第7話『八女茶×東京コラボ♡』
黒瀬蓮、26歳。
八女の山風をまとって、再び“夜の街”に立つ。
場所は、東京・汐留。
超高層ホテルの最上階――そこに新しくオープンする《TEA & NIGHT BAR》。
コンセプトは「伝統とモダンの融合」。
八女茶をベースにした特別メニューの監修を依頼されたのが、他でもない蓮だった。
紹介したのは、かつてのホスト仲間――竜胆。
今では《RINDOU TEA STAND》という人気カフェのオーナーで、SNS総フォロワー数50万人。
彼が軽く笑う。
「お前の“茶”が本物かどうか、東京で試してみろよ」
蓮はにやりと笑い返す。
「試す? いいっすね♡ 客の“心”ごと落として癒してみせますよ」
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ホテルの会議室では、スタッフが慌ただしく資料を広げていた。
「映えるビジュアル」「照明の色」「提供時間は3分以内」――
東京の空気は、まるで湯が沸騰しているようだった。
「黒瀬さん、ドリンクに金粉を振りましょう。
“金の八女茶ラテ”なんてバズります!」
「いや……茶に“飾り”は要らないっす。
香りで勝負するもんすから♡」
スタッフが一瞬、顔をしかめた。
「でもSNSで拡散されなきゃ意味ないですよ?」
蓮は笑みを崩さず、静かに言葉を落とした。
「拡散は風任せっす。
でも、“香り”は心に残る。
――八女茶は、風よりも深く沁みるんすよ。」
その口調は、まるで接客の時のように柔らかく、
けれど芯は、茶のように熱かった。
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夜。
蓮はホテルの窓辺に立ち、ネオンの光を見下ろしていた。
まばゆい街。
かつて、彼がホストとして王座を極めた世界。
「……あの時は、光の中に“癒し”があるって信じてたっすね」
だが、今は違う。
静寂の中にこそ、人は本当の“温度”を取り戻す。
八重の声が脳裏に蘇る。
――「茶は場所で味が変わる。それを感じておいで」
「東京の茶、少し熱すぎるっすね。
……じゃあ俺が、冷ましてやるっす♡」
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イベント初日。
《TEA & NIGHT BAR》は満席。
蓮の白い羽織が、黒と金の夜に浮かび上がる。
「八女茶入りま〜す♡ 今夜は、静かに酔える夜をどうぞ」
彼の声に合わせて、茶筅が音を立てる。
照明が落とされ、代わりに茶碗の中で湯気が踊る。
観客のざわめきが止まり、誰もがその手元を見つめた。
「派手な演出はなしっす。
ただ、茶の香りと“間”で落とします♡」
音楽が止まり、無音。
蓮は一拍の間を置いてから、客の前に一服を差し出す。
「この一杯、“恋のあと”におすすめっす。
甘さも渋さも、全部、心の中に残るように点てました。」
女性客が、湯気を見ながら呟く。
「……香りが、落ち着く。」
男性客が微笑む。
「なんか、時間がゆっくりになるな。」
蓮は軽く頭を下げる。
「それが八女の間っす♡」
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終演後、竜胆がバーの奥で拍手を送った。
「……やられたわ。あの“間”、客が息止めてたぞ。」
「“止まる空気”を作るのが、俺の仕事っすから♡」
竜胆はグラスを傾け、微笑む。
「お前、変わったな。
昔は“落とす”ことしか考えてなかったのに、今は“癒す”顔してる。」
蓮は茶を注ぎながら答えた。
「恋は落とすもんっすけど、茶は包むもんっす。
俺、今ようやく“包める”ようになったっす。」
二人の間に、昔のような沈黙が流れる。
だけどそれは、争いではなく、敬意の沈黙だった。
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最終日。
ホテルのSNSに「#静寂の茶会」がトレンド入りしていた。
投稿には“映えないけど、泣ける”“心が整う”といった言葉が並ぶ。
それを見た東京スタッフが、ぽつりと呟いた。
「……“静けさ”って、こんなにシェアされるんですね」
蓮は穏やかに笑った。
「静けさも、ちゃんと届くっす。
だって、人の心は――まだ、疲れてるっすから。」
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夜。
ホテルの屋上で、蓮は最後の一服を点てた。
湯気が風に揺れ、遠くの東京タワーの灯が滲む。
「八女茶入りま〜す♡
都会の夜も、たまには“間”をどうぞ。」
月の光が茶碗に落ちる。
その香りは、八女の風と同じだった。




