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魔王のいないファンタジー世界(11)


 廊下の先から金属のような音が聞こえた。




 カシャン。カシャン。




 なんだ。まだ誰かいるのか。薄っすらと、闇の中で動いている影がある。




 カシャン。カシャン。カシャン。カシャン。




 それが、鎧を着た誰かだということ、それがあまりにも異常な光景だと認識するのはほぼ同時だった。


「く、……首が」


 そこにはなかった。それなのに、赤い世界を鎧だけで歩いている。周囲には多くの武器が鎧に追従するかのように浮遊していた。


「こ、これがオリバ……?」


『いえ。これはただのハリボテです。さっき言った通り、この赤い霧自体がオリバが施した終末装置なので、彼の意志はここに存在しません』


 意味がわからん。ならこの鎧は何なんだ。まるでスリーピー・ホロウじゃないか。


 ゆっくりと歩みを進める首なし騎士が目の前まで来ると、片膝をついて体勢を低くした。正面を向いて入るが、鎧の中の空洞がはっきりと見え、やはりそこにはなにもないことがうかがえる。


 けれど、全身に覚えるのは、恐怖を飛び越えたなにかがある。先程の惨劇をこの赤い霧が行ったというのなら、終末装置と銘打っているのなら、ここに存在するすべてが同じように肉塊になっていてもおかしくはない。


『彼にとっては、あなたもマリアなので殲滅対象にはなりません。あ、夕方言った通り、彼ってば私にマジコイガチ勢なのでいまバレたら死にますよ。気を付けてくださいね』


 こいつは冗談で言っているのかもしれないが、こっちとしては冗談では済まない。心臓に痛みを感じない細い針を刺され、わずかな動きで大事な血管が破損して死ぬと言われているようなものだ。


 今日体験した出来事のどれよりも寿命が縮む。生涯の運を爆速で消費している感覚すらある。


 しばらく正対していると、鎧はゆっくりと立ち上がった。そして、横に転がっている屠殺された肉塊が砂のように崩れ始めた。床や壁に飛び散った血も、ゆっくりと赤い霧に溶けていく。


『マタタビの怪我を見てみてください。もう消えているはずです』


 倒れ込んでいるマタタビに振り返れば、全身を蹂躙する痛みに意識を失っていたが、額や口から流れた血も霧へと溶けていていた。内出血も次第に引いている。


『死者の血肉は霧に溶け、逆に生者の傷は遡行(そこう)して塞がる措置ですね。これが始まったのならこの霧はじき晴れます』


 仕組みは理解できないが、まさに魔法だ。治癒魔法ってやつか? けど、死肉が霧へと変化するのは逆に怖いな。


「あっ……」


 あたりを見渡す。やはり、肉塊の影に隠れていた()()も同様に霧に溶けようとしていた。


 それはダメだ――と口にしようとした途端、声がかすれた。


 身体の中から何かが抜けていく。口からあふれる赤い霧。全身の毛穴が開き、熱を奪われるような感覚。それらが徐々に強くなり、痛みにも似た刺激へと変化していく。


『無理に動かないで。傷の遡行はもちろんマリア(あなた)にも起こっています。一時的に体力を奪われるので気をしっかりもってください』


 マリアの忠告も、それよりも大事なことがある。


「ロ、……ロロは、ダメ、だ……。もって、いく――」




 ドサッ――




 意識の外で、自分の身体のスイッチが切れて倒れる音を聞いた。





///




 ――陽光が肌を刺す。硬い床に痛みを覚え、二日酔いの様な頭痛が残るほどの気分の悪さで目が覚めた。


『おはようございます、ナカムラさん。無理に動かないでって言ったのに。まあ、薄々感づいてはいましたが、少し意味合いがズレますがあなたって自己犠牲の精神が強いですよね』


