ぬいぐるみ
暫くの間、林を歩いていると、道路の上を通って何かが近づいて来ている音が聞こえてきた。
何だ?
林の中で立ち止まると、木の影に隠れながら道路の様子を伺う。
カノンは隠れるつもりもないのか、道路から見える位置に堂々と立ったままだ。
どうせ他人からは見えないと言ってたし、隠れる気は無いんだろう。
ガラガラガラ・・・・
ガポッ、ガポッ、ガポッ・・・・
「っ!? 何だ・・・あれ」
『あれが乗合馬車だよ』
二頭の見た事も無い生き物が、車輪の大きな幌付きの馬車を引いて走って来る。
あの生き物は何だ!?
普通、馬車っい言うぐらいだから、馬が引いているんじゃないのか? 名前の通りに。
「いや、そうじゃなくて! あの生き物は何だ!?」
『うーん、馬?』
「いやいやいや、あれはどう見ても馬じゃないだろ! 見た目はサイっぽいけど、色は黒いし頭に角あるしデカすぎるだろ!」
カノンが馬と言った生物は、体長2m程で頭の両サイドから大きな角を生やしていた。
足は太く全身が黒い毛に覆われている。
サイと牛の良いとこ取りした様な生き物だ。
『こっちの人はみんな、あれを馬って呼んでるけど?』
「マジかよ・・・」
もしかして・・・・
こっちの世界には馬は存在しなくて、代わりにアレが馬のポジションに収まってるって事なのか?
異世界すげぇな。
俺達の隠れている木のすぐ傍の道路を、悠然と走り抜けて行くサイ牛の馬車を見送った。
『乗合馬車が来たって事は、今はお昼ぐらいかな』
「カノンはあれに乗ってあちこち移動してたのか?」
『うん』
「あれの料金って、高いのか?」
『さぁ? 払った事無いからわかんない』
「払った事が無い?」
『だって、ボクの事が見えないんだから、料金なんて請求される訳がないでしょ』
あ、そりゃそうか。
誰にも見えないんだから、料金なんて請求される訳がないしな。
「これは自分で調べるしかないか・・・」
スキルを使いこなせる様になったら、大きな町へ行くつもりだ。
農村部なんかじゃ、この先の食費を稼ぐのも大変だろう。
その為の準備として、交通費ぐらいは知っておきたいんだよな。
俺は木に付けた目印を頼りに、カノンを連れて荷物の隠し場所へと戻って来た。
『へー、こんな所に転送されたんだ』
周囲を見回しながら、不思議そうな顔をするカノン。
「ああ、郊外にある村の近くとかにして欲しいって頼んだからな」
『ふーん』
「カノンはどんな場所に転送して貰ったんだ?」
俺は枯れ葉の中からリュックを取り出すと、中身を1つずつ取り出した。
『ボクはここよりずっと東にある、オニクス王国の王都のプルビアンって街だよ』
「オニクス王国? じゃあ、ここは何て名前の国なんだ?」
『ここはグルナ王国』
俺は取り出した荷物の中から干し肉の入った包みを開くと、干し肉に齧りついた。
「ふーん、ここは王国なのか・・・クチャクチャ」
確か、地球の世界史でも中世の頃は、殆どの国が王国か帝国だったハズ。
国土が大きいと帝国で小さいと王国って感じで、どっちも国家体制は絶対王政だったと記憶している。
『ねぇ、食べるか喋るかどっちかにしたら?』
「食事ぐらい自由にさせてくれよ・・・クチャクチャ」
干し肉だからなかなか噛み千切れないんだよ。
『タカヒサは、よくあんなの見た後ですぐに食べられるね』
「あんなのって、動物の死体の事か?」
『うん』
「職業柄、死体には慣れてるからな」
『職業柄?』
