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人助けの魔女


 ――ここは地球。日本国は地方都市。


 ほどよくインフラは整備され、生きるだけなら最低限文化的な生活が保証されてる極めてお人好しな国は見かけだけで、わりかし世知辛い閉鎖的な所に産まれて、すでに二十年は過ぎていた。


 生きることは辛いこと。戦時中でもないのに、日々それを思って生きてきた。


 他人には「おい」と呼ばれ、足で蹴られ、殴られ、体には生傷が絶えなかった。


 周囲から向けられる視線はいつも冷たく、助けを差し伸べる手もなかった。


 味方――友達はいない。金を払えばなってくれるだろうが、生憎そんな金もない。


 唯一の救いは、道端の草を食べないと生きていけないほどは貧しくないところだ。あんな苦いものは二度とゴメンだ。


 けど、我慢することは疲れた。耐えることはもう疲れた。生きていくことに、もう疲れていた。




 真夜中のテレビからは景気のいい話が聞こえてくる。


 これを使えばお肌ツルツル。お鍋は焦げない。着るだけで痩せる。飲むだけで……。なんて耳障りの良い謳い文句ばかり並べるだけで驚きのサウンドエフェクトが壊れたスピーカーのように鳴り繰り返す。


 似たような顔をした高齢者が席を埋め、ロボットのようににこやかに拍手をする様をみて、あそこにもいけない人生を恨んだ。


 だから、今日を持って人生に幕を降ろす。


 何も難しいことじゃない。深夜にコンビニに行こうと思うくらいの感覚の、軽い気持ち。


 処方されては微妙に残し、乱雑に袋に詰めては一年ほどかけて貯蔵された睡眠薬を机に並べる。冷蔵庫には低コストですぐ酔えるレモン味のストロング系なお酒がある。


 恐怖……は今はないが、後のものすらきっと麻痺させるだろう。アルコールってのはほんとによくできた合法麻薬だと痛感する。部屋には、ほどよく夢の国の片道切符が揃っている。


 言うまでもなく、彼岸に渡っても咎める人はいない。親との折り合いも悪いから、数日顔を合わさないことも何度もあった。


 だから、中途半端になることはないだろう。




 三……。個包装されていた薬を丁寧に取り出していく。




 ニ……。五百ミリリットルの缶を開け、部屋に漂うアルコール臭を感じている。


 半分ほど一気に飲み下し、血流にのる酔いに心地よさはない。




 一……。口いっぱいに頬張った薬をラムネ菓子のように噛み砕く。


 眉間に皺が寄るほどの苦さが最後の晩餐とはなんとも滑稽だが、最後に食べたいものがあるほど質のいい生活はしてないから、そもそも思いもつかなかった。




 ゼ、ロ……。片道切符を見えない車掌が切る音が聞こえる。




 瞼には重さを感じないのに、全身を包むまどろみの中、いつの間にか意識は宵闇よりも深く、暗い世界に落ちていた。





「……y, yaghiey」




 ――なにか聞こえる。聞き馴染みない言葉だが、か細い女のような、そんな声。


「nrary von feaps. khi……kouri……korekana……。A……アーアー。キコエマスカ?」


 なんだ。聞き取れる。ついさっきまで、まったく聞き覚えのない言語だったのに、いきなり認識できる状態にシフトした。


「あー。これだこれだ。もしもーし、聞こえますか? 聞こえてますよね? 無視しないでください」


 なんだこれは。いきなり話しかけられて無視をするなと言われても困る。一般的な社会性があるのなら、見ず知らずのやつの言葉に耳を傾けるほど、人間性は腐っちゃいない。


「自殺しようとしていたくせに何をぬかすと思えば。性根が腐ってるのに生意気ですね。そのまま死なせますよ?」


 断言しよう。こいつは悪人だ。きっと鳴き声がうるさいからといって隣人の犬すら無表情で殺すくらい極悪人だ。


「偏見がエグいですね。ひねくれすぎです。……けど、気に入りました。チャンネルも繋がっていることですし、どうでしょう。私の話を聞いてくれませんか?」


 今から死のうと、いや、死んでいる最中の人間に何を聞けというのか。時間の無駄だ。


「聞くだけなら損はしません。むしろ聞かないで死んだら損です。損は悪です。絶対に損はさせません」


 詐欺が下手だな。ド三流だ。いや、それ以下か。三流だってもっとマシな言葉を並べるはずだ。


「本当のことを伝えるのに無駄な言葉を積み上げるほうが口下手ってものです。真実の言葉はココロに響きますから」


 胡散臭さが二割増しだ。もう死んでいいかな?


「あー。交渉決裂ですか? なら、あなたのこと、私の好きにしてもいいですか? なんなら人助けだと思って、()()()()()()()()()()()?」


 ……何いってんだこいつ。そもそも姿も見せないやつのために死ねるか。俺は自分のために死ぬんだ。


「自分のため? ちょっと何言ってるのかわかんないですね。けど、投げ捨てるなら、拾われても文句は言わせません。私もちょっと立て込んでるんです。人助けだと思って、ね。ちょっとだけ、冒頭(さきっちょ)だけでいいから」


