表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/66

第34話 蒼の帰還――止まらぬ災害

遊撃隊は、

黒一色の戦場を裂くように疾走していた。


三十騎の騎馬が、一直線に――投石器へ向かう。

(ひづめ)が、大地を叩き割る音が連なった。


その動きを、黒帝軍前線から見下ろす巨影がある。


「……あれは?」


ドルグ=ハルザードの問いに、

レッドバルムが即座に答えた。


「砦の遊撃隊です」


ドルグは、わずかに口角を上げた。


「投石器か。

 ――俺が止める」


巨体が向きを変える。

三メートルの怪物が、投石器の方角へ歩き出した。


◆◆◆


「突っ込めッ!!」


投石器の前方――

ニコルの号令とともに、遊撃隊が黒帝兵へなだれ込む。


剣が走る。

盾が砕ける。

投石器前を守っていた黒帝兵が、次々に斬り伏せられた。


疾走する白馬の後ろ――

アズが続く。

マクレブと遊撃隊が続く。


――その時だった。


「……ドルグッ!」


ニコルが、馬上から視線を上げる。


来る。


黒帝兵をかき分けて、

巨鎚を担いだ“災害”が、こちらへ向かっていた。


ニコルとドルグ。

一瞬だけ、視線が噛み合う。


――最悪の距離。


ニコルが視線を戻した、その瞬間だった。


音が、消えた。


投石の轟音も、

剣がぶつかる金属音も、

兵士たちの怒号も――

すべてが、一拍だけ遠のいた。


違和感。


戦場の奥――

投石器の後方、林の縁。

一頭の栗毛が、静かに飛び出してくる。


――時間だけが、彼女の周囲で遅れていた。


蒼の軽鎧。

風に舞う栗色の長い髪。


そして――

血の気を失った、蒼白な顔。


そこにいつもの冷静さはない。

全身から、張りつめた悲壮感が滲み出ていた。


「……ロザリーナ……?」


ニコルの喉から、音にならない声が零れた。


彼女の左手は、

胸の前の布を大切に抱え込んでいる。


右手だけで、手綱を握り、

一直線に砦へ向かっている。


だが、その進路の先には――

長槍を構えた黒帝兵。


「……あれじゃ、剣が振るえない」


ニコルは、即座に怒鳴った。


「マクレブ!!

 ここを頼む!!

 俺は――ロザリーナを!!」


ニコルは馬首を返す。


「えっ、……ロザリーナさん?」


アズが、

少し先を駆け抜けていく栗毛を見つける。


「アズ!  

 マクレブの後ろにいろ!  

 いいな!!」


「う、うん……!」


ニコルは剣を構え、

アズの横を抜けてロザリーナへ向かう。


マクレブの怒号が遠ざかる。

置いてきた戦場が、ニコルの背中で膨らんだ。


――ニコルとロザリーナ。

二頭の馬が、戦場を並走する。


走りながら、


一瞬、


青銀の瞳が、

横目でニコルを見た。


――笑顔はない。


あるのは、

焦点の定まらない目と、

今にも、馬からずり落ちそうな姿だった。


「……劇的な、

 英雄登場って顔じゃないねぇ~♪」


ニコルは一気に前へ出る。

剣を振るい、 槍兵を薙ぎ払う。


「こっちだ!!」


ロザリーナが、無言で続く。


◆◆◆


「門を開けろッ!!」


城門が、軋みながら開く。


二頭の馬が、黒帝兵の列を割り、

瓦礫と血の匂いを引き連れて、砦内へ滑り込んだ。


ロザリーナは――

止まらなかった。


いや、止まれなかった。


民兵の中へ突っ込み、

馬から降りようとして、

足が、(もつ)れる。


そのまま――

崩れるように、地面へ。


だが、胸の前の布を、離さない。

四つん這いになりながらも、離さない。


布の中から、

幼い少女の顔が覗いた。


不安に揺れる瞳。


ロザリーナは、無理に口角を上げた。


「……大丈夫……」


だが、声が、続かない。


背の布を緩め、

少女を外へ出した、その瞬間――


身体が、限界を思い出した。


「……っ、オエェ……!」


吐瀉(としゃ)


胃の中のものだけではない。

毒と、疲労と、

張り詰めていたものすべてを吐き出すように。


ニコルが、肩を掴む。


「ロザリーナ!!

