【後編】
二日後。
体の回復を待って、俺は、部屋を出た。昼の間、月の宮の中なら、自由に出来るはずだ。
うろうろしてみると、月の宮の中は、人影が全然なかった。もしかして、ほっとかれてるのか。俺が半分人間だから、、、。
でかい扉に突き当たった。ここを出ると、他の宮に行けるのか。
開けようとするが、びくりとも動かない。くそっ!ふざけんな!
頭の上から手が伸びて来て、扉の取っ手に手をかけた。
「これは引き戸ですよ」
呆れたように声が言って、扉の片側を右にスライドさせた。
「!!」
目の前に、屋根とシャンデリアのある豪華な渡り廊下が現れた。
「言っておきますが、ここを歩くことは出来ません。私が行かせませんので」
俺は、声の主を見上げた。あの冷血執事だった。
「行っちゃだめ?」かわいく言ってみる。
執事は顔を引きつらせて冷たく見下ろしてくる。
「なんのアピールですか?」
ダメか。むしろ逆効果、、。
「大体、嵐の宮に何の用です?」
「もう俺に、ちょっかい出さないで欲しいって、言いに」
執事は、意外そうな顔をした。
「・・あの兄様方に効果があるとは思えませんが」
そんなこと言うなよお・・・。
「じゃ、どうしたらいいと思う?」
執事は、暫し考えて、思いがけない事を言って来た。
「決闘でもしますか?」
「けっ・・とう・・?!」
執事が、右腕を上げた。その掌に、一振りの銀色の剣が現れ、柄を俺に向けた。
「今、どうやって・・?」
「アエギスの剣です」
俺は柄を握った。迷いなく剣を鞘から引き抜いた。
驚くほど、軽かった。
「その刃は、魔力を跳ね返します。魔力の無いあなたが唯一使える剣です」
執事は、そう言って、鞘を俺に差し出した。
「ま、それを使って、決闘する度胸が、あなたにあるとは思えませんが」
「なんだと?」
「人形の様に囲われて安全に、ここで短い一生を終えるのが似合いですよ。リアム様」
ぷちーん。
俺は、切っ先を執事に向けた。
「兄貴たちに言っとけ。決闘を申し込む。首を洗って待っていろってな」
「首を洗う?人間は妙な言い回しをしますね」
「うるせ」俺は、鞘をもぎ取り、剣を収めた。
「リアムぅ!!」
血相を変えて魔王が現れた。なんで出てくんだよ!聞いてたのかよ!
「お前、魔力も無いのに決闘なんて!」
「でも、このまま、とうさんの足手まといは嫌なんだよ!」これ、俺の気持ちか?リアムの気持ちか?
魔王は、恐い顔で俺に歩み寄ったかと思うと、
「必ず勝て」
え?
魔王は、それ以上何も言わず、背を向けて去って行く。
執事はニヤリとして、魔王の後をついて行った。
「なにか、はめられた気がする」
「勝手な事言って」
部屋の中で、俺は一人でぶつくさ言ってる。はたから見れば。リアムと俺は、夢でなくとも普通に話せるようになっていた。
「魔力が目覚めてからの方が良かったのに、、」
「いつ目覚めるんだよ」
「それは、、」
「お前だって、このままは嫌だろう」
「でも無謀過ぎる」
「この剣がある」
俺は、アエギスの剣を掲げた。
「元剣士なら知ってるでしょ。魔力を宿した剣でなければ魔族を殺せない。強い魔力を宿した剣は魔剣と呼ばれて、普通の人間には扱えない。つまり、魔力の目覚めていない僕に扱える剣では、あいつらを倒せない」
「”兄さんたち”から”あいつら”になったな」
「やめてよ」
暫し、沈黙した。とはいえ、互いの思いは言葉にせずとも互いに通じる。
「ねえ、決闘に勝ったら、満足して消えてくれる?」
「幽霊じゃないから」
俺は、この状況、気に入ってるんだけどな。
やだよ。これじゃ過保護の父親みたいだ。
「父親、か」
