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第39話 戦場崩壊――世界が、息を止めた日

ベニバラは、鎧を着ていない。


襟元の開いた白い絹のチュニック。

ゆったりと広がる袖口。

左腕は肩から吊られ、布の中で動かない。


それでも――

彼女は右手の剣を、水平に構えた。


切っ先が、

まっすぐヴァルザークを指す。


「……」


ヴァルザークが、口元を歪める。


「いい構えだ」


次の瞬間。


双剣が、振り下ろされた。


――バシュッ!!


白いかまいたちの風が、

遅れて来る。

床を削りながら、

ベニバラの左右を走る。


触れれば、終わり。


だから――


ベニバラは、跳んだ。


自分の身の丈を明らかに越える跳躍。

天井へ向かう勢いのまま、

右腕一本で、剣を突き出す。


彼女が磨き上げてきた必殺。

アズにも教えた、ただ一つの技。


――刺突。


だが、そこにはいない。


片腕が死に、

いつもの速さは、出ない。


ヴァルザークは背後に飛んで、

その眉を、わずかに上げた。


「……ほう。

 いい攻撃だ」


だが――


ベニバラは止まらない。


踏み込み、

剣が、再び突き出される。


迎え撃つ双剣。


斬。

斬。

斬。


嵐のような連打。


キィン!!

キン!!

ガァン!!


火花が散る。


右腕一本。

足元は揺れ、

呼吸は、荒い。


それでも――


剣だけは、揺れなかった。


数合。


ほんの一瞬の後、

ヴァルザークが、一歩引く。


「……なるほど」


その口元に、

初めて、混じり気のない笑みが浮かぶ。


「面白いじゃねぇか」


次の瞬間。


ヴァルザークの翼が広がり、

後方へ――高く跳んだ。


壁を背に、

天井すれすれまで。


「なるほどな。

 風を封じる接近戦、か」


声が、上から落ちる。


ベニバラの胸が軋む。

全身に、鈍い激痛。

視界の端が、白く滲む。


(……長くは、持たない)


「だが、ここまでは届くまい――」


ヴァルザークが、

両手の剣を、振り上げる。


「紅の戦士よ。

 楽しませてもらった」


一拍。


「――裂けろ!!」


双剣が、

交差するように振り下ろされる。


その刹那。


ベニバラは、

渾身の力で――

自分の剣を、投げつけた。


回転しながら、

一直線に迫る鋼。


同時に。


床に転がる一本の槍を、

足で弾き上げ――


右手で掴み、

続けて、投げる。


二段。


ヴァルザークは、

双剣を顔の前に戻し、剣を弾き返した。


――グキーン!


火花。

両腕に走る衝撃。

一瞬でも遅れていれば、自分の首が飛んでいた。


かまいたちの風は、

完全に振り切られる前に――止まる。


次の瞬間。


飛来する槍。


見切り、僅かに顔を逸らす。


――ガツゥゥン!!


槍は、

ヴァルザークの頬をかすめ――

背後の石壁へ、

深々と突き刺さった。


――その時。


止まりきらなかった白い風が、

遅れて、襲う。


ベニバラは膝をつき、

右腕で顔を庇った。


――スパーンッ!!


