SCENE072 飲ませたお茶の正体
「うっ……」
衣織お姉さんが声を発して動いた気がした。
「あっ、衣織お姉さん、目を覚ましましたか?」
「うん? この声は瞬か……。なぜ、私は眠っていたんだ?」
僕が声をかければ、目を覚ました衣織お姉さんがきょろきょろと顔を動かしている。どうやらどういう状況下つかみ切れていないみたいだ。
「はっ! 瞬、お前はお茶に一体何を入れたんだ」
どうやら状況を思い出したらしく、衣織お姉さんは急に起き上がって僕につかみかかってきた。
普通なら怖く思うところだろうけど、僕に対してこんな行動を取ったことで、なぜか逆に安心してしまう。これは、魅了が解けたかなって。
「目を覚ましましたかな、衣織殿」
「お前、バトラー。お茶に何かを仕込んだのは、お前か!?」
バトラーが姿を見せると、衣織お姉さんは僕からバトラーへと攻撃対象を変更していた。まったく素早いよね。
衣織お姉さんとバトラーは互いにライバル視しているから、普段もこんな感じで仲が悪そうなんだよね。
「こいつを入れさせて頂きました。というか、これを煎じて作ったお茶ですぞ」
「なんだ、この怪しそうな草は」
バトラーが取り出した球根の植物を見て、衣織お姉さんはものすごい剣幕でバトラーに迫っている。
「これは満月草ですな。球根部分は様々な状態異常を引き起こす劇物ですが、この根の部分は逆にその状態異常を解除してくれる効果を持っております」
「なるほど、この満月草の根で出したお茶なのか。味は普通のお茶のような感じだったが、急に苦しくなったのはどうしてだ?」
バトラーの説明を聞いても、衣織お姉さんはバトラーの胸ぐらをつかんだままだ。でも、かなり満月草に興味を持っているみたいで、さっきの状況の説明を求めているみたいだ。
出されたものを口にしてあれだけ苦しくなったんだし、そりゃまあそうだよね。僕だって絶対文句を言うよ。
だけど、ここはバトラーに全部任せておくよ。僕はあんまり理解できてないからね。
僕が視線をバトラーに向けると、バトラーはこくりと頷いていた。
「それでは、この我が詳しく説明いたしましょう」
バトラーは満月草の根のお茶を飲んだ後の現象について説明を始めた。
それによれば、満月草の根には先程の説明の通り、状態異常を解除する効能がある。
これを飲んだ時の衣織お姉さんは、僕の魅了スキルに加え、横浜ダンジョンで受けたデバフがもりもりに乗っていた。そのため、すべてのデバフに効果を発揮する満月草の根の効能が強く発揮され、あの苦しさにつながったとのことのようだ。
バトラーからの説明を受けて、衣織お姉さんは自分のステータスを大慌てで確認している。すると、確かに横浜ダンジョンで受けたデバフがすべて消えていた。
「驚いた……。まだ五時間は残っているはずだったのに、全部消えてしまっているぞ」
「そうでしょう。それにしても、あそこまで苦しむとは、一体いくつのデバフを受けていたのですか」
驚く衣織お姉さんに対し、バトラーは状況を詳しく聞こうと質問をする。
「ほぼ全部だったな。デバフの入らない生命力を除けば、ほぼすべてだ」
「なるほど、それは効果が強すぎて気も失いますぞ。大体みっつ受けるのが普通とは伺っていますが、さすがにステータスのほぼすべてというのは、運が悪いとしか言いようがないですな」
「ああ、まったくだ」
運が悪いと言われて、衣織お姉さんはなんともバツが悪そうな顔をしていた。なんで、そんな顔をしているんだろ。
「それはそうとして、気分の方はいかがですかな、衣織殿」
「うん?」
「なんといいますかな、我がプリンセスを見てどう思いますかな」
「ああ、瞬だな。まったく、昔も可愛がっていたが、こんなに可愛い姿になるとは思ってもみなかったぞ」
「あれ? あんまり変わらない?」
バトラーの質問に対する衣織お姉さんの答えを聞いて、僕は腕を組んで首を捻ってしまう。僕の魅了スキルにかかっている時と、あんまり態度が変わっている気がしないんだもん。
僕の動きを見ている衣織お姉さんが、僕の態度に疑問を感じているみたいだ。
「はははっ、どうやら魅了が解けても、衣織殿のプリンセスへの感情は変わらないようですな」
「魅了?」
「ええ、そうですぞ。衣織殿はプリンセスの種族スキルである魅了にかかっておったのです。それで少々攻撃的になっておりましてな、プリンセスが心を痛めておったというわけですぞ」
「……なるほど。たしかに、ちょっとカッカしやすくなっていたかもな。昔っから、瞬と瞳の兄妹のことは大事に思っていたからな。その気持ちが前面に出過ぎたのかもしれないな」
よかった。あんまり変わっていないような気はするけれど、衣織お姉さんは反省をしてくれているみたいだ。これなら、ダンジョン配信が少しは平和になるかな。
「だが、なぜ急にこのようなことをした」
「だって、衣織お姉さんってば、配信中に視聴者さんに突っかかっていくじゃない。このままじゃ、ダンジョンポイントの主な入手先である配信が止められかねないでしょ。ダンジョンマスターである僕にとっては死活問題なんだよ」
「……なるほど。分かった、反省している。これからは自重するよ」
衣織お姉さんは、僕の訴えに下を向いて反省してくれているみたいだ。これで配信が平和になるかな。うん、平和になってもらわなきゃ困る。
「ああ、そうです。この満月草のことは、一応伏せておいて下さい。今回は緊急事態だったので取り寄せてみましたが、あまり広めてほしくないですからな」
「分かった。そちらにも事情がありそうだし、今回は私の胸三寸にしておこう」
「感謝しますぞ」
ひと通り話がついたみたいだ。なんとか平和に終わってよかったんだけど、衣織お姉さんはなぜかバトラーと一戦交えたがっていた。多分、デバフが切れたことの確認と、変なものを飲まされた仕返しなんだろうね。
でも、結果はいつもの通りバトラーが勝ってしまったので、衣織お姉さんは悔しそうに帰っていったよ。
……結局。いつも通りじゃないか。