前世で俺の生まれた村は貧しく、家も貧しかった。一番体が小さく働けない俺は実の両親に売り飛ばされた。それでいくら貰ったかは知らないが。
どこぞの屋敷に買われ、運ばれている時に盗賊に襲われ、更にその盗賊は低級妖魔に襲われ、飯として食われそうになっている所を通りがかりの剣士が助けてくれた。それが俺の剣の師匠だ。
俺は師匠について行くことにした。最初は邪険にされて、騙されて置いて行かれたり、売られそうになったりしたけど、それでも付きまとった。なんでかな。俺にはもうこの人しかいないと思った。でも、俺がガキだったばかりに、足手まといになり、師匠を死なせてしまった。
声を押し殺して泣いてる声がする。涙がぼろぼろと頬を伝っている。ああ、泣いてるのはリアムか。俺か。確かに面倒くせぇな。
「思い出さないでよ。そんな悲惨な過去、、」
「お前のかあさん、涙もろかったんだな。きっと」
「あんたのかあさんだよ」
「そうだな」
つい、魔王の泣き顔を思い出した。本当に、心を痛めている顔をしていた。
「ねえ」リアムが涙声で訊いてくる。
「なに?」
「僕は、とうさんを愛していいのかな」
俺は言葉を失った。
リアムの父親は全人類の敵、魔王。前世の俺は、あいつに殺された。
そして現世の俺は、彼の息子だ。
「俺の許可は要らないよ」
「ごめんね。ごめん・・」
リアムは、俺を抱きしめた。いいやつだ。俺はもっと、お前が自由に生きてるところを見たいよ。
数日後。
魔王の城の庭で、俺と、兄二人が対峙した。
二人は、俺より多少体がでかいという位で、見た目は大して変わりがなかった。トーリは目が紅く、グレンは蒼かった。二人は手ぶらだった。魔力があるから剣は要らないのだろう。そして何故か、魔王と執事が立ち合いに現れた。
「これはこれは父上。リアムが殺されるところを見に来たのですか」
トーリが言った。魔王は冷酷な顔でトーリを一瞥したが、何も言わず、後ろに控えた。トーリとグレンが、にやついた顔で何やらひそひそ話した。
執事が両者の中央に立った。
「私が立会人を務める為、この決闘は正式なものとなります。従って、勝った方は次の魔王になる権利を得ます」
え?
魔王が、冷酷に一言、
「戦え」
と、言った。
兄二人が喜々として向かって来る。
俺は剣を抜く。
「今、あいつ何て言った?」
「勝ったら次の魔王だよ」
「聞いてねえ」
「魔王の息子なんだから、そうなるでしょ」
「俺は、ただ閉じ込められたくないだけで」
「殺らないと殺られちゃうよ」
ガキィン!!
グレンの、ナイフの様に長い爪を俺の剣が受け止めた。グレンが爪と爪の間に剣をねじ込み捻り折ろうとする。しかし。
グレンの気が一瞬退きかけた所で、薙ぎ払った。反動を利用し、後ろに飛び去るグレン。
「案外、丈夫だな」
感心してグレンが言った。同感だ。
そこへ、後ろから黒炎が襲って来た。振り向きざま振り払う。
アエギスの剣は、本当に魔力を寄せ付けなかった。トーリとグレンは、攻めあぐねている様にも見えた。
しかし、それは間違いだった。
決着に時間がかかればかかる程、二人の魔力より自分の体力の消耗の方が激しかった。
息が切れて来た。立っているのがやっとだ。
トーリがニヤリとした。
「良い顔だな。望みを失くした人間の顔だ。あの女を思い出す」
ドクン!!心臓が鳴った。リアム?!
「人間てのは、馬鹿だな。勝てない相手に戦いを挑み、死にそうになれば命乞いをする。俺たちが助ける訳ないのにな。ははは!!」
ドクン!ドクン!ドクン!心臓の激しい動きに胸が苦しくなる。剣を地面に突き刺し、片膝をついた。目の前にグレンが立った。
「まさか、あん時腹ん中にいたお前が助かるとはな」
いま、なんて言った?
