第八話 変異体β
師匠とP区を見回りながら仕事をする。頭の中はこの間行われたマカロンの葬式のことでいっぱいだ。マカロンの葬式はマカロンと関わりがある職員のみの小さなものだった。喪主は炎が勤め、皆悲しみに包まれていた。葬式で久々に見た炎は最後に会った時よりも痩せて青白い顔できっと当分は忘れないだろう。葬式が終わり、帰ろうとした時に炎に呼び止められ少しだけ会話を交わした。炎はマカロンの死を受け入れてはいたものの、まだ実感が湧いていないようで「まるでリサが長期の出張に出かけているような気分だよ。まだ少しだけ思うんだ、数日もしたらスーツ姿のリサが出張先のお土産を持って玄関から帰ってくるんじゃないかって・・・わかってはいるんだ、帰ってこないことも、もうこの世にリサが居ないことも・・・」そう空を見上げながら言っていた。それと、炎はマカロンの実家の様子を見に行ったらしい。彼女の存在が消えたマカロンの実家はやはり変わっていなかったが、それでもどこか寂しさを感じたらしい。炎と別れる間際、ありがとうと言われた。意味がわからず、問うと「年下のウェナトリアなら静かに聞いてくれると思ったんだ、年上の人や同年代の人にこんな話したらきっと助言みたいなものとか同情を含んだ言葉をかけられるだろ?そんなのいらないんだ、ただ静かに俺の胸の内を聞いて欲しくてさ、ウェナトリアはそういうの言わないから。俺の消化不良を起こしたもんを勝手に押し付けちまった・・・ごめんな。」と言われた。私はなんて返したらいいのかわからなくてただ無愛想に「なるほど、じゃあまたディープレベルで。」と言って別れてしまった。
「あんな返答で良かったのかな・・・いや良くないよね・・・でもあぁいう時ってなんて返したらいいんだ・・・?」
『そう頭を抱えるなウェナ。』
「師匠・・・」
『後で気付いたことを深く考える意味なんてないんじゃ。もし相手が怒っていたりした時は謝れば良い。』
「・・・七十年近く生きてる師匠に言われるとなんか心強いです!」
『ふふふ、そうかそうか良かったよ。』
通信機越しに師匠が笑っているのがわかる。元々人が少ないのもあるが新種のせいでP区には職員が誰もおらず、エルニエッタとハナコがしっかり見回りをしているからだろう、モンスターも少なかった。
「誰もいないしモンスターも少ないですね。」
『そうじゃなぁ。まぁ平和が一番じゃ。』
「ですね。次はQ区ですがもう行きますか?P区は異常なさそうですし。」
『じゃな、Q区はソウルがおるのぅ。サボっておらんか確認してやらんとな!』
「はい!」
師匠と合流し、P区からQ区に向かう。ここ数日、この広大なディープレベル内を歩きながらモンスターを狩るということだけをしていて嫌とは言わないが、家に帰ると泥のようにベッドで眠っている。忙しいのは慣れている気でいたが、実際は体からの悲鳴を無視しているだけだ。新種のモンスターの件が終わったら長期休暇でも取って、師匠とソウル先輩とエルニエッタとアキとボスちゃんとアヤさんと一緒に旅行でも行こう。きっとみんな承諾してくれる。旅費出せるくらいには貯金もある。
「師匠、これが終わったらみんなで旅行にでも行きましょう!」
「ほう、いいのう!どこに行くかはウェナが決めてくれ、行く場所は当日まで内緒の方が楽しいじゃろ?」
そう師匠は笑顔で言った。確かに、主要人物以外には行く場所を内緒にするとサプライズ感が出ていいかもしれない。さすが師匠、人を喜ばす術を沢山知っている。
「わかりました!じゃあ、ソウル先輩と決めて日時だけ師匠に伝えます!楽しみにしててくださいね!」
「うむ、そうと決まればさっさとこの件を終わらせてしまおう!」
「はい!」
楽しみがあれば疲れも軽減される。きっとあと少しで片付いて、みんな生き残って旅行に行ける。そう考えながら、師匠と共にQ区へ足を踏み入れた。
Q区の見回りしていると、ソウル先輩とマチに出会った。スーツ姿のソウル先輩とセーラー服のマチが並んで歩いているとなんというか・・・犯罪臭がする。
「ウェナトリアに師匠!」
