深紅の魔女(4)
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「――そう。マリィも物好きね。転生、っていうのかしら。過去にそういう事象があったことは知っていたけど、原理も術式も興味がなかったからすぐには気付かなかったわ」
俺が元の世界で服毒自殺したことと、その際にマリアにこちら側へ引き込まれて転生したことをコチニールに話した。別人格が表に出て、マリアは裏ににいることを最初は驚いていたが、次第に納得がいった表情へと変わる。物わかりが良すぎる節もあるが、彼女だってこの世界ではかなり実力のある魔女らしく、変な詮索もなく話が進んだ。
「あなたの事情はわかったわ。けど二人ってのはめんどくさいからあなたのこともマリィって呼ぶわね」
『それだとどっちに話しかけてるかわかんないですね。まあ、私の声が聞こえるわけじゃないのでコチニールからすれば結局ナカムラさんからしか伝えきれないから一緒といった感じですか』
「理解が早くて助かる。えっと……」
「コチニールで良くってよ。コチニール=ケルメース・カーミンロート、『深紅の魔女』とも呼ばれてるわ」
文字通りの魔女だ。
「ありがとう。それでコチニール、マタタビのことなんだけど」
今のままではマタタビは数日と持たないと言っていた。持たない――あまりにも唐突な余命宣告に俺の上に重くのしかかる。
「さっき言った通りよ。助けるために必要な薬の主成分はロガルドンマ、それを取りに行かないといけないわ。リミットは短いし、取りに行ってる間に時間切れになるかもしれないけど、それ以外に方法はないってこと」
『最短でも場所が場所なだけに往復四日ってとこですかね。症状の進行を遅らせれても最長で一週間がいいところです』
全部良いように進むなら時間的猶予はある。けどそれはあまりにも希望的観測に過ぎないことはわかってる。それにすがるしかない状況に歯がゆい。
けれど、――俺の気持ちはすでに固まりつつある。
『ちょっと、変なこと考えないでください』
「コチニール。頼みがある」
「あなたの顔を見ればわかるわ。一緒に大霊峰に行きたいんでしょう」
察しが良すぎて驚く。
『やっぱり! コチニールも話も理解も早すぎる!』
「けど覚悟はあるのかしら。大霊峰に行ってる間にマタタビが消えちゃうかもしれないのよ」
「それについても頼みがある。さっきマリアが進行を遅らせてもって言っていた。それを全力でやる手助けをしてほしい」
「アタシにそれができる手段がないと言ったら?」
そ、それは考えていなかった。俺が知る魔女の物差しはマリアしかない。実力の差自体を認識する機会がなかっただけに、淡い希望だったと落胆する。
「冗談よ。マリィと二人分なら問題ないわ。微力ながら外魔力で補給すれば一ヶ月はその場しのぎできると踏んでるわ」
「た、助かる……」
こちらの覚悟をみるためだったのだろう。少し意地悪な笑顔を見せるが、マタタビのためにできることには手を貸してくれそうだ。
「アタシの使い魔に見張りをさせるわ。本当ならお金でも取るけど、ここはマリィ自身に恩を売っておいたほうが後々おもしろいことになりそうだしね」
『ああぁ、どんどん恐ろしい方向へ進んでいく……』
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――といったことから大霊峰を目指すことになったのだが、
「美味しくないわねコイツ! 筋張ってるし脂もないし小さい骨も多いしいいとこなしじゃない!」
コチニールは魔法で焼き殺し黒焦げになったキモいやつの肉を頬張りながら悪態をついている。
「よ、よく喰えるな……」
超ウェルダンで焼き上がった肉はかなり臭い。焦げの臭いだけでなく、なぜか傷んだ青魚と卵を混ぜたような悪臭がする。正直空腹でも食べれる気がしない。
『コチニールの魔法の性質上かなり燃費が悪いので、毒がないならなんでも食べるんですよね。彼女に料理の知見が致命的にないのでかなりマズそうですが』
「食べて『熱』が摂取できるならなんでもいいのよ。んぐ。にしてもマズ。これは売れないわ」
売るって、行商にでも卸すつもりだったのか。
『コチニールが開拓して食料として認知されたものは確かにいくつかあります。その数十倍は本来食べるに適さないものもあったとかなかったとか』
そうこうしている間にコチニールはオオガイウスバの丸焼きを食べることを諦めて大霊峰群行を再開しようとしていた。
「休憩はこれくらいでいいでしょマリィ。さあ、進むわよ」
大霊峰への強行旅を始めてはや一日。大砂丘の入口までコチニールの転移魔法でショートカットしたが、マリアのいうとおりその先への魔法の行使は極力控えないと魔力切れになってしまうため無理して歩くことになっていた。