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魔王のいないファンタジー世界(4)


 しばらく沈黙が続き、閉じた視界の先で布が擦れる音が聞こえる。それからまたしばらくして、――


「……あ。あの」


 少年が口を開いたことで、ゆっくりとまぶたを起こした。


 新しい病衣にも着替え終わって正対はしているが、目線はやはり合わない。彼の事情は知らなくとも、なんとなく想像はつく。


「お薬は塗れましたか。全身に使えるものだけど、痛みは大丈夫?」


「あ……はい。不思議と、痛みが引きました」


 痛みが和らいだのであれば、足首の赤みも数日で良くなるだろう。マリアが調合した薬はどれも効果が高くて驚かされる。


「よかった。お腹は空いていませんか。なにか食べやすいものを用意させますよ」


「あ、あの……あの子も、奴隷……?」


「マタタビは使い魔……えーっと。私のお友達です。この家に一緒に暮らしています」


「けど、……頭、耳生えてた。あの子、亜人なんでしょ? なら、僕と一緒……。それに、ご主人って」


『あー。あなたがマタタビを使っているからそう思うのかもしれないですね』


 説明が難しいな。マタタビは猫を主体とした使い魔だから亜人とも違うし、ましてや奴隷でもない。てか奴隷なんて存在、俺のキャパシティに存在しない。


「う、うーん。雇用主と従業員? けどそれだと主人と奴隷と何が違うかって説明が……う、うーん」


「――ゴシュジンはニャーのゴシュジンニャ。ゴシュジンは魔女で、ニャーは使い魔ニャ。だから奴隷とは違うニャ。これで全部ニャ」


 気付けば、マタタビが隣に立っていた。


『ふふふ。しびれ、切らしちゃったみたいですね。ずっと覗いてましたよ』


「猫が、喋ってる……」


「そうニャ。だからニャーは奴隷じゃニャいニャ。これでわかったニャ?」


「うん。うんうん。すごい。喋る猫だ……」


「落ち着いたら下に来るニャ。カカウ、作ってあるニャ」


 マタタビに促され、トテトテと部屋の外に出てきた。警戒心が溶けたというより、マタタビに夢中のようだ。こちらのことを忘れたかのようにそばを通り抜けていく。


 二人から少し距離をあけてダイニングルームへと向かう。テーブルには、青色の穀物を煮込んだカカウ――いわゆるお粥――が用意されていた。


「熱いからゆっくり食べるニャ」


「あっっい……。けど、おいしい……」


 よほどお腹が空いていたのだろう。熱さに負けずに食べ続け、あっという間に食べきってしまった。


「一気にたくさん食べると胃が驚いてしまうので、今はこれくらいがいいでしょう。次はもう少し栄養があるの……あ、あれ?」


 食べ終わった途端、急にフラフラとしだした。目も虚ろになってる。


「ンニャ。お皿あぶニャいニャ」


 テーブルに突っ伏しそうになったところをマタタビが素早くお皿をどかす。今度は寝息をたてていた。


「眠れるように薬草を入れたニャ。苦いから誤魔化せたか心配だったけどバレニャかったみたいニャ」


「ありがとうマタタビ。おかげで助かったよ」


 俺一人だとあの部屋から出すだけでもまだまだかかりそうだっただけに、マタタビの行動はすべてファインプレーだ。


「むー。それだけかニャゴシュジン。そろそろニャーにご褒美くれてもいいニャ」


 あ、しばらく前に約束していたご褒美、まだなにもしていなかった。けど、急に言われてもなぁ。


『頭でもなでてあげたらいいのでは? わりと好きかもですよ、この子』


 マリアに言われたことをするのも癪だが、ここは素直に従おう。ゆっくりとマタタビの頭に手を伸ばして手を置く。一瞬耳がピンと立ったが、なでてみるとなかなか毛並みが気持ちいい。


「むふふふふニャ。悪くニャいニャン」


 満更でもないようだ。ならいいか。


「ゴロゴロ……、……ニャ」


 案外いいものだな。


「……ニャ」


 やはりベースが猫だからだろうか。落ち着くというか、これがマイナスイオン的なあれか。


「ン……ニャ―! いつまでニャでてるニャ!」


「どわっ、びっくりした!?」


「もういいニャ! ニャ―のニャーがニャ―ニャのニャ! もう行くニャ!」


 ガチャガチャと食器を持って出ていってしまった。何なんだ。猫ってのは相変わらず気分屋だな。


『クククッ』


 何悪役じみた笑い方してんだ。


『アハハハハッ。いや、あはは。あーおもしろ……ブッ』


 人の中で笑いやがってうっせぇな。吹き出してんじゃねーよ。はらたつわー。


///


「名前、……ロロ。ロロ、です」


 しばらくよだれを垂らしながら寝ていた奴隷の少年――名前はロロというらしい。


 話を聞くに、亜人の奴隷として誘拐され、足かせと目隠しをされたまま何日も荷台に載せられていたという。何件かの奴隷商人を挟んだ数日前、商人が寝静まった隙に足かせを外して逃走していたようだ。


 何度か追跡を撒いてヒト食いの樹海を抜けた際、この魔女(マリア)の館を発見して身を潜めていたらしい。


「勝手に入って、食べ物も取って、ごめんなさい」


「いえ、いいんです。それよりも、辛い思いをしましたね」


 亜人の奴隷とはまさに異世界じみてきたな。アルブも魔王の眷属として忌み嫌われていた過去があると言っていたし、この世界のどこかではまだそれが行われているのかもしれない。




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