「ゲンジさんにウェナトリアさん、お久しぶりです!」
「久しぶりじゃのう、ソウルにマチ。マチ、ソウルはサボっておらんか?」
「サボってませんよ!!」
「ソウルには聞いとらんわい。」
「ソウルさんはサボってませんよ!モンスターと戦う時などお世話になっています!」
「そうかそうか、良かった安心したよ。」
そう言いながら師匠はソウル先輩の頭を撫でる。ソウル先輩は顔を赤くしながら満更でもなさそうな顔をする。その光景を微笑ましそうに見ているマチ。
「そうだ、せっかくですし男女で分かれませんか?私とウェナトリアさん、ゲンジさんとソウルさんで別れれば二チームともQ区の見回りが終わります!」
マチが嬉しそうに提案する。待ってくれマチとは数回しか会っていないのに二人きりになるとか無理だぞ。ちらりと目線で師匠にSOSを送るとこっちの気持ちを知ってか知らずかにっこり笑って
「いいのぅ!賛成じゃ、そうと決まればさぁ行くぞソウル!」
と言い切った。師匠!!裏切り者!!そう目線で訴えるが師匠はこちらにパチリとウインクを決めて、ソウル先輩とさっさと歩いて行ってしまった。この人でなし・・・と師匠の背中を睨んでいるとマチに肩をポンポンと叩かれる。
「行きましょう、ウェナトリアさん!」
「は、はい・・・よ、よろしく、オネガイシマス・・・」
セーラー服のスカートを揺らしながら楽しそうなマチの後ろをカチコチになってついていくウェナトリア。ウェナトリアは心の中で、何も会話をしていないのにマチはなんで楽しそうなんだと思いつつ、この時間が早く終わってくれと願う。
「ウェナトリアさんはお金の使い道とか決めてるんですか?」
唐突に質問され、ビクッとする。お金の使い道、そんなもの決めていない。今はただこの不景気に押しつぶされぬように貯金をしている。
「あっえっと、貯金、してます。」
「貯金かぁーいいね、結構現実的なんだね。」
「えぇ、まぁ・・・」
「私はね、ある程度お金が溜まったら移動クレープ屋さんをしたいんだぁ〜。」
「移動クレープ屋・・・いいですね。」
「一応色々資格とか取って今から準備してるんだぁ〜!目標金額まであと少しなの!」
「へぇ〜それは・・・良かったですね。」
「うん!ありがとう!」
ニコニコとひまわりのような笑顔を見せるマチを見て、どうしてここにいる人はこんなに夢を持って幸せそうに笑うのだろうと思ってしまった。いつ死ぬかも分からないこんな仕事をしながら夢を追いかけて、幸せそうに笑って・・・こんな所にいる理由が分からない人ばかりがいるなっと思ってしまった。
「こちら異常なしです!」
マチがハキハキとした声でそう伝えるとソウル先輩の了解!という声が師匠の機械越しにかすかに聞こえる。元気だなぁと思っていると視界の端でなにかが動いた。モンスターかと思いそちらを見るとそこには158センチのウェナトリアを優に超える建物の柱のような棒に目玉がついている不気味な奴がいた。
目玉はこちらを品定めするように凝視している。後ろにいたマチも気付き、こちらの服の裾を掴んでいる。その手はカタカタと震えていた。
「目を合わせたまま、後ろに下がって・・・刺激しないように・・・」
「わ、わかった・・・」
「どのくらい強いかも、どんな攻撃をしてくるかも分からないから・・・距離を取って様子を見れるなら見よう。」
「そうだね・・・」
『どうしたウェナ。』
何かを感じたのか師匠が話しかけてくる。背中を冷や汗が流れ落ちる。
「巨大な新種モンスターが・・・今、目の前にいます・・・」
『何!?今どこにおる!』
「今・・・雲海中学校近くです。」
『わかった、ソウルとそちらに向かう!それまで辛抱してくれ!』
「分かりました、とりあえず距離を取って様子を見ています。」
『よし、すぐ向かう!』
そういうと師匠は通信を切った。目の前の巨大な新種モンスターを観察する。今見えているのは目とその目を支えている部分のみ、目を支えている部分はとても太くそこから考えると体はさらにでかい。この土の下に埋まっているであろう新種モンスターの体を想像するだけで身震いする。
