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Deep Level  作者: 江菓
9/12

第九話 特殊変異体

 マチの葬式はマカロン同様小さなものだった。マチにはディープレベルに務める家族や交際相手がいないため喪主は社長が務め、慎ましやかに行われた。ボロボロだったマチは綺麗な死化粧を施され、眠るように棺桶に入っている姿は瞼の裏に張り付くようにして目を閉じる度に鮮明に思い出せる。身寄りがないため遺骨は師匠の申し出で師匠が所有しているお墓に入れることになり、位牌や遺影は師匠の別荘の仏壇に飾られることになった。

 師匠は私のことを考えてしばらくの間ディープレベルの見回りを早めに切り上げてくれた。見回りをするようになってから住んでいた祖父母の家から少しの荷物を持って師匠の別荘で暮らしているため早めに切り上げなくてもいいと言っていたが師匠は「ダメ」の一点張りで結局安静にしていろと言われた三日間は早めに帰ることになった。

 毎朝起きると自分の部屋の祖父母の写真の前にコーヒー、仏壇にお水とご飯、マチにお菓子をお供えして朝ごはんを食べるという生活にも最近少し慣れてきた。朝ごはんと言ってもお供えのために炊いたご飯の余りと昨日の晩御飯のおかず、と適当な物だ。

「怪我も軽くなってきたし、そろそろ戦いたいな・・・」

「ダメじゃ。」

ご飯を食べながらそう独り言を呟くといつの間にか来ていた師匠が庭の方から怖い顔をしてそういう。

「師匠!いつの間に!」

「安静に、と言われた期間が終わっただけで怪我は治っとらん、まだ戦うな。傷が開いたらまた安静に、と言われてしまうぞ。」

「えぇ・・・じゃあせめて時間は元に戻してください!さすがに見回りの時間だけは戻さないと体が訛ります。」

「うーむ・・・まぁ・・・そうじゃな・・・時間を伸ばすくらいなら・・・でも、絶対に戦ってはいかんぞ!」

「はい!約束は守りますよ!」

「うむ、じゃあご飯食べて終わったら行こうかのぅ。」

「はい!師匠、コーヒーでいいですか?」

「構わんでいい、わしは家で飲んできたかのう。今はなんもいらん。」

そう言ってにこにこしながら庭の花をいじり始めた。治りかけといえど、やはり怪我人にコーヒーを入れさすのは気が引けるのだろうか、師匠は優しいな。

 ご飯を食べ終わり食器を片付けて、台所から師匠の元へ向かうと池の鯉に餌をやっていた。

「今日はどこを見回るんですか?」

「今日はR地区からT地区を見回ろうと思っとる。何かあれば途中で辞めるから、痛くなったら言うんじゃぞ。」

「はい、わかってますよ。」

「ほんまかのぉ〜」

こちらの顔を覗き込みながらふーんと言いたげな顔をする。まぁ良い、と言って師匠は池に飛び込んだ。あとを追いかけて自分もR地区へ飛び込んだ。


 元々人の少ないR地区はさらに人が少なくなり、モンスターが腹を空かしてキョロキョロしている。モンスターを片付ける師匠の後ろ姿を追いかけながらこの前買ったレッグホルスターの様子を見る。走っても邪魔にならずいい具合だ。

「そういえば、アキとはどうなんじゃ?」

「えっ!?」

突然師匠からアキの名前が飛び出し、声が上擦って変な声が出る。

「何をそんなに驚く、告白された次の日にデートに行ったんじゃろ?晩年引きこもりのウェナを外に連れ出すとは・・・アキはやりおるのぉ〜」

ホッホッホッと笑う師匠。どこから漏れたんだ・・・ソウル先輩か?エルニエッタ・・・ハナコ・・・クソ、心当たりが多すぎる!

