第1話 スタートアップ
21XX年1月。俺ーー川口創一ーーは自室でコンピュータとにらめっこしていた。というのも俺は以前応募したシミュレーションゲーム大会への出場権をゲットしたのだが…
(これが普通のVRMMOだったらなぁ!)
そう。PC画面に書かれていたのは
「レースシミュレーションの大会参戦権をゲットしました」
というものだからだ。
俺がこれに応募したのは昨年の12月のこと。冬休みということで各ゲーム会社はちょうど同時期に導入されたばかりの量子コンピュータ型VRキットを使った多種多様な特別イベントをたくさん開催しており全ては抽選制だったのだ。
そこで彼も片っ端から応募した。結果、よりによってなんの知識も興味もないレースシミュレーションの大会に当選したのだ。そのタイトル名は
VirtualGT。
ときは半年ほど遡る。
まだ知名度が高くなる前のゲーム会社、サーズの本社の数ある廊下の1つを2人の男が歩いていた。片方は興奮が滲んだ口調で語り始める。
「今回のプレゼンは必ずうまくいく。今までにないユニークな企画だ」
「どうだかねぇ…特に役員や社長までご覧になる会議だぞ?頼むから変にチームの名声を失うようなことは…」
「ないから安心したまえ。君はリラックスしてプレゼンを聞いていればいいんだ」
「余計安心できないよ…」
そして彼は会議室1と名付けられた部屋の前方のドアからプレゼン会場へと踏み入った。
「え〜…本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございます。今回は年末頃を見据えたある企画を用意しました。
端的に言うとコンテストです。これまでのゲーム機とは一線を画す完全没入型ゲーム機の販売化が現実的なものとなった今、それに期待する様々なプレーヤーを捕まえるために大会という形をとって先行プレイの機会を設けるのです。そしてもし参加者がうまくその評判を広めることができれば我々の社名は一気にポピュラーなものとなれるのです」
するとここで100はくだらない聴衆席のうちのひとつに座っていたある男、サーズの社長が聴衆席の沈黙を破った。
「そのコンテストの中身はどうするんだ。いくらゲーム機が良くても中身がヘボでは君が得るのは称賛ではなく嘲笑だぞ?」
会場はクスクスと笑いに包まれた。しかし彼は眉一つ動かさず場が収まるのをまち、再び口を開いた。
「ご指摘ありがとうございます。しかし中身についても一定の自信がございます」
「なんだね」
「皆さんは1950年代に始まって以来2100年にフォーミュラーEに統合されるまでの150年間、のべ10億人以上を熱狂させたフォーミュラーワンをご存知ですか?
現在の現実では決して再現できないエンジン車特有の音や匂い、当時の空力学、物理学、それらすべての技術を詰め込み無駄を極限まで省いたそのフォルムには一度ハマった人を決して離さない魅力があります」
「しかしそれではとっつきにくいと感じる人がいるのではないか?」
あくまで反論を繰り返す男は冷徹だ。しかしここで壇上の男が初めて感情を前面に出す。
「そうです、そうです!私はしばらくこの問題に悩まされました。すでにレースに馴染みがあるものとそうでないものとの温度差はとても大きかったです。そこで私がリサーチをかけた結果あるものがヒットしました。
それはGTカーです。スポーツカーを、その根本は変えずに新たにパーツをつけたり、軽量化を行なうなどをして改造されたいわば普通の車とフォーミュラーカーの中間の位置にあるマシンの存在を知りました。
これならとっつきにくさを解消しつつコンマ1秒を争う世界へ彼らを引き込むことが出来ます。」
「なるほど。ルールやさらに具体的な規格などはもうできてるのか?」
「ええ。こちらもかつてはエンジン車を使っていた世界最速のGTカー選手権のレギュレーションをほぼそのまま反映いたします」
一気に空気が変わったのを感じ取った男は満足そうに簡単な礼を述べてその部屋を去ったのだった。
「エンジン車?
お前はそんなものをどこで知ったんだ…」
「VRの大会」
「そうか」
無愛想に俺と話すのは祖父だ。御年85歳。ギリ電気自動車が世に出る前の世代ではないかと思い、少しでも情報収集しようと食事の時間を使って問いかけているのだ。
「儂が物心つく頃にはすでにそんなものは廃れ始めていた。今に至ってはもはや化石のようなものだ」
年よりの割にははっきりと言い切った。
「そ、そうか…それ以外になにかないか?うまく走るために…どんなことでもいいんだ」
「ない。なにせ、儂は走行経験がないからな」
俺は眉をひそめながら皿の野菜炒めを口に運ぶ。味付けは少し薄い。
「ただ…」
「?」
「エンジンで走るマシンにはパワーがあった。
モーターで走行する車は320キロが限度でそれもフォーミュラーEを走る究極のモーター、車体を持ったものの話だ。
一方化石はGTカーでも無茶苦茶な改造をすれば330キロだせるマシンはあったし、フォーミュラーカーに至っては340キロを記録したこともある。もしそのARとやらで」
「VR」
「…VRとやらでエンジン車を操縦するならばパワーに感覚が追いつくことが必須だな」
「そっか。ありがとう」
・・・
とはいえ
「うーん……どうしたものか…」
俺は翌日の学校でも頭を悩ませていた。というのもVirtualGTを辞退をするのは簡単だが、もったいない。ところが参加するには、昨日祖父から教えてもらったのとは比べ物にならない用な量の知識を頭に入れないといけないうえ、最低三人ーードライバー2人と監督1人ーーいないと参戦できないのだ。すると
「どうした、創一。なんかあったのか?」
頭を上げると俺の数少ない友 (ゲームつながりではあるが)、康平が俺の前で首をかしげていた。俺は先述のことを説明すると
「…え、マジ?!」
と予想していない方から聞こえた。振り向くと別の男子がこちらを見て驚愕していた。どうやら先程の反応は彼のものらしい。確か、名前は野田だったような…
「え!あれに当たったんだよな?」
と再確認してきた。
「そうだよ」と肯定した。すると
「僕も参加していい!?」
と彼は食い気味に反応した。詳しく経緯を聞きたかったが始業のチャイムがなったので話は昼休みに、ということになった。
昼休み。改めて話を聞くと、野田ーー下の名前は正宏というらしいーーは生粋の車ファンで特にVertualGTーー略称はVGTーーのモデルとなったSuperGTーーこちらの略称はSGTーーには目がないらしい。それを聞いて
(これは好都合だな…)
と俺は思った。もし彼と俺で手を組めば大会で成績を残すことすら可能かもしれない。
「…どう?参加していいかな?」
そう彼は聞いてきたのでもうひとり車に詳しい者を一緒に連れてきてくれるなら、という条件付きで了承した。するとおもむろに携帯を取り出し、誰かと少しやり取りすると
「OK。もうひとりも確定したよ」
あまりに早い参戦決定であった。