深紅の魔女(3)
胸元から臍下までと腰元の横から大きくスリットの入った赤いドレス。ドレスの色とは対照的な白く艶のある肌。瞳の色は深い紫なのに、落ちるほど大きい。毛先にかけてオレンジへとグラデーションする赤いショートヘア。そして何よりも、原色に近い真っ赤なグロスが綺麗に映えている。
「あの、マリアには何の用でしょうか」
「あら、別人だと認めるのね。まあ隠し通せないと白状することはいいことよ。用なんて大した事ないわ。北の大霊峰まで散歩に行こうって誘いに来ただけ」
『ぜったいイヤ! あんな生物の墓場みたいな山に行くわけないじゃないですか!』
ですよね。どんな場所かは知らないが北側はクソ暑いとか言ってたはず。俺だって嫌だ。
「はぁ、マリアは嫌がると思いますけどね」
「イヤでしょうね。半分嫌がらせだもの」
『でしょうね! そういうところが嫌いです!』
「残りの半分は実用的。半分趣味で半分仕事よ」
半分が渋滞してる。ん? 1/2は嫌がらせ、1/4は趣味、1/4は仕事? 結局何がメインなんだ。
「大霊峰に魔獣ヅィータが出たのよ。そいつがそこに自生してるロガルドンマを食べちゃうから魔女界隈が困った困ったしてるわけ。ロガルドンマなくなるとマリィも困るでしょ? だから一緒に連れて行こうと思ってね」
話が全部唐突すぎる。ヅィータってなんだ? ロガルドンマも知らん。
『ヅィータは巨大な十本足の魔獣です。クモに似た見た目をしてます。ロガルドンマはヒトの形をした人参です。地面から抜くと断末魔を叫びながら耐性のないヒトを殺す呪いを発生させます』
ほぼマンドラゴラじゃねーか。けどマンドラゴラなら魔女が欲しがるイメージはあるな。
「ヅィータに関しては国王から討伐クエストが出てるわ。本当なら元勇者が行くんだけど、あの出不精ってば適当に理由をつけて断りやがったの。だからアタシのところに依頼が来たってわけよ』
『なら私関係ないですね。あんな辺境秘境なんて行くぐらいならロガルドンマなんて絶滅しても構いません』
ひどい言い草だな。
「……あなた、見れば見るほどマリィに似てるけど、少し太ってるわね。首に30グラム、二の腕に100グラムずつ多いわ。代謝で減らせばいいのに、男ウケ? もの好きね」
うっ。マリアのベスト体重XXキログラム(自主規制)よりわずかにオーバーしていることは自覚している。出るところは出てるが、それでも少し細めな体つきだったことからマリアの小言を無視してたのに、このコチニールって魔女は服越しでも増加分を看破してきた。
『代謝で減らせなんて、相変わらず言ってることがぶっ飛んでますね。部分代謝の活性化で脂肪燃焼と筋肉転換は火の魔法特化のコチニールにしかできないダイエット法です。参考になりません』
ダイエットは科学だと聞いたことがあるが、確かに肉体を部分的に代謝を上げれば脂肪は燃焼されるし、筋肉を刺激すれば引き締まる。全身法と分割法ってのがあるくらいだ。日を変えて部分的に鍛えてバランスを取るのが理想だとか。
「にしてもマリィのやつ遅いわね。それに少し臭いわ」
やはり残ったオイルの臭いが気になるのか。何度も吹いては風を発生させて外に逃がしていたが、焦げ付くくらいだと流石に不快か。
「ん? 焦げ付く?」
「なにか焼いているの? この感じだと多分焦げてるわね」
ドサッ。
先程まで漂っていた魚を焼くいい香りが焦げ臭さへと変化している。それと一緒に何かが倒れる音が聞こえた。
「マタタビ!」
体が動くのは早かった。あの料理上手なマタタビがこんな臭いを出したことは一度だってない。いつも美味しそうな香りがして、それに安心している俺がいた。そんな中での焦げの臭いと倒れる音は、悪い出来事を想像するのに十分すぎた。
キッチンへ続く廊下を走り、中を確認する。フライパンで焼かれた魚らしきものは黒々く変色し、床にはマタタビが倒れ込んでいた。
「大丈夫かマタタビ!? どうした!?」
急いで火を消し、マタタビを支えて起き上がらせる。顔は真っ赤になり、全身から吹き出る汗で服が湿っている。触れただけでかなりの高熱が出てることは判断できた。体調の悪さから返答ができず、こぼれる息も荒々しい。
『こ、これは、――』
「まずいわね。魔力がほとんどないじゃない」
後ろからついてきたコチニールがマタタビの顔を覗き込む。魔力が、ない?
「マタタビってばマリィの使い魔でしょう。自立して行動できるだけあって魔力の自己錬成ができるほどの高性能な使い魔だったはずだけど、こんなにも魔力を消費してるなんて最近何かあった? 死ぬくらいの大怪我したとか、体力を大きく消費することとか」
その言葉には心当たりしかない。グレコレスの襲撃で大怪我を負い、オリバの作用で傷は癒えても体力を大きく消費している。俺だって意識を失うほどだった。それしか心当たりがない。
「自己錬成できないほど急激に魔力を消費したのね。マリィってばこんなことも見逃してたなんて、使い魔が可哀想だわ。さすがにネコに嫌われてるからといっても意地悪がすぎるわよ」
『そんな。だ、だって、マタタビはあの日の翌日から普通に動いて……』
「ちがう。……マリアのせいじゃない」
マタタビは、俺に心配をかけないようにしていたんだ。俺自身も傷が癒えたこともあって無理をしていたことに気付かなかった。マリアの使い魔だからといっても、何かが繋がっているわけではない。けど、そこに気付かんなかったことは俺のミスだ。あんなにも懐いてくれているのに、マタタビの異変に気付けなかった俺のミスだ。
「コチニールさん。マタタビの看病をするので今日は帰ってください」
声が震えてることに気付く。手だって震えてる。泣きそうになるくらい、マタタビの危機が心を揺さぶる。あの日に感じた死の恐怖がまた全身を覆っていく。
「ムリね。このままだと、数日持たないわ」
「なっ……!」
『悔しいけど、コチニールの言うとおりです。今の状態を回復させる薬は存在しますが、材料が足りません』
「材料が足りない!? 何が!」
『ロガルドンマです。しばらく前から在庫が切れてます。言っていたでしょう。自生しているのは大霊峰、そこしかないんです。仕入れが遅れていたのはヅィータの件があったからでしょうね』
そ、そんな。タイムリーな話ではあったが、こんなにもタイミングが悪いなんて。
「あなた、……誰なの。今気付いた。あなたの奥にマリィの面影があるわ。まるで、そうね――二人いるみたいだわ」