車――血の記憶が眠る城へ

車内の灯に、壁に伸びる影が揺れている。


「……センサクさんなら」


ロザリーナが、ゆっくりと顔を上げる。


「あの……

 伝説の鍛冶職人、ですか?」


オルフェンが、確かめるように問う。


ロザリーナは、

小さく頷いた。


「兄――ライザリオンは、

 軽く振るだけで、

 剣で岩を砕ける人でした」


淡々とした口調。

だが、その奥には、

消えない記憶の重さが滲んでいる。


「……力が、強すぎた。

 普通の剣では、

 戦いの途中で折れてしまう」


一拍。


「戦闘の最中、

 常に――

 兄の力のほうが、

 武器を凌駕してしまった」


左手が、

無意識に握り締められる。


「だから、

 “絶対に折れない剣”を頼んだ」


一拍。


「兄の大剣――

 王剣(ロードブレード)

 ……あれは、

 センサクさんが打った」


ポコランが、息を呑む。


「じゃあ……

 ロザリーナさんの双剣も……」


「いや」


ロザリーナは、

静かに首を振った。


「次に、

 センサクさんは、

 私の双剣も打ってくれていた」


一瞬、言葉が止まる。


「……でも、

 五年前の戦いには、

 私の剣は――

 間に合わなかった」


悔しさを吐き出すこともなく、

ただ事実として告げる声だった。


「じゃあ……

 黒帝軍が使っていた剣は、

 その鍛冶師の……?」


ガルデンが言いかけたところで、

オルフェンが、きっぱりと遮る。


「いえ。

 それはありません」


言い切りだった。


「伝説の鍛冶師――

 センサク・グランフォルジュ。

 彼は、敵に剣を打つくらいなら、

 自らの命を捨てる男です」


「……そうだね」


ロザリーナも、静かに同意する。


「センサクさんが、

 そんなことをするはずはない」


彼女は、兄の剣を打つ間、

何度か鍛冶場を訪れていた。


気は優しいが、

芯の通った頑固者。

剣の前では、

一切の妥協を許さない職人。


――確か。

妻を亡くし、

まだよちよち歩きの

()が一人いた。


炉の隅で、転びながら。


その記憶が、

胸の奥で、静かに疼いた。


――ごとん。


馬車が、段差を越える。

外は下り坂になったようだ。



「それだけのお城なら……

 守っていた兵士たちも、

 相当、強かったんですよね」


ぽつりと、

ポコランが口にする。


怖さと、

少しの憧れが混じった声だった。


ヴァレンティスが、

ゆっくりと息を吸う。


「……ブラストリア城には、

 父を支える五人の将がいた」


ベニバラは、

目を閉じたまま、揺れている。


「ガルデン、ベニバラ。

 ベスセ、ブランニュー。

 そして――総大将のジーク」


一拍。


「……ジーク。

 あの男なら、

 今頃城門で酒でも飲んで待っておるだろうがな」


ガルデンが右眉を上げると、

低い声で続けた。


「そして……ベニバラは、

 最初は“象徴”だった」


「象徴……?」


ポコランが、思わず聞き返す。


「政治的な都合じゃ」


老将は、隠さない。


「若く、美しい女将軍。

 民の目を引き、

 兵を集めるための――

 看板のような存在だった」


一瞬、

空気が張る。


だが。


ヴァレンティスが、

静かに言葉を継いだ。


「……だが、

 ジークが鍛えた」


その一言で、

ガルデンが頷く。


「五年前の時点では、

 もう他の四将と比べても、

 遜色はなかった」


短く、確かな断言。


その時。

ベニバラが、浅い眠りから目を覚ました。


(ジーク……先生……)


揺れる車内で、

右手が、無意識に剣を探す。


――そこにない。


はっとして顔を上げ、

並ぶ仲間の姿を視界に捉えた瞬間、

胸の奥が、わずかに緩んだ。


ベニバラは、

何も言わず、再び目を閉じる。


(……みんな、いる)


(沈黙)


その中で、

ポコランが、

ためらいがちに口を開く。


「……あの……

 じゃあ……」


一拍。


「ニコルさんは、

 五将じゃなかったんですか?」


馬車の中の空気が、

わずかに変わる。


誰も、すぐには答えない。


そして――

ヴァレンティスが、

静かに語り出した。


「……十年ほど前。

 父が、遠征の途中で立ち寄った村があった」


声は低く、

感情を抑えている。


「その村は、

 魔獣の群れに――

 全滅させられていた」


ポコランが、

息を呑む。


「燃え落ちた村の前で……

 たった一人」


一拍。


「半獣の子供が、

 座って泣いていた」


「……ニコルさん、ですか」


「そうだ」


ヴァレンティスは、

闇の向こうを見る。


「父の話では……

 優しくて、

 弱い子だった。

 毎日、怯えて泣いていたと」


一拍。


「父は、

 ある日、こう言ったそうだ」


『笑ってごらん。

 自分に嘘をついてでもいい。

 仮面をかぶって、笑ってごらん』


ポコランが、

小さく首を傾げる。


「……それで?」


「涙を流しながら……

 無理やり、笑った」


ヴァレンティスの声が、

ほんのわずか、柔らぐ。


「その場に映った自分の顔を見て……

 少しだけ、

 楽になったその子は、こう言ったらしい」


一拍。


「“作っていれば。

 隠していれば。

 笑っていれば――

 死んだ村の人たちを想う気持ちも、

 自分自身も、

 誤魔化せる”と」


馬車の外で、

風が鳴る。


「それ以来、

 ニコルはマスクをつけ、

 道化のように振る舞うようになった」


「少しでも……

 自分を、保つために」


ポコランが、

小さく呟く。


「……でも、

 今は強いですよね」


ヴァレンティスは、

静かに頷いた。


「成長とともに、

 半獣の力は、

 人を超えた」


一拍。


「……だが、

 父は彼を“将”にはしなかった」


「……なぜ、ですか」


ポコランが身を乗り出す。


「――優しい目で、

 笑っている方がいいと」


その言葉が、

馬車の中に、

静かに落ちる。


闇の中。


馬車は、

止まらずに進む。


それぞれが、

守れなかった過去と、

それでも守ろうとしたものを胸に。


――血の記憶が、

まだ眠りきっていない場所へ。


――◇――


◆ブラストリア城・北側城壁◆


「誰だ!」


城壁の上の黒帝兵が振り返った。


ニコルは、兜の中で微笑んだ。


「――交替ですよ」


月明かりの下、

兜の影に隠れたその顔は。


――もうどこも、泣いてはいなかった。

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