弾ける風。


チュニックの袖が、

両腕とも裂けて、吹き飛ぶ。


白布が舞い、

肩の素肌が露わになる。


胸に晒のように巻かれた包帯に、

血が、滲んだ。


「……外れたな」


ヴァルザークが、

前へ出ようとした――その時。


止まる。


背に、引かれる感触。


視線が、背後へ向く。


肩の後方。

魔翼の縁を――

一本の長槍が貫き、

壁に、縫い止めていた。


「――なっ!?」


動けない。


ベニバラの口角が上がる。


「私は、――外しはしない」


足元の近衛兵の剣を拾い上げ、


そして――走り出す。


ヴァルザークの

視界に入る、

剣を構えた紅髪。

一直線に向かってくる。


ベニバラは、最後の力で。


今度こそ――

跳躍。


だが。


跳ぶ、その直前。


膝が、崩れた。


視界が黒く欠けて、

膝が“命令を拒絶した”。


前のめりに倒れ、

床に手をつき、

喉から、血を吹き出す。


「――将軍!!」


ロートの叫び。


限界だった。


沈黙。


ヴァルザークが、

微笑む。


「……おどかすなよ」


槍を根元から斬り落とし、

翼を、引き抜く。


ベニバラは、立ち上がれない。


血が、床に落ちる。

呼吸が、途切れ途切れになる。


それでも――


彼女は振り返った。


ヴァレンティスと、目が合う。


一瞬の、理解。


――私が倒れたら、天井を落としてくれ。


ベニバラは、僅かに微笑む。

ヴァレンティスも、静かに頷いた。


だが――


剣を床に突き立て、

そこへ体重を預け、

それでもベニバラは、立ち上がった。


「ククク……。

 使う気はなかったが――」


ヴァルザークから笑みが消えた。

背の翼が、

ゆっくりと広がる。


「……チッ、

 俺の異能を見せてやろう」


魔獣化異能術デモンビースト・アーツ

――《紅翼旋刃・(クリムゾン・リッパー)》。


紅い螺旋。

高速回転。

急降下。


双剣の軌跡が、

斬撃の竜巻となり、

周囲を、まとめて切り裂く。


(……ここで来たら、

 今度こそ、避けられない)


ベニバラの額から、

汗が、一滴、落ちた。


◆◆◆


■■■■■■■

【砦・城門裏】

■■■■■■■


ロザリーナは、

石壁にもたれたまま、

静かに目を閉じていた。


意識は――

完全に、途切れている。


「クレセント!

 俺の合図で、門を開けろ!!」


白馬に跨ったニコルが、

喉を張り裂く。


一刻も早く、

残してきた遊撃隊――

マクレブと、アズの元へ。


右城壁から、

城門前の黒帝兵へ、

矢が雨のように降り注いでいた。


左城壁が突破されたことで、

門前の敵は、まばらになっている。


「――門を開けろ!!」


合図。


軋む音を立て、

巨大な城門が、ゆっくりと動き出した。


◆◆◆


■■■■■■■■

【敵・投石器前】

■■■■■■■■


「……なら」


アズは、

低い姿勢のまま、

短剣を握り直す。


「弱点に――突き立てる」


ドルグが、

巨鎚を――

大上段に構えた。


空が、暗くなる。


「――潰す」


低く、短い声。


次の瞬間。


ゴォォォンッ!!


巨鎚が、

真下へ振り下ろされる。


地面が――砕け散った。


だが。


アズは、そこにいない。


「……っ」


衝撃が落ちる寸前、

横へ跳び、

そのまま――


前へ滑り込む。


ドルグの、股下。


僅かにつんのめる巨体。

その影を抜け、

背後へ。


振り下ろされた巨鎚は、

勢いを殺せない。


即座に、

背後へ振り戻すことは――できない。


――隙。


(今……!)


アズは、踏み切った。


跳躍。


ベニバラに習った、

あの技。


背中へ。


狙いは――

首の後ろ。


双短剣を、

一直線に突き出す。


「やめろォォォォォ!!」


マクレブの叫び。


ドルグは、振り向かない。


アズが、

巨体の背の高さへ飛び上がる。


短剣が、

届く――その瞬間。


ドルグが、

巨鎚を――手放した。


「……!?」


刹那。


振り向きざまに、

太い右腕が、


裏拳のように――


ドォンッ!!


素手。

空気が、潰れた。


短剣が、

弾き飛ばされる。


アズの小さな身体が、

一撃で――吹き飛ぶ。


宙を舞い。


次の瞬間――


地面へ、

叩きつけられた。


「アズッ――!!」


マクレブの絶叫。


アズは、

うつ伏せに倒れたまま、

動かない。


白目。

口元から、泡。


完全な――

気の断絶。


◆◆◆


城門が、開いた。


ニコルは、

石階段の下で持ち堪えている、

ガルデンへ、視線を送る。


気づいた老将が、

ニコルを見た。


――その瞬間。


開いた門の外。


ニコルの頭越しに、

小さな身体が、

空へ弾かれた。


(……アズ?)