「えっと・・・ど、どこでそれを・・・?」

「みんな言っておるぞ?どこいっても噂されとったからのぉ、知らん奴はおらんじゃろ〜」

有名人は大変じゃなぁ〜と師匠は笑っている。なんでこんなことに・・・

「アキには返事をしたのか?あの日、生き残ったら承諾すると言ったんじゃろ?」

「えっ、あぁ・・・デートした時に一応返事はしましたよ。映画見に行った帰りに・・・いい人だったし・・・はいって言いましたけど・・・」

もごもごと映画デートの帰りにアキと恋人になったと話すと師匠はそうかそうかと嬉しそうに言った。

「ウェナにもついに彼氏ができたか〜!嬉しいぞぉ〜!」

刀についた血を振って落とし、鞘に戻す師匠はルンルンな足取りでとても七十三歳には見えない。

「そ、そんなに嬉しいんですか?」

「嬉しいとも!ウェナとソウルはわしにとって子供みたいなものじゃから、二人の幸せはわしの幸せでもあるぞ!」

師匠の子供・・・師匠にはパートナーも実の子供もいないからそう思ってくれているのか、そう考えると嬉しくなる。

「ありがとうございます。私も、師匠が師匠で良かったです!」

「うむ、ふふふ。」

師匠と話しながらR地区を抜け、S地区に足を踏み入れると空気がガラリと変わった。

「!師匠・・・ここ・・・」

「ウェナも感じたか。」

明らかに先程沢山いたモンスターが見える範囲で一匹もいない。もしかしたらさっきのモンスター達はここから逃げてきたのか?

「αやβの時と同じですけど・・・明らかに範囲がおかしい・・・」

「あいつらよりも何倍も強いやつがおる、ということかのぉ・・・」

「どうしますか、応援呼びますか?」

「あぁ、ここは一回下がって仲間を増やす方が吉かもしれん。」

そう言って来た道を戻ろうとすると、突然地震のような立っていられないほどの大きな揺れが起き、その場に二人とも座り込む。

「な、なんだこれ!!!」

「ウェナ、身を小さくして頭を守れ!」

「はい!」

二分ほど揺れが続き、その間頭を守るように両腕で頭を覆う。

 揺れが収まり、顔をあげると先程と少し景色が変わっていた。

「し、師匠・・・これは、いったい・・・」

「わしにも・・・わけがわからん・・・」

二人がいたところだけ明らかに土が盛り上がり、三階建てマンションくらいの高さに上がっている。

「と、とりあえず帰ろう、長居は危険じゃ。」

「はい!」

そう言って師匠と飛び降りようとすると、後ろからこの時を待ち望んでいた、というような嬉しそうな女の声で「待って」と聞こえた。後ろを振り返ると上半身が人、腰から下が蛇で顔の前に白い布をつけた化け物が立っていた。しっぽはうねうねと動き、こちらからチラチラと見えては隠れてを繰り返している。

「なッ!?」

「あはっ、待ってたわぁ〜ねぇウェナトリアちゃん!」

蛇女はこちらに腕をのばし私の顔に触れようとする。それをサッと避け、師匠の後ろに下がる。攻撃するなと言われているため逃げることしか出来ない現状にイラつく。

「ウェナ、逃げろ。あやつの狙いはお主じゃ。」

「し、師匠はどうするんですか!?」

「ウェナが逃げたのを確認したらわしも隙を見て逃げる。走れ!」

「っ・・・分かりました!」

きっと今戦える状態なら師匠にこんな決断はさせなかっただろう。きっと一緒に戦えた。そんな思いを心の奥にしまい込み、飛び降りるため走った。

「どこ行くのぉ〜待ってよぉ〜!」

嬉々とした女の猫撫で声が背中をくすぐる。気持ちが悪い。そう思って飛び降りようと崖端まで行くと突然足元の土がボコッと動き出し右足を掴まれる。

「うわっ・・・な、なんだこれ!!!」

「つ・か・ま・え・た❤」

「ウェナ!クッ・・・!」

足がズブズブと土に飲まれていく。足首まで土が盛り上がり、足を抜こうにも抜けない。私の周りは土が下がって溝ができ、師匠が近づけない。

「クソっ!抜けろよ!!」

手で足に乗った土をガリガリと除けていると蛇女はその様子を見てケタケタと笑う。

「クソッ・・・!あと少しなのに!!」

「今行くね❤ウェナトリアちゃ〜ん!」

そう言って蛇女はズルズルと蛇の下半身を左右に動かして、見た目に反して早いスピードでこちらに向かってくる。足を引っ張っても痛いだけで抜けず、足に乗った土は固く、手でガリガリと土をのけても手が傷つき血が滲むだけで土は関係なくボコボコと足に這い上がってくる。もう一メートル程近くまで来ている蛇女はこちらに両手を伸ばし今にも抱きついてきそうだ。

