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魔女見習いはじめました(5)


「――暗くなっちゃった。話を聞いてくれてありがとうございます、マリア先生」


 アルブからオルクスの話を聞いていると、いつのまにか陽も暮れてしまい、空に浮かぶ大きな丸い月が周囲を照らしていた。初めて見る夜の世界だが、赤みがかった月面の存在感はどこか妖艶さを醸し出している。


 夜の陽に照らされたアルブ――エルフの女性は、より一層美しさが増し、慣れたと思っていたのにまた緊張してきた。


「あれ……、アルブさん……」


 綺麗な緑色の長い髪が、頭頂部から徐々に――赤紫へと変化していった。


「今日は数年ぶりの"夜王の月"ですからね。とはいえ、魔王の属種って言われちゃうから嫌なんですけどね、この色」


 頭の隅で『"夜王の月"と属種については後で説明します』とマリアが呟いた。なんだそれは。俺が知っているエルフの性質じゃない。やはり、この世界独特の形態があるのだろうか。


 けれど、――


「キレイな色……」


 思わず言葉が口からこぼれてしまった。


 見惚れるほどの艶のある髪色。鮮やかな緑色もそうだが、エルフは目に見える情報すべてが整っており、今の自分が男としてアルブと接しているのなら、一目惚れしていてもおかしくない。


「……」


 アルブと視線が交わる。大きく目を開けたまま、こちらをみて動かない。数秒経った後、自分の言葉が原因だと悟った。


「ご、ごめんなさい……」


「あ……、いや、いいんです。マリア先生が褒めてくれるなら、この色も少しは好きになれるかも。今はみんな寛容になりましたけど、小さい頃は差別の標的でしたから」


 そんな過去があったのか。エルフは魔王の属種、だったか。マリアの話ではすでに魔王は滅んでいるようだが、その負の影響力は後世にも遺っていたのか。


 

「あ、そうだ」


 アルブはそう言うと、長い髪をまとめ、内側の束を取った。


「マリア先生、ここ持って」


 毛先の束を掴むと、――


「えいや」


 腰布の中から小さなナイフを取り出し、おもむろに赤紫色の髪の毛の一部を切り落とした。


「わわわ! な、何してるんですか!?」


 綺麗な髪をいきなり切るとかどういう状況だ。思わず手に残った髪の毛を落としそうになった。


「あれ、マリア先生知りません? エルフの髪の毛は魔除けの効果があるんです。マリア先生ほどの魔女様なら必要ないかも知れませんけど、髪の束を大事にしてくれる人に送ると、両人とも幸せになれるって言い伝えもあるんですよ」


 それにしても、いきなり切り取られたら動揺する。落とさなくてよかった。


「三人目なんです」


「え?」


「髪の束をあげるの、マリア先生で三人目なんです。一人目は亡くなった旦那様に長い髪を束ねてバッサリと。二人目はオルクスに。そしてマリア先生に。この長さまるまるだと、さすがに愛が重いので」


