魔王のいないファンタジー世界(7)
――夜が深くなる。ロロには事情を説明して、ネムからの連絡が来るまで匿うことに決定した。
ネムの言う通りアナクス族であり、窓から照らされた月明かりによって彼の眼は赤く変化している。
奴隷商人たちの会話から、やはり呪いの触媒の目的で拉致られていたらしい。ロロ以外にも別の種族が数人いたらしいが、移動中に全員降ろされており、彼らの動向はわからないようだ。
マタタビには厳重に戸締まりをしてもらい、寝台の一つを上の階に移動するなどしてロロを匿う準備は刻々と進んでいる。
夕飯も上に運んでもらって済ませ、万が一の覗き見に備えてカーテンを閉めた。
「さて。できることはだいたい終わったな。ネムからの連絡がいつになるかわからないけど、しばらくはこうやって過ごそう」
日があるうちはエントランスではヒトの出入りがある。その間はあまり気にする必要はない。
『夜は警戒しないといけませんね。外からの侵入に際して結界を張りましょう。それだけで勝手に入ることはできません。ナカムラさん、鍵を締めて』
戸締まりはしっかりとね。って――
「それじゃー結界にならんだろ! なんかないのか! 魔法っぽいこう便利なものが!」
「ゴシュジンうるさいニャ」
「び、びっくりした……」
『ぷぷぷっ』
笑ってんじゃね―よ。
『本来結界は入るも出るも拒むものです。立てこもりには便利ですが、展開すれば簡単に解除もできないまさに要塞です。それに、ここには工房がないのでそれほど強力なものも敷けないですしね。なので物理的なものが一番です』
ならそう言ってくれ。てか工房って何?
『工房はいわば魔女一人が持つ聖域です。その魔女を表すすべてがそこにある、魔法の集大成のようなもの。けど、ここには一般市民も出入りするので、そのような門外不出の情報を置くわけにもいかないので用意していません』
そうだったのか。あいかわらず魔女は大鍋でグツグツ煮込んでるイメージが抜けないな。けど、たしかに人助けは多くしてきたが、魔法に触れたのは多くない。魔女って何だっけと思うことも多いが、環境的に仕方のないことだったのか。
『まあ、外から侵入されたら警報が鳴るようにはしておきますか。ナカムラさん、戸棚の上にあるそれと、あれと、これも取ってください』
マリアの声を聞きながら動くことも長くなったにつれて、アレコレソレがなんとなしにわかるようになってきている。マリアが指示した魔法書と魔法陣用の銀筆、調合された秘薬を用意して下に降りて扉や窓に印を結んでいった。
「――これでよし。一階の扉と窓はこれで全部だな」
『ええ。これで外から不用意に開けられたら警報代わりの呪いが発動するようになります。あくまで『外から』なので、内から開ける分には問題ありません』
呪いって便利だな。怖いけど。
『呪いってのはいわば悪意の等価交換です。今回はカウンター型なので効力はその者の悪意に依存しますが、侵入する者がいなければなんの意味もありません。ですが呪いの一番の注意点は、術者に跳ね返るリスクも同等ということです』
人を呪わば穴二つってやつか。ことわざってのはよくできているな。
『なので、腕が立つ魔女ほど呪いは軽んじませんし、軽率に使うことはありません。呪いや魔法ってのは、他人が思うほど便利なものではなく危険が伴うものですから。抜き身の刃物と一緒なんです』
結局は使う人と使い方次第ってことか。振り方を間違えれば自分が怪我をする。だから使い魔に嫌われる主もいるし、呪いの触媒っての頼るやつもいるのか。
『……そうですね。呪いの触媒でアナクスの眼がほしいといっても、彼らにその素質はない。けど、その産物が逃げたことで商人たちは呪いが自分たちに降り注ぐことを嫌ったのでしょう。だから私に祓っておけともいいましたが、そんな虫がいい話はありません』
呪うための道具として攫った奴隷に逆に呪われると恐れる商人。けれどそこに素質はなく、ないものに怯えている。この関係性だけを見れば滑稽だが、彼らはそれがわかったからといって止まるだろうか。
アナクスでは呪いの触媒になりません! さあこの話は終わり! 解散! で済むならどれだけいいか。けれど、悪党というのは手段が露見すればそれを消そうと動くのが定石だ。きっと問題は悪化する。
『そこはなるようになるとしか言えませんが、巻き込まれたのなら全力でロロを助けます。人助けはときに誰かを助けないということですが、弱気を助けることは大義です。奴隷商人たちの好きにはさせませんよー!』
めずらしく前のめりだな。けど、マリアの言う通り乗りかかった船だ。今の俺達にできることはネムからの連絡を待つこと。それまでは夜は籠城だ。
『魔女の館は存在が異質ですからね。そう簡単に侵入はできません。悪事をしている憲兵だって立場が危うくなるのなら軽率に動くとは思えない。ここは魔女の見せ所ですよナカムラさん!』
……まあ、動くのは俺だわな。