「ウェナ!!」

ドンッと溝を飛んできた師匠に押された衝撃で足がズルッと土から引き抜かれ、そのまま空中に投げ出される。師匠の真後ろには蛇女が見えた。

「後ろ!!!」

そう叫んだが間に合わず、師匠の腹を突き破るように血に染った蛇女の尖った尻尾の先が見えた。

「師匠!!!!!」

最後に見た師匠の顔は心配するなと言うようなやさしい笑顔だった。


 バチャッと背中が冷たくなる。起き上がると、見た事のある景色と自分が中庭の真ん中にある池に落ちたことに気づいた。

「よりにもよってここかよ・・・」

起き上がると服はびちょびちょで最悪だ。太陽が真上にあるのを見て今がちょうど十二時くらいなのだと知る。池から出るとこれまた見たことある顔がこちらに向かってくる。

蓼雲(たでくも)!?なんで学校にいるんだ!お前は退学したはずだろ!」

「あーあーうるさいうるさい、もう出て行きますから何も聞かないでください。さようなら。」

そう言って校門に向かおうとすると元担任が待ちなさい!と大きな声で止まるよう求める。

「突然現れたがなんなんだ一体!説明しなさい!」

「もう担任でも先生でもないんだからあなたに説明する必要あります???」

そう言うと元担任は怒りに任せた声で何か言っていたが興味無いので何言ってるかよく分からなかった。弁当の時間が終わり、制服姿の生徒が遊んでいるのを見て懐かしい気持ちが沸きあがる。

「待ちなさ・・・」

突然、複数の女子生徒の甲高い悲鳴が聞こえた。嫌な予感がする、濡れた服のせいかもしれないがとても気持ち悪い感覚に襲われる。心なしか濃い血の匂いがする。

「体育館か!?」

後ろにいた元担任の教師がそう口走る。体育館か・・・もうこの学校の階段は登らないと思っていたんだが・・・そんなことを考えながら階段を駆け上がり二階の渡り廊下を走って体育館に行くと、そこは地獄絵図だった。モンスターがご飯を食べ終わり遊んでいたのであろう生徒を食い散らかし、それを見て呆然としている生徒や悲鳴をあげて腰を抜かしている生徒を襲って食べている。それの繰り返しで悲鳴を聞いて面白半分で見に来たであろう生徒も餌食になっている。体育館の白い壁は血で赤くなり、茶色の床には血を流した生徒だった肉塊が落ちている。

「うわああああああああ」

「助けてくれぇええええぇえぇぇぇ!!!」

「いだいいいいいいいいいだいよおおおおおおおおおおお」

そんな叫び声が広い体育館にこだまする。後から到着した教師はうぇっとえずいて吐き始めた。

「ヒトとサカナが六匹か。」

レッグホルスターからボスちゃんに貰ったサバイバルナイフを、バッグから扇子を取り出す。左裾ポッケに入れたものはバックに入るようになっていると説明された時は驚いたがこういう非常事態のためなんだなっと思い、心の中でボスちゃんへのお礼の言葉を考える。右手にナイフ左手に扇子を持ち、モンスターに向かって走り出そうとしていると元担任に止められる。

「な、何してる!?こんなの死に行くのと一緒だ!!きっと誰かが警察を呼んだから・・・」

「うっせ、汚ぇ手離せや。」

「なっ!?」

「てめえが今私を止めたから、見てみろ助けられたかもしれない生徒が一人死んだ。」

そう言ってもう動かなくなった男子生徒を指さす。男子生徒は片足を食べられただけだった。担任に止められたことで浅い呼吸をしている所へサカナが男子生徒の頭をもぎ取り、叫ぶまもなく死んだ。止められずにかけつければ、きっと彼は頭を食べられることなく助けられていたかもしれない。元担任は何も言わずに指さした男子生徒を凝視している。

「さっさと失せろ、仕事の邪魔だ。もうあんたみたいな奴に助けを乞う側じゃない。」

そういうと元担任は苦虫を噛み潰したような顔をして「お、俺は知らないからな!!」と雑魚みたいな捨て台詞を履いて逃げ惑う群衆に混ざって見えなくなった。

 気持ちを切り替え、自身の記憶を探る。前にも同じような出来事があったとどこかの資料で読んだ。こちら側にモンスターが流れ込んでくる時は決まって入口がある。その入口を探しながらモンスターをサバイバルナイフで仕留め、横から来たモンスターを扇子で爆発させる。ナイフは扇子とは違って当てただけでは爆発しない、的確に敵の弱点を刺さなければいけないため少し苦労する。そうだ、と耳にかけているインカムの通話相手のボタンを『バディ』から『職員』にスライドし、通話ボタンを押した。

