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第46話 幻すら喰われ――止め方が存在しないもの

黒帝軍本陣跡。


ロザリーナは、

足元に落ちていた黒帝軍の剣を――掴み取った。


扱い慣れた双剣とは、まるで違う重心だった。


それを手に取り――


前へ――前転。


土嚢を蹴り、

転がりながら距離を取り、

そのまま――


振り返る。


だが。


そこに、

ライザリオンはいなかった。


一瞬、

心臓が跳ねる。


少し先で――

黒い巨躯が、立ち止まっている。


「――ニコル?」


名を呼ぶ声が、

自分でも驚くほど、掠れていた。


その巨躯の背へ――

斬りかかるニコル。


いや。


ニコルが、複数。


六つ。

七つ。


星屑のような残光を引き、

白刃が同時に――走る。


ニコルの異能。


「――《幻光幕・(スターダスト・ミラー)》!!」


幻影の剣が、

四方からライザリオンへ殺到する。


首。

脇。

膝。


精密で、

無駄のない――“線”。


だが。


ライザリオンは、

一切、反応しなかった。


振り向かない。

構えない。

威嚇すら、ない。


ただ――

呼吸を続けている。


幾つもの剣が――

赤黒い外皮を捉えた。


一瞬。


白光が、走る。


だが――

何も、起きなかった。


次の瞬間。

すべてが、そのまま――すり抜けた。


抵抗も。

手応えも。

何も、ない。


空を斬るだけ。


「……あらら~」


どこかで、

軽い声が落ちる。


――いつものニコルが、戻ってきた。


ライザリオンが、

ゆっくりと――振り向く。


そこにいたのは。


夕陽を背にした、

馬上の――ニコル。


星月のマントを翻し、

片手で手綱を握り、

もう片方の手をひらひらと振っている。


「やれやれ~~……

 やっぱり、お兄ちゃんには通じないかぁ~」


口元には、

いつもの笑み。


だが――

ハーフマスクの奥の瞳は、冷えていた。


この戦場は、

冗談で済む距離を、

すでに越えていた。


ニコルが、

人差し指と中指を立て、

左右に振る。


シャ――ッ!


一瞬で、

幻影分身が掻き消える。



ライザリオンは、

ニコルを“見た”。


赤黒く濁った、

視覚でではない。


匂い。

体温。

血の気配。


半獣。


肉と、

獣の血が流れている――餌。


その瞬間。


ロザリーナへの関心が、

明確に――下がった。


腹から血を流す――障害物。

処理は、後。


優先度が、切り替わる。


ライザリオンの視線が、

完全に――ニコルへ固定される。


「……グルゥゥ……」


低く、

喉が鳴る。


口から、

涎が垂れた。



ニコルは、

それを見て――肩をすくめる。


「おっとぉ~……

 その目、完全に“食う気”だねぇ」


馬の腹を、

軽く蹴る。


「ま、いいや。

 じゃあ、着いてきなよ」


白馬が、

わざと――ゆっくりと駆け出した。


砦の方向へ。

一直線に。


「見ての通りさぁ!

 イケメンで、

 スタイル満点で、

 おまけに噛み応え抜群の特上肉――

 美味(うま)そうだろぉ?」


完全に、


囮。


ニコルは、振り返らない。


背後で――

地面が、沈む。


迷いは、ない。


ライザリオンが、

追う。


ニコルは、

馬上で小さく息を吐いた。


次第に小さくなっていく、

ロザリーナを視界の端に捉えながら。


(……よし、これで)


笑みを保ったまま。


「お兄ちゃん。

 このまま、

 砦の方まで――

 お散歩といこうかぁ~」


夕陽の下。


半獣は、獣を誘い。


獣は、

半獣を追う。


ロザリーナは、

土嚢の中で――

血がしたたり落ちる腹を押さえ、

静かに、跪いていた。



その時。


「――火矢を放て!!」


ニコルの声が、

砦の上へ――鋭く跳んだ。


射程内。


次の瞬間。


左城壁。


弦が、

一斉に鳴る。


ギィン――

ギィン――

ギィン――


夜に入りかけた空へ、

火の点いた矢が、

群れとなって――

空を覆うほどに放たれた。


赤い軌跡。

流星のような火点。


狙いは、一つ。


砦へ向かって歩いて来る――

ライザリオン。


だが。


矢は、

刺さらない。


一本が、

肩をかすめ――弾かれる。


一本が、

脇腹に当たり――軌道を逸らす。


何本かは、

鈍い音を立てて身体にぶつかり、

そのまま――へし折れて、足元へ落ちた。


火は、

燃え移らない。


肉も、

外皮も、

焦げる様子すらない。


落ちた火矢の上を――

ライザリオンは、


表情を変えず、

止まらずに踏み越えた。


パチ、

パチ、と。


火の弾ける音。


だが、

歩みは――変わらない。


獣の呼吸。

一定の速度。


まるで、

焚き火の上を歩くという感覚そのものを、

最初から持ち合わせていないかのように。


馬上のニコルが、

ちらりと振り返る。


「……あちゃー」


肩をすくめ、

首を振った。


「燃えもしないのかぁ……

 いやぁ~、

 どんだけ理不尽盛りだよ」


冗談めかした声。


だが――

ハーフマスクの奥の瞳は、

笑っていない。


ニコルは、

白馬を促す。


城門へ。


「さぁて……」


一拍。


「こっから、どうするかなぁ~」


ここまで、

世界の理を正面から踏み潰されると、

さすがに――

次の手が、見えなかった。


ニコルは、

城門内へ馬を滑り込ませた。


胸の奥が、ざらつく。


理由は、ない。

理屈も、兆候もない。


ただ、この後――

ニコルも予想だにしなかった、

「何か取り返しのつかないことが起きる」

そんな感覚だけが、はっきりとあった。



剣も、

異能も、

戦術も、

属性も、

英雄も、


何ひとつ、通じない。


そして――

世界は、


一度だけ、

深く、ため息を突いた。

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