「……うるせぇ。寝起きに嫌味とかいい性格してるなお前」


『うん。それだけ言えるなら後遺症はなさそうですね。安心安心』


 マリアの軽口が重なった鬱々とした朝だが、隣ではマタタビが丸まって寝息を立てていた。


「マタタビ……よかった」


『オリバが起動しなければ危なかったかもしれませんね。それほどの損傷でした。彼らが強欲で助かりました』


 声だけが聞こえていた、グリコレスたちが物色していた壺こそがオリバを起動する要因になっていたそうだ。その壺を開けたことで、あの赤い霧が解き放たれ、俺たちは助かることができた。


 けど、意識を失う前に見たあの赤い霧は、すべてを持っていってしまった。


『ロロは……残念な結果とはなりましたが、彼にも彼なりの考えがあったのかもしれません』


 ――丸まって眠るマタタビをベッドまで運び、惨劇の夜を明けた後を確認した。


 一階は酷いものだった。あたり一面にオイルのようなものが撒かれており、グリコレスたちは最後にすべてを焼き払うつもりだったようだ。


 結界を施していた窓の一つが内側から開けられた形跡があり、おそらくロロはここから外に出たのだろう。


 玄関から外に出れば、一箇所だけ凹んだ場所があった。けれどそこにはすでに何もない。


 周囲を探索しても、やはり何も残っていなかった。マリアの説明が正しければ、本当にオリバはすべてを持っていってしまったのだろう。


「なぁ……」


『はい?』


「お前たちって――」


 そこまで言いかけて、口をつぐんだ。


 この先をマリアに聞いたからといって、何かが変わるわけではない。俺が俺としてここで生きていくのに、その事実はあまり関係がない。ただ、ふと疑問に思ったというだけのものだが、一度意識してしまったことで脳裏にそれが焦げ付く。


『ナカムラさんの()()は私から答えるものではありませんね。だって、あなたはすでに(マリア)なんですから。それはあなた自身が見つける、この(セカイ)であなただけの物語です』


「……筒抜けか」


 それもそうだ。なんせ、俺の中にいる口うるさい魔女に隠し事はできない。考えたことが根こそぎ盗み見られる。そんな生活に慣れたと思っていたんだけど。


『ふふん。少しは見直しました?』


「いや全然。むしろ少しイラってした」


 まるで携帯電話の中身を他人に見られているような感覚だ。あの中はもはや外付けの思考回路だ。だれもがそこに自分の秘密を落とし込んでいる。ロックを掛ける人もいるだろう。それすらも容易に突破してくるなんてメンヘラっぽい。


『私からしたら全部ナカムラさんの独り言なんですけどね。無視しようにも聞こえてきますし』


 お互い LOSE - LOSE じゃあないか。不憫なものだ。


///


 ――今日一日の仕事を延期にし、丸一日をかけて後片付けをした。


 珍しく予約が一件しかなく、飛び込みもなかったことが幸いした。スムーズに片付けを終わらせた頃にマタタビが起きてきた。


「ゴ、ゴシュジンが片付けたのかニャ……?」


 オイルを何重に拭き取っても、マタタビの鼻には刺激が強かったのだろう。鼻を抑えて廊下の奥に引っ込んでいる。


「窓、開けるニャ。全部。ドアも。マリアの意地悪は(にゃに)してるニャ?」


「あー。寝てんのかな。作業始めてからはずっと反応ないな」


「マリアの魔法にゃらこの臭いを全部外に出せるニャ」


『あ。バレました?』


 てめぇ。ずっと黙ってたのはわざとかよ。


『まあまあ。あなたのお片付け能力を拝見したかったので。ほら、使い魔がいない時に生活に支障が出ると困るじゃないですか』


 困るのは俺だけだし、こちとら一人暮らし出身だ。片付けくらいできるわ。


「とにかくマリアに臭いの対応してもらうニャ」


『はいはい。小姑が出てきたならお教えしましょう。耳の穴かっぽじってくださいね』


 耳塞いでも全部聞こえるけどな。





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