「現在ディープレベル内にいる職員につぐ、至急現世へ戻れ!モンスターが流れ出てきている!」

そう告げると他のハンター達の驚いた声が聞こえる。

「なんだって!?」

「そ、そんな・・・」

「すぐもどる!」

「モンスター排除のため、全責任は私、ウェナトリアが取る!モンスターに対しての武器使用を現世内でも許可する!!一人でも多くの命を救え!!!!」

「はい!」

「了解!」

「了解しました!!」

通話ボタンをもう一度押して通話を切る。モンスターは残り二匹、ナイフを構え、いまだ生徒の肉を咀嚼しているモンスターにナイフを刺す。

 六匹のモンスターを仕留めた後、モンスターで見えなかったが体育館の真ん中に真っ黒のドロっとした水溜まりがあった。

「あった、モンスターの入口・・・」

真っ黒のドロっとした水たまりに近づくと吐き気を促すような嫌な匂いがした。それは死体の腐臭を隠すように匂いの強い花が沢山飾られた葬式会場を思い出させる。棺桶に入ったマカロンやマチの姿がフラッシュバックする。

「っ・・・」

呼吸を最小限におさえながら元凶を探すため、真っ黒の水溜まりに手を突っ込む。手にまとわりつくドロっとした液体に気持ち悪さを覚えながら探っていると生肉のようなものに触れた。それをつかみ、上に引き上げるとドクッドクッと規則正しく波打つ黒い液体で濡れた人間の心臓が姿を現した。

「見つけた・・・」

心臓にサバイバルナイフを突き刺す。サバイバルナイフを刺した場所から黒い液体が流れ出し心臓が萎むと、心臓がでてきた真っ黒の悪臭を放つ水たまりや仕留めたモンスターの死体は溶けてなくなった。耳につけているSCMの電話開始ボタンを押した。

「こちらウェナトリア、今からモンスターの入口を潰す方法を教える、知らないものは参考にしてくれ。」

「助かります!」

「はい!」

「まず、黒い水たまりを探してくれ、強い腐臭がするからすぐ見つかるはず。見つけたら、その中に手を突っ込んで元凶である心臓を取り出せ、その心臓を潰せばモンスターの死体も黒い水溜まりも無くなる。」

「わかりました!」

「了解!」

「こちらハナコ、雲川公園へ応援頼みます!」

「了解、向かう。」

通話を終了して、雲川公園へ向かおうとしていると足元から話しかけられた。

「あ、ありがとう・・・助けてくれて・・・」

見ると、自分をいじめていた主犯格の女だった。血に濡れて真っ赤な女は涙と鼻水で、校則違反の化粧をしてばっちり決めている顔が台無しだ。

「なんだ、生きてたんだ。」

「えっ・・・」

「私はあんたを助けたんじゃない。勝手に自分のいいように解釈しないで気持ち悪っ。」

そう言って、女に冷たい視線を向けたあと、雲川公園へ向かった。


 雲川公園に着くと敷地が広いせいか先程よりもモンスターが多い。

「ハナコ!」

「ウェナさん!応援助かります!数が多くて・・・」

「サカナが七匹、ヒトが十匹ってとこか・・・一般人は?」

「もう避難しました!早退で帰ったらこんなことになるなんて・・・」

「タイミングが悪かったな。さぁ、さっさと片付けるよ!」

「はい!」

ハナコがヒトを相手している間にサカナを相手する。一般人の死体がないところを見るとハナコがすぐに気づいて避難させつつこいつらの相手をしてくれたからかもしれない。

「まぁ、平日に公園へ来てる人は少ないか。」

少なくとも小さい子供の死体がなくて良かった。慣れた手つきでサカナを相手する。ディープレベルと違ってサカナは低空飛行で動きも鈍い。七匹でも難なく倒せた。ハナコの方もちょうど終わったらしく、ふぅ・・・と息を整えている。バッグに入れているのど飴を取り出し、ハナコに渡す。

「ん、酸っぱくないよ。」

「えっ!あ、ありがとう!!」

ハナコは嬉しそうに受け取りすぐに舐め始めた。ん~!と嬉しそうなハナコを横目に水たまりを探し、心臓をつぶす。

「んーこれなに味?」

「君と飲んだ祭りのラムネ味」

「ラムネかぁ〜てか、ネーミングセンス!何それ!」

「私の好きな飴の新作。今度はのど飴出してて棒じゃ無くなってた。まぁ美味しいからいいけど。」

「商品名聞いていい?」

「『君との思い出キャンディー』だよ。ネットでは君とシリーズとか言われててネーミングセンスと無駄に美味しい味で意外とファンがいる。」

「へぇ〜君とシリーズね、覚えた!」

「てか、本部行こう。私の放送で社長も知ってるかもだけど、とりあえず報告しないと。師匠も向こうに帰ってるかもしれないし・・・」

「師匠さんとはぐれたの?」

「あぁ、ちょっとね・・・」

あんな光景を見たがもしかしたら生きているかもしれない。先程から師匠との通信は途絶えているが落としただけかもしれない。きっと師匠は生きている。あんなに強いのに死んでるわけが無い。そう自分に言い聞かせ、ハナコと共に会社へ向かうために公園の池へ飛び込んだ。


