表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/30

第28話 蒼の疾走、止まる鉄壁

◆◆◆


その戦場から、少し離れた丘の上。


静かな風の中、

一頭の栗毛馬が、荒く鼻を鳴らしながら駆け上がってくる。


馬上――

ロザリーナがいた。


彼女の眉間に、深い皺が刻まれる。

胃の奥が、ずきりと波打ち、視界が一瞬だけ白く霞んだ。


(……まだ……毒が抜けないのか……)


喉の奥に残る鉄の味が、ふいに込み上げる。


胸に縛りつけた布の中で、

助け出した少女が、ぐずりと身を丸め、ロザリーナの胸元へしがみついた。


「……お姉ちゃん……」


弱々しい声。


ロザリーナは息を整え、

少女の頭へ、そっと手を添える。


「大丈夫。

 もうすぐ、安全な……」


そう言いかけた瞬間――


眼下の草原で、砦の周囲に広がる“黒い波”が目に飛び込んできた。

それは――隊列を崩さぬまま蠢く、黒帝断罪軍の包囲陣だった。


ロザリーナの表情が凍る。


「……なんだ、これは……?」


黒帝断罪軍の包囲。

隠し砦が完全に露見している。


(……この隠し砦を……

 どうやって……?)


疑問が喉に刺さったまま、

視線が、否応なく戦場へ引き寄せられた。


次の瞬間――


紅い閃光が荒れ地を弾け、

巨大な影に、吹き飛ばされる一人の女が見えた。


「……ッ!!」


紅の髪が、砂上に散る。


抵抗軍最強。

誰よりも強く、誰よりも美しく戦う女。


「――ベニバラ!!」


胸元で、少女が小さく震えた。


ロザリーナは即座に、

胸に巻いた布で少女の頭を覆う。


そして――

馬の腹を、強く蹴った。


「――はぁっ!」


馬が嘶き、

丘の斜面を一気に駆け降りる。


眩暈が、ふらりと視界を揺らす。


それでも――


(……砦は、落とさせない!!)


少女を胸に抱いたまま、

ロザリーナは馬を戦場へ向け、疾走させた。


風が裂け、

土が跳ねる。


砦はまだ遠い――


蒼の閃光が、再び走った。


そして、

その少し後ろを歩いて来る巨躯があった。


それは、圧倒的な死と獣臭をまき散らし、

人ならざる気配を戦場へ持ちこもうとしていた。


◆◆◆


城門前の戦場は、

もはや“戦い”の形を保っていなかった。


砕けた盾。

折れた槍。


百を超える黒帝兵の屍が踏み潰され、

泥に沈む。


死と血と土が混じった地面は、

踏みしめるたび、不快な音を立てた。


黒帝兵は距離を取り、

誰もが、そこだけを避けるように円を描いている。


その中央――


ベニバラは、地面に叩きつけられていた。


泡を吐く。


背で瓦礫を砕き、

仰向けのまま、泥に沈む。


なお――

盾は、握ったままだった。


左腕は、

人の腕ではありえない角度に折れていた。


(……ぐっ)


鉄の味が、喉を満たす。

肺が焼け、息を吸うたび、内側で血の泡が弾けた。


そのとき――


魔獣化異能術

《デモンビースト・アーツ》を終えた反動か。


ドルグの胸の

魔獣核(ビースト・コア)が、光を失う。


呼吸が、

ほんの一瞬だけ乱れた。


足元が、わずかに揺らぐ。


だが――

止まらない。


ベニバラの止めを刺しに来る、

破砕者の足音が――


重く、

確実に、迫ってくる。


世界が、その足音に――

支配されていく。


「門の代わりに――

 お前を砕いてやった」


視界が歪む。


瓦礫の向こうで、

ベニバラは盾を握る左手を見下ろし――


右手で、

指を一本ずつ、剥がした。


「ぅ……ぅぅぐっ……」


指を離すたび、

折れた骨が、内側で軋む。


痛みが白く弾け、

視界が――何度も途切れた。


盾が手から外れる。


右腕の剣を、地へ突き刺し、

ベニバラは、ゆっくりと立ち上がる。


荒い息。

泥と血に濡れた紅髪が揺れ、

額の汗が、滴となって落ちた。


ドルグの目が、わずかに細くなる。


「まだ立つか。

 なら――砕ききるまでだ」


巨躯が、大地を割る。


「逃がすか、破砕の女神。

 ――次に潰すのは、心臓だ」


祈りか、嘲りか。

その声音は、判別できない。


ドルグが――

大股で迫る。


巨鎚が、横なぶりに振るわれた。


右。


ゴォォン!!


