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魔王のいないファンタジー世界(2)


 ――マタタビが入れてくれた紅茶を嗜み、幾ばくかの休息を経て最後の予約をこなした。今日の最後に訪れたのはオークのオルクスとエルフのアルブであり、以前の認知症に近い症状の経過観察をしたに過ぎないが、彼らの関係は良好であり、病の進行も停滞しているように感じた。


 油断こそはできないが、彼らは今を存分に堪能している。病を受け入れたことが病そのものを遅らせている現状に、まさに"病は気から"と実感した。


 決して軽い気持ちではない。オルクスもアルブも、生半可な覚悟ではない。不治かもしれない病そのものを正面から受け止め、それととも歩みを進めていることこそが、最高の薬になっていた。


「今日もありがとうございますマリア先生。今度うちに遊びに来てくださいね」


「ありがとうアルブさん。近々村にいくから、そのときにでも顔をだすよ」


「手伝うことがあったら言ってくれ。力仕事くらいなら喜んでやるさ」


「オルクスさんもありがとう。資材の買い出しもあるので、そのときはよろしくお願いします」


 軽く別れの挨拶をして二人は帰路につく。仲睦まじい後ろ姿を見送り、今日の仕事の片付けに取り掛かった。




「――ゴシュジン! 今日の夕飯に使う予定のトトメイと備蓄していたサルーを知らニャいかニャ!?」


 バタバタと作業場に入ってくるマタタビ。ちなみにトトメイとは所謂トマトのことであり、サルーは砂糖である。


「いや、知らないけど。なんならずっと作業場(ここ)にいたし」


「ンンン……、そうだとは思っていたニャ。ゴシュジンが持ち出すニャんてタイミング的に無理なのはわかっていたニャ」


 ? なにか問題か?


「実は、お昼ごろにも酒瓶が一つニャくニャっていたニャ。中身(ニャかみ)は水だったから気にもしニャかったけど、トトメイとサルーまでニャくニャるってことは……」


「ん。これは、……誰かいるな」


 俺には水もトマトも砂糖を盗る理由がない。マタタビにお願いすれば用意してくれるし、コソコソすることもない。水程度なら勘違いでもいいかもしれないが、夕飯の食材がなくなるということは何かがいることを証明している。


「……探すか。犯人」


「ンニャ。とっ捕まえてやるニャ」


 マタタビの耳が天を衝く。これはかなり怒ってるな。


 マタタビと手分けをしてまずは一階部分の部屋をしらみ潰しに探していく。ネムの部屋、風呂場、調理場、作業場、備蓄倉庫……これといった変化はなく、なんなら見たくなかった仕事の残滓や一般家庭ではお馴染み黒いアレ――異世界ですらこいつはいる――と出会うことになる。


 その最中――頭上から何やら音がした。


「……いま、上から音がしたよな」


 傍らにいたマタタビが大きくうなずく。聞き間違いではないようで、なにか重量があるものが上の階の床に落ちる鈍い音が響いた。


 備蓄倉庫の真上――たしか、武器らしきものが乱雑に置かれた油臭い部屋だ。階段を登ってすぐそばにある大きな部屋だが、そこに何者かがいる気配がある。


「行ってみるか」


 備蓄倉庫から出て階段に目を向ける。上の気配が移動した様子はなく、息を潜めているようだ。


 マタタビと忍び足で階段を上がり、武器部屋の扉の前に立つ。マタタビはというと、もしものときの防衛のために鍋の蓋と麺棒のようなものを手にしていた。


 扉に手をかける。カチリと、ノブを回したことで小さく金属音が鳴り、中にいる誰かにもそれが伝わったのだろう、形容しがたい緊張感が漂う。


「……だれか、いる?」


 侵入者に対してこう言うのもどうかとは思う。そこで「はいいます」というやつもいまい。自分でもマヌケかとおも――


「……っひ」


 か細い声が聞こえた。違いなく子供のそれである。それでいて、怯えているのが伺えた。


「大丈夫。私はこの家の者です。あなたに危害を加える気はありません」


 立場が逆だ。本来なら、家主に対して言う場面は想像できても、こちらが言う道理はない。けれど、あの怯えた声がどうも引っかかる。


「……た、……たす、け」


 明らかに声に力がない。乱雑に置かれた武器の陰に隠れて姿は見えないけれど歩みを止めた。


「ゴシュジン?」


「大丈夫。あなたが嫌がるなら、これ以上中には入りません。けれど、お話だけでも聞かせてもらえないかしら」


『なにを悠長なことをしてるんですかナカムラさん。相手は物取りですよ』


 それもそうだが、心にブレーキがかかった。まずは落ち着いて状況を確認したい。


「マタタビ、部屋の外に出よう。ここは刃物が多くて危ない」


「わ、わかったニャ」


 こちらに敵意がないことを示したい。あまり納得はいっていない様子のマタタビだったが、素直に従ってくれた。扉が閉まらないように落ちてる鎧兜で抑えて廊下に出た。


「私たちは部屋の外にいます。距離はありますので、姿だけでも見せてくれませんか」


 しばらくの沈黙の後、――物陰から、一人の少年が姿を表した。






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