悪役ド嬢∈(・Θ・)∋ですけど、何か文句はございまして? 断罪なんてなんのその、泥臭く生きて抜いてやりますわ!
――――ビシャリ!
鼻腔から脳髄に突き抜ける芳醇なる酒精。
王家御用達の特別なワイン。それが、私の顔面にぶちまけられました。
「キュン」
お酒の類が苦手だったため、変な声が出てしまいました。
「………………あ!」
なんということでしょうか。私、たった今、前世を思い出しました。
お酒に入れられビチビチ、バタバタ、キュンキュン、ぐでっ。塩揉みされて、さらにキュンキュン。
熱くて塩っぱいお湯に入れられ――――。
「あなたって、ホント、悪役のような令嬢ね!」
――――違う。
私は……『悪役ド嬢』だわ。
そう! ドジョウだったのですわ!
◆◆◆ ∈(・Θ・)∋ ◆◆◆
生まれたときから、私の顔には大量の雀斑点がありました。
幼い頃に浮き出てくるのはさして珍しくないのですが、『生まれたときから』というのは大変珍しかったらしく、産婆に「この子は相当な業を背負っている」などと言われたそうです。
侯爵家当主であるお父様はそのことをとても不安に思い、将来を安泰に過ごせるように、と出来得る限りの権力を使い婚約者を見つけて下さいました。
もし、彼と愛し愛される関係を築くことができたならば、確かに私の将来安泰だったことでしょう。
婚約者である第四王子殿下――ザイル様は、私を毛嫌いされていますので、それは叶わぬことですが。
「気持ち悪い。その顔を見せるな」
いつもそう言われ続けて…………普通は嘆くのでしょう。が、私はいつも言い返してしまいます。
「気持ち悪かろうが、私はこの顔で生まれてきましたので、どうすることもできません。お諦めください」
「チッ! 厚顔無恥め」
「ええ、貴方様の婚約者ですから、それくらいの強さがなくては発狂してしまいますわ」
「チッ!」
ザイル様は、打てば響くというか、言い返すとキャンキャン吠えて犬のような方です。
ザイル様との婚約関係は十代後半になり、さらに悪化の一途を辿りました。
夜会は一応迎えに来られるのですが、エスコートなどされるはずもなく、会場で直ぐに別の女性の元へと行かれます。
お父様は彼は思春期なのだから、暖かく見守り堪えなさいと言います。
私、同じ年ですが? 男女の精神の成長の早さが違うとかなんとか言われましたが、聞き流しました。
「ザイルさま、やだぁ、またあの子と来られたのですかぁ?」
「仕方ないだろう、父上の命令なんだ」
「可哀想なザイルさま」
会場の隅に立っているのに、わざわざこちらに出向いて来てそんなことを言うザイル様。そしてその横には髪の毛も頭の中もふわふわの子爵令嬢。
暇なのかしら?
「それにしてもあの頭、とても気持ちが悪いわ」
生まれた時はほとんど焦げ茶色の髪の毛でしたが、年々焦げ茶色と薄茶色の斑になりました。纏めると薄茶色がメインで多く、ところどころに焦げ茶色の線が入るような感じです。
髪型によってはメリハリが出て見えるので、結構気に入っているのですが。
「あら、人の見目をどうこう言われる前に、常識を身につけられたらいかがかしら?」
婚約者のいる異性に腕を絡めて抱き付くなど、娼婦でもしませんわよ? と笑顔で伝えましたら、子爵家のご令嬢は顔を真っ赤にして何かを叫び倒していましたが聞き流します。
脳内に入れるのも面倒です。
十九歳になり、そろそろ結婚してはどうか、と王家からも両親からも言われるようになりました。
こんなにも不仲なのに、なぜに勧めて来るのでしょうか?
もしや、裏取引か何かしらの契約も噛ませている?