ある程度まで下がるとモンスターはこちらから目を離した。そしてまたキョロキョロと辺りを見回している。
「温厚な新種モンスターなんですかね・・・」
「それはありえない、あいつらは人間の負の感情が主成分だしきっとなにか条件が揃った時のみ襲うトラップみたいなモンスターなのかも。」
「トラップ・・・」
「土の中に埋まってるあいつの体の大きさをあの目だけで考えると・・・はぁ・・・嫌になる・・・」
思わずため息がこぼれる。前見つかった新種が小さくてすばしっこく、血を吸うという悪趣味なモンスターだった。今回は巨大で予想ではトラップのようなモンスター・・・
「はぁぁぁぁぁ・・・」
長い溜息をつきながら座り込む。長時間歩いて棒のようになっている足を師匠とソウル先輩が到着するまで休ませる。座れる瓦礫が近くになかったので土の上に座り新種モンスターを観察する。するといつもとは少し違うところを見つけた。
「あれ?これ・・・」
「私たちの足跡・・・ですね。」
「おかしい・・・」
「えっ?」
「通常の地面はこんな感じにカチカチなんだよ。」
そう言いながら足元の地面を拳で殴る。拳が落とされた場所は少し砂埃が起こるくらいで拳の後などは残らない。
「でも足跡が残ってるってことは柔らかくて水分量が多いってこと。」
そう言いながら足跡の残った地面を指さす。
「あの新種モンスターの縄張りだけ柔らかいのかもしれない。」
「なるほど!」
「縄張り内に入っても攻撃されなかったのはなんでだろう・・・」
「うーん・・・あっ、あのモンスターもしかしたら攻撃手段が少ないのかも。ウェナトリアさんが言ってた通り待ち伏せ型で近くに来ないと攻撃できないのかも!」
「それはあるね、てかあの感じほぼ確定かも。縄張りの土が柔らかいのは動きやすくするためかな?自分の縄張りを持ってるモンスターは初めてだから全部憶測だけど・・・」
「えっ、ムシは?特定の場所にタマゴを産むから縄張りがあるんじゃないの?」
「あれは一時的なものだから縄張りとは言えないと思う。基本あいつらは上の方の地区を放浪してるし、交尾は予想ではあるけど上空、卵を産む場所も不特定、タマゴを産んだ後はまた二匹でタマゴ放ったらかしで放浪するから・・・」
「うわぁ・・・自然は厳しい・・・」
「まぁその方がこっち的にはありがたいかな、親が居なくなった後に見つけるのは大変になるけど安全に潰せるし。」
「まぁたしかに・・・」
「基本的にモンスターたちは縄張りとか考えずに餌のある方に集まるから動かずジッとしてるなんてほんとに珍しい。」
そう関心していると師匠とソウル先輩が走ってきた。肩で息をしているソウル先輩を横目に走ってきたとは思えないほど余裕の師匠に状況説明を求められ、新種のモンスターを見つけた時の状況、新種のモンスターを観察して得られた情報、考察を詳細に伝えた。
「ふむ、なるほどのぉ・・・」
「どう思いますか?」
「ウェナの考察と同意見じゃ、ただ変異体αは人を生きながらえさせて血の鮮度を保っていた。あやつも同じくらいの知能があってなにか企んでいるやもしれぬ。ここは一方向から全員で攻め込むより四方向から同時に攻め込む方が良いかもしれん。」
「確かにそうですね。」
マチは聞いているだけだがしっかりとわかってくれたようで首を縦にふっている。ソウル先輩は神妙な顔でスマホを見ている。なにかの確認でもしているのだろうか。
「攻撃は同時に開始したい、ウェナは無線でいけるが・・・」
「ソウル先輩とマチさんが左右、私が後ろから叩くようにすれば無線が繋がっていない二人にも手を挙げる等で合図が送れます。」
「ふむ、それでいこう。ではわしは正面から叩く。」
「私はあいつの後ろから叩きます。」
「わ、私は左側から攻撃します!」
「じゃあ、俺は右から行きます。」
そう言って三人と別れて、柔らかくなった土を頼りにモンスターの縄張りに入らないように後ろへ回る。