 それはバカがバカにいうセリフだ。人をバカにするな。勝手にチャンネルだとかを繋げてピーチクパーチク喚くな。


「あ。私のことバカだといいましたね。頭にきました。もういいです。人の親切を無下にするなら勝手にします。あなたには――」




「――()になってもらいますから、覚悟してくださいね。異世界の住人さん」





 ――死にゆく意識の中でそう言われたのはおよそ三ヶ月前。いや、こちらの時間軸では二ヶ月強――一日が三十時間と謎の尺度のせいか、体内時計の調整に戸惑った。


 二ヶ月前に話を戻すと、――。


 死ぬために睡眠薬とストロング系のお酒でオーバードーズで帰れないトリップをかまそうとしたのに、目が覚めたら見知らぬ場所だった。


 状況を確認しようと周りを見渡しても、見知っているものが一つもない。唯一認識できたのは、そこが誰かの家で、鏡に写る姿は見覚えのない女がいた。


「へぇえ? うわぁあ!?」


 思わず声を出す。誰の声だこれは。けど、それよりも、鏡に写る顔のほうが問題だ。


「お、おんな!? ……鼻高っ、目青っ、髪の色もなんだこ……胸でか!」


 思ったことが全部口から出てしまった。顔を触ると、肌のきめ細かさがわかる。銀色の髪の質感は絹のようになめらかで、わずかに指先の冷たさを感じた。


『ちょっと、人の体をベタベタと触らないでくださる』


「わぁあああ!?」


『いちいちうるさいですね。人の声で喚かないでくださいよ。違和感が半端ないの』


 口から出る声と、同じ声がどこからか聞こえる。録音した自分の声を聞くと違って聞こえることはあるが、これは同じ声だとはっきりわかる。


『テンパってますね。へへへ。作戦通りです』


「作戦……だと? 誰だお前は」


『誰って、その体の元主です。さっき夢で話をしたじゃないですか。あなたには()になってもらうって』


 どういうことだ。さっきのは……夢、だろ?


『夢ですよ。そしてここは現実です』


「そんなわけあるか! 俺は男だぞ!」


『ええ、知ってますよ。名前は確か……ナカムラ? こちらの世界では聞かない名前ですが、あなたの世界では普通の名前なのでしょうね』


「なんで俺の名前を……」


『調べましたから。だって私、優秀な魔女なので。優秀すぎて疲れちゃったんですけどね』


「はぁ? 言ってる意味がわからない」


 魔女だと? ならここは中世のヨーロッパ? なら火炙りになるのか?


『そちらではそういう風習があるんでしたね。けど、ここにはそんな物騒なことはありません。安心してください。魔女は国が認めた立派な職業ですから』


「安心ってできるわけないだろう。死のうとしてたのに、いきなり女? 魔女の体? に勝手にしたってのか!? これは人権的にどうなんだ!?」


『心配するところ、そこなんですね。なんとも人間くさい人だ。もっと混乱すると思いましたが、割とチョロ……スムーズそうです』


「チョロいって言ったか、なあ、今チョロいっつったか?」


『そしてその冷静さ。やっぱりあなたにしてよかった。あなたなら、この世界ではうまく生きていけそうです』


「おいまて、俺はもう生きたくない。だから自殺しようと……」


『ええ。あちらの世界でのナカムラさんは死にました。助かりません。保証しますよ。致死量バッチリです。さすがです』


 おちょくられてるようにしか聞こえないんだが。一体何がしたいんだ。話が見えてこない。


『はじめから言ってるじゃないですか。あなたには私の代わりをやってもらいます。"私"代行です。捨てた命なんですから、拾われても文句はありませんよね。悪いようにはしません。ここで生きてみてください』


「それこそ勝手なことを言うなよ。これ以上生きていたって、なんの意味もない。俺は――」


 その先の言葉を出そうとして、口を噤んだ。


 今までの人生のあらましを、顔もわからない――あ、顔はわかるか。今の俺の顔だしな。――相手にいちいち話すというのか。


 興味本位で、なんの救いもない同情心を煽るために口に出すのか。そういうのが嫌だったから、耐えられなかったから、生きることをやめたというのに。


『そういうのいいですから。別に同情とかしませんよ。同情するほどあなたとは親しい春を過ごしてませんので』


 なんて冷たい魔女なんだ……。


『あなたの性格形成の根本的な問題は自己肯定感の低さとそれに付随する承認欲求の高さです。なので、"私"になればそういうのを解消してみせましょう』


「は?」


『言ったじゃないですか、悪いようにはしないって。何を隠そう、私こそ人助けの魔女マリア様です。感謝されることに右に出るものはいません。あなたは、人に感謝されることに慣れていない。だからそこ、ここで心のリハビリをしてください』


 リハビリだと? 人助けの魔女って言っていたか。てことは、こいつは町の便利屋みたいな、困った人を助けて回ってるってなのか。


『だいたいそうですね。おおよそそれで間違いありません。あなたは今日から、私に成り代わって人助けをしてください。この家もあなたのものです。衣食住すべて揃った職場なんてそうそうありません。マニュアルはすべて用意しています。教育制度も完備とか落ち度がどこにあるのか探す方が難しいってもんです!』


 だいぶ鼻息荒い口調になってきた。けど、すでに死んだ命なら、こんなセカンドライフがあってもいいのだろうか。


『難しく考えすぎですよ。命を断てる決断だけじゃなく、行動に起こせるくらいの意志の強さはあるんです。騙されたと思って、ここは一つ、思いっきりの良さをみせましょう!』


「ちょっとまて。お前の代わりに人助けって、具体的にはどんなことをするんだ? お前は魔女だったかもしれないが、俺は普通の落ちこぼれの人間だ、った」


『歯切れが悪いですね。大丈夫ですよ。マニュアルに沿ってれば何事も問題ありませんよ』




 そうこうして、俺の魔女マリア生活が始まった。


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