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葬儀屋、異世界に行く  作者: 80000太郎
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葬儀屋

「せんぱーい」


俺が駐車場に停めてあった自分の車のトランクに荷物を入れていると、背後の方から声がした。

ボンッ

トランクを閉めて振り返ると、入社して半年の女子社員の藤田がこちらへ向かってやって来るのが見えた。


「どうした? 今日はもう帰っていいぞ」


腕時計を見ると時刻はまもなく19時になろうとしている。

タイムカードは既に押しているし、今日は残業しなくてはいけない仕事は無いハズだ。

藤田は俺の前まで来ると


「先輩、私この仕事やってけますかね?」


そう言って首を傾げた。

藤田恵

コイツは今年高校卒業しウチに就職した19歳の新入社員で俺の部下だ。

高校時代に運動部を真面目にやっていたらしく、初顔合わせの時に「体力には自信があります」とか言っていたのを覚えている。

俺はトランクを閉めると、藤田恵に対して向き直った。


「半年もったんだ、余裕だろ?」


最初の一カ月ぐらいはコイツもしょっちゅう吐いていたが、今ではシッカリと俺のサポートが務まる様になっている。

向いてないヤツには三日ともたない職場に、コイツは入社してもう半年になる。

それだけの期間やれたのであれば、ウチの社員としては充分にやっていけるだろう。

もう俺から教えられる事なんて殆ど無いし、免許皆伝をくれてやってもいいぐらいだ。


「そんなもんですかね?」

「そんなもんだ」

「・・・・・先輩は何でこの仕事に?」

「金が良いからな」

「先輩、葬祭ディレクターや納棺師とかって色々と資格を持ってますしね」

「箔付けにな。給料も上がるし、いつでも独立出来ると思って前に取ったんだよ」

「独立するんですか!?」

「いや、しないよ。まぁ、社長が死んだら考えるけどな」


そう言って会社の建物を見上げた。

建物の上と横には大きな看板が掲げられていて、そこには「白百合セレモニーホール」と書かれている。

これが俺の職場である「白百合セレモニー」の所有する葬儀場だ。

横文字の名前なのは、名前でで葬儀屋と判らない様にする為だろう。

世間的に人の死を扱う葬儀屋は忌むべき存在と考えている者はそれなりにいるので、横文字も混ぜて何の会社か分からなくする必要があるからだ。

大学の時にアルバイトとしてこの会社の軽作業を手伝っていたが、社長の勧めで三流大学を卒業後になし崩しで就職する事になってしまった。

忌事に携わるだけに成り手も少ないらしく、社員としての給与も待遇もかなり良い。

ぼんやりと建物を見上げていると、藤田は俺に向かっておずおずと切り出した。


「あの・・・実は両親がこの仕事を辞めろって言ってきて」

「あー・・・もしかしてお前、仕事の細かい内容を親に説明したのか?」

「そうなんですよ! そしたら”今すぐ辞めろっ!”って怒鳴られました」

「ぷ、くくく。そりゃそうだろ」


葬儀屋の仕事には表の面と裏の面がある。

依頼人の望みに応じた葬儀を執り行うのが表側の仕事で、葬儀が終了後に火葬場で火葬されるまで死体を管理するのが裏側の仕事だ。

依頼人から預かった死体から服をはぎ取り死に装束に着替えさせ、損傷のある死体であればその部分をパテで埋めて、上から化粧を施して見えなくしたりもする。

たまに孤独死した腐乱死体が持ち込まれる事もあるだけに、まともなヤツなら三日ともたない。

もしも自分の娘がそんな仕事をしてると聞けば、辞めろと言うのも当然の話だろう。

その昔は霊柩車を見ただけでも、縁起が悪いって言いながら親指を隠してたぐらいだしな。

葬儀屋なんて仕事は一般人の感覚からすれば、忌み嫌われていているのが普通だろう。


「霊に憑かれるとか祟られるとか、ある事無い事を言われましたよ・・・・ハァ」

「なに、お前? 両親と同居してんの?」

「ええ、お陰で毎日うるさくて」

「自立しろ。それぐらいの給料出てるだろ。それに家賃だって半額ぐらいは会社が出してくれるぞ」

「そうなんですよねぇ」


俺がオートロック付きの賃貸マンションに住めているのも、その住宅手当のおかげだ。

この業界、なり手が少ない分だけ福利厚生はしっかりしている。

ま、人に嫌われる上に安月給だったりしたら、誰もやらなくなるだろうしな。


「この仕事続けるつもりなら、身内を嫌いになる前に家を出るんだな」

「・・・・先輩はどう思いますか?」

「どうって何が・・・?」

「私がいなくなったら困ります?」


藤田は俺を見上げながらそんな事を言ってきた。

