スケルトン、ゲットだぜ!
ムギュ・・・
『そろそろ起きなよ、日が沈んじゃうよ』
俺の上に乗っかったフワフワの何かが、言葉を喋っている・・・?
「んぁ? なんだ?」
上体を起こすと、シャツを着たウサギが俺の上から降りた。
『何寝ぼけてるの、起きるんでしょ?』
ああ、そうか。
この垂れ耳ウサギはカノンだっけ。
俺は毛布を畳みながら、周囲を見渡した。
「もう夕方か」
木々の隙間から見える空の色は、寝た時とは違って赤く染まっている。
『随分とぐっすり寝てたよ』
葬儀屋の仕事をした後で事故に遭って、そのままエンマ様の所を経由してこっちに来たからな。
体力はともかく、精神が睡眠を欲求してたんだろう。
「それなりに疲れてたらしい」
俺は畳んだ毛布をリュックに詰め込むと、他の荷物も全てリュックに入れてから背負った。
『もう移動するの?』
「ああ、足元が見える内に墓地に移動しておきたい」
日が沈んでしまうと足元すら見えなくなるだろうし、移動するならこの時間しかない。
『わかった。じゃあ、案内するから付いて来て』
そう言うと、ウサギカノンは俺に背中を向けて歩き出す。
ガサッ、ガサッ
枯れ葉を踏みしめながら、林の中をカノンに従って歩く。
ガサッ、ガサッ
そうして暫く進んでゆくと、麦畑が目の前に現れた。
『これから畑のあぜ道を移動するけど、堂々としててね』
「丸見えだけどいいのか?」
畑の小麦の高さは俺の腰ぐらいしかないから、畑の中のあぜ道を移動すれば俺の姿が丸見えになるだろうに。
『こんな時間だからシルエットでしか見えないよ。逆にコソコソしてる方が目立つでしょ』
夕日が沈みかかっていて、辺りはすっかり薄暗くなっている。
これなら、人が歩いていても影絵みたいにしか見えないのかもしれないな。
カノンの言う通りに、しゃがんでコソコソと歩く方が目立ちそうだ。
「それもそうか」
林を出てあぜ道へと歩いて行くカノンに、俺は慌てて付いて行く。
カノンはウサギの姿の癖に二足歩行で歩いている。
垂れた両耳をヒョコヒョコと上下に揺らしながら、俺を先導して歩いていた。
ウサギ姿のカノンの背丈は小麦よりも低いので、誰かに見られる心配は無いだろう。
「そのウサギのぬいぐるみどうだ?」
『凄くいいよ!』
「ほー、そりゃ良かったな」
『それでね。毛が抜けたり破れたりしても、魔力を”うー”って流すと元に戻るの!』
「は?」
・・・それは驚きだな。
このぬいぐるみも不死の使い魔だから、MPを消費すれば自己修復するって事か。
スキルの説明には俺のMPか霊魂のMPを使って修復って書いてあったっけ。
俺のMPを使わなくても、カノンが自分の判断で勝手に自己修復するって事なのだろうか。
『汚れたり濡れたりしてもね、魔力を”うー”って流すと元の綺麗な状態に戻るんだよ』
「んん? 俺のスキルで創ったからMP消費の自己修復機能は付いてるけど、ぬいぐるみの毛や服なんて化繊だろうに・・・」
『あー、この子、全部が生き物で出来てるみたいだよ。毛皮も服も元に戻ったから』
「えっ? 全部?」
『うん、皮と毛は羊より毛の柔らかい生き物で、服は馬かブタの皮で出来てるんじゃないかな?』
「へー、贅沢な造りのぬいぐるみだな」
流石は使徒リブラ様の用意したぬいぐるみだけに、神具と言っても良いぐらいだ。
ボロボロになったとしてもMPさえ使えば、元の新品の状態に戻るのであれば、かなり無茶をする事も出来る。
しかし、グニャグニャに曲げてもお湯をかければ元に戻るという、形状記憶合金みたいだな。
ん?
そういや、毛が抜けたり破れたりって言ってたな。
コイツ、俺が寝てる間にどんだけ動き回ったんだよ。
『んーと、あそこかな』
先を歩いていたカノンが、ぬいぐるみの右腕で前方にある一画を指し示す。
そこには、高さ50cm程の木の柵で覆われた、20m×20m程の区画があった。
「お、これがこの世界の墓地か」
墓地の敷地の中には1.5m程の間隔で、石板の様な物が整然と並べられている。
墓地の中には青白い光がチラホラと見えた。
もしかして、あの青白い光って霊や魂の光か?
