SCENE070 衣織の暴走を食い止めろ
衣織お姉さんたちがコーヒーを飲むためだけにやってきたその日の夜、僕は妹の瞳と電話で話をしていた。
『お兄ちゃん、電話してきてくれたんだ』
「うん、たまには瞳の声も聞きたいなと思ってね」
電話の向こうの瞳の声は、なんだか嬉しそうだ。
でも、こんな風になるのは僕もだから、すっごく気持ちがよく分かる。
僕たちは兄妹だから、一緒に暮らしているのが当たり前だと思っていたんだもん。
だけど、ある日突然、僕がダンジョンマスターになってしまったことで、その常識が崩れ去ってしまった。
ダンジョンマスターとなった僕はダンジョンから出られなくなっちゃったから、僕たち家族は突然引き裂かれてしまったというわけだ。僕が長男っていうこともあって、かなりショックだったと思う。
僕が行方不明になった時、仕事で忙しいお父さんはまだ気が紛らわせただろうけど、お母さんと瞳は実際にかなり落ち込んでいたみたいだもんね。
だいぶ元気になってきたみたいで、僕もようやく安心できるってものだよ。
『それで、お兄ちゃん。今日の電話の理由は?』
なんだろうか、瞳が電話をしてきた理由を尋ねてきた。こういうことは今まではなかったと思うんだけどな。
だけど、聞かれたからには答えた方がいいような気もする。うん、なんて答えよう。
『どうせ、衣織お姉ちゃんのことなんでしょう? お兄ちゃん、だいぶ困っているような感じだったから』
「えっ、どうしてそう思うの?」
ズバリ言い当てられて、僕は戸惑ってしまっている。
『だって、衣織お姉ちゃん、お兄ちゃんのこととなると人が変わったようになるんだもん。あまりにも分かりやすいから、お兄ちゃん、やりづらくないかなって思ってるよ』
「あ、うん。その通りなんだ」
瞳の指摘を、僕は素直に肯定していた。衣織お姉さんの言動には、驚かされてばかりだからね。
「それでね、僕が思うに、衣織お姉さんって、僕の種族特性の魅了に深く影響されてるんじゃないかって思うんだ」
『あ~……。十分にあり得そうだわ』
「瞳もそう思う?」
『うん。衣織お姉ちゃん、私とお兄ちゃんのこと、特に可愛がっていたからね。まるで自分の弟や妹のようにって感じで』
「やっぱりそうかぁ……」
瞳と話していて、僕は強く確信をする。やっぱり、衣織お姉さんは僕の魅了に強く支配されているだと。だから、僕を守ろうとする気持ちが強く出て、あそこまで攻撃的になっているんだと思われるんだよ。
今の僕からしたら有難迷惑なんだよなぁ……。
「ねえ、瞳」
『なに、お兄ちゃん』
「どうしたら、衣織お姉さんの魅了が解けると思う?」
僕は瞳に問いかけてみる。
正直なところ、僕が考えた方がいいんだろうけど、衣織お姉さんの暴走は僕が起点となってしまっているので、僕では解決できない気がするんだ。
瞳はしばらく黙り込んでいたので、一生懸命考えてくれているんだろう。どんな答えが返ってくるんだろう。
『難しいかなぁ。ディスペルみたいな解除系スキルを持っている人なんて、そんなに多くないだろうし、下手に解除しようとしたら衣織お姉ちゃんが暴れる可能性だってあるわ』
「そっかぁ……。僕でどうにかしなきゃいけないかな」
『分かんないわね。私がそういうスキルを持てればいいんだろうけど、私の適性じゃ、取得は難しいと思うもんなぁ……』
僕も瞳もお手上げのようだ。まったくどうしたらいいんだろうな。
「はあ……。どうにかして解決しないと、衣織お姉さんの暴走で、ダンジョンの計画がボロボロになりそうだよ。僕のダンジョンは配信で成り立っているようなものだからさ」
『それは死活問題ね。私も伝手を使ってどうにかしてみようと思うわ』
「ごめんね、瞳。僕のいざこざに巻き込むような形になっちゃって」
『いいよ。私だってお兄ちゃんの配信は楽しみにしてるもの。それがなしになっちゃったら、私、きっと衣織お姉ちゃんを恨むことになるわ』
瞳にまでここまで言われるっていうことは、衣織お姉さん、瞳にもちょっと嫌われ始めちゃってるね。でも、その原因が僕の種族特性にあるから、僕としてはすごく複雑な気持ちだ。
「瞳、ありがとう。少しは気持ちが楽になったよ」
『うん、いつでも電話してくれていいからね、お兄ちゃん。お兄ちゃんの声が聞けて良かったよ』
瞳は特に気にしていないような感じで、僕との間で会話をしてくれる。そこ変わらない態度に、僕はだいぶ救われた気がするよ。
僕は通話を切る。
瞳にはずいぶんと励まされた気がするけれど、僕の気持ちはまだ十分に晴れない感じだ。
「衣織お姉さんのこと、どうしたものかなぁ……」
「ああ、衣織殿のことですか。それでしたら、我に考えがございますぞ」
「うわぁっ、バトラーっ?!」
急に出てくるから僕はものすごくびっくりしてしまった。
「衣織殿の魅了は、確かに見てられないくらいに重度なものだと思われますな。ですが、そんな時のためのダンジョンポイントですぞ」
「えっ、ダンジョンポイントで解決できるの?」
「はい。プリンセス、我にお任せを」
どうやらバトラーは何かを知っているみたいだ。
衣織お姉さんの暴走を止められるなら何でもいい。僕はバトラーの提案に乗ってみることにしたのだった。