剣で受けた瞬間、

巨鎚の質量が剣を弾き、

身体ごと、右へ吹き飛ばされる。


左。


ガァァン!!


火花が散り、

今度は左へ弾き飛ばされた。


単純な攻撃。


だが――

その一撃一撃が、山を砕く。


(……足に来ている……

 速さが足りない……)


視界が滲む。

左腕は折れ、

足は痺れ、

世界が揺れる。


ドルグの低い声が、

戦場の音を支配した。


「これで終わりだ!」


巨将が、両手で巨鎚を掲げる。

空が、暗くなる。


――止めの一撃。


◆◆◆


その瞬間。


「まだ終わらせん!」


横合いから、轟音。


ガルデンが、

巨鎚の軌道へ割り込んだ。


――ズガンッ!!!!!!


荒野が反転し、

衝撃が土を裂く。


大盾が――

巨鎚を、塞いでいた。


地面が抉れ、

粉塵が噴き上がる。


ドルグの腕が、わずかに揺れ、

ベニバラは風圧で尻もちをついた。


「……ガルデン……」


老将は、振り返らない。

ただ、鋼の声だけが届く。


「おぬしが、

 わしの背にいるのは――

 はじめてじゃな」


◆◆◆


そのころ。


遊撃の小馬車で丸太を振り回していたクレセントが叫ぶ。


「将軍が危ない! 行くぞ!!」


「うわああああ!! 絶対死ぬやつだろこれぇ!」


ポコランの悲鳴を積んだまま、

馬車が急旋回する。


丸太が唸りをあげ、荒野を裂いた。


◆◆◆


ガルデンは――

大盾に、左肩を添える。


その姿は、

古の攻城破砕機。


老将が、大地を踏み砕き、

そのままドルグへ突進する。


前を塞ぐ全てのものを粉砕し、

平地にしてしまうガルデンの超絶盾技。


城壁の上で、

アズが叫んだ。


「いけぇぇぇ!!

 おじいちゃんの――

 鉄壁クラッシャ――!!」


喉が裂けるほどの声だった。


ベニバラは、

思わず、息を呑む。



◆◆◆


大盾が――

咆哮のように、地面に突き刺さった。


――ガガガガガァァァン!!


大地が削られ、

鉄が悲鳴を上げ、

ドルグの鎧が軋み、

巨体が、確かに押し返される。


半歩。


二歩。


――だが。


止まった。


「……ふん」


ドルグは、

そこで、動きを止めた。


老将の全力が――

受け止められた。


「なにっ……!?」


歓声が、

凍りつく。


城壁上の兵たちは、

口を開いたまま、声を失った。


「……嘘……」

「クラッシャーが……

 止まった……?」


アズが、

信じられないという顔で呟く。


今まで――

一度も、止められたことなどなかった。


ガルデンは、歯を食いしばり、

盾を押し込む。


「まだだ……!!」


だが。


三メートルの怪物は――

重い。


ドルグの目が、

退屈を帯びた。


「かゆいぞ」


嗤いながら、

大盾を――足で、けり押した。


ガルデンの重心が崩れ、

身体が、後ろへよろける。


戦場の空気が――

腐り、沈んだ。



その瞬間、

誰もが悟った。


ルドグラッド砦が誇る、

最強の矛も、最強の盾も――


その巨影には、

届いていない。


これは、攻城戦ではない。


災害が、

歩いてきただけだと――。

そして砦が持つのは、あと一度の衝撃までだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