SCENE018 兄妹
翌日のこと、再びダンジョンへの侵入者を知らせる合図があった。
「あ、この感じは谷地さんたちだね」
「そうですな。マナの揺らぎというのがこれほどまでに違うとは、新発見ですぞ」
バトラーでも知らなかったみたいだ。
でも、谷地さんたちが来た時と、昨日の探索者たちとでは、僕たちに伝わってきた波動というものが明らかに違っている。敵意のあるなしっていうのは、大きく影響するみたいだ。
とりあえず僕とバトラーは、二人を出迎えるためにダンジョンの入口までどうしていった。
入口に近付くと、ダンジョンに入ってすぐのところに谷地さんと日下さんが立っていた。
「すみません、お呼び出ししてしまって」
「いえ、いいんですよ。僕たちの方も伝えたいことがありましたから」
「あれ、どうかされたのですか?」
「実はですね……」
僕は昨日、探索者がダンジョンに侵入してきたことを伝えておいた。
それを聞いたお二人は、頭を抱えて首を横に振っていた。
「ありがとうございます。早急にダンジョンのゲートを設置するように上司に説得します。ただでさえ、私たちに場を提供して下さるというのですから、このダンジョンはすぐにでも保護しませんとね」
「お願いしますね」
ひとまず、すぐさま他のダンジョン同様にゲートを設置することを了承してくれた。
「それで、谷地さんと日下さんは、どうしてこちらに?」
「はい、先日のお約束を果たしに来ました」
僕の問い掛けに答えが返ってくると、日下さんの後ろから、ひょっこりと誰かの姿が飛び出してきた。
「瞳!」
見た瞬間に僕は思わず駆け寄ろうとしてしまう。
「ダメですぞ、プリンセス!」
バトラーがそう叫ぶけれど、それと同時に、僕はダンジョンの入口でバンと弾き返されてしまった。
「あたっ!」
思わずおしりを打ってしまい、痛くてさすってしまう。うろこまみれの感触が、まだ慣れないなぁ……。
「お兄……ちゃん?」
おそるおそる声を出しているのが伝わってくる。今の僕の姿は、元の姿とまったく違ったラミアの姿だ。服装だって女性ものだし、面影があるなら顔くらいだろう。
それでも、瞳は僕のことをお兄ちゃんと呼んでくれている。
「そうだよ、瞳。ごめんね、心配かけちゃって。お父さんとお母さんも、元気にしているかな?」
「本当にお兄ちゃん、モンスターになっちゃってるんだ……。でも、なんだか可愛いな」
「へ?」
瞳から思いも寄らない言葉が出てきた。
「瞳、お前まで僕のことを可愛いっていうの?」
「うん、可愛いよ、お兄ちゃん」
はっきり言われちゃったなぁ……。なんだろう、こうなるとプリンセスって言われていることに違和感なくなっちゃうじゃないか。
僕は恥ずかしくなって頬をかいてしまう。
「はっはっはっはっ、これは正直な妹様ですな。プリンセスの魅力、よく分かっていただき、感謝申し上げますぞ」
「ひゃうっ!」
僕の後ろから出てきたバトラーに、瞳はものすごく驚いている。
まあ、蛇顔の二足歩行の人物がいきなり出てきたら、普通は驚くよね。ダンジョンに慣れていない子どもなら、なおさらってところ。僕もすごく驚いたし。
「はっはっはっ、いい反応ですな。我を初めて見た時のプリンセスを思い出しますな」
バトラーは、瞳の反応を笑い飛ばしていた。
さすがは強者の余裕といったところだろうか。
「初めまして、プリンセスの妹君。我はプリンセスにお仕えするバトラーという者。種族はパイソニアという蛇亜人でございます」
「は、初めまして、三枝瞳です。お兄ちゃんのふたつ下の妹です」
服装を正しながら、瞳はバトラーに挨拶をしている。
「ふむふむ。こうやって見てみますと、プリンセスとよく似ていらっしゃる。これは、将来は美人になりますな」
「へへっ、そうですかね」
美人になると言われて、瞳が照れてる。ちょろいなぁ……。
「ささっ、谷地殿、日下殿。ここはプリンセスたち二人にして、我々は中でお話をしようではありませんか」
「そうですね。一応見張りはつけておりますし、具体的な運用について話をしませんとね」
バトラーは僕たちを二人きりにして、管理局の人たちと部屋の中へと入っていった。
でも、久しぶりに会ったとはいっても、どういったことを話せばいいのやら……。
「あっ、そうだ。お兄ちゃんの携帯を持ってきたよ。何もないとつまらないと思ったから。これがあれば、連絡くらい取れるでしょ?」
「わっ、ありがとう、瞳。境界部分に気をつけて、こっちに差し出してくれる?」
「う、うん」
僕はダンジョンの境界部分に注意して、携帯電話を瞳から受け取る。
「ありがとう、瞳」
携帯電話を受け取った僕は、早速、瞳に電話をかけてみる。
「わわっ、お兄ちゃん?!」
「うん、つながってるね。これで、いつでも話ができるね」
「うん、お兄ちゃん」
なんだろう……。なんか涙があふれて来ちゃうな。
これは目の前の瞳も同じらしくて、携帯電話を持ったまま、目の辺りを手でこすっていた。
「プリンセス、もうよいのですかな?」
しばらくすると、僕はバトラーを呼んだ。
「うん、姿が見れただけでも、十分だよ。連絡手段も手に入ったし、まだ十三歳の瞳を、危険な場所に置いておくつもりはないよ」
「そうですか」
バトラーは管理局の二人を呼んで、瞳を連れて帰ってもらう。
涙を浮かべながらも、笑顔で手を振っていた瞳の姿はとても印象的だった。
瞳の姿が見えなくなると、僕の目からは大粒の涙がこぼれ始める。
自分が違う世界の住民になってしまったことを、いやでも自覚しなきゃいけないんだもん。
僕はバトラーに胸を貸してもらい、しばらくの間泣き続けていた。




