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【短編】ホラー短編シリーズ

池に魚を放さないで

作者: 烏川 ハル

   

 ブラックバスやブルーギルといった魚が日本にいつ頃持ち込まれ、どのように増えていったのか、その辺りの詳しい事情までは僕も知らない。おそらくは個人が勝手に池や川に放流したりして、それが居着いて繁殖したのだろう。

 一般的に外来魚は、食べるものや住む場所を元々日本にいた魚と奪い合う格好になるから、問題視される。それに加えて、ブラックバスなどはフィッシュイーター。小魚も食べてしまう肉食魚なので、「元々日本にいた魚」そのものを食べて直接的に減らす分、問題も大きかったはず。

 さらに魚釣りの面から考えても、普通は釣った魚を持ち帰って飼ったり食べたりするだろうに、バス釣りをする人々にはキャッチアンドリリースといって、その場で放流する習慣があった。だからいくら釣られても減らず……。

 僕が子供の頃には、ブラックバスなど外来魚の繁殖は、既に大きな問題となっていた。いや最近では新しいルールが作られたり色々と徹底されたりして、だんだん改善されてきたようだから、むしろ僕が子供の頃の方が今よりも問題は大きかったのかもしれない。



 ……子供の頃といえば。

 僕が昔、何度も訪れた親戚の家の近くに、きれいな池があった。

 川の水が流れ込んで出来た池なのだろう。その池に水が入っていく向きの川はあったけれど、逆に池から出ていく川は見当たらなかったから、僕の中では「大きな水たまり」という認識だった。

 実際、近所でも「水たまり池」と呼ばれていたらしい。

 最初に「きれいな池があった」と書いた通り、とても透明度が高い水質で、水中の視界を遮るような藻や水草もほとんど生えていない。水底(みなそこ)までよく見える状態だったが、魚一匹、泳いでいなかった。

 道路に近い側の水辺には、放流禁止の看板があったから、その効果だったのだろう。幼かった頃の僕は、そう思っていた。

 言葉としてはシンプルに「はなさないで!」と書いてあるだけで、一緒に魚のイラストが描かれている。ブラックバスやブルーギルみたいな外来魚を特定するものではなく、魚全般を示すような、可愛らしくディフォルメされた魚のイラスト。そんな看板だった。


 放流禁止を守って、誰もどんな魚も放さないにしても、さすがに「魚一匹、泳いでいない」というのは変ではないか。元から池で暮らしていた魚くらいいるだろうに……。

 ある時、ふと疑問に思った僕は、親戚の大人たちに聞いてみる。すると、思いもよらぬ答えが返ってきた。

「あの池にはね、魚を食い殺す魔物が棲んでいるのだよ」

 僕は驚いてしまう。水底(みなそこ)までよく見える池なのに、そんな「魔物」なんて見たことがない。まさに「影も形もない」というほどだった。

「『魔物』だからね。姿を見せないのだよ」

 あの池に魚を放すことが禁じられているのも、たとえ放流されても魔物に殺されてしまうから、かえって魚が可哀想。そんな理由なのだという。

 ちょっと信じられないような話でもあったが、大人たちの真剣な口ぶりのせいで、信じざるをえなかった。怖くなった僕は、それ以来「水たまり池」に近寄るのも()めるほどだった。



 そんな話もすっかり忘れたような、大人になった後。

 ひょんなことから、僕は「魔物」の正体を知ることになった。

 あの池の近くを流れていて、池にも繋がっていた川。そんな川の上流で、工場排水による水質汚染が問題となったのだ。

 ニュースで騒がれていたのは、あくまでも「川の上流」の話だったが……。

 その水が流れ込んで、溜まった出来たのが「水たまり池」ならば、汚染も蓄積されていたに違いない。今思えば、池の水がきれいに見えていたのも、ただそう見えていただけ。実際には、藻や水草が生えることの出来ない水は、魚を殺す水でもあったのだろう。




(「池に魚を放さないで」完)

   

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