SCENE053 からかわないでよ
管理局の人からプログラムを渡された二日後のこと、衣織お姉さんが久しぶりにダンジョンにやってきた。
「やあ、瞬。元気にしているかな?」
「あっ、衣織お姉さん。僕は元気ですよ。ダンジョンの中が暇すぎて、体を動かしてないと無限にだらけられそうなので」
「そうか。ダンジョンマスターというのはそんなに時間が有り余っているものなのか」
衣織お姉さんが呆れたような感想を漏らしている。
「あれ、そのかばんは何?」
僕は衣織お姉さんが持っているかばんに気が付いた。よく見てみると、僕が使っている学生かばんのようだ。
「ああ、瞬の母親と瞳から渡されたんだ。ダンジョンマスターになったとはいっても、勉強くらいはしてなさいってね」
「うへっ。それってもしかして中学の……」
「いや、高校の教科書だ。とはいっても、私が通っていた頃のものだから、今とは少し内容が違うかもしれないがな」
「いやぁ、ほんの数年前の話なら、そんなに違わないんじゃないかな。って、そうじゃない」
衣織お姉さんのペースに流されそうになっていたけれど、僕はどうにか踏みとどまる。
「なんで僕が勉強しないといけないの。ダンジョンマスターになっちゃったからには、もう人間の生活とは関係ないはずでしょ?」
僕は衣織お姉さんに反論している。
だけど、衣織お姉さんはなぜかにこにことした笑顔を崩していない。一体どういうことなのだろうか。
「いやぁ、勉強はしておいた方がいいと思うよ。ここは初心者探索者を含めた探索者たちのためのダンジョンになるのだろう? その時に何も知らなくて話ができないとなったら、恥ずかしくないか?」
「そ、それは確かに……」
衣織お姉さんの意見はもっともだと思う。
僕のダンジョンは探索初心者向けの訓練用ダンジョンとなるのだけど、ボス部屋にあるデコイに関しては、初心者でなくても解放される予定になっている。
その時の順番待ちの間に、探索者たちから話しかけられる可能性だってあるわけだ。元人間の僕であるなら、ある程度話を合わせる必要があるのかもしれない。
そうなると、知らないことばかりでは話ができないわけだから、知識や教養を身につけておくことは、確かに必要そうなことだった。
「分かったよ、衣織お姉さん。勉強頑張ってみる」
「おう、ぜひそうしてくれ。それと、もうひとつ用事はいいか?」
「瞳からの頼まれごとでしょ?」
「そう、正解。瞬の採寸をしてきてくれってことなんだ。なに、今なら女同士だから恥ずかしくないだろう?」
採寸の話になると、衣織お姉さんは僕に迫ってくる。
「やめて。ここでそんなことをしようとしないで。あそこに隠し部屋があるから、そこでならいいよ。バトラーだって男性なんだよ?」
「はっはっはっ。さすがにプリンセスに手を出すほど、我は落ちぶれておりませんぞ。プリンセスの忠実なるしもべですからな。ですが、礼儀は礼儀でございます。我は外で待っていましょう」
バトラーは紳士的だったようだ。
というわけで、ボス部屋にバトラー一人を残し、僕は衣織お姉さんに採寸されることになってしまった。
「う~ん、下半身が蛇の体だから、上から着やすい服じゃないといけないんだな」
「そう。このしっぽ意外と長いからね。だから、そこを気をつけてほしいんだよね」
「瞳にきちんと伝えておくよ」
僕の要望に、衣織お姉さんはきっちりと頷いていた。
「よし、測り終わったな」
衣織お姉さんは僕の採寸を終えて、すべての数値をメモしている。
「ずいぶんとあちこち測ってくれたね」
「瞬、服ってのは繊細なんだ。伸縮自在なら気にする必要はないが、そういう素材はまずないからな」
「あ、うん、そうだね……」
衣織お姉さんに言われて、僕はつい自分が着ている服のことを見てしまう。
「そういえばこの服、ダンジョンマスターの権限で手に入るやつだっけか」
「うん、そうだよ。だから、異界の技術もりもりなんだ」
「……なるほどな。研究用に持ち帰ることはできるのか?」
「僕じゃ決められないかな。それこそバトラーに聞いてみないとね」
僕が答えると、衣織お姉さんはくるりと振り返っている。
「瞬の未発達の体にもぴったり合うとはな。なんとなく興味がわいたよ」
「どうせ僕は幼児体型ですよーだっ!」
衣織お姉さんの余計なひと言に、僕はものすごく傷ついたよ。そこは僕も気にしてるんだから。
そんなこんなで、僕の採寸は終わったわけだけど、瞳がどんな服を作ってくれるのかすごく怖くなってきちゃった。
こんな僕をしり目に、衣織お姉さんはバトラーに服について聞いていた。
「ああ、それでしたらお持ち帰りはできますよ。戦利品ということで素材と同様ですからな」
「おお、それはいいことを聞いた。普段使いをしても問題なさそうなのか?」
「基本的にはこちらの世界の衣類と変わりません。持ち主の体型に合わせて服が変化しますので、それこそ一生使いもできますぞ」
バトラーから僕が着ている服の特徴を聞かされた衣織お姉さんは、なんだか嬉しそうな表情をしている。
「ちょっと、僕のダンジョンポイント減るからやめてよね?」
僕が慌てて止めようとすると、バトラーと衣織お姉さんは一緒になって笑っていた。
「冗談だよ、冗談。でも、もしかしたら頼むことがあるかもしれないから、その時は協力を頼むよ」
まったく、人をからかわないで欲しいな。
だけど、衣織お姉さんの頼みなら、断れないかもしれないな。
そんなわけで、この日の衣織お姉さんは僕の採寸をして帰っていったのだった。