 何があった!?」


一拍置いて。


「……毒を、盛られた。

 ……大丈夫だ」


――とても、大丈夫には見えない。


浅い呼吸。

霞む視界。

額から、冷たい汗が滴る。


ロザリーナは顔を上げ、ニコルを見る。


「この子を……

 安全な場所へ……」


「その子は?」


「……この先の崖下。

 川沿いの村に捕らわれていた」


「……下の村――

 グラの村か?」


「……そうだ」


ニコルは即座に振り返る。


「クレセント!

 この子を王館へ――」


その声を遮ったのは、

しわがれた声だった。


「わしが連れて行きますじゃ」


振り向くと、

そこに立っていたのは――ダルパス。


グラに襲われた村から、逃げてきた老人。

同じ年頃の孫娘がいる。


「クレセントさんは、

 ここを守ってくだせぇ」


ニコルは一瞬だけ迷い――

頷いた。


「……頼みます」


ダルパスが、少女の手を取ろうとした、その時。


少女は一歩、後ずさりし――

四つん這いのロザリーナの首に、しがみついた。


「……大丈夫。

 大丈夫だから」


ロザリーナは、かすれた声で言い、

少女の頭を、そっと撫でた。


少女は震えながら、

ダルパスの大きな皺だらけの手――その小指を、ぎゅっと握る。


ロザリーナは、それを見届けてから、

力尽きたように、前へ崩れかけた。


それをニコルが支えると、城壁を背に座らせた。


戦乱の世の中で。

またひとつ、

守られた命が、砦へ戻った。


――そして同時に。


新たな戦いが、

ここから始まろうとしていた。


◆◆◆


■■■■■■■■

【敵・投石器前】

■■■■■■■■


遊撃隊が、黒帝兵を押し込み――

その瞬間だった。


地面が、沈んだ。


――ドォン。


「……なに――」


次の瞬間。


ゴォォォンッ!!


破砕の巨鎚が、横薙ぎに振るわれる。


衝撃。


二頭、三頭――

馬ごと、兵が宙を舞った。


骨の砕ける音。

鎧の潰れる音。


悲鳴すら、途中で潰れる。


「――ッ!!」


アズの馬も、衝撃に呑み込まれた。


だが。


アズは、落ちない。


空中で身体を捻り、

馬の背を蹴り――


くるりと反転し、地面へ着地した。


「……ッ」


着地の衝撃を、足で殺す。


目の前に――

三メートルの怪物。


破砕の巨鎚・ドルグ=ハルザード。


少女へ向けられた視線が、

一瞬、わずかに細まる。


「ほう……」


低く、鈍い声。


「俺を見て、怯えないのか」


巨体が、ゆっくりと構えを取る。


アズは答えない。


ただ、

双短剣を低く構え――


次の瞬間。


巨鎚が、真上へ持ち上がった。


空が、遮られる。


「――砕けろ!」


ゴォォォン!!


真下へ、

世界ごと叩き割る一撃。


アズは――

後方へ跳んだ。


爆ぜる地面。

舞い上がる土砂。


だが、止まらない。


着地の刹那、

身体はすでに前へ。


一直線。


巨鎚の上へ――

飛び乗る。


「……!」


長い鉄の柄を、

小さな身体が、そのまま駆け上がる。


速い。

距離が、詰まる。


視界いっぱいに――

ドルグの顔。


アズは、

双短剣を突き出した。


狙いは――

両目。


「――ッ!」


だが。


ドルグが、柄を逆手に持ち、

一歩、踏み出す。


肩を入れて押し上げた。

地面が、沈む。


次の瞬間――

巨鎚の柄が、垂直に立った。


「……甘い」


重力が、裏返る。


アズの身体が、

宙へ放り出された。


「――ッ!」


それでも。


落ちながら、横へ回転。


十字架のように両腕を広げ、

――その右手の刃が、

ドルグの胸元を斬り裂く。


血が散る。

――だが、浅い。


アズは、

回転しながら、ドルグを背に着地。


「な……なんだ、今のは――」

「ベニバラの、再来か……?」


黒帝兵の声が、

悲鳴に近いざわめきとなって広がる。


それでも、

アズの目は――笑っていなかった。


巨体の動き。

踏み込みの癖。

一瞬だけ遅れる、重心。


(……これなら――)


巨影が、迫る。


影が、視界を覆う。


アズは、――ゆっくりと顔を上げた。


口元が、わずかに吊り上がる。


(――行ける)


止まる理由は、ない。

引くという選択も、ない。


あるのは――

今、この距離が、届くかどうか。


それだけ。


そして、

アズの灰青(はいあお)の瞳には――

勝利しか、映っていなかった。



――蒼は戻った。


だが――

災害は、まだ“本気”を出していない。


戦争が、

才能が、

正義が、

覚悟が、


その全部が、もう止まれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