グレンは、俺から剣をもぎ取ると、ぽいと捨てた。
「死ね」
グレンは、長い爪で俺の首を掻き切った。
鮮血が噴出し、グレンの体を赤く染めた。俺の体は、ばたりと倒れた。
「次はあんただよ。親父」
グレンとトーリは魔王を振り返った。
魔王は、冷ややかに微笑んだ。
「俺を倒すのはまだ無理だ。お前たちには、それが分かっているからこそ、リアムをこそこそと陰から狙っていたのだろう。毒を使うなど、まるで人間のやることだ」
グレンとトーリは刺す様な目で魔王を見る。
「愚かな息子たちよ。何を勘違いしている」
「何?!」
魔王は、にやりとした。
「まだ生きているぞ」
グレンとトーリは何の事か分からなかったが、ふいにグレンがぎょっとして目を剝いた。
すぐ傍に倒れていた筈のリアムの体が血溜まりだけを残していつの間にか消えている。どこいった?!あれで死なないなんてまるで・・・!
「魔族だな」
そう聞こえた瞬間、グレンの体は上下二つに裂かれた。
青い血が吹き上がる中に、リアムの体がすくりと立った。いや、その体は、兄たちと同じ位の体つきに成長していた。
魔王は、目を見開いた。
トーリは、たじろいだ。まさか、あのガキがこんな・・!そしてやっと気が付いた。体に力が入らない。力を吸い取られている!?
トーリは、紅い目を見開いてリアムを見た。まさかあいつが・・?!
リアムは、手に漆黒の剣を握り、ゆっくりと、トーリに近づいて行く。伸びた前髪の隙間から金色に燃える目が見えた。魔王と同じ、金色の目だ。
「あれは魔剣です」
執事の呟きをトーリは聞き逃さなかった。
「アエギスの剣を媒介に、あの方がご自身の力で創られたのでしょう。ボルガングの剣に相当する力を感じます」
「ボルガング・・・ッ!」
魔王にしか使えない魔剣!!これじゃホントに魔王じゃねぇか!
トーリは逃げたかった。しかし、力がどんどん抜けていき、足が動かなかった。もうリアムは目の前だった。
「ま、まて、、たのむ、、」
「愚かだね。命乞いしても、ぼくが助ける訳ないのに。はははッ!」
「!!」
ドッ!!
トーリの体は、右肩から斜めに真っ二つに切り裂かれた。リアムの凍り付いた顔に、赤黒い血が飛び散った。
「勝負ありました。お見事です。リアム様」
執事が言った。
リアムは、目が覚めた様に表情を取り戻す。
「リアムぅ~!!」
「とうさん・・」
魔王は、勢いよく駆け寄って来て、息子を抱きしめた。
「よくやった!さすが私の可愛いリアム!信じていたぞっ!」
「ほ、ほんと?」
リアムは嬉しそうに微笑んだ。
魔王は、リアムを見た。
「確かに、最初に瀕死のお前を助けたのは俺だ。死んだナイラの腹を裂き、お前を取り上げた。だがその後、死に直面したお前を救ったのはお前自身の力だ。お前は何故か、死に直面しなければ魔力を使う事が出来なかった。俺は、お前を守りながらも、この時を待っていたよ」
「とうさん」
魔王は、リアムの前髪をかき上げ、顔をしっかりと見た。息子の顔は、いつのまにか、引き締まった大人の顔になっている。
「俺に似てイケメンだ。可愛いぞおっ!んちゅっ」
「でえい!やめろ!気色わりい!!」
「どおした?急に汚い言葉を使って」
「そっちこそなにがんちゅっだ!」
「お前、、」魔王が目を細め、訝しんで俺を見る。
「最近、中に二人いるよな」
「分かるのか?!」
魔王は、暫く考えて、
「まいっか」
「いいのかよ」
「リアム、いつか私を倒し、玉座を奪ってみよ!!ははは!!」
「うんっ」うんじゃねえ!!
「今夜はお祝いだぞおっ!赤飯を炊こう!!」
「セキハンって何です?」不思議そうに執事が訊いた。
魔王が不気味に答える。
「なんでも、火食い鳥の血で炊いた真っ赤な飯だそうだ」
げ?!なんだそれ!そんな飯の話聞いた事ねえぞ!
「人間は妙なもんを食いますな」
違う!それ絶対違うぞ!!
「お前、炊いてくれ」
「嫌ですよ。面倒臭い」
「おや何処に行くリアム。家はこっちだぞ」
いやああああああああああ!!!!!!!!!!!
おわり
評価頂き、ありがとうございます!自分でも楽しんで書きました。