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第32話 剣が負ける戦場――老将が掴んだ違和感

■■■■■■■■■

【ルドグラッド砦】

■■■■■■■■■


もう、誤魔化しは利かなかった。

戦況ではない。

――戦の“前提”が、崩れかけていた。


左城壁から中広場へ降りる、一本の石階段。

その最前線に――ガルデンが立つ。


巨大な盾を押し込み、

剣を振るい、

押し寄せる敵を、力で押し返す。


「ここは……通させん!!」


老将の一撃が、

黒鎧兵を階段の縁から叩き落とした。


だが――


(……妙だ)


眉が、わずかに寄る。


敵の剣の軌道が、速すぎる。


重装のはずの黒鎧兵が、

まるで軽装の剣士のように刃を走らせてくる。


技ではない。

間合いでもない。

――剣が、勝手に進んでいる。


「な……っ!?」


周囲で、味方の兵が次々に崩れた。

誰もが訓練を積んだ兵だ。

この程度で遅れを取るはずがない。


――にもかかわらず。


受け止めた剣先が、

刃元から、ぽろりと欠け落ちる。


次の瞬間、

返しの一撃が鎧の隙間へ滑り込み――


「ぐぁっ!!」


悲鳴とともに、兵が階段を転げ落ちた。


「馬鹿な……!」

「受け止めたはずだぞ!!」


別の兵が剣を合わせる。


――バキンッ。


乾いた音。

根元から、剣が折れた。


敵の刃は止まらない。

そのまま、肉へ届く。


「……将軍!!

 敵の剣が……異常です!!」


叫びに、恐怖が混じる。


ガルデンは盾越しに刃を受け止めながら、

胸の奥で、違和感が“形”になるのを感じていた。


(技ではない……)


(これは――)


自分が鍛えてきた兵たち。


その剣が――

その速さが、

その強度が、

次々に“負けている”。


(黒帝の鍛冶……?)


その瞬間だった。

ガルデンの右横を守る兵が倒された。


「――俺が行く!!」


倒された兵に代わって、

後ろから踏み込んだのは、

砦の訓練教官・ソルディオ。


ガルデン配下でも、

一、二を争う剣士。


教官として何百の剣を受けてきた男。

その剣が、

寸分違わず敵の刃を捉えた。


――だが。


金属が擦れる音ではなかった。


――バキンッ!!


「なにっ……!?」


ソルディオの剣が、

根元から砕け散る。


折れた刃の向こうで、

黒鎧兵の剣が、首を貫く軌道で突き出された。


一瞬。


上から――


――ガァン!!


ガルデンの剣が叩き落とす。

敵の刃が弾かれ、


「はぁっ!!」


老将の剣が、

肩口を深々と裂いた。


黒鎧兵は血を噴き、

そのまま崩れ落ちる。


ソルディオは膝をつき、

荒く息を吐いた。


「……助かりました、将軍」


足元に転がった敵の剣を拾い上げ、

ソルディオは、思わず目を見開く。


「……軽い」


立ち上がり、振る。

信じられないほど、手応えがない。


「普通の剣なら……

 これでは折れてしまう」


そのまま、力を込めて城壁へ突き立てる。


石が砕け、

破片が跳ね飛ぶ。


――刃先は、無傷だった。


「……まさか……」

「強度が、異常です」


ガルデンは一瞬だけ、その剣を見る。

その剣の金属色には見覚えがあった。


そして――低く頷いた。


「……確かに、そうだな」


脳裏をよぎるのは、ドルグの武器――

巨鎚=《破城轟砕・《バスティオン・ブレイカー》》。


あれほどの質量で、

盾ごと兵を潰しても――


巨鎚に、凹み一つ。

柄に、歪み一つ。

なかった。


(異能だけではない)


力を増しても、

武器が耐えなければ意味がない。


だが、あの巨鎚は耐えた。

そして――今、この剣も。


(黒帝軍には……

 この水準の武器を造れる者がいる)


それは、戦況とは別の、

もう一段深い“脅威”だった。


「ソルディオ」


「はっ」


「敵の武器を拾え。

 使えるものは、味方に回せ」


老将は再び盾を構え、

迫りくる敵へ向き直る。


大きく息を吸う――


「はぁー!」


大盾に左肩を添えると、

重戦車のように前屈姿勢で突進した。


「――鉄壁クラッシャァァァァァ!!」


城壁上から、吹き飛ばされる敵兵。


だがこの戦場には――

数だけでなく、装備という名の“決定的な差”があった。



倒された敵の剣が、

次々と味方の手に渡る。


ガルデンは、

黒鎧兵を階段から叩き落とし続けた。


荒い息を吐きながら――

盾で押し、

剣で斬り、

階段を埋め尽くす黒い影を、力で削り取る。


だが――数が違う。


一人、倒しても、次が来る。


二人、三人、四人――。


攻城梯子から、

黒鎧兵が途切れなく流れ込んでくる。


「くッ……!」


老将は踏み止まる。

ここは、左城壁から中広場へ降りる唯一の動線。


この石階段を抜かれれば、

砦の“内臓”が露出する。


◆◆◆


城門を挟んで、逆側――右城壁の上。

そこに、ニコルとマクレブが立っていた。


二人の眼下には、城門内の広場。


門の後ろに、

アズ、ポコラン、そして遊撃隊の兵たちが横陣を敷いている。


そのさらに後方――

王館の手前には、

即席で武装した二百の民兵。


弓を握る者。

槍を支える者。

農具を改造した刃物を持つ者。


黒帝軍は、砦の内側には――まだ、入れていない。


だが。


それが保たれているのは、

“ほんの僅かな時間”に過ぎなかった。


◆◆◆


少し前――


戦場の後方。

黒帝軍本陣から、ひとつの巨影が前線へ歩み出していた。


破砕の巨鎚・《ドルグ=ハルザード》。


ゆっくりと。

確実に。


焦りはない。

勝敗を疑ってもいない歩き方だった。


「城門は叩かん。――中から開かせろ」


低く、命じる。


魔獣化異能術・《デモンビースト・アーツ》。

城門を砕くための一撃は、

――すでに使い切っている。


胸の魔獣核ビースト・コアは、沈黙していた。


(異能を使うのは……今日中は無理か)


だが、迷いはない。


城壁から――砦の内側へ。

黒帝兵が降りれば、

城門は中から開けられる。


「ならば、……門が開くまで待てばいい」


災害は、

“待つ”という選択を取った。


――◇――


■■■■■■■■■

【黒帝軍本陣・横】

■■■■■■■■■


黒帝隊統率官レッドバルムの号令とともに、

投石器が唸りを上げる。


右城壁へ――

狙いを一点に絞った、連続投射。


轟音。

怒号。

そして、砦の内側から漏れ聞こえる、悲鳴。



右城壁は、

もはや防衛線ではなかった。


それは――崩れ落ちる瓦礫の山。

その裂けた石の隙間から、内側の光が見えた。


投石で削られ、

振動で割れ、

熱釜が倒れ、

防ぐための壁は、攻めるための糸口へ変わっていく。


砦は――

内側から、壊されようとしていた。

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