カノン
それから暫くの間、この幽霊女は一方的には話続けた。
・・・・・・・・長い。
ほっとけば話疲れるだろうと思ってたけど、コイツ幽霊じゃん!
こんだけ喋って息も上がってないし、幽霊って疲れないんじゃねぇのか?
ええい、キリが無いわ!
「まてまて、ストーップ!!」
俺は両手バッテンの形に交差させて、幽霊少女の話を止めた。
『わっ!? ・・・なぁーに、もー。話の腰を折って・・・』
俺の両手を使っての制止に幽霊少女は不満そうだが、そんな事に構っていられない。
「まず、君の名前を教えてくれないか?」
『ボク? サカタ・カノン。違う世界から来た移住者なんだ』
「移住者!?」
確認するまでもなく自分から言い出すとは。
こっちの世界の人に移住者って事がバレても平気・・・だったよな、誰にも見えないなら移住者かどうかなんて関係無いのか。
『それで、お兄さんは?』
サカタ・カノンが俺に聞き返してきた。
まぁ、幽霊相手に隠しても仕方ないか。
こいつ、他の誰かと話せる訳じゃないみたいだしな。
「俺はオノ・タカヒサ、日本から来たばかりの移住者だ」
『えっ!? お兄さん日本人だったの!?』
「ああ」
『ええーっ、日本人なら最初に言ってよ!』
「あのな、お前が一方的に喋りまくってたからだ! それに、誰彼構わず”俺は日本から来た移住者だ”なんて言う訳が無いだろ」
そもそも、この世界で移住者がどんな立場なのかも知らないんだ。
ヘタすりゃ、移住者は迫害されてる可能性だってあるしな。
現地人から移住者がどうか思われているかを確認するまでは、移住者である事は隠しておくべきだろう。
『まぁ、そりゃそうだけど・・・ううーー、日本人って知ってたら苗字なんて名乗らなかったのに』
「なんだそりゃ?・・・なぁサカタ、こっちの世界って漢字は通じるのか?」
『・・・・・・あのねボク、サカタって呼ばれるのは好きじゃないの。下の名前でカノンって呼んで』
サカタって名前になんか嫌な思い出でも・・・・
あ! そういや、坂田って名前のヤツは小学校とかで「アホの坂田」って必ずからかわれるとかって聞いた事があるな。
もしかしたら、コイツもその口か?
まぁ、コンプレックスをいじるのは止めておこう。
「・・・・わかった。俺の方もタカヒサと呼んでくれていい」
『わかった、タカヒサね』
・・・・さんは付けてくれないのね。
年上を呼び捨てにする事に躊躇は無いらしい。
まぁ、今どきのヤツなんてこんなもんか。
ここで、呼び捨てを注意してオジサン呼ばわりされたら癪だしな・・・黙っておくか。
「確認だが、この世界の人に日本語は通じるのか? カノン」
『話すのならどこの国でも日本語で通じるよ。けど、書くのはどうかな? 僻地の村にも子供向けの学校がちゃんとあるけど、漢字までちゃんと読み書き出来る人だと、大きな街の上級学校まで行ってないと無理かな。だから平仮名やカタカナで書く人は多いね』
ほほう、子供向けの学校と上級学校ってのがあるのか。
まぁ、漢字まで覚えるとなると、何年かキチンとした教育を受けないと無理だろうしな。
「ちなみに、こっちの人間って名前は漢字なのか?」
『名前はカタカナがほとんどだね』
「漢字が苦手だからか?」
『どうかな? みんなヨーロッパっぽい名前だからじゃない?』
「ヨーロッパ?」
『ダニエルとかピエールとかそんな感じの名前』
「和名じゃないんか」
あ、そうか。
"ダニエル"を無理やり漢字を当てると"堕似柄琉"みたいな当て字なってしまうんだな。
漢字の読み書きが出来ない人達に、そんな当て字が読める訳が無い・・・。
地名や名前の表記がカタカナになるのは、漢字の読み書きが出来ない人達の為でもあるんだろう。
『ちなみに、そこの村は”アルゴール”って名前なんだけど、そこの村出身の人だと名前はアルゴール・ダニエルとかアルゴール・ピエールになるみたいよ』
アルゴール村出身のダニエルとアルゴール村出身のピエールか