師匠からの声を聞き逃さないよう、通信機に耳をすませる。扇子を持つ手が汗ばみ、爆弾を持つ手が震える。昔から自分より大きい生き物は苦手だった。一口で私を生きたまま飲み込んで胃液でドロドロに溶かされてしまうかもしれないという想像が冷や汗となって背中を流れ落ちる。大丈夫、今の私ならどんなにでかいやつにも勝てる、例え飲み込まれても溶かされる前に腹を突き破ってやる。
「用意はいいか?」
「いつでも行けます。」
「よし、いくぞ!!」
師匠の声が聞こえたと同時に両手をあげる。ソウル先輩とマチはそれを見て走り出し、自分も足を踏み出した。
いつもと違う地面に足をとられそうになりつつも進んでいく。近距離の三人と比べると明らかに劣っている自分は扇子で土の中に埋もれているであろうモンスターの体に向かって爆弾を送り込む。
「隠してるってことは弱点ってことだろ!!」
三人が目玉に攻撃している間、周りの雑魚が近づいてこないように爆弾を投げつつ風を起こして土に埋もれたモンスターの体を探す。先に爆弾を送り込んだお陰で土は簡単に飛んでいった。濁った赤ワインのような色の土をある程度掘ると肌色の肉のような部分が現れた。肌色の奥には青や赤などの血管のようなものが動いているのがうっすらと透けて見える。
「ここが・・・お前の弱点か・・・?なぁ!!」
太ももに片付けていたナイフを手に取り肌色の部分に突き刺す。突き刺した瞬間、モンスターは地響きのような叫び声をあげて蠢き始めた。芋虫のように柔らかく、ナイフを刺した場所から黄色い膿のような血がブチュリと音を立てて流れ出す。チラリと三人がいた方に目をやると、もう後ろに下がっているのか姿がなかった。ナイフを向いて一度距離をとる。ジタバタと暴れまわるモンスターは土の中から出てきており、気色の悪いその姿を露にしている。ダンゴムシやダイオウグゾクムシのような見た目だが赤い殻のようなものは頭とそこから二関節ほどしかなく先程まで土に埋まっていた部分は肌色の柔らかい肉がむき出しになっている。先程まで土の上に出ていた目の下には大きながま口のような口がありその上には二本の蛸足のような触手がうねうねと傷をつけた犯人を探している。
「きっっも」
「確かにお世辞にもきれいとはいえんのう。」
「帰ってねこちゃんみたい・・・」
「ソウルさん帰るのはまだまだですよ!」
「ウェナ、弱点の発見ありがとう。ただお主の声はわしにしか聞こえとらんのじゃ、相手に攻撃をするときは合図を出してくれんと困るぞい。さっきはお主の声に気づけたから早めに避難できたものの・・・わしが戦いに集中して気がつかなければ危なかったぞ。」
「すみません、少しはしゃぎました・・・」
「反省してえらいぞ、次から気を付けてのぉ」
「はい!」
「ソウル、マチ、攻撃してなにか気がつかなかったか?」
「えっ?わ、私はなにも・・・」
「俺も・・・ただ、固くても頑張って傷をつけたのに全然反撃をされなかったのは少し気がかりではあります。感覚がないんでしょうか?」
「いいところに気がついたなソウル。たぶんじゃが、あの目玉はダミーじゃ。」
「ダミー!?」
「なるほど・・・だから攻撃されてもなんにも反応をしめさなかったのか。」
「ダミーに気を取られている間にあの触手を使って攻撃するやつなのかもしれん。ダミーに痛覚なんてつけたら痛いからのう、感覚は無いかあってもあまり感じないのかもしれぬ。あの触手が襲ってこなかったということはもしかしたら寝ておったのかもな。」
そう話しているとモンスターの動きが少し遅くなった。
「暴れ疲れたか、暴れて傷が大きくなって動けなくなったか・・・」
「どちらにしろ、クールタイムに入ったってことですね。畳み掛けて殺しましょう。」
「もちろんじゃ、いくぞ。」
「「「はい!」」」
そう言って四人で走り出した途端、隣に居たマチが宙に浮いた。マチの足元から触手が二本飛び出し、マチの両足首に巻き付きマチを持ち上げた。
「マチ!!」
「ウェナ・・・・アさ・・・」
伸ばされた手をつかもうとあがくが、マチはそのまま上に持ち上げられ二メートルほど先にベタンッと叩きつけられた。そのままマチはピクリとも動かず赤い道を作りながらモンスターの方へと引きずられていった。
