表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

第11話(最終回)『一服の先に――八女茶よ、未来へ』

秋。八女の山々は、まるで紅葉の香りで息をしているようだった。

 黒瀬家の庭に、朝日が差し込む。


 湯が沸く音。

 蓮は、いつもと同じように茶を点てていた。

 今日は――八重の命日。


 掛け軸には、祖母の筆による一文字。

 「静」。


 蓮は湯を注ぎながら、ぽつりと呟く。

「ばあちゃん、今日も“八女茶入りま〜す”だよ。見ててな」


 マメが膝の上にちょこんと座り、喉を鳴らした。

 その小さなぬくもりが、まるで八重の掌のように優しい。



 昼、茶室には若者たちが集まっていた。

 八女高校の茶道部、観光課の研修生、竜胆のカフェスタッフ。

 《心茶屋 REN》は、いつの間にか“学びの場”になっていた。


「先生、“心で点てる”ってどうやるんですか?」

 ひとりの青年が真っすぐな目で問う。


 蓮は微笑み、茶杓を掲げた。

「いいっすか。“点てる”んじゃない。“届ける”っす。

 茶は、言葉より早く心を伝えるんで♡」


 若者たちの視線が真剣になる。

 静かな湯の音が、まるで拍手のように響いた。



 その日の午後。

 白川美結が、書類を抱えて茶室を訪れた。

「黒瀬さん、正式に決まりました。“八女ホスピタリTEA”プロジェクト、始動です!」


 蓮の目が丸くなる。

「マジっすか。町ぐるみで“癒しのもてなし”か」

「ええ。あなたの茶会がモデルになったんですよ」


 蓮は照れくさそうに笑い、湯を注ぐ。

「ネーミング、俺のノリ残ってんじゃん♡」

「……悔しいけど、評判いいんですよ」


 差し出された一服。

 香りとともに、ふたりの間に柔らかな“間”が流れる。


「今日の茶、“ありがとう味”でどうっすか」

「……もう。本当に、ずるい人」


 茶碗を口に運びながら、美結の頬がほんのり赤く染まった。



 夕方。八女文化会館では特別イベントが開かれていた。

 タイトルは――

 『八女茶の未来、香りと光の二重奏』。


 ステージの片側には、竜胆の《RINDOU TEA STAND》。

 音楽と照明で観客を包み込む、華やかなパフォーマンス。


 もう片側、蓮の《心茶屋 REN》。

 音も照明も最小限。

 湯の音、茶筅の音、そして沈黙。


 ふたりが同時に一服を差し出した瞬間――

 香りが重なり、八女茶がまるで呼吸を始めたようだった。


「やるじゃん、蓮。静けさで会場を支配とか反則」

「お前の光も悪くなかったっすよ。これが八女の二枚看板っすね♡」


 観客、総立ち。

 拍手と歓声の中で、ふたりは笑い合った。



 夜。

 蓮は茶畑の中で湯を沸かしていた。

 春風が茶葉を揺らし、星明かりが湯気を照らす。


「……ばあちゃん、俺、少しは“静”になれたかな」


 そのとき、風の音の中に八重の声が響いた気がした。


「蓮。茶はな、人の時間を整えるんだよ。

 点てる人の心が静かなら、飲む人の心も静かになる。」


 蓮は目を閉じ、深く息を吸い込む。

 茶の香りが胸の奥まで染み渡った。


「うん。俺、ようやく“静けさ”の意味、わかった気がするっす」



 翌朝。

 《心茶屋 REN》の暖簾をくぐる若いカップル。

 蓮が柔らかく笑う。


「ようこそ。八女茶入りま〜す♡ 本日の一服は“出会いの香り”でどうぞ」


 二人が笑い、湯の音が流れる。

 縁側ではマメが日向ぼっこをしながら、のんびり尻尾を揺らしていた。


 その様子を、美結と竜胆が外から眺めている。

「……ほんと、八女の顔になったね」

「顔ってより、看板っすよ♡」


 笑い声が、風に溶けた。



 茶室の奥。

 八重の写真の前に、一輪の茶の花と一服の湯気。


ナレーション(蓮)

「茶は、言葉のいらない会話。

 香りひとつで、心が伝わる。

 だから俺は今日も淹れる――

 “八女茶入りま〜す♡”ってね。」


 湯気が、まるで八重の笑顔のように柔らかく立ちのぼる。

 茶室の窓の外、八女の山に朝日が差した。


 ――八女茶よ、今日も誰かの心を包んでくれ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