単純だけど分かり易い。
そういえば、地球上でも昔はそうだったらしいしな。
人口の少ない地域じゃそんなもんか。
「そういや、なんでそんな所に座ってたんだ?」
俺はカノンが座っていた木の枝を指さした。
『えっと、乗合馬車が来るのを待ってたんだ』
「乗合馬車?」
『街と街を往復してるバスみたいな役割の乗り物だよ』
ほほう、人を運ぶ専用の馬車があるのか。
道路もキチンと整備されてるし、恐らくこの世界のとしては一般的な移動手段なんだろう。
「どっかへ行く予定だったのか?」
『乗合馬車に乗って次の街に行こうかなって思ってたの』
「乗合馬車ってのがこの村には来るのか」
『うん、どこも町や村の入口の前が馬車の停留所になってるからね』
そう言ってカノンは村の入口を指さした。
言われて気づいたが、入口の前は広くなっていて、砂の上には車輪の跡が何本もあった。
「ああ、それで村の入口が見える場所にいたのか」
『ボクの事が見える人はいないかって、もう10年近くいろんな町を回ってきたんだ。二日前に着いたこの村の人達にも、色々試してみたけどダメだったから・・・』
ああ、魔法とかスキルのある世界だし、幽霊や魂になった者が見えるヤツがいてもおかしくはない。
「それじゃあ、お前は自分の姿が見えるヤツを探して、この世界を10年も旅をしてたのか?」
『・・・・・うん』
突然誰からも見えなくなって、誰からも相手にされずに10年か。
誰からも見えない触れないし、その癖に意識はしっかりとしてる。
きついなそれは・・・。
たとえ、この世界が嫌になってとしても、コイツは幽霊だ。
自ら消える事も出来ないか。
俺だったら気が狂うんじゃなかろうか・・・・
はぁ、やれやれ。
使徒様の言っていたバグってのはこれだろう。
「なぁ、カノン」
『なに?』
「お前この世界を旅して回ったんなら、この世界の事は詳しいよな?」
『うん』
「俺はこの世界に来たばっかりで、この世界の事を何も知らないんだ」
『あ、そうなんだ』
「だから、お前の話し相手ぐらいにはなってやるから、俺と一緒に来ないか?」
『えっ!? ボ、ボクと?』
「ああ」
『い・・・いい・・の?』
「もちろん」
カノンは脱力したかの様に、地面に膝をついた。
『あ・・、う・・うぁぁぁぁぁーーー!! い゛ぐっ、いぎまず!! うぁぁぁぁぁーーーーん』
カノンは両目から大粒の涙を流しながら、大声きな声を上げて泣きだした。
「よし、決まりだ」
『あ゛い゛っ、ふぐっ・・ふぁぁぁぁぁぁーーーーん』
しかし・・・幽霊って泣けるのか。
まあ、泣かせるつもりはなかったが、この調子だと暫くの間泣き止みそうもないな。
しかし、誰とも話せず触れる事も出来ない状態で、10年もさ迷い続けるなんて考えただけでも恐ろしい。
もしかして、移住者って死ぬとこうなるのか?
カノンの今の状態は、もしかしたら何か特殊な事情なのかもしれないし、そこら辺は移住者の死に立ち会ってみないと解からない。
ま、機会があったらコイツの死因を調べてみるとしよう。
それと、カノンのこの涙は俺なんかじゃなく、ここに俺を転移させた神様の使徒に向けられるべきなんだよなぁ・・・。
ここでコイツと合ったのは偶然にしては出来過ぎだ。
カノンがこの村にいるこの時を見計らって、俺をこの村のそばに転移させたんだろう。
誰にも見えない幽霊のカノンと、霊や魂を見て話せるスキルを持つ俺。
これが偶然と考えられる程、能天気ではないつもりだ。
ただ・・・俺に霊の見えるスキルを与えたのが、カノンを見つけさせる為だったのか、俺の適性が偶々そうだったのかは何とも言えない所だ。
まぁ、俺をこんな状態になっちまってる移住者の所に送り込んだのは、神様なりのアフターケアなんだろう。
俺としてもこの世界の案内人が得られるのはありがたいしな。
Win・Winの関係ってヤツだ。
それに、神様の用意したと思われる仕込みをスルーして、わざわざ不興を買う必要なんて無いしな。