第32話 剣が負ける戦場――老将が掴んだ違和感
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【ルドグラッド砦】
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もう、誤魔化しは利かなかった。
戦況ではない。
――戦の“前提”が、崩れかけていた。
左城壁から中広場へ降りる、一本の石階段。
その最前線に――ガルデンが立つ。
巨大な盾を押し込み、
剣を振るい、
押し寄せる敵を、力で押し返す。
「ここは……通させん!!」
老将の一撃が、
黒鎧兵を階段の縁から叩き落とした。
だが――
(……妙だ)
眉が、わずかに寄る。
敵の剣の軌道が、速すぎる。
重装のはずの黒鎧兵が、
まるで軽装の剣士のように刃を走らせてくる。
技ではない。
間合いでもない。
――剣が、勝手に進んでいる。
「な……っ!?」
周囲で、味方の兵が次々に崩れた。
誰もが訓練を積んだ兵だ。
この程度で遅れを取るはずがない。
――にもかかわらず。
受け止めた剣先が、
刃元から、ぽろりと欠け落ちる。
次の瞬間、
返しの一撃が鎧の隙間へ滑り込み――
「ぐぁっ!!」
悲鳴とともに、兵が階段を転げ落ちた。
「馬鹿な……!」
「受け止めたはずだぞ!!」
別の兵が剣を合わせる。
――バキンッ。
乾いた音。
根元から、剣が折れた。
敵の刃は止まらない。
そのまま、肉へ届く。
「……将軍!!
敵の剣が……異常です!!」
叫びに、恐怖が混じる。
ガルデンは盾越しに刃を受け止めながら、
胸の奥で、違和感が“形”になるのを感じていた。
(技ではない……)
(これは――)
自分が鍛えてきた兵たち。
その剣が――
その速さが、
その強度が、
次々に“負けている”。
(黒帝の鍛冶……?)
その瞬間だった。
ガルデンの右横を守る兵が倒された。
「――俺が行く!!」
倒された兵に代わって、
後ろから踏み込んだのは、
砦の訓練教官・ソルディオ。
ガルデン配下でも、
一、二を争う剣士。
教官として何百の剣を受けてきた男。
その剣が、
寸分違わず敵の刃を捉えた。
――だが。
金属が擦れる音ではなかった。
――バキンッ!!
「なにっ……!?」
ソルディオの剣が、
根元から砕け散る。
折れた刃の向こうで、
黒鎧兵の剣が、首を貫く軌道で突き出された。
一瞬。
上から――
――ガァン!!
ガルデンの剣が叩き落とす。
敵の刃が弾かれ、
「はぁっ!!」
老将の剣が、
肩口を深々と裂いた。
黒鎧兵は血を噴き、
そのまま崩れ落ちる。
ソルディオは膝をつき、
荒く息を吐いた。
「……助かりました、将軍」
足元に転がった敵の剣を拾い上げ、
ソルディオは、思わず目を見開く。
「……軽い」
立ち上がり、振る。
信じられないほど、手応えがない。
「普通の剣なら……
これでは折れてしまう」
そのまま、力を込めて城壁へ突き立てる。
石が砕け、
破片が跳ね飛ぶ。
――刃先は、無傷だった。
「……まさか……」
「強度が、異常です」
ガルデンは一瞬だけ、その剣を見る。
その剣の金属色には見覚えがあった。
そして――低く頷いた。
「……確かに、そうだな」
脳裏をよぎるのは、ドルグの武器――
巨鎚=《破城轟砕・《バスティオン・ブレイカー》》。
あれほどの質量で、
盾ごと兵を潰しても――
巨鎚に、凹み一つ。
柄に、歪み一つ。
なかった。
(異能だけではない)
力を増しても、
武器が耐えなければ意味がない。
だが、あの巨鎚は耐えた。
そして――今、この剣も。
(黒帝軍には……
この水準の武器を造れる者がいる)
それは、戦況とは別の、
もう一段深い“脅威”だった。
「ソルディオ」
「はっ」
「敵の武器を拾え。
使えるものは、味方に回せ」
老将は再び盾を構え、
迫りくる敵へ向き直る。
大きく息を吸う――
「はぁー!」
大盾に左肩を添えると、
重戦車のように前屈姿勢で突進した。
「――鉄壁クラッシャァァァァァ!!」
城壁上から、吹き飛ばされる敵兵。
だがこの戦場には――
数だけでなく、装備という名の“決定的な差”があった。
◇
倒された敵の剣が、
次々と味方の手に渡る。
ガルデンは、
黒鎧兵を階段から叩き落とし続けた。
荒い息を吐きながら――
盾で押し、
剣で斬り、
階段を埋め尽くす黒い影を、力で削り取る。
だが――数が違う。
一人、倒しても、次が来る。
二人、三人、四人――。
攻城梯子から、
黒鎧兵が途切れなく流れ込んでくる。
「くッ……!」
老将は踏み止まる。
ここは、左城壁から中広場へ降りる唯一の動線。
この石階段を抜かれれば、
砦の“内臓”が露出する。
◆◆◆
城門を挟んで、逆側――右城壁の上。
そこに、ニコルとマクレブが立っていた。
二人の眼下には、城門内の広場。
門の後ろに、
アズ、ポコラン、そして遊撃隊の兵たちが横陣を敷いている。
そのさらに後方――
王館の手前には、
即席で武装した二百の民兵。
弓を握る者。
槍を支える者。
農具を改造した刃物を持つ者。
黒帝軍は、砦の内側には――まだ、入れていない。
だが。
それが保たれているのは、
“ほんの僅かな時間”に過ぎなかった。
◆◆◆
少し前――
戦場の後方。
黒帝軍本陣から、ひとつの巨影が前線へ歩み出していた。
破砕の巨鎚・《ドルグ=ハルザード》。
ゆっくりと。
確実に。
焦りはない。
勝敗を疑ってもいない歩き方だった。
「城門は叩かん。――中から開かせろ」
低く、命じる。
魔獣化異能術・《デモンビースト・アーツ》。
城門を砕くための一撃は、
――すでに使い切っている。
胸の魔獣核は、沈黙していた。
(異能を使うのは……今日中は無理か)
だが、迷いはない。
城壁から――砦の内側へ。
黒帝兵が降りれば、
城門は中から開けられる。
「ならば、……門が開くまで待てばいい」
災害は、
“待つ”という選択を取った。
――◇――
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【黒帝軍本陣・横】
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黒帝隊統率官レッドバルムの号令とともに、
投石器が唸りを上げる。
右城壁へ――
狙いを一点に絞った、連続投射。
轟音。
怒号。
そして、砦の内側から漏れ聞こえる、悲鳴。
◇
右城壁は、
もはや防衛線ではなかった。
それは――崩れ落ちる瓦礫の山。
その裂けた石の隙間から、内側の光が見えた。
投石で削られ、
振動で割れ、
熱釜が倒れ、
防ぐための壁は、攻めるための糸口へ変わっていく。
砦は――
内側から、壊されようとしていた。