 エルフの種族で大事にしてきた言い伝えを、俺なんかにくれていいのだろうか。それに、幸せは分けるものじゃなくて育むものだろうって思う。


 けど、アルブの恥じらいの混ざる笑顔は、とても幸せそうで、綺麗だった。


///


「やっと帰ってきたニャ。ご飯できてるニャ」


 アルブと別れて屋敷に戻る。玄関の扉を開けると、不機嫌そうなマタタビが両手に燭台を持って出迎えてくれた。


「遅くなってごめん」


「別にいいニャ。……それは(ニャン)ニャ」


 マタタビが手に持っている髪の束を見る。アルブの髪は切り取った後でも緑色の戻ることはなく、赤紫色のままだった。


「ああ。アルブがくれたんだ。話を聞いてくれたお礼にって」


「ふーんニャ」


 どうも怪訝そうにじろじろと見られている。


「どうした、何かあったか?」


「別にニャ。ニャ―には関係にゃいことニャ」


 視線を切ったマタタビは燭台を一つテーブルに置き、奥へと引っ込んでいった。ご飯の準備は済まされているようで、玄関先までいい匂いがしている。


「……腹減ったぁ」


 柱時計が七時を告げた。久しぶりに走ったこともあってか、それともマリアの体が体力がないのか、すごく疲れてさすがに腹が減る。


 アルブの髪の束がバラバラにならないように紐で縛り、テーブルに置いてマタタビが置いた燭台を取りダイニングルームへと向かった。


 昼間は暗かった廊下だが、理由がわかった。天井には照明のたぐいはなく、壁沿いには等間隔で燭台に火が灯されている。この世界には発電技術がないのだろうか。


 けれど、蝋燭の火も割と悪くない。エモいってこういうことなのかな。




「――ごちそうさまニャ」


「……ごちそうさまでした」


 マタタビとの夕食を終始無言で終える。一つ気になったことは、昼食とは違い、かなり雑な味付けと盛り付けになっていたことだ。


 野菜のごった煮というべきか、――もっともどれも見たことのないものだったが――クッタクタになるまで煮詰められ、味付けもかなり薄く、野草の青臭さが残るレベルだった。


 それについて聞こうにも、「ニャーに話しかけるな」と言わんばかりかなりの機嫌の悪さを肌で感じる。


『まだ謝ってなかったからですよ。そのくせ、アルブとのわだかまりはシレッと解決してるから余計にです。あの子、顔に出ますからねー』


 顔どころか態度にも奉仕にもゴリゴリだ。厨房に食器を下げるマタタビの後をつけると、かなり乱暴に片付けをしていることが音から感じる。時折、「ンニャー!」と雄叫びを上げる辺り、かなりご立腹の様子だ。


「なあ、マタタビの機嫌はわかったんだが、こういうときの解決方法はないのか? お前の使い魔なんだろう」


『女の子の機嫌について他人に助言を求めたことを当人に知れたら、もっと状況が悪化しますよ。さっきまでの行動力を出せばいいじゃないですか』


 さっきまでのって、アルブに関しては思わず体が動いていた。悪く言えば冷静じゃなかったとも言える。


 けれど、今は一度気持ちが落ち着いてしまったが故に、一つ一つの行動がかなり気になる。こちらは悪く言えば冷静になってしまったせいで、どう行動していいかわからない。


『素直に謝ればいいじゃないですか。別に浮気でもないし。それに――』


「ここで(にゃに)してるニャ。仕事の邪魔ニャ」


 物陰でコソコソしていたら、いつのまにかそばに掃除道具を持ったマタタビが立っていた。やっぱり不機嫌そうな表情で、赤い瞳で睨まれる。


「あ、……マタタビ」


「……フン、ニャ」


 呼びかけてもそっぽを向かれ、そのまま目の前を横切っていった。


『あらあら。話も聞いてくれないなんて、今日はいつも以上に機嫌が悪いですね。ナカムラさん、しっぽでも踏みました?』


「お、おい、マタタビ」


 どんどん離れていく背中。素直に謝ればいいというマリアの言葉を思い出して、――


「さっきは、()()()()()


 俺の発した言葉で、マタタビの足が止まった。こちらに振り向いた彼女の顔は、どこか困惑そうにしている。


何故(にゃぜ)にお礼ニャ。謝罪はされても、感謝されることはしてにゃいニャ」


 たしかに、なぜか「ありがとう」と口にしていた。


「アルブに謝ってくれただろう。俺が不甲斐ないせいで、お前に頭を下げさせてしまった。けど、俺のために怒ってくれたことが、俺に間違いを気付かせてくれた。だから、かな……」


