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第43話 戦場が息を止め――喰うものが空を見た

砦の外。


大きな太陽が、

西の山へとかかり始めていた。


赤く焼けた空が、

戦場を名残惜しげに照らしている。


沈み込んだ大地の中心で――

黒い巨躯が、立ち尽くしていた。


槍を手に。

仁王立ち。

動かない。


ただ――

上を、見ている。


「……?」


左城壁の上。

白銀の髪を夕陽に染め、

ニコルが、その異様な様子に首を傾げた。

ハーフマスクの奥、縦に細い金色の瞳が細められる。


「何を、している……?」


黒い巨躯は、

何かを待つ獣のように。


あるいは――

“餌”の気配を嗅ぎ取ったかのように。


ただ、空を見上げている。


ニコルは、

その視線の先を追った。


そして――理解する。


空。


黒い巨躯の上空を、

赤褐色の翼が――

円を描いて、旋回していた。


「……あれは……」


魔翼の処刑者――ヴァルザーク。


王館から撤退した――

赤褐色の魔翼。


戦場の上空を、

獲物を値踏みするように、

ゆっくりと、回っている。



空中。


ヴァルザークは、

黒い巨躯を見下ろし、舌打ちした。


(……なんだ、あれは?)


翼をはためかせ、

高度を保つ。


「……まあ、いいか」


独り言のように呟く。


「俺の異能は――

 まだ、残っている」


両手の双剣を、握り直す。


《紅翼旋刃・(クリムゾン・リッパー)》。


高速回転しながら急降下し、

双剣の螺旋斬で、

すべてを斬り刻んできた異能。


この高度から叩き込めば、

下の“何か”も――

ただの肉片に変わる。


(……撃つか?)


一拍。


迷った。


理屈では撃てる。

だが、本能が嫌がった。


その瞬間。


――ズゥンッ!!


空気が、撓った。


「……?」


刹那。


下から――

何かが、跳ね上がってきた。


自分の正面へ。


一直線――


黒い点。


(――ッ!?)


点は、

ぶれる。


歪む。


円の縁が、

刃のように歪み、

くるり、と回った。


回転。

高速の回転。


黒い円が、

急激に、膨らむ。


円の尾が、細く伸びた。


咄嗟に、

身を捻る。


だが――

それは、速すぎた。


次の瞬間。


――グシャァッ!!


肉を砕く、衝撃。


右肩に、

回転しながら鋼鉄の槍が、

凄まじい勢いで、叩き込まれた。


「――なッ!?」


視界が、回転する。


翼が、

制御を失う。


赤褐色の翼が失速し、

ヴァルザークの身体が、


――落ちる。



――ドォンッ!!


地面に叩きつけられる。


翼がひしゃげ、

瓦礫が跳ね、

土埃が舞い上がる。


ヴァルザークは、

即座に身を起こした。


「……クソッ!」


右肩。


黒い槍が、

深々と突き刺さっている。


握り、

引き抜く。


――ズルリ。


血が、噴き出した。


「く……っ、

 冗談じゃねぇ……」


歯を食いしばる。


その間にも――


黒い巨躯は、

歩き出していた。


ゆっくり。

だが、確実に。


足元の槍を拾い上げている。


一本。


向かってくる。


獲物を見つけた、

捕食者の歩き方。


(……あいつ……)


ヴァルザークは理解した。


「……人じゃなく、獣が喰いものなのか。

 半獣の俺が、――餌だと?」


背筋が冷える。

完全に“喰える側”に分類されていた。


「……チッ!」


翼を広げ、

一気に跳ぶ。


真上へ。


だが体が傾く――

右肩が、言うことを利かない。


血が、

風に散る。


高度が、伸びない。


黒い巨躯は、

なおも迫る。


槍を投げる構え。


ヴァルザークは、

歯を食いしばったまま、進路を変えた。


砦の左手。


――北側の崖。


崖下には激流の川が流れ、

奈落のような場所。


「……ふざけやがって!」


誰に向けた言葉かも分からないまま。


赤褐色の翼が、

崖の下へ急降下する。


そのまま――

姿を消した。



残された戦場で。


黒い巨躯は、

一瞬だけ立ち止まり――


だが、

追わなかった。


この戦場に、

他の獲物の匂いが――

まだ、残っていることを、

確かに感じながら。


――振り返る。


そして、見つけた。


城壁の上――

星月のマントを翻し、白刃を携えたネコ科の半獣。

ニコルと目が合う。


猫耳が、

ぴくり、と応じた。


だが――

黒い巨躯は、

威嚇も、敵意も、向けない。


ただ、

“次の捕食対象”だというように、

記憶の奥へ刻んだ(マーキングした)



その時、ニコルの下――

城門が、低く呻くような音を立てて開いた。


石と鉄が擦れる、

嫌な音。


中から出て来たのは、ロザリーナ。


夕焼けを背に、

両手に双剣の柄を握る剣姫。


「――兄さん」


その声は、

城壁の上にも、

戦場の外縁にも、

はっきりと届いた。


「兄さん?

 まさか……

 あれが、王都の英雄、

 ――ライザリオンか!!」


ニコルの声が、

乾いた驚愕を孕む。


王都の守護神『王都のライオン』――

噂だけは、耳にしていた。



戦場の風が、

完全に止まった。


音が、消える。


そこに立つ二人。


妹と。

兄と。


遠く、

互いを“確認した”。


それは再会ではない。

確かめ合いでもない。


ただ――

存在を、認識しただけだった。


ロザリーナの視界が歪む。

吐き気。

――毒は、まだ抜け切れていなかった。


視界の色が、ずれる。

足がもつれて、立ち止まる。


五年前から積み重なった

言葉にならない何か。


「兄さん……」


それでも――

彼女は、歩き出した。


一歩。

また一歩。


剣を抜かず。

構えも取らず。


「ロザリーナ――止まれ!

 ――そいつは危険だッ!!

 “人間じゃない”!!」


ニコルが叫ぶ。

だが、ロザリーナは振り返らない。


その時、

ライザリオンが立ち止まった。


吠えはしない。


ただ、

獣が獲物を測る前のような沈黙で、

歩いて来る妹を――見ていた。


赤黒い瞳には感情はない。

理解しようとする“痕跡”すらない。


熱い獣の息。


「……グルゥゥ……」


咆哮を止め、ただ低く唸った。


三十歩先に、

探し続けた兄がいる。


かつて王都で、

互いを支え合ってきた兄妹。


だが今は、

死体と沈んだ大地の真ん中で、

向かい合う二人。


この後、――何が起きるのか。


抱き合うのか。

斬り合うのか。

それとも――

世界が、もう一度壊れるのか。


いまはまだ、

誰にも分からなかった。


ただ、臨界を軋ませる響きが、

戦場に赤く溶けていく。

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