うぜぇ・・・

コイツって典型的な「かまってちゃん」なんだよな。

仕事中にも「私すごいでしょ」的なアピールをしょっちゅうしてくるし・・・

まぁ、ここでヘソを曲げられて辞められて困るのは俺だし、いつもの様に適当に褒めておけば良いだろう。


「あ、ああ、俺のサポートも出来る様になったし、(次のヤツを育てるのは面倒だから)お前が居なくなるのは困るな」

「じゃあ、私がいなくなったら寂しいですか?」


藤田は俺を上目遣いで見上げてくる。

くっ!  めんどくせぇ・・・コイツ。


「そ・・・そりゃあ、勿論?」


そう言って、藤田から目を逸らしながら頷いた。


「フフフ、そうですか。先輩は寂しいですか」

「えっ? あ、ああ、そうだな」

「ふむふむ・・なら、仕方ないですね。これからも私がこの会社に残って、先輩のサポートをしてあげましょう」


藤田はそう言うと、俺に向かって右手を突き出して親指を立てた。


「あー、そうか。よろしく頼むよ」

「ふふふ、そうと決まれば、家に帰って引っ越し先をネットで調べますか」


そう言うと、俺にウザ絡みをしていた藤田は、隣に停めてある黒い高級車のドアのノブに手をかける。

車からピッピッと音がしてハザードランプが二回点滅し、車から"カシャン"という音が聞こえロックが外れた。

触れるだけでロックが外れる車に乗れるのはうらやましいな。

この黒い高級車は会社の社有車であり、入社半年の藤田が買える値段の車ではない、

客を乗せて葬儀場や火葬場を往復したりするので、ウチの会社は国産の高級セダンを社有車として使っているからだ。

藤田は明日の葬儀の喪主の所へ朝イチで直行する予定なので、会社の社有車を借りて自宅に帰るんだろう。

コイツなんかが足として使うには、かなり贅沢なシロモノだよな。


「ああ、そうしろ。俺も帰る」


藤田は社有車に乗り込みエンジンをかけると、運転席の窓を開けて俺に声を掛けて来た。


「お疲れ様でしたー」

「はいはい、お疲れ」


俺は藤田に向かって「サッサと行けと」ばかりに手をヒラヒラと振ってやる。

藤田の乗った社有車が駐車場から出ていくのを見届けると、俺も自分の車に乗り込んだ。

値段は藤田の乗って行った社有車の1/3程で買える軽自動車だ。

税金も車検も普通車に比べてかなり安いし、地方都市の足としてはこれで十分だと思っている。

エンジンをかけてエアコンの温度を調整すると、俺も帰宅する為に会社の駐車場を出た。

・・・・そういえば腹が減ったな。


「今日は夕食はどうするかな」


一人暮らしなので、家に帰っても食事が用意されている訳では無い。

選択肢は食材を買って自炊するか、外食をして帰るか、コンビニやファストフードでテイクアウトして帰るかの三択だ。

車載のナビに目をやるとデジタル時計は18時を少し過ぎた所だ。


「18時か・・・・」


うーん・・・結構腹が減ってるんだよな。

これから食材を買って調理をするんじゃあ、食べられるのが何時になるのか分からないし、今日は外食で済ますか。

あー・・・そう言えば、国道沿いに新しいラーメン屋が出来たんだっけ。

派手な看板の店が出来ていたし、味見がてら行ってみるか。

そう思い立ち、車を県道から国道へと走らせた。

国道に入って二つ目の大きな交差点の信号が赤になったので、俺は交差点の先頭で停止させる。

この信号って長いんだよなぁ・・・・

そうだ、一昨日ダウンロードした曲でも聞こう。

シフトをパーキングの位置に戻てサイドブレーキをかけると、ナビの表示をオーディオに切り替える。

ピッピッ・・・

オーディオを操作してお目当ての曲を探していると

ガシャッーーン!!

ギュギャギャギャャャーーーー!!!

という突然大きな音が聞こえ、俺は慌てて顔を上げた。


「な、なんだ?」 


俺の視界に飛び込んできたのは右折の車に弾かれて、こちらへと向かって突っ込んで来る大型のトラックの姿だ。

接触事故?

なっ!? こっちに来る!!!

くそっ、バックは!?

バックミラーには配送業者のトラックが、俺の車の真後ろに停止して信号待ちをしていた。

後ろはダメか!

ああ、何でこんな時に先頭で信号待ちなんだよ!

マジか、クソッ! 逃げられない!

大型のトラックが俺の車に迫ってくる!!!

俺はハンドルにしがみついて、足を踏ん張った。

バガァァァンーーッッッ!!!

大きな衝撃音と共に、体全体が圧迫され全身に激痛が走る。


「アガッ・・」


口の中から何かを吐き出そうとした所で、俺の意識は途絶えた。

・・・・・

・・・・

・・・

・・


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