「こっちに来る前は、葬儀屋だったからだ」
『うぇっ、見慣れてるって人間の死体に!?』
「そうだ」
『でも、お葬式の死体って、さっきのみたいに腐ってたりしてないでしょ?』
「そんな事ないぞ」
『ええっ!?』
「事故や事件に巻き込まれた死体なんてグチャグチャだし、孤独死した死体なんてさっきの死体より酷い状態なんてのもザラだ。ウジが湧いてたり腐ってたりなんてのはしょっちゅうだ」
『うぇぇぇ、気持ちわるっ!』
「そんな死体を綺麗に洗って化粧して、死に装束を着せるのは大変なんだぜ」
『ひぃぃ! ぜ・・絶対イヤだよ、そんな事する仕事』
「まぁ、普通はそうだろうな」
後輩の藤田も最初の頃はよく吐いてたしな。
『・・・・・何でそんな仕事してたの?』
「金が良かったから・・・かな?」
冠婚葬祭に人は金を惜しまない。
特に葬式なんて殆どの事を葬儀屋に「お任せ」なので、殿様商売をしている田舎の葬儀屋ですらそれなりに儲かっている。
それに、葬儀屋の社員になりたがるヤツは少ないから会社の待遇も良かったし、資格も取っていたから給料もそれなりの額を貰っていた。
ま、他にも理由はあるが、それをコイツに言う必要もなかろう。
しかし、こっちの世界でまた死体に関わる職業になるとは思わなかったけどな・・・・
この世界の神様が"死人使い"って職業を俺に与えたからには、死体に関わる職業が俺の天職って事なのかもしれない。
『ふーん・・・・・・あっ!?』
「ん?」
カノンの視線の先にあったのは、リュックから頭半分を出したウサギのぬいぐるみだ。
『何それ! 見せて見せて!』
ああ、謎のぬいぐるみか。
リュックの中からウサギのぬいぐるみを取り出してカノンの前に置いた。
すると、ウサギのぬいぐるみがフワリと浮き上がった。
「うおっ」
『わっ、可愛い!!』
カノンの目の前でぬいぐるみがクルリと回ったりしている。
これって、ポルターガイスト現象ってヤツか?
霊は念動力みたいな力で物を動かしたり、音を鳴らしたりする事が出来るんだっけ。
コイツ・・・直接触れる事は出来なくても、物を動かす事は出来るのか。
『ねぇ! これどうしたの?』
「俺もわからん」
『タカヒサの持ち物なんじゃないの?』
「いつの間にか入ってた。たぶん、神様の使徒リブラ様がリュックの中に入れたんだと思う」
『えっ? 使徒様がなんで?』
「さぁな? 俺のスキルに関係があるとは・・・・?」
スキル?
「っ!? ステータス!」
俺は慌ててステータス画面を呼び出すと、スキルのページを開いた。
不死創造
・魔物・動物・人種の死体に霊魂を縛り付け、不死の使い魔へと変える事が出来ます
・創造の方法は死体と霊魂をスキル発動者の5m内に揃え、スキル名を唱える事で発動し不死の使い魔が出来上がります
・創造した使い魔は縛り付けた霊魂のMPか使役者のMPを使って、自身の損傷を自動的に修復します
・使い魔は使役者の死亡もしくは”魂の解放”によって縛り付けた体から魂を解放することが出来ます
・使い魔は創造主のステータス"魔力"の数値によって、その能力が変化します
・使い魔は創造主が業を経る事によって成長します
神様が意味もなく俺の荷物にぬいぐるみを入れたって事は無いだろう。
俺のスキルに関わっているハズだ。
だとすると、このぬいぐるみが死体である必要がある。
うーん・・・・
あ! もしかしてこのぬいぐるみって、本物の動物の毛皮とか体毛から出来ているんじゃないのか?
