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魔王のいないファンタジー世界(1)


 日本のあの部屋で服毒自殺をし、異世界で魔女として生きることを選んでから早半年ばかり時間が過ぎた。


 死の行進のように忙殺される日々ではあったが、次第に仕事量は落ち着いてきたこともあり、徐々に慣れと共にわかってきたこともある。


 この世界には――季節がない。


 語弊はある。俺がいる場所は基本的に天気は荒れることがなく、今のところ災害のようなものはない。いうならば、初夏の前の穏やかさといったところか。


 けど、北側の避暑地を超えていくと次第に気温が低下していき、北極点は常に薄暗いという。南に向かえば次第に暑くなり、地球で云うところの赤道に近づくにつれて植物すら育たないほどの気温で砂漠になり、赤道から先は()()とのこと。


 この世界の"季節"は完全に緯度に依存しており、地域ごとの四季というのは存在しないことになる。地域マウントまっしぐらである。


『卑しいですよ、ナカムラさん。大抵皆さん住みやすいところに定住しています。放浪の民は商人くらいなものです。まあ、極北や南国に適した亜人もいますし、良し悪しは個々人の問題です』


 そういわれても、誰も彼も基準ってのは自分で作るもんだ。南国だなんて聞こえはいいが、文字通り世界の果てだ。世界をかき混ぜる槍があるのなら、神は半端な仕事として職務放棄したと言わざるをえない。


『それはあなたの世界の神話ですよね。神話なんて地域依存の与太話です』


「元も子もないことをいう魔女だな。卑しいのはどっちだよ」


『だって泣く子も黙る人助けの魔女様ですから』


 それをいうのは畏怖の対象だろうに、魔女がそれをいうかね。


『くだらないこと言ってないでさっさと仕事してください。予約に穴が空いたからと言っても、就労時間はきっちりしてもらいますよ』


「なんて口うるさい上司なんだ! ブラック的な労働が終わっても気が休まらねぇ!」


『ふっふっふっ。私が真の上司なら、ここでさらなる飛躍の意を込めて魔術のなんたるかを口舌しつくすところです。けど今の私は(しん)の上司なので、小姑のように尻を叩くことしかできないのでこれで許してあげます」


 海兵隊軍曹と中華屋女将のダブルパンチじゃあないか。どっちに転んでも地獄しかない。


「地獄といえば、この世界では魔王が統べてた地域をそういうみたいだな」


 ネムが勧めてくれた『魔王と三騎士』の一部にその記載があった。俺のイメージする地獄とは違い、単純に非亜人側から見た未開の地をそう解釈しているようだった。


『……どう捉えるかは人それぞれです。その童話の著者がそう感じたのでしょう。名前も知らない著者に恨み節をいうのもどうかと思いますが、主観の塊は私とは相容れませんね』


 なんかよくわからんが、形容し難いモヤモヤを覚える。


『そんなことよりも! さあナカムラさん。私の容赦ない――』


 や、やめろ! 謎の勢いで頭の中で叫ぶな!


「――ゴシュジン、今は予約も空いているし、少し休憩するニャ」


 頭の中で長々と魔法の仕組みを唱えているマリアの声を引き裂く神の声――間違えた。マタタビがティーカップを持って現れた。


『こ、この匂いは!? ダンゼンジリルンの葉ですね!? 私の鼻は誤魔化せませんよ!?』


 その鼻は俺の鼻でもあるんだがまあいいや。


「ありがとうマタタビ。マリアがダンゼンジリルンの葉かって騒いでいるけどそうなのか?」


「そうニャ。ニャーの秘蔵を分けてやるニャ」


『私には一度だってくれたことなかったのに!? てかいつのまに秘蔵してたんですか!?』


 猫以上に猫みたく騒いでいるが、面倒くさいので脳内のスイッチを切る。そうすると不思議とマリアの声が頭に入ってこなくなる、ここ最近覚えた特技である。


「ん。うまい。甘味は加えてないのにほんのり甘くて、けど後味にかすかに苦味があるけど、これがまたうまさを引き立てるな」


 色はコーヒーくらい黒いが、味は紅茶のそれだ。紅茶なんてコンビニで売ってる一リットル百円程度の紙パックのものしか嗜んだことはないが、そんな俺でもこの葉が上物であることが理解できた。


「先日来た商人が分けてくれたものニャ。ニャーが一人で飲むにはもったいニャいニャン」


「貴重なものなのにありがとうなマタタビ。うん、少し疲れも忘れるくらいうまい」


「たまにはゆっくりするのも大事ニャ。コンツメは体も心も疲弊してしまうニャ」


『なんがニャんですか。ブーブー』


 拗ねたマリアは放置して、今はマタタビが入れてくれた紅茶をゆっくりと存分に堪能する。鼻から抜ける香りも心地よく、喉を通る温度すら極上だ。


 嗜好品とはよく言ったものだ。


 もともとタバコも吸わず、嗜むといえば酒くらいなものだった。それも、ストレスのはけ口にしていたにすぎず、味わうには程遠い暴飲であり、酔えさえすればいいと最終的にはストロングスタイルにたどり着く。それはものの見事に体を疲弊させ、心にも前日以上にダメージを蓄積させていく悪循環なものだった。


 だからこそ、俺にとって嗜好品なんてものの評価はかなり低い。いや。低かった。この一杯が、それを大きく覆す。それくらいの評価をつけてもいいほどの一品であり、マリアがこれを味わえないことで拗ねる気持ちもわかる。


 ただ、嗅覚を共有しているように捉えているなら味覚だって勝手にジャックしそうなものではある。


『いいですねナカムラさん。マタタビに気に入られて。いーもんいーもん。私なんて猫に嫌われる運命なんですから』


 マタタビがマリア自身にくれなかった過去が故のへそ曲がりなんだろうなこれ。


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