 ロビーに入ると受付嬢があわふたしている。画面を見ると、『今回現世に出たモンスターを対応した職員は八階会議へ来てください。』と書いてあった。その下には赤い字で『社長命令』と書いてあった。そりゃあたふたするわな。

「会議室だって、急ごう。」

「うん!」

エレベーターに乗り、八階を押す。師匠がいることを願って会議室を目指した。

 八階につき、会議室へ入ると炎やボスちゃん、エルニエッタやアキなど顔見知りから見たことの無い顔のものまで沢山いた。やはりみな考えることは同じで現世で戦ったあとここに来たようだ。

「師匠・・・」

「師匠さんいないね・・・」

師匠はまだ帰ってきていないようだ。師匠のSCMも今だに応答はなく、安否も分からない。はぁ・・・とため息を着いているとこちらに気がついたエルニエッタが話しかけてくる。

「ハナコ!ウェナトリアちゃん!怪我はない?」

「ない。」

「大丈夫です!」

「いや〜ほんとにびっくりしたわ〜バ先でアキと休憩してたらいきなり店内にモンスター湧いてパニクった!ほんと怖かったぁ・・・」

「大変でしたねぇ・・・私も早退してて学校の帰り道で突然悲鳴が聞こえて・・・」

エルニエッタとハナコはぺちゃくちゃといつも通り話し出した。楽しそうでなによりだ。

「ウェナトリアさん、大丈夫でしたか?」

「アキ、私は大丈夫だよ強いし。後、ウェナでいいよ。大切な人だから・・・」

「分かりました!でも良かった、さすがですね!連絡も早くてとてもわかりやすくて助かりました!」

アキに褒められると少しだけ気分が晴れる。師匠は心配だがきっと大丈夫。自分に暗示するように言い聞かせているとガチャリと社長室に繋がる扉が開き、社長が姿を現した。社長が現れるとガヤガヤとしていた空気は一変、シーンと静まり返り隣にいる職員の武器を握り直す音まで聞こえる。

「現状は?」

「現在、死傷者共にはじめの計算より収まっています。ウェナトリアの早めの攻撃指示のおかげかと思います。発生した地点はどこも重なる条件はなく、発生条件等も現在調査中です。」

「ありがとう、その調子でよろしく頼むよ。」

「はい。」

調査員と話したあと社長はこちらを向き、近くのマイクを手に取る。

「現世でのモンスター掃除ありがとう、君たちのおかげで死傷者も予想より少なくすんでいる。ウェナトリアの迅速な連絡のおかげだ、ありがとう。」

そういうと社長は私を皆にわかるよう示した後拍手をした。周りの人もこちらに目を向け、拍手する。どうすればいいか分からず、とりあえずぺこりと頭を下げた。

「今回のこともあるため今後ランキング十位以下の職員にはもう一度同じようなことが起こった場合にすぐ駆けつけられるようにしていて欲しい。今回のポイントは少し多めに加算しておく。」

「社長、こちらの資料に目を!」

慌てた様子の職員が話途中の社長に数枚組の紙資料を手渡す。あれは私が読んだやつかもしれない。

「ふむ・・・興味深い資料をありがとう。」

職員はぺこりと頭を下げた後そそくさと会議室を出ていった。社長は資料を見ながら話を続けた。

「今くれた資料は先程起こったモンスターが現世にくる現象の過去の資料だった。この現象は『負帰り』と言うらしい。負帰りの対処のポイントも制作するべきだな・・・あっと、え〜発生条件など詳しいことが分かったら全体チャットにアナウンスします。以上」