『どうするの? 墓地に入る?』
「ああ、ここからは俺が先に行こう」
『わかった』
ウサギ姿のカノンを追い越すと、墓地の入口から中に入った。
とりあえず、青白い光が浮いている石板を調べてみるか。
俺は青白い光の浮く石板の一つに近づいてみた。
石板の表面には文字が彫られているので、それを読んでみる事にする。
”アラン・アルゴールここに眠る”って書いてあった。
アルゴール村のアランって意味かな。
普通に日本語のカタカナだな・・・
どうやら、この名前の書かれた石板がこの世界の墓石って事なんだろう。
石板の上にはさっきから、青白い光がフワフワと浮いたままだ。
あれ?
これってカノンにも見えてるのか?
「カノン、ここら辺に浮いてる物って見えるか?」
『ん? そこになんかいるの?』
「ああ」
ウサギ姿のカノンは、俺が手で指し示した辺りに顔を向けたけれど、首を横に振った。
『うーん・・・・何も見えないよ?』
「・・・・そうか」
カノンには見えないのか、幽霊のお仲間だったら見えるかと思ったんだけどな。
まぁ、この青白い光の塊が見えてるのは、”魂の感知”のスキルのおかげって事だろう。
特に使おうと意識もしてないんだけどな・・・・
このスキルは常時発動型のパッシブスキルって奴か?
霊や魂とコンタクトを取るのに、いちいちスキルのオン・オフを意識しなくてもいいんだったら便利だな。
でも、人魂とコンタクトって、どうすりゃいいんだ?
うーん・・・・
とにかく、話しかけてみるか。
っと、その前に。
「カノン」
『なに?』
「ここに死んだ魂がいるんだけど、話しかけたり色々するから大人しく見ててくれ」
『へー、分かった』
先に説明しておかないと、カノンから見たら頭のおかしいヤツだしな。
俺は青白い光に向かって、そーっと右手を人差し指を伸ばしてみた。
お、熱くない。
指の先でソッと光に触れてみたけれど、青白い光からは温度は感じられない。
ふーん・・・
何かが燃えてる光じゃないみたいだな。
俺は思い切って、光の塊に向かって話しかけた。
「こんばんは」
『あーうー』
おっ!? 反応が返って来た!
もしかして、会話も出来るのか?
「俺はタカヒサっていうんだけど、話は判るかな?」
『あーうー』
「もしもーし」
『あーうー』
「・・・・・うーん、残念。ダメっぽいか」
言葉に対して反応は帰って来るけど、会話にはならないみたいだ。
霊や魂が死んでも留まり続けるは、この世界に未練があるからなんだと思う。
その未練が時間と共に風化して薄れると、こんな風になるんじゃないのかな。
本人の了解を得たかったけど、会話が成立しないのであれば仕方ない。
まぁ、検証を次の段階に進めよう。
ここが墓地であるならば、この石板の下には亡くなった人の死体が埋められているハズだ。
そして、目の前には死者の魂が浮いている。
それならば、やる事はひとつだ。
俺は青白い光に手を伸ばしたまま、スキルを発動させる。
「不死創造」
すると、目の前に浮いていた青白い光が真下にある石板の中へ、スッと吸い込まれていった。
お?
ゴリッ・・ゴリッ・・・
石の削れる様な音と共に、石板が横へとズレていく。
『わわっ、何っ! せ、石板が動いてるよ!?』
突然石板が動いた事に驚いたのか、それまで大人しくしていたカノンが声をあげた。
「おおっ!」
ゴリッ・・ゴリッ・・・
石板が2/3程移動すると、中からボロい服を身に着けたスケルトンが這い出して来た。
『ちょ、ちょっと! 何かホラーなのが出て来た!』
「ああ、これは俺のスキルで創った使い魔だ」
『えっ? これが』
「いま墓の上に浮いてた魂を、スキルを使って石板の下にある死体に押し込んでみたんだ。そうしたら、墓の中からこのスケルトンが出て来たんだ」
『この人、生き返ったの?』
「いや、骨だけの状態を生き返ったとは言わないだろ」
俺の目の前にはボロい布を纏ったスケルトンが、こちらを向いて立っている。
ん? このスケルトン? いや、幽霊?