「マチ!!!」
走っても触手の引きずるスピードは早く、なかなか追い付けなかった。マチの名前を呼んでも気絶しているためか起きない。頼むから起きてくれ、おきて爪が剥がれてでも引きずられるのを止めてくれ、死なないでくれ。そんな願いも虚しくマチはモンスターの口に下半身を飲み込まれた。
「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
マチの叫び声が耳を突き刺す。マチは抜け出そうともがいているが先程の叩きつけられた衝撃と引きずられたせいでうまく体が動かせないようで出られないようだ。
「マチ!!!ど、どうしたら・・・助けなきゃ・・・!!」
マチを助けようと近寄ると二本の触手が、道を塞ぐ。
「これじゃ、らちがあかねぇ!」
「ウェナ!!一度おちつけ!!」
「でも!!!マチが!!」
「触手の相手はわしがやる、ウェナはあいつの弱点をえぐれ!ソウルはマチの救出を頼む!」
「はい!」
「・・・クソッ!!」
自分の手で助けたかったが師匠の判断は正しい。触手と戦うのも、救出も、全て私の攻撃手段ではマチにまで被害が及ぶ。逆に爆弾で弱点に大打撃を与えればモンスターを早く仕留められる。露出した肌色の肉のところまで走っていく。扇子を口に加え、両手に爆弾をつかめるだけつかみ上へ投げる。投げた爆弾たちを扇子で風を起こし柔らかい肉へぶつける。
「死ねよごみ!!!」
投げた爆弾はすべて命中し、モンスターは先程の比にならないほどの叫び声をあげて動かなくなった。モンスターの肉の部分は焦げて黒い部分と黄色い膿のようなものがぐちゃぐちゃになっていた。黒く細い煙を一筋あげながらモンスターはどろどろと溶けていった。
「マチッ!」
扇子を適当にポケットにいれ、マチのところへ走った。
マチはソウル先輩の膝に頭をおいて眠っていた。頭から血をながし、上半身と下半身を繋ぐ腰の部分は血と服と肉がぐちゃぐちゃに混ざりあっており、もう長くはないことを物語っている。
「マチ・・・さん・・・?」
そう声をかけるとマチは目蓋を開けた。
「うぇな・・・とりあ・・・さ・ん・・・わたし・・・また足を引っ張っちゃいました・・・」
「そんなこと無い!マチさん死んじゃダメ・・・!」
マチの冷たい手を握りながらそう声をかける。ボロボロと涙が溢れ、目の前がぼやける。少し前に出会ったばっかりでマチさんのことなんて知らない。それでもエレベーターで唯一話しかけてくれて、無愛想な返事をしたにも関わらず今日あったときも元気に優しく話しかけてくれた。夢まで話してくれた。
「ごめんね・・・くれーぷ・・・食べさせて・・・あげたかった・・・初めて・・・あったときから・・・仲良くなれる・・・思ったんだ・・・」
「生きて・・・生きてもっと仲良くなりましょうよ・・・!クレープも作ってください・・・マチさん!」
「泣かないで・・・帰ったら・・・いっぱい・・・・・・作ってあげる・・・いろんなあじ・・・つくって・・・・・・はなそう・・・ともだち・・・みたいに・・・」
徐々にマチの命の灯火が消えていっているのがひしひしと伝わってくる。わたしを心配させないためにこんなこといっているんだ。
「マチさんなら・・・絶対、親友って言えるくらい・・・仲良くなれると思います・・・!」
「ほん・・・と・・・?えへへ・・・・・・うれ・・・しい・・・あり・・・がとう・・・うぇな・・・ちゃん・・・・・・・」
涙と血でぐちゃぐちゃのマチは夢を語ってくれたときと変わらないひまわりのような笑顔であちら側へいってしまった。冷たい手を少しでも暖めようと両手で擦るが暖まる気配はない。
「まだ・・・まだ、会ったばっかりじゃん・・・・・・!!」
口の中は鉄臭い血の味、頭の中はマチとの極僅かな思い出と有ったかもしれない未来の想像、耳に残るマチの叫び声、つめたく力の無いマチの手に生暖かい自分の涙が落ちる。
『移動クレープ屋さんをしたいんだぁ~!』
「なんでぇ・・・なんでみんな・・・死んじゃうんだよ・・・!!」