それなら俺のスキルが使える条件に当て嵌まるぞ。
海外メーカーなんかだと、人にやさしい素材として本物の動物の毛皮とか使ってたハズだ。
うん、試してみる価値はある。
『どうしたの?』
俺がステータスを開いたまま黙っているのが気になったのか、カノンが声をかけてきた。
「なぁカノン、そのウサギのぬいぐるみに入ってみないか?」
『はぁ!?』
「たぶん、俺のスキルを使えば、カノンがこのぬいぐるみに入って自由に動かせると思うんだ」
『ええーっ・・・』
カノンはぬいぐるみから後ずさった。
恐らく、さっき腐った死体に入れられた体験がよっぽどイヤだったんだろう。
「今度はコイツだし、気持ち悪くなる要素は無いだろ?」
こっちは腐ってもいないし、ウジも沸いてないからな。
『うーん・・・』
「ほれ、このぬいぐるみは気持ち悪いか?」
ウサギのぬいぐるみの手足を持って動かして見せる。
『そんな事は無いけど・・・』
「気に入らなかったら、すぐに戻してやるから。な?」
『うーー・・・・』
むう、手強いな。
ウジだらけの死体に入れたのが余程イヤだったんだろう。
よし、ここは一つ・・・
「お願いだよカノンちゃん! 魔法少女になってよ!」
俺はぬいぐるみに裏声で声を充てながら、ぬいぐるみの手足を動かしてやる。
ウサギっぽいぬいぐるみが言いそうなセリフと言ったらコレだろう。
『もーーっ、ウサちゃんに変なセリフ言わせないでよ! ・・・・じゃあ、”戻して”って言ったらすぐに戻してよね』
カノンは文句を言いながらも何とか了承してくれた。
「ああ、判った。じゃあいくぞ?」
『うん』
「不死創造」
『うひゃっ!』
俺の力ある言葉に反応して、カノンがウサギのぬいぐるみに吸い込まれていった。
「お?」
”ガサッ”という枯れ葉の音と共にウサギのぬいぐるみが、突如として2メートル程の高さまで飛び上がった。
『わわっ!』
ぬいぐるみは枯れ葉の上にポスッと着地すると、手足を確認し始めた。
「どうだ?」
『うわー・・、軽く跳ねてみただけなのに、結構高く跳んじゃった』
「気持ち悪いとかそういうのはあるか?」
『特に無いかなっ・・・うひゃっ、これは凄い!』
そう言うと、今度はさっきの倍ぐらいの高さまで跳び上がった。
随分高く跳べるんだな。
そういえば、謎生物の死体でもこのぐらいの動きは出来てたっけ。
これはカノンが特別なのか?
うーん・・・・
やっぱり、他の霊魂とも比べてみる必要があるよな。
そのうち検証しよう。
まぁ、ぬいぐるみの件はこれで良いとして、ちゃんと戦力になりそうな使い魔を創造しないといけない。
昼間は村の住人と接触する可能性があるし、行動するのは夜にしよう。
まともにスキルが使いこなせない今が、最も危険な状態だしな。
「カノン」
『なに?』
「俺は今から寝るから、日が落ちるぐらいになったら起こしてくれ」
『ええーー! 寝ちゃうのぉ?』
「ああ、起きたら墓地に行く。俺が寝てる間に、そのぬいぐるみでやれる事を調べてみてくれ」
『やれる事?』
「魔法でもスキルでも何でもいい、そのぬいぐるみの体で何か出来る事があったら教えてくれ」
ま、そうは言ってみたけど、その辺はあまり期待はしていない。
幽霊であるカノンに、スキルや魔法が使えるとまでは考えていないからだ。
ただ、神様の用意したぬいぐるみだし、何か変わった事が出来てもおかしくはないだろう。
『あ、うん』
「無ければ無いで構わない。そのぬいぐるみで動く事に慣れておいてくれればそれでいい」
『ん、わかった』
「じゃあ、おやすみ」
そう言うと、俺は枯れ葉の上に横になり、毛布を上から被った。
『おやすみ』
ぬいぐるみのイメージはベストを身に付けたフレンチロップです