第25話 紅の援軍――遊撃、門より飛ぶ
砦の空を裂く叫びが重く響いた。
「釜を倒せ!
――弓兵、射角を下げろ。
城壁に張りつけさせるな!」
茹でられた石水が降り注ぎ、矢が雨のように放たれる中、
ガルデンの視線だけは、遠方の一点に縫い付いている。
門前の草原――
紅の軍神が、孤影を引いて巨鎚の怪物へ歩む。
(……やれやれ、いつも無茶をしおる。
わしの寿命がまた削れるわい)
その肩元に、軽い足音がひらりと降り立つ。
「いやぁ~陛下より恐ろしい人、
また突っ込んで行っちゃってるねぇ?」
ニコルが横から笑う。
ガルデンは眉ひとつ動かさず、戦場を指した。
「見ろ。
――あれ以上、ベニバラに敵が集まれば囲まれる」
「だよねぇ~」
ニコルは並び、肩を回した。
ガルデンが横に顔を向ける。ニコルの鼻先数センチに。
(沈黙)
「近い。近いって」
ニコルは、顔を逸らす。
「分かった分かった。
そろそろ俺の出番だよな~?」
ガルデンの眉がわずかに動いた。
「俺の遊撃を出す。……マクレブ!」
低い声に応じ、
鋼の肩を揺らして一人の男が駆け上がる。
遊撃隊中隊長――マクレブ。
ニコルは親指を背後の戦場へ向けた。
「うちの秘密兵器、
“恐怖の丸太ブーメラン騎兵隊”を出しちゃって。
六騎で十分かな」
「は?……長いのでは」
マクレブが困った顔を向ける。
「長い?」
「いえ、……名前が少し長いのでは」
「――ん?」
「あ、いや、いい名だと……」
その時、階段を駆け上り、小柄な影が飛び出した。
「ぼ、僕にも行かせてください!」
――ポコランだ。
ニコルは顎を撫で、芝居がかった声で、
「まぁ、一度は戦場の匂い嗅いどかないとねぇ。
いいんじゃない?」
と頷く。
「じゃあ、クレセントと一緒に乗せてあげて」
城壁下で遊撃隊・最年少兵クレセントが目を丸くする。
マクレブが慌てて確認する。
「……よろしいんですか、本当に?」
ニコルは微笑み、目だけでウインクした。
「ポコランくん。
……死ぬなよとか無理なことは言わないけど、
絶対に、生きて戻って来いよ」
ポコランの顔が複雑に歪んだ。
マクレブがその肩を掴む。
「行くぞ」
二人が駆け下りていく背を見送り、
ニコルは城壁の縁に立つ。
「じいさん――射撃いったん止めて。
ちょっと、城門前を掃除してくるわ」
ガルデンが短く息を吐き、号令を放つ。
「弓兵、一時停止!
――遊撃が出る!」
ニコルは湾剣を肩に担ぎ、
にやりと笑うと、城壁からガルデンを向いたままで飛び降りた。
「さ~て、道あけてもらおうかなぁ♪」
風が破れ、肉が震え、
砦の空気が一瞬だけ息を飲む。
敵に背を向けたまま着地――
その瞬間、剣の風切り音が響いた。
門前の黒鎧兵が、声も上げずに崩れ落ちた。
*
ポコランは一頭の馬が引く小馬車へ、
きゅっと腰を下ろした。
手綱を握るクレセントの横に。
馬車の前には、矢避けの板に覆われて、
小さな覗き穴だけが空いている。
「え……全員で突撃するんじゃないの?」
ポコランは、
胸の奥の震えをごまかせない声で言った。
クレセントがちらりと横を向き、
小さく首を振る。
「……これで矢、ほんとに防げるの?」
ポコランは頭上の板をペチンと叩く。
「馬車は上下運動するからさ。
よっぽど運が悪くなければ、中には入って来ないよ」
「よっぽどって、どれくらい?」
クレセントはまた小さく首を振る。
「それより、途中で馬が殺されたり、
馬車が壊れたらどうすんの?」
「そのときは――敵を倒しながら砦に戻ってくればいい」
「ああ、敵を倒しながら帰ればいい……
って、それ無理じゃん!!」
そのとき、城門の外。
ズバァッ!
黒鎧兵の首が跳ね、
さらに一歩。
跳ねた血に構わず、次の兵の脚腱を刈る。
――バシュッ!
「どいたどいたぁ~!」
城門前の敵兵が、一瞬で崩れる。
ニコルは剣を肩に担ぎ、顔だけ城内へ向ける。
「マクレブ!
いいぞ、門を開けろ!」
喚く声の上から――
砦の外で怒鳴る声。
ニコルだ。
城門が重い音を上げながら、ゆっくりと開いた。
その隙間で、マクレブが咆哮する。
「遊撃隊、突撃だ。――角笛!!」
見張り台の上で待機していた兵が、
銀縁の長い角笛を掲げ――
ブオォォォォ――ッ!! ボッ、ボッ!
二度の短い打音を伴ったその響きは、
ルドグラッド砦でただ一つ。
《遊撃隊出撃》の合図。
砦全体が、その音を合図に息を呑む。
つづけて――
城壁上でひときわ派手な旗が上がる。
銀地に青の縁取り、湾剣と丸太が交差する“遊撃旗”。
それが風を切るたび、
砦の中から、小馬車たちが一斉に飛び出す。
「クレセント! お前たちは近場を周れ!
何かあったら助けに行く!」
ニコルが最後尾へ怒鳴る。
クレセントが短く息を吸い、
手綱を握る掌に力を込めた。
「――行きます!」
馬が跳ね、小馬車が石畳を叩き割りながら走り出す。
角笛の余韻の中、
城壁上でひときわ派手な旗が翻った。
ポコランの悲鳴が戦場に響いた。
「待って待って待って!!
これ絶対死亡フラグじゃん――」
だがもう遅い。
砦前の草原へ、六台の小馬車が矢のように散開していく。
*
敵陣がその異様な光景に首を巡らせる。
「なんだあれは!?」
「丸太を……引いてる!?」
最初の馬車が急角度でターンした瞬間――
――ブンッ!
綱に吊られた丸太が唸りを上げ、
遠心力で横薙ぎになり、
黒鎧兵を十人まとめて弾き飛ばした。
「ぎゃあッ!?」
「盾が……折れ――」
城壁上の戻ったニコルが指笛を鳴らす。
「いいねぇ~!
ほらほら回って回って回って!」
横で、マクレブが雄叫び。
「回れ回れ――! ぶっ叩けェ!」
丸太は馬車が曲がるたびに唸り、弧を描き、
列を乱し、敵を跳ね飛ばす。
馬車上の囲い中――
ポコランは、いろんなところをぶつけながら叫んだ。
「なにこれこわいなにこれこわいなにこれこわい!!」
クレセントは震えた声のまま、
目だけは前を見据えていた。
「俺も怖いよ!
でも――やるしかない!」
丸太がまた唸る。
――ブンッ!!
その一撃は確かに、
ベニバラが背負った死地の一端を削り取っていた。




