SCENE050 衣織の休日
死に戻りのペナルティはまるっと一日続く。とはいえ、それはダンジョン内限定の話なので、日常生活を送るにはまったく支障がない。
ダンジョンの探索で結構稼がせてもらっているということもあって、ダンジョンから戻った私は一日のオフを満喫している。
しかし、いざお休みにするとなると、何もやることが思いつかない。
私に新人教育のことを頼んできたダンジョン管理局からもまだ連絡がない状況だ。それだけ準備に手間取っているということなのだろうが、こうも待たされるとなんとも気分が悪くなる。
(ふぅ、こういう日は少し体を動かしてくるか)
朝食を適当に済ませた私は、体を鍛えるために日課のトレーニングをするために出かけることにした。
いつもトレーニングに使っているジムまではちょっと遠い。
通り道には川沿いの部分があり、そこをジョギングで走り抜けていく。
時期はもう十月も終わりだというのに、まだまだ気温が思ったよりも高い。おかげで走っているだけで汗ばんでくる。
「うわっ!」
突然、声が聞こえてくる。
私はただ走っていただけなのだが、どういうことなのかと周りを見回してみる。
ところがだ。いくら周りを見回しても人が倒れているような状況は存在していない。一体どういうことなのだろうか。
「空耳か?」
私がそう呟いて、再び走り出そうとした時だった。
「ここにいますよ」
再び声が聞こえてきた。
だが、やはり姿は見えない。
どういうことかと悩んでいると、私はふとした言葉を思い出した。
『隠密と直感のスキル持ちなんだって』
瞬が話していた、横浜ダンジョンのボス部屋にたどり着いたという探索者の話だ。
「そうか。声はするのに姿が見えない。これが隠密のスキルの効果か」
「わわっ、そのことを知っているって……?!」
「私の足元にいるのか。悪いが隠密スキルのせいで姿が見えない。普通ダンジョンの外では一部のスキルは発動できないものだが、隠密は発動できるのだな」
私の足元にいるらしい人物からは反応が返ってこない。
見えないことをいいことに立ち去ったのだろうか。だったら私も先を急がせてもらおう。そう思って走り出した時だった。すーっと姿が見えてきた。
「意外だな。もっと年のいった奴かと思ったが、私より年下なのだな。見た感じは高校生か?」
「そうですよ。俺は高校二年生です」
「そうか。普段から隠密を発動しているのかな?」
「いじめてくるやつがいるんで、ちょうどいいんですよ」
「なるほど。隠密と直感以外はからっきしか。直感があっても学生であるのなら逃げ場はない。それで隠密を常時発動させているというわけか」
「はい、そういうわけです」
話をしていてわかる。目の前の人物は完全にサポータータイプの探索者だ。
ついでに言うと、こいつが瞬の話していた横浜ダンジョンの最奥にたどり着いた探索者だろう。いじめられているという話からして、こういうやつではボスに逆らうことなどできないだろうからな。
「悪いが、ちょっと付き合ってもらおうか」
「えっ?」
「なに、君の話を聞きたいだけだ」
私が真面目に話を持ちかけると、目の前の少年はおどおどとし始めた。強がってはいるが、やはり根本はびびりだったな。
そのことを踏まえてもう一押ししてやると、少年は観念したように私に従っていた。
私は一度自宅のあるマンションまで戻る。そこで少年と話をさせてもらうことにした。
「私は探索者の石橋衣織という。君の名前は何かな?」
「俺は……水瀬高志といいます」
「そうか。君は昨日、横浜ダンジョンにいたね?」
「えっ、なんで俺がそんなところにいなきゃいけないんですか」
私からの質問を受けて、明らかに動揺しているようだ。口では違うとは言っているが、態度は実に正直だな。
「昨日、ダンジョンマスターであるセイレーンが配信をしていたんだよ。モンスターには配信するための方法がない。ということは、そこに誰か探索者がいるということになる。それは分かるわね?」
なんとも分かりやすい反応だな。私の指摘に、まったく反論できていないんだからな。これはその犯人が自分だと示しているも同然だ。
「ちょっとした筋から、情報を得たんだ。ボス部屋にたどり着いた探索者がいて、その探索者が隠密と直感のスキルを持っているとね」
「ウィンクさんってば……」
私がちょっとばかり話をすると、目の前の少年はあっさりと自白してくれたようだ。
間違いない、この少年こそがセイレーンの配信を行えている理由だ。実に分かりやすい態度だ。隠密スキルで人を避けまくっていた弊害だろうな。
「私は筋からといっただけで名前は言っていない。やはり、君がセイレーンが配信を行う手助けをしているということか」
「うっ」
少年はしまったという顔をしている。
「隠密で逃げようとしても無駄だ。何も私は君を罰しようとしてるわけではない。私の知り合いも、セイレーンの配信を楽しみにしているのでね、その楽しみを取り上げるわけにはいかないからね」
「そ、そうなんですか」
少年はまだ警戒を解いていない。
それもそうだろうな。隠密に直感のスキルは、探索者としては喉から手が出るほど欲しいスキルだ。片方だけでは足りないが、両方あればほぼ無敵だからな。
そのスキルの有用さは、目の前の少年が実証している。
「なに、私は君をダンジョン攻略に使おうという気はないよ。私はこの体でダンジョンを突破していくことを楽しみにしているからね。それに、君にはセイレーンの配信を続けてもらわないと困る」
「それはなぜですか?」
「瞬という私の知り合いが配信を楽しみにしているからだよ。ぜひともこれからも配信を続けてくれ」
私がにこにことした笑顔を向けていると、少年は観念したように大きく首を縦に振っていた。
最後に連絡先を交換すると、私は少年をそのまま家に帰した。ずっと首を捻っていたが、人にやさしくされた経験がないのだろうな。まったく、可哀想な少年だよ。
「さて、ちょっと気持ちもすっきりしたことだし、改めて体を鍛えに行くとするかな」
大きく背伸びをした私は、再びジムに向けてジョギングを開始したのだった。




