深紅の魔女(1)
「――遅いわよ、マリィ! うじうじしてたら日が暮れちゃう! アンタ、もっとキリキリ歩きなさい!」
数メートル前を歩く赤毛の女。砂漠の暑さすら忘れているのか、砂丘に取られる足元も気にしていない様子だ。しかもヒールで。
胸元から臍下までガッツリ開いた扇情的な真っ赤なドレス姿で歩くのもどうかと思うが、こちとら扇風機がついているベストがほしいと思うほどの暑さに憂いているのに、焼く日すら跳ね返す白い肌がキラリと光る。
その上、あのアルブに匹敵する恐ろしいほどのプロポーション。ギフテッドってこういうことなのかと、マリアの体ですら霞む肌艶と色気。見えそうで見えない、出るところはかなり出てるエロが服を着てるような感じだ。
「今日であの霊峰の頂きまで行く予定だったのに、これじゃあピクニックよりも鈍足だわ。アンタどこまでひよっ子なのよ!」
「うる、せぇ! こちとら万年引きこもりホワイトカラーだぞ! 外回り担当と同列で扱うな!」
「ホワイトカラー? 卓付きの魔女ってそう呼ぶの? 深紅の魔女とは真逆ね」
天然かよ。だれもそういう色合いで言ってねぇって。にしても暑い。マリアの持ち服は以前のアルブを追いかけた時みたいに探索に向かないな。汗で肌が服に張り付いて歩きにくい。
『失礼ですねぇ。そもそもあなたが依頼人になって彼女に全部任せればいいだけの話ではないですか。なんでわざわざ帯同するんです? ナカムラさんももの好きですね』
「人の気も知らねぇで。……にしても、暑い」
もう何度言葉にしたかわからない。暑いがゲシュタルト崩壊して涼しくなってくれ……たらどんだけ楽か。
「つーか、なんで飛んだら駄目なんだよ。いや、箒で飛んだことないから怖いではあるけど、こんな苦労を負う意味がわからん」
『砂漠は生命が乏しいですから、それに準じて外魔力も少ないんですよね。体内で練り上げる内魔力だけでこの大砂漠を越えようものなら干からびてしまいますから。まあ、ダム並みに魔力があるコチニールには関係ない話ですけど。彼女の場合、自力踏破は趣味みたいなものですし』
コチニールとは、俺の前を歩く深紅の魔女――コチニール=ケルメース・カーミンロートのことだ。
豪快にして不遜。魔女にして脳筋。本来デスクワークが生業の魔女の中でも異端な外回り担当。砂漠をピンヒールで渡る意味不明。魔女の概念をありとあらゆる方向から否定する存在。それがコチニール=ケルメース・カーミンロートである。
「規格外がすぎる……。魔女が探すのって野草や毒虫とかで、仕事もゴリゴリ削ったり大釜で煮たりじゃねぇのかよ。お前もお前で魔女というよりは医者? 便利屋? やっぱイメージと違うんだよなぁ」
『それはあなたの世界での先入観ですから。言ったでしょう。世界が違えば常識が違いますから』
「さいですか。にしても、暑い」
涼しくなる魔法とかないのか。頭上に雲でも出して日陰を作ってほしい。
『さっきも言いましたが、ここで魔法を使うとガス欠になって』
はいはいわかりましたよ。やっぱ便利なことだけってのはないんだな。
「マリィ、そこに逸れないで。オオガイウスバの巣があるわ」
「は? ってうわっ!?」
ザザッと。足場の砂が崩れた。地すべりのように流れ、掛けた体重が更にそれを後押しする。
それと同時に、砂丘の谷に巨大な渦が発生した。渦の中心に向かって滑り落ちてる中、――そこから巨大な生物が姿を現した。
「なんだコイツ!? でかきもッ!!」
「何やってんのよマリィ! アンタほんとどんくさいわね!!」
アリジゴクのように現れたのは、全身に無数の毛と足が生えた単眼の蛇のような魔物だった。三叉に裂けた巨大な口には大量の粘液と何層もの歯が並んでいる。
『オオガイウスバには胃がなくて、内臓は全腸と心臓と砂鰓しかないんですよ。あの歯ですり潰しながら同時に粘液で溶かしていくんです。全部溶かして吸収するから肛門すらないんですよ』
「解説してる場合か!? ていうかやばい!」
掴む藁すらなく、流れ落ちていく下に大口を開いたキモ蛇が待機している。藻掻いて登ろうにも掴んだそばから砂が崩れた。そりゃそうだ! だって砂漠だもん!
「頭下げなさい! 火傷しても知らないわよ!」
コチニールの声と同時に、――
「――『炎上』――!」
巨大な蛇を火柱が飲み込んだ。
砂漠に響く不快な音が耳に劈く。数秒で断末魔すら焼いた火柱は鎮火し、滑り落ちる砂の波も停止した。
「この程度の火力で焼き切れるなんて、たいした魔物じゃないわね」
「この程度って、皮まで真っ黒じゃあないか。焦げくさっ! 熱ッ!」
日の暑さすら凌駕する熱量でも、出力としては控えめだったとか度が過ぎている。本気出したらここら一帯焼け野原になるんじゃないのか。
コチニール=ケルメース・カーミンロート。深紅の魔女。一人炎上劇場。魔境の求道者。一人大隊。『人助けの魔女』とは違う炎を操る彼女こそ、――この星において、『滅却と再生の魔女』の名に恥じない大豪傑である。
そんなコチニールとこんな砂漠を旅することになったのは、二日前まで遡る。