 自分で口にしておいて、なんだか歯切れが悪い。けど、やっぱり「ごめん」よりも、「ありがとう」があっていると思う。


 今まで、理不尽にキレられうことはよくあった。意味もなく、ストレスのはけ口みたいに、肥溜めと同じ存在理由のように、ただただ罵声を浴びさせられることが多かった。


 だからこそ、マタタビのように叱ってもらったことはあまりない。歳を重ねるにつれては特にだ。


 いつだったか、"怒られる"と"叱られる"は意味合いが違うと聞いたことがある。それについて経験することのないまま前の俺は死んだ。


 そんな俺に、最初に叱ってくれたのは、他ならぬ彼女だった。


 溢れるように、けど、自然と出た言葉に、嘘はない。これが、俺がマタタビに伝えたかった本当の気持ちなはずだ。


「……卑怯ニャ。お礼にゃんて言われたら、これじゃ怒ってるニャ―がバカみたいニャ」


 恥ずかしそうな表情に変わったマタタビが、さっきとは違った意味合いで睨みつけてきた。


「わ、わかったニャ。これじゃあネコが立つ瀬がにゃいニャ。だから……」


「ゆ、……許してくれるのか」


「う、うっさいニャ! バーカ!」


 最後は悪態をついて、掃除道具を持ったまま走って逃げられてしまった。


『ふふふ』


「……何笑ってんだよてめぇ」


『べっつに~』


///


「調べ物があるならネムの部屋を使うと良いニャ」


 掃除の合間に、マタタビはそれだけを告げてどこかに行ってしまった。


 広い屋敷のどこかの部屋を掃除してくれているのだろう。こんなに働くなんて、マリアの職場は案外ブラックかも知れない。


 ネム――マリアの弟子の一人であるサキュバスの部屋らしい。未だ姿はわからないが、本の虫と形容されるだけあって、ネムの蔵書はかなりのものだった。


 朝の騒動の際に軽く部屋を見たときは気付かなかったが、ネムの部屋は天井部分が吹き抜けで二階までぶち抜かれ、そのギリギリまである高い本棚がいくつも並んでおり、主であるマリアの寝室兼作業部屋よりも遥かに大きい。それでも入り切らない本が積み重ねられ、下手に触ると崩れそうだ。


「うっゎ、なんだこれ」


 特に調べ物があるわけではないが、マリアの仕事の関係上、そのうち世話になることもあるだろうと思い、適当に引き抜いた本を開くが、そこに書かれた文字は全く読めない。


「チャンネルが合ってるわけじゃないのか」


『チャンネルを合わせたのはあなたの言葉とこの国の母国語であるラフレンツェ語だけです。そこに書かれてるのは古オルフェウス語ですね。私でもそのままでは読めません』


 これじゃあ調べ物なんて無理じゃないか。下手に別のチャンネルに合わせたら、マタタビの言葉だって理解不能になりそうだ。


『ふっふっふ。そんなこともあろうかと! テッテレー!』


「それはドッキリの音だぞ」


 つーかここにもドッキリあるのかよ。


『何を言ってるのかわかりませんね。私の部屋にあるメガネを使ってください。さあ、戻って戻って』


 マリアに促されて部屋に戻り、作業台に置かれたメガネを取って再びネムの部屋に戻った。


「メガネがなんなんだ……って、おお! 読める! 読めるぞ!」


 赤縁の丸メガネを掛けて先程の本を見れば、――そこには『魔王と三騎士』と日本語で表記されていた。


『文字に関してはラフレンツェ語に自動変換してくれる魔法を施しています。これである程度の言語なら認識できるはずです』


「そんな良いものがあるなら最初から言っとけよ」


『欲張りさんですねぇ。これで必要な事があれば調べるといいですよ』


 『魔王と三騎士』の本を戻し辺りを見渡す。さっきまでは本の模様と思っていたものは全部この世界の言語だったようで、今では巨大な図書館にいるくらい、様々なジャンルの本があることがわかった。


「『地方創生と都の衰退』、『認知と痴呆』、『穀潰し勇者の殺し方』、『エルフ族の性生活』、『三騎士オリバの夢日記』、……『悪役令嬢は是が非でも婚約破棄して自由になりたい』。いきなり俗物っぽいぞ」


『ネムは何でも読みますからね。そのメガネも、ネムの持ってるもののレプリカですし』


 本の虫とはよく言ったものだ。並んでいる本は参考書、ビジネス本、官能小説、ライトノベルっぽいやつ、批評本、図鑑と様々だった。


「まあ、今日はこれでいいか。特に調べたいことがあるわけでもないし」


『これこれ。シレッと薄い本を持っていかない』


「あー。聞こえんな―」


 ちなみに、ネムの部屋から持ち出したのは『エルフvs異世界イカ頂上決戦』と書かれていた。




 ――ちなみのちなみに、本の中身は俺が期待したような描写は一切なく、荒廃した世界でサバイバルしつつ、タコ星人に変身させる光線を使い、エルフたちを次々と奴隷にする超科学力をもつ異世界イカ星人と、光の矢や曲がる軌道など超常的な狩猟能力を持つエルフ族が世界の主権を握る血みどろの戦いを繰り広げる長編ハードボイルド・サイエンスフィクション作品だった。


 薄いのに長編とはこれイカに。




 

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