「はい!」

社長がそう言って社長室に戻るとまたガヤガヤとした空気が戻ってきた。社長に今日会った喋るモンスターの報告や師匠の行方を知るため、会議室を出て、社長室へ向かった。

 ノックするとすぐに返事が返ってきた。社長室に入り、まず喋るモンスターの報告をした。

「喋るモンスター・・・!?そ、そんなの今まで聞いたことない・・・変異体でも珍しいのにさらに喋る変異体まで・・・」

「喋る変異体と普通の変異体はなにか関係がありそうですね。」

「あぁ・・・特徴を後で研究職員に細かく報告しておいてくれ。」

「分かりました。それと、師匠と連絡が取れないんですがなにか連絡とか受け取ってませんか?」

「兄さんと連絡が!?僕は何も・・・」

「喋る変異体と出会った時にはぐれてしまって・・・SCMも繋がらなくて・・・」

「そうか・・・覚悟はしておくよ。大丈夫、誰も君を責めないよ。この世界では仕方がないことだから。」

社長を見ると背中しか見えなかった。社長の席の後ろは少し大きい窓があり、ディープレベルが見える。社長の背中にかける言葉が見つからず、少しの間が生まれる。

「それでは・・・」

それだけ言って社長室から逃げるように退室した。廊下にはアキとエルニエッタ、ハナコが心配そうな顔をして立っていた。もっぱら話を途中から聞いていたのだろう。

「ウェナさん・・・」

「ウェナトリアちゃん・・・」

「・・・探しに行くの?」

「もちろん、怪我して動けなくなってるだけかもしれないし・・・」

そう言い訳のように言うと三人は少し困惑したような表情になる。きっと私を含めてみんな師匠がもう助からないとわかっている、それでも私が諦めてしまったら本当に師匠が死んでしまったことになってしまうようで嫌だった。ドックタグを見るまでは淡い期待に縋っていたい。

「僕も、一緒に探すよ。」

「お、俺も!」

「私も行く!みんなで探したらきっと早く見つかるよ!」

「・・・ありがとう、お願いする。」

三人は困ったような笑顔で師匠探しを手伝うと申し出てくれた。私はそれに柄にもなく甘えて、四人で最後に師匠を見たS地区へ向かった。


 S地区は元の地形に戻っており、崖のように反り立つ壁は一向に見当たらなかった。三人に、入ってすぐ辺りとは言っていたが見つけるのは骨が折れそうだ。

「師匠ー!!!」

「師匠さーん!」

「いたら返事してくださーい!!!」

「声が出せなかったらなにか音を立ててくださーい!」

そう声をかけながら瓦礫の近くを中心に探す。最悪、師匠じゃなくてもなにか生きている手がかりが見つかればいい。最悪の場合なんて考えたくなくて探すことに集中して脳みその思考に余裕を持たさないようにした。喉が痛くなっても、声が枯れても、手が瓦礫でボロボロになっても、足が悲鳴をあげても、師匠を探すことは辞めなかった。もしかしたら、あっちに逃げたのかもしれない。もしかしたら、何とか逃げて今頃病院で治療を受けているかもしれない。師匠がいるかもしれないと思った方へひたすら探し続けた。

「ウェナさん!」

「うえっ・・・?ど、どうしたの・・・」

突然アキの声が聞こえた。あまりに集中しすぎて周りの音が聞こえなくなっていたようだ。

「一回帰ろう、もう三時間近く探してる。」

そう言われてスマホの時計を確認すると確かに師匠を探し始めて三時間はたっている。

「あぁ・・・ご、ごめん・・・つい・・・」

「いいよ、大丈夫。」

そう言ってアキに手を引かれてぎゅっと抱きしめられる。自分より背の高いアキに包まれると暖かくてとても安心した。今まで無意識に押さえ込んでいた涙が溢れ出てくる。

「ごめん・・・すぐ止める・・・」

「いいよ、止めなくていい。」

そう言いながらアキは背中をさすってくれる。この涙は師匠の死を理解しているという証拠なのかもしれない。師匠はもう、この世にはいない。

 ハナコとエルニエッタに進められ、アキは師匠の別荘で私のお世話係ということで今日だけ泊まることになった。傷口は開かなかったがそれでも今日新しく増えてしまった傷に消毒をしなければいけない。アキは丁寧に治療をしてくれた。誰かと一緒に夕飯を食べるのは久しぶりで少しぎこちなかったかもしれない。夜、布団に入ると急に不安になった。今まで一人で大きな部屋で寝るのなんて慣れていたし、何度もやってきたのに今日は何故か寂しくて不安で怖かった。眠れなくなり、枕と掛け布団を持ってアキの眠る客間へ行って一緒に寝てもらった。明日、師匠のドックタグをまた探しに行こう、きっと明日は見つかる。いや、見つける。師匠がここへ帰って来れるように。

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