やり場の無い怒りと助けられなかった後悔が沸き上がってくる。師匠に抱きついて泣きじゃくった。師匠はなにも言わず優しく頭を撫でてくれた。ソウル先輩はそっとマチの顔にハンカチをかけ抱き上げる。
駆けつけた救護班に応急処置をしてもらい本部へいって本格的な治療をしてもらった。師匠とソウル先輩はかすり傷程度だがマチを助けるために触手とナイフで軽い戦闘をした私は三日程は安静にしておくようにと言われてしまった。
治療が終わり、ロビーの端っこにある救急室から出るとエレベーターにのって社長室に向かう。師匠とソウル先輩は先にいって報告をしているはずだ。社長室の前につくと少し空いた扉の隙間から師匠と社長の会話が聞こえた。
「この短期間で軽傷者4名、重傷者6名、死者4名・・・異常だ。」
「あぁ・・・短期間に加えて二人も強力な味方が殺られた。もし、まだ新種がいたら・・・考えたくはないが、これ以上被害が出るだろう。」
「クソッ・・・もっと見つけるのが早ければよかったのか?僕の判断が悪かったのか?」
「気をしっかりもて、お前はじいさんから認められてその席におることを忘れるな。」
「でも、兄さんの代わりなんだ・・・僕にはやっぱりダメだったんだ・・・」
「ケンジ、俺を見ろ。」
「・・・」
「今お前は社長だ。俺の弟でも穴埋めでもない。任された仕事を全うしろ。俺は信じてこの命をお前に預けてる。他の職員もそうだ。ケンジは昔から俺より頭がよくて、責任感もあって、絶対折れなかった。弱音を吐くようなやつじゃねぇ。」
「兄さん・・・」
「胸はって堂々としてろ。命がつきるまで戦ってくれた職員を心から敬い、生きている職員の希望であれ。」
「・・・最後の、じいちゃんと同じこと言って・・・受け売りじゃねぇか。」
「ばれたか。」
ハハハと二人の笑い声が聞こえる。ピリピリとしていた空気が一気になごむ。勝手にホッとしていると、師匠があっとなにかを思い出したように社長に話しかけた。
「お前に頼みがある。」
「なに、出来ることならなんでもするよ。苦労を掛けているから。」
「ウェナを、ウェナトリアを今回の作戦からはずしてくれ。」
「えっ!?ま、まぁ僕は止めないよ。先の戦いで彼女は重傷者として運び込まれているし・・・でも、なんて説得するの?」
「それはまた考える。今日、ウェナが始めてわしに泣きじゃくりながら抱きついてきた。初めてじゃ。今まできっとウェナは感情を殺していたんじゃ。でも、友の死を目の前で経験したあの瞬間、ウェナは今まで殺していた悲しみとかそういう感情を思い出した、受け入れたんじゃ。こんな形で・・・」
「・・・」
「これ以上はウェナには荷が重すぎる。」
寂しそうな悲しそうな師匠の声に申し訳なさを噛み締める。しかし、ここまで来て止めろと言われて、「はい止めます」と言うほど素直じゃない。
「私!まだ、まだ出来ます師匠!!いっ・・・・まだ!!」
「ウェナ!いつからそこに!?」
「私は!途中で投げ出すほど半端者じゃありません!!私は最後までやるって決めたら、例え師匠に止められてもやりきるまで・・・元凶がいるならそいつをマカロンとマチの分まで殴ってやらないと気が済みません!!」
「ウェナ・・・」
「フフフ・・・どっかの誰かに良く似ている、ねぇ兄さん。」
社長は師匠のほうを見て笑う。そんな社長に師匠は、照れているような、昔を思い出すような顔をして咳払いする。
「・・・そうなったお主はテコでも動かんことをわしはようしっとる。」
「じゃあ!!」
「だが、条件がある。今は怪我人じゃから見回りをしてもし、新種に出会ってもお主は戦わずに逃げること。それを守るならつれていく。」
「わかりました!守ります!」
「よし、じゃあ会議室にいるソウルに顔を見せてきなさい。心配していたから。」
「はい!」
会議室にいくとソウル先輩に涙目で頭を撫でられ、たまたまいたエルニエッタには泣きながら抱きつかれてしまい肩がびちょびちょになった。
会議で今回のモンスターは『変異体β』と名付けられ、モンスター専門科の