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深紅の魔女(8)


 ーーどんな出来事が起きようと、朝日ってのは律儀に平等に平常に嫌味ったらしく登ってくる。それがどんな場所だろうと。


「予定の場所とは違うけど朝よマリィ。おはよう、今日も顔色悪いわね」


「……ねむ。なんですでに元気なんだよ」


 おはようと返す気力も沸かない。前日の行軍で全身バキバキ、不慣れな野宿に寝付きも悪く、ようやく寝れたのも朝方直前の感覚だ。重苦しい夜ふかしのなんとも言えない感覚だけが全身にまとわりつき、無駄に輝く陽光が腹立たしい。


『自然に悪態なんて不敬がすぎるのでは?』


 なんとでも言え。こちとら万年不健康優良児だ。長らく忘れていたが、朝日とともに目が覚めるなんてほとんど体験したことはない。ジジィかよ。


「いや、この場合はババァか」


『何一人で納得してるんですか気持ち悪いですね』


 キモチワルイッテイウナ。普通に傷つく。


「何ブツブツ言っているのよ。今日でロガルドンマの群生地まで行くわよ。『(ドーラ)』に遭遇しなようにお祈りも済ませておきなさい。出会ってからでは遅いからね」


 出会って秒でグッバイはさすがに情緒がなさすぎだろ。異世界怖すぎ。


///


 ーー半日ほど歩き、目的地である大霊峰の麓に到着した。未だロガルドンマ

の群生地は視認できていないが、ここが異様な地であることを理解することになる。


「……いるわ」


『気配を隠そうにも、数え切れないほどの群れで溢れ出てますね。獲物を狙う視線がそこかしこから感じます』


 視界には荒れた山道しかない。けれど、その影の向こう側には、おそらく魔獣の群れがこちらを覗いている。獣故の警戒心か、確実に獲物に手が届く距離までおびき寄せるためか、殺意の軍勢は牙をよだれで濡らしていた。


「こいつはやべえな。なんだこの感覚は……」


 これが野生の殺気か。グリコレス=サルバトールやドクブタとは違う、快楽ではなく生存本能としての気配が全身に向けられている。


「この数、想像以上だわ。だから討伐令なんて出たのね。納得」


 ーーヅィータ。通称・『小隊(プラトゥーン)』と呼ばれる肉食型魔獣。深い青色の(たてがみ)と尻尾の先に『棘』と称される太い毛の集合体を持つ。通常はオス八頭一組で生活圏を形成し、単体の場合はメスまたは群れから排除された弱体個体となる。それぞれの小隊が匿うメスの数は小隊の数よりも多くいるとも言われ、一集団で狩りをする小隊の数以上が近くにいるとされる。猫のように伸びる爪を持ち、エイのように尻尾の付け根に猛毒を持つ尾棘がある。尾棘で直接刺す、もしくは爪や牙でできた傷口に尾棘から尻尾に染み込ませた毒を当てることで弱体化させて捕食する。変異体の存在が確認され、牙にも毒が含まれているとの報告あり。


 出発前に確認した資料によれば、狩りをする毒を持つオスライオンと云ったところだろう。その中でも変異体が特異的であり、それを警戒してきたつもりではあったが。


 けれどこれじゃあ中隊……いや、大隊だ。それが統率を取って獲物を狩るとなれば、その衝突はもはや地上戦だ。


「さてと。手早くいくわ。マリィ、手筈通りにね」


『ナカムラさん復唱。――』


「――『魔を糸に(メル=アルガ)霧を杖に(リシ=オーン)道なき空に(エル・)航路を刻め(デリコ)』――!!』


 手を眼前に伸ばした先に魔力による熱量を持った魔法陣が顕現する。それが詠唱をトリガーとして展開され、虚空から箒が錬成された。


 魔女に箒といえば――言わずもがな空を飛ぶための装置である。なぜ箒かといわれれば、人の体では地に足がつかなければバランスが取れない。箒の柄にしがみつき、刷毛の部分で重心を取り姿勢を正す。箒の内部を魔力が循環することでバランスが維持される。


 イメージとしては車輪が回った自転車だ。前に進んでいる間は自然と回転軸を維持しようとバランスが保たれる。


 コチニールとマリアから道中でその餌役を任命されていた。が、空を飛ぶとなれば当然怖い。なんせぶっつけ本番、操作を見余って箒から落ちてしまえばヅィータたちの格好の餌食となる。