見覚えのある輪郭。


だが――

すぐには、理解できなかった。


我が孫。


アズ。


喉が、

ごくりと鳴る。


「――アズッ!!」


胸の奥で、

何かが――

鈍い音を立てて、崩れた。


老将の瞳に宿ったのは、

冷静でも、覚悟でもない。


――怒り。


ニコルが、慌てて振り返る。


そして――見つける。


小さな身体。

倒れ伏し、

ぴくりとも動かない。


「――まさか!?」


ポコランが見つけ、

ニコルよりも先に、

門の外へ駆け出した。


巨大な影は――

止めを刺すために、

ゆっくりと歩き出す。


マクレブは、

囲まれていて、動けない。


王とベニバラは、王館。

ロザリーナは、意識を失い。

ガルデンも、押し寄せる敵に動けない。


誰もが――

あまりにも、遠すぎた。



ドルグは、

動かない小さな身体を見下ろし、

わずかに、口角を上げた。


「小さいくせに……

 よくやったぞ」


巨鎚を、

握り直す。


大上段。


――その瞬間。


風が、止んだ。


いや――

止まったのは、風だけではない。


雲が、動かない。

煙が、流れない。

血の匂いすら、拡散しない。


戦場という“空間”そのものが、

一拍――息を止めた。


黒帝軍本陣の脇。

高台の丘に――

黒い巨躯が、立っていた。


その絶対的な“恐怖”の威圧に、

世界が、怯えた。


剣戟が、止まる。

矢が、空中で落ちる。

怒号が、喉の奥で凍りつく。


戦場を覆うのは、

静寂ではない。


――圧倒的な畏怖。


生き物として、

全身が押しつぶされるような、

本能が告げる“拒絶”だった。


誰もが、

現実理解のための言語化ができない。


全員が――

同じ方向へ、顔を向ける。


「……グルゥゥ……」


低く、濁った唸り。


それは――

人の形をしていた。


ボロボロの黒い鎧。

裂け、歪み、剥がれ落ちた鉄の隙間から、

異様に膨れ上がった筋肉が、

脈打ちながらはみ出している。


「……な……何だ……?」


ポコランの脚も、

戦慄に、縫い止められる。


丘の上。


その影は、

片手に――

“何か”をぶら下げていた。


ゆらり。

ゆらりと、揺れる。


それを見た。


――首だった。


誰かが、喉の奥で息を詰まらせた。


大きな首。


「……えっ……?」


それは、


黒帝軍総大将、

――グラ=シャルン。


半魔物の頭部は、

噛み砕かれ、

えぐり取られ、

顔面の半分が、存在しない。


その場にいるすべての者が――

同時に、呼吸を忘れた。


「あ……あれは……」


「グラ将軍……?」


敵も。

味方も。


区別は、意味を失った。


黒い影は、

首をぶら下げたまま、

口を――くちゃり、と動かした。


グチャ……

グチャ……

グチャ……


噛む音。


「――エェッ!」


突然、

大きく口を開く。


舌の上に――

血塗れの“目玉”。


ペッ――。


ひとつ、

丘を転がり、

崖下へ――消えた。


――静寂が、破裂した。


総員、硬直。


「な……なんだ……アレは……」


「魔物……?

 人間……?」


「いや……

 あれは……」


誰も言葉を紡げなかった。


次の刹那。


突然、黒い影は、

そのまま丘を蹴り――


跳ぶ。


一直線に、

本陣横――

ドルグの背後へ。


――ズゥン。


地面が、沈む。


衝撃が、

波となって広がり、

巨躯の周囲に、

クレーターが生まれた。


遅れて砂埃が、ゆっくりと舞い上がった。


だが――

誰一人、目を逸らせなかった。


そして理解してしまった。


この戦争は、

――もはや「人の戦い」では、

なくなってしまったのだと。

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