SCENE034 瞳と衣織
私のところに、昔一緒に遊んでもらっていた衣織お姉ちゃんがやってきました。
「衣織お姉ちゃん!」
「やあ、瞳。元気そうだね」
「うん、私は元気だよ」
両腕に力こぶを作って元気をアピールしますと、私の姿を見た衣織お姉ちゃんは、くすくすと笑っていますね。
「今日は瞳たち家族に話があって来たんだ。上がってもいいかな?」
「うん、いいよ。お父さんは残業らしいから、お母さんと二人だけどいい?」
「構わない。それじゃ、お邪魔するよ」
いろいお姉ちゃんが家に上がって、私は居間へと案内します。
お母さんが飲み物を持ってきて、一緒にテーブルを囲んで座ります。
「衣織ちゃん、どうした。急にうちに遊びに来るだなんて。探索者は卒業しちゃったの?」
「そうではありませんよ。今日はお話があってやってきました」
「なになに、衣織お姉ちゃん」
改まって話をする衣織お姉ちゃんに、私はおねだりをするように話しかけます。
十三歳で恥ずかしいなとか言わないで下さい。衣織お姉ちゃんと話をするのは、かなり久しぶりなんですから。
「近くに、新規ダンジョンが発生したということで、私はそこのダンジョンに管理局の依頼で向かうことになりました」
衣織お姉ちゃんが話した言葉に、私たちはそろってピクッと反応してしまいます。
私の家から一番近いダンジョンといったら、お兄ちゃんがダンジョンマスターになったあのダンジョンしかありませんから。
私は思わず体を震わせてしまいます。お兄ちゃんが殺されちゃうんじゃないかと。
「あっ、瞳。心配しなくてもいいからね。管理局の人からこっちには話は来ていないみたいだね、その反応を見ると」
「えっ、どういうことなの?」
話がよく分からなくて、私は衣織お姉ちゃんに聞き返してしまいます。
「あのダンジョンは、ダンジョンマスターとの話が持たれた結果、初心者用の育成ダンジョンとしての認定を受けるに至りました。私は、そのダンジョンで駆け出しの探索者たちを教えることになったのですよ」
「まあ、そうなのね。でも、大丈夫なのかしら。トップランカーでもある衣織ちゃんが抜けて、ダンジョン攻略が鈍らないかしら」
「それは大丈夫だと思いますよ。私の所属する百鬼夜行は、私以外にも優秀な探索者が揃っていますからね」
「そう、それならいいんだけど」
お母さんも、ずいぶんと心配しているようです。衣織お姉ちゃんがこっちに戻ってきてくれたのはいいですけれど、ダンジョン攻略も大事なことですからね。
ダンジョンが増えすぎると、モンスターが外にあふれ出てくるとも言われていますから、ダンジョンを攻略して潰さなければなりません。衣織お姉ちゃんが抜けた穴は、きっと大きいはずです。
「それにしても、瞬くんは不在なんですね」
「えっ……」
衣織お姉ちゃんが急にお兄ちゃんの話をしてきます。そのため、私たちは言葉に詰まってしまいます。
「やっぱり、あのラミアプリンセスは瞬くんで間違いないんですね。本人はそう名乗っていましたが、いまいち確証が持てませんでした。ここにいないのなら、間違いないってことですね」
「う、うん。衣織お姉ちゃん、その通りだよ」
「なら、あのダンジョンを訓練用にするという話も納得ができるというものです。ダンジョンマスターが元人間でなければ、あんな発想は持ちえませんからね」
私が肯定しますと、衣織お姉ちゃんは腕を組んで何度も首を縦に振っていました。この話からすると、衣織お姉ちゃんはすでにお兄ちゃんと会って、話をしているみたいです。
「管理局の人から聞かされた時は、私たちも信じられませんでしたね。でも、女の子になってはいたけれど、あの雰囲気は間違いなく私の息子でした。私は適性がないから、このまま息子と離れ離れだなんて、耐えきれませんね」
「お母さん、大丈夫だよ。お兄ちゃんには携帯電話を渡してきたから。それに、配信だって見れるんだし、お兄ちゃんの無事はいつでも確認できるよ」
「ええ、そうね……」
お母さんが暗い顔をするので、私は一生懸命お母さんを励まそうとします。少し、お母さんの表情は明るくなったでしょうか。
「私もダンジョンに行けば会うことができますから、何か伝言があれば受けましょうか?」
「そ、そうね。お願いするわ」
衣織お姉ちゃんにも言われて、お母さんはすがるような気持ちで頭を下げていました。やっぱり、お兄ちゃんを失ったショックは大きいみたいです。
お兄ちゃん、モンスターだからかダンジョンから出られないみたいですからね。目の前で見えない壁に弾き返されてましたから。
「あ~あ。ダンジョンに入れる衣織お姉ちゃんが羨ましいなぁ」
「瞳はあと一年半我慢しなきゃね。中学三年生になったら、ダンジョンに入れるようになるから」
「うー……、長いよう……。早くお兄ちゃんと触れあいたいよう……」
「瞳、わがまま言うものじゃないわよ」
「わかってるよう……」
衣織お姉ちゃんとお母さんから次々言われて、私はついへそを曲げてしまいます。
とはいえ、法律は法律だから、ちゃんと守らなくっちゃ。
「そろそろ会いに行こうと思いますから、何か伝言や差し入れがあったら預かりますよ」
「そう、悪いわね、衣織ちゃん」
「可愛い弟のような子ですからね」
最後に衣織お姉ちゃんは、笑っていました。だけど、その笑顔はどことなく寂しく感じましたね。
私たちは衣織お姉ちゃんに、お兄ちゃんに渡すものを託しますと、その姿を見送ったのでした。
はあ、お兄ちゃん。電話してほしいな。