「安心しなさい。素体がマリィなら魔力操作自体は難しくない。初めての魔法でもあるまいし、飛ぶくらいは簡単よ。あなたはただ、あたしが作った道(・・・・・・・・)を進めばいいわ」


 そう口にしたコチニールの右手には、――肌を焼くほどの熱量が発生していた。いや、それは熱ではなく、凝縮された炎の種。コチニールの膨大な魔力に寄って発生したそれは、余りあるエネルギーを発散させようと熱を帯びていく。


『ナカムラさん、飛びます!!』


 マリアの声と同時に、コチニールの手から炎の大砲が放たれる。軌道上にある木々が焼かれ、熱から避けようとした獣たちが奥で騒いでいる。


 その間を追い抜く形で、跨った箒が猛スピードで駆けていった。


「あっちっ!!!」


 コチニールが焼いた軌道の空気も熱く、一息すれば喉の奥に熱がこもる。熱い風がまぶたを襲う。目を開けることすら痛みを伴う中で、ルアーに釣られた肉食魚のようにヅィータたちが飛びかかってきた。


『高度上げます!! 箒を少し引っ張って!!』


 マリアの指示通りにしがみついた箒の柄を手前へと引っ張る。その力に合わせて進行方向が上へと登っていた。


 炙り出された獣たちが箒の下を掠めていく。こうすることでヅィータたちの粗方の数をあぶり出し、全体を補足したコチニールがさらなる炎で焼き尽くす――算段だった。


『ナカムラさん! 避けて!!』


 刹那、――届かないはずの高さに獣の身体が到達する。飛びかかって来た仲間の背を蹴り、もう一段高く飛びかかったヅィータの爪が振り下ろされた。


 とっさに身体を傾けて進行方向を曲げる。重心移動に影響されて飛行の軌道が変わり、爪をギリギリで躱す。眼の前には、振り抜かれた尻尾が鞭のように飛んできた。


「あっぶっ!!!」


 体勢的には到底避けれないと判断し、身体を屈めて箒の高度を少し下げる。爪と尻尾をギリギリで躱したが、下がった高度を狙った他のヅィータたちが一斉に飛びかかってきた。


『高度上げて!! 何やってるんですか!?』


 簡単に言ってくれるな! 想像以上の速度で強風と重力を全身で受け止めている。それを支えるために力を使っているためか、動きたい方向に引っ張るのが困難になっている。


「――『熾炎(ヴァル・)――


 周囲に炎が渦を巻き――全身を包む檻となって襲いかかるヅィータを弾き落とした。後方からコチニールが発動した魔法のお陰で――


「にしても熱い!! はやくしてくれ!!」


 護ってくれてにしても炎は炎。高熱の鎧は外的の接近を拒むが、こちらの肉体も焼く両刃の刃だ。マリアの補助で肉体を守るために魔力を使っても、コチニールのほうが魔力量が高いのか、ジリジリと肌を焼いていく。


「――奔流(レグニス)』――!!」


 渦巻く炎が、一瞬にして拡散する。圧縮されたエネルギーは強大な熱量と衝撃波となって全方位に拡散された。飛びかかってきた十数頭の魔物はそれに耐えきれず、無惨にも肉片へと変貌していた。


 ゆっくりと方向を展開してコチニールの方へと戻る。空気を焼いた熱の臭いがする。


「いい引き付けよマリィ」


 まじで餌にされるとは思わなかった。


「いいわけあるか!!」


「ちゃんとフラフラと飛んでくれたおかげで全部釣れたんだからいいじゃない。無駄打ちもしなくて済んだし素直に喜びなさい」


 フラフラって。こっちは必死に飛んでんだぞ。自転車初乗りじゃないんだから。


『……いえ。結構ふらついてました。へっぴり腰で』


 え。まじで。超真っ直ぐしっかり飛んでたと思うんだが。


「子どもの乗馬くらいだったからこその釣果よね。さあ、『(ドーラ)』が出てくる前に――」


 足場が揺れる。立つのが困難のほどの地震。山肌がグラグラと音を立てて――


「山が、動いてる――?」


 山が隆起し周囲が地割れを起こす。崩れ落ちる岩が転がり落ちる。遠くでは鳥たちが逃げていくのがわかる。


『これは、――』


「最悪だわ、――」


 隆起した山が、――首となって巨大な眼をこちらに向けた。


「山自体が――『(ドーラ)』だったのか……」


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