我が家の事業としては、所有する鉱山で宝石の採掘と研磨ですが…………間違いなく、それに関した何かでしょうね。
取引に勘付きはしたものの、特に何かができるわけもなく、今年もまた夜会のシーズンが到来しました。
夜会の隅で今日も壁の花をしていたのですが、喉が渇き給仕を呼び止めて飲み物を受け取っている時でした。
「きゃぁぁぁ!」
グラスを手に取った私の足元に、頭の中までふわふわの子爵令嬢が倒れ込んでいました。
左手首を押さえながら、何やら叫んでいます。
「なぜこんなことをされるのですか! 私、何もしていないのに!」
よく意味がわかりません。
「暴漢に襲わせようとしたり、階段から突き落とそうとしたりっ! 今度は足をかけて衆人環視の中で恥をかかせてくるなんて!」
さらに、意味がわかりません。
「貴女のせいで手首が折れてしまったわ! 痛くて動かせないわっ」
「え、折れたんですか? 今のヌタッ、ドザッといった感じのヌルい転け方で? 物凄く繊細に出来てますのね。もう少し運動された方が良いのではなくて?」
ついつい、言い返してしまいました。
ザイル様とのやり取りのせいで、無意識に倍返しにしてしまうのは悪い癖ですわね。
「怪我をさせておいて、その態度か!」
あら現れましたわ、諸悪の根源。
「お前にはほとほと愛想が尽きた」
「あら、もとより愛なんて一ミリもなかったでしょうに。そういえば、記憶力も微塵もありませんものね?」
神ははなんと酷な運命をザイル様に背負わせたのでしょうね、と言いつつ頬に手を当て溜め息を吐きました。
「っ! お前はぁぁぁぁぁ!」
興奮し顔を真っ赤にしたザイル様が、給仕の持っていたデキャンタを取り上げ、中身のワインを勢い良く私の顔面にぶちまけ――――。
◇◇◇ ∈(・Θ・)∋ ◇◇◇
ガタゴトと馬車に揺られながら、先日の夜会を思い出していました。
結局、私は『王子殿下の恋路を邪魔する悪役令嬢』というレッテルを貼られました。
夜会で起こしたトラブル、子爵令嬢を怪我させたこと、諸々の罪で、婚約破棄なのだとか。
そして、自領に引き下がり、採掘場での仕事を一生続けるように、と。
修道院に送らないのはせめてもの情けだとかなんとか、ザイル様に仰け反りながら言われました。
「まぁ、清々しましたわね」
車窓を流れる景色は穏やかなもので、畑と川と山ばかり。
基本は王都で生活していましたので、自領なのにあまり来たことがありませんでした。
王都よりなんとなく過ごしやすそうな気がします。
領主館に到着し、屋内の把握をしたあとは、鉱山の視察。
採掘場で働けとは言われましたが、宝石等の採掘ではなく、いわゆる鉱山の運営が主軸とのことでした。
お父様には、優秀な現場監督がいるので、その者に従ってほしいと言われました。
「よろしくお願いいたしますわね」
「はい、よろしくお願いいたします。わからないことは何でも聞いてください。視察も出来る限り同行いたします」
「ありがとう存じます」
黒髪の現場監督――ノックス様はとても礼儀正しい方でした。男爵家の長男で二十八歳なのだそう。
挨拶を済ませ、今日はドレスで来てしまったので明日の朝から本格的な視察をすると伝え、屋敷に戻ることにしました。
ふと採掘場の近くに小川が目に入り、なんとなく立ち寄りたくなりました。
「あそこは行っても大丈夫な場所かしら?」
「平民の子供らが遊んでいるので、あまり高貴な方向けではないかと」
「それくらいならいいわ」
なんだか懐かしい匂いがして、逸る気持ちが歩く速さに比例していきました。
黄色いドレスの裾がひらひひらりと浮き上がり、脛まで足が覗き見えるのも気になりません。
「お嬢様、足元にお気を付けください」
「あら? ついてきていたの?」
真顔のノックス様がすぐ後ろを歩いていました。
ついでに大きな溜め息も吐かれした。
「あの状況で、ついてこないわけがないでしょう」
「私のことは気にしなくていいわよ?」
「……できるわけがないだろうが」
ボソリと低い声で何かを呟かれましたが、聞きそこねました。何だったのでしょうか?
それよりも小川が重要ですわね。
「まぁ! なんて綺麗な川かしら!」
ポポイッとパンプスを脱ぎ、ドレスの裾を膝までまくって、そっと川に足を入れると、キンと冷えた水の感覚。
春の終わりの日差しの強さを緩和してくれる、とても素晴らしい小川です。
「ちょ!? 何されているんですか!」
ノックス様が耳まで真っ赤にして顔を背けながら、何やら文句を言っていました。
クール系だと思っていたけれど、思ったよりもウブ?
「貴方も靴を脱いで入ってみなさいな。気持ちいいわよ」
「……それは知っていますが」
幼い頃はよくこの小川で遊んでいたのだとか。
そんな話を聞きながら浅いところを歩いていると、グイッと腕を引かれました。
「採掘場から流れてくる鋭利な石もあるし、泥が泥濘んでいます。気をつけてください」
「あら、ありがとう。泥か…………懐かしいわね」
「懐かしい?」
気にしないでと言いつつ、更に歩いて足の裏で泥や小石の感触を楽しみました。
ああ、生き返るようだわ。
「私、この川が気に入ったわ。とてもいい泥ね。住みたいくらい」
――――ブフッ!
なんの音かしら? と発生源であろう隣を見ると、ノックス様が肩を震わせて笑っていました。
「どんなわがままお嬢様が来るのかと思っていましたが、随分と破天荒で泥がお気に入りとは!」
「質のいい泥は、質のいい土地の証よ? 私はここで泥臭く、楽しく生き抜いてみせますわ」
ふふんと鼻で息を吐くと、ノックス様が更に楽しそうに笑われました。
訳の分からない断罪をされて、領地に島流しのような扱いを受けましたが、『悪役ド嬢』はそんなことではへこたれないのです。
泥臭く生き抜いてやりますわよ!
「はははっ、そんなお嬢様と一緒にいるのは楽しそうですね」
明るい太陽の下、ニカリと笑うノックス様は、王都で見てきた色白の貴族子息たちとは違い、少し日に焼けた健康そうな肌をしていました。
「ンキュ」
……なぜか、変な声がもれました。
なんとなく、これから彼と一緒に働けることにときめきを覚えました。
彼なら、一緒に泥まみれになってくれそうです。
∈(・Θ・)∋ ◇fin◇ ∈(・Θ・)∋
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