骨の上には半透明だが、服を着た若者の姿の幽霊が重なっている。
これは生前の姿かな。
かなり体格のいい青年だ。
・・・・・もしかして、魂を封じ込めるとこういう感じになるのか?
あっ
これって、俺にはそう見えてるってだけか?
これも確認しとこう。
「カノン、このスケルトンに幽霊が重なって見えないか?」
『えっ? ただの骨にしか見えないよ』
「そうか・・・」
うーーん、合体してもダメか。
カノンに見えないなら一般人にも見えないだろう。
生前の姿まで見えるのは、スキルの能力のおかげか。
まぁ、スケルトンなんてどれも同じにしか見えないし、顔の見分けが付くのは便利かもしれない。
俺は目の前に立つスケルトンに向き直ると、改めて話しかけてみる事にした。
「君はアランか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
あれ? 返事がない
墓の上にいた魂だし、アランの魂だよな?
ちょっと不安になってきた。
『あーうー』としか言わなかったから、確認取ってなかったしな。
まぁ、間違ってたとしても問題ないだろ。
「アラン?」
・・・・んー?
暫く待ってみたが、スケルトンからの返事はない。ただの屍の様だ。
せめて『あーうー』ぐらいは言ってくれるかと思ったんだけどな。
どうやら骨と合体すると、会話は出来なくなるらしい。
うーん、残念。
じゃあ、命令はどうだろう。
「アラン、石板をズラして墓に蓋をしてくれないか?」
アランと呼んだスケルトンは無言で石板の蓋に手をかけると、石板で出来た蓋を動かし始めた。
お、命令はちゃんと理解出来るみたいだな。
ゴッ・・ゴッ・・ゴッ・・ガコッ!
アランは厚い石板の蓋を掴んで引っ張ると、石棺に蓋をしてしまった。
これは中々の怪力だぞ。
動きの速さは人並っぽいけれど、力はかなりあるみたいだ。
この重そうな石板を動かすのは、俺の腕力なんかじゃ1人で動かすなんて無理だな。
それと、アランが石板を持ち上げられたのは俺の魔力ステータスが高いからってのもあるんだろう。
説明文に"魔力ステータスによって変化する"みたいな事が書いてあったしな。
そもそも、骨に筋肉が付いていないのだから、物を持ち上げる力なんて無いはずだ。
骨のつなぎ目には何も無いが、骨同士に魔力的なつながりがあるのは何となく判る。
スケルトンに魔力の糸みたいな物を通して操ってる感じだし、魔力の数値が高いとパワーが上がるって話は理解できる。
まぁ、電圧の高い電池に替えると猛ダッシュする、ミニ四駆のモーターみたいな物と思っておけば良いだろう。
スケルトンが蓋を閉めるのを見ていたら、指を挟まない様に蓋を閉めている事に気が付いた。
へぇ、ちゃんと合理的な行動は取れるみたいだ。
返事は無いけれど、考えるだけの知能はあるんだろう。
コミュニケーションは取れないけど、命令はちゃんと聞き分けてくれるみたいだしな。
これなら十分に役に立つ。
しかし、コイツを連れ回すと目立つよな・・・・
こっちも試しておくか。
「アラン、”安息の地”へ行って休んでくれ」
すると目の前にいるスケルトンが、音もなく足元へと沈んでゆく。
おお、下に沈んでくのか。
『あれっ? 消えちゃうよ』
「いや、これは俺の”安息の地”ってスキルで、造った魔法生物を影の中に収納できるらしい」
『へぇー、ポケモンみたいだね』
まぁ、確かにね。
呼び出す時は「君に決めた!」と言ってみてもいいかもな。
「まぁ、町の中へ堂々とスケルトンを連れて行くもいかないだろうし、このスキルはありがたい」
『きっと大騒ぎになるしね』
スケルトンなんて連れて歩けば、間違いなくトラブルになるよな。
少なくとも、街の中からは追い出されるだろう。
「たぶん、カノンも”安息の地”に入れるぞ」
『・・・それはヤダ』
俺が足元を指さすと、カノンは嫌そうな顔をして見せた。
スケルトンと同列って現実を認めたくないんだろうか。
モンスターボールに入りたがらない、ピカチュー的なポジションか?
まぁ、影の中の様子は知っておきたかったんだけど、仕方が無いか・・・
無理矢理を二度もやると、さすがに信頼が無くなるだろうしな。
合意も無しにカノンを”安息の地”に送るのはやめておこう。