SCENE064 ダンジョン育成場計画
横浜ダンジョンに入ると、入口から右側に通路が追加されていた。
「あれ、ここって行き止まりだったんじゃん?」
「セイレーン様がお話の場として、この場所を追加なされました。許可無き者の立ち入りはできませんぞ」
「そうなんですか。ダンジョンは分からないことが多いですな」
俺の反応に、シードラゴンさんが説明をしてくれる。
副支部長さんはあごに手を当てながら不思議そうに見ている。
毎日のようにダンジョンに潜っている俺でも分からないんだから、デスクワーク中心の副支部長さんはもっと分からないのは当然かな。
廊下を進んだ突き当たりに、扉がひとつある。シードラゴンさんはここでぴたりと足を止めていた。
「さて、ここからはとにかく失礼な態度を取られぬようにお願い致しますぞ」
くるりと俺たちの方に視線を向けてくる。
俺はこれで察した。この扉の向こう側には、セイレーンさんがやって来ていると。
ひとまず俺たちは、シードラゴンさんの言葉にこくりと頷いておく。
俺たちの反応を見たシードラゴンさんは、扉を三回叩いて中に声をかける。
「セイレーン様、お客人が到着なされました」
「そうですか。入れなさい」
やっぱりセイレーンさんが来ていた。
ダンジョンマスターがボス部屋を空けてきていいのかと思うけれど、そもそもこの横浜ダンジョンでボス部屋にたどり着いたのは俺しかいない。なので、こうやって入口までやって来てもまったく問題ないというわけだ。直感スキルのおかげで、セイレーンさんの強さはよく分かっているからね。
シードラゴンさんが扉を開けると、中ではセイレーンさんが立ち上がって待ち構えていた。何度見ても美しい人だと思う。
「ようこそいらっしゃいましたわ。あたしが、この横浜ダンジョンのマスターであるセイレーンですわ。お初にお目にかかりますわね、この世界の住人たち」
左手を腰に当てた、実に堂々とした態度でセイレーンさんは俺たちを迎えている。
「あなたが、このダンジョンのマスターですか。私はダンジョン管理局神奈川支部副支部長の浮島と申す者です。本日はお招きいただきありがとうございます」
副支部長さんが、丁寧に挨拶をしている。ダンジョンに足を踏み入れられるので探索者適性はあるわけだし、セイレーンさんの強さが分かったのだろう。
「いえ、こちらも招待に応じて下さって感謝しておりますわ。ささっ、こちらにおかけになって下さいませ」
「はい、それではお言葉に甘えさせて頂きます」
テーブルを囲むように俺たちは座る……はずだった。
よく見ると、セイレーンさんの椅子以外には、対面にある三人掛けの椅子しかなかった。副支部長さんと部下の二人が座ると、俺の座る場所がない。どうしたらいいんだろうか。
「下僕、シードラゴンと一緒にこちら側に立っていなさい」
「え……」
「えっではありませんわ。さっさとしなさい」
「はい」
セイレーンさんにすごまれてしまっては逆らえない。俺はシードラゴンさんと一緒にセイレーンさんの隣に立つことになってしまった。
「さて、最近は見習い探索者のためにダンジョン講習なるものをしているそうですわよね?」
「そんなことももう耳に入れてらっしゃるのですか。ダンジョンマスターはそういう情報には詳しいのですかな?」
「いいえ、あたしはこの下僕のおかげで、こちらの世界の情報を手に入れられますの。普通のダンジョンマスターでは、ダンジョン以外の情報を知るすべはありませんわ」
「そ、そうなのですね」
セイレーンさんと副支部長さんとの間で話し合いが始まる。最初の間は腹の探り合いといった感じだけど、セイレーンさんはあまり情報を隠すつもりはないようだ。
「そこで、提案があるのですわ」
少し話をしたところで、セイレーンさんはどうやら本題に入るらしい。これには、ダンジョン管理局側が緊張した雰囲気になったようだ。
「ど、どんなことなのでしょうか」
副支部長さんですら、この通りびびりまくっている。さすが高レベルモンスターの迫力は違う。
「この横浜ダンジョンの一階層の一部を、ダンジョン初心者用に訓練設備として開放いたしますわ。死んでも入口に復活できますし、こういう場所はなかなかないでしょうからね」
「そ、それは助かりますね」
完全に気圧されてしまっていて、副支部長さんの額からは汗が噴き出している。横に立つ俺はまだシードラゴンさんのおかげで落ち着いていられるけど、相当のプレッシャーだろうと思うよ。
「しかし、それではモンスター側にとっては少々不利な話ではないですか?」
職員の一人が、セイレーンさんに尋ねている。ところが、その質問にも、セイレーンさんは余裕の笑みを浮かべている。
「このダンジョン、まだ七階層までしか到達できていませんのよ? 下僕は例外ですけれど、その状況であたしが焦る必要など、ございますかしらね?」
セイレーンさんが笑みを浮かべて返せば、職員はまったくそれ以上の発言を行うことはできなかった。笑顔というのはと気に怖いものだよね。
「では、シードラゴン。残りの交渉はお願いしますわ。あたしはボス部屋に戻りますわ」
「はっ、お疲れ様でございます。残りはお任せ下さいませ」
提案だけ終えると、セイレーンさんは立ち上がる。部屋の壁に手を触れると扉が現れて、そこを通ってどこかに消えてしまった。
残された俺たちだけで交渉が再開されたものの、ほとんどシードラゴンさんのが主導する形で話が決定していった。
「では、交渉成立ですな。また一週間後ほどにここで話し合いを致しましょう。それまでにどのようなものが必要かまとめておいて下さいませ」
「はい、分かりました」
書面を交わし、横浜ダンジョンの一階層の一部を探索者の育成の場とする契約が成立する。
あれ、結局俺って何してたんだっけかな?
まったくかかわることなく交渉が終わってしまったことに、終わってから俺は初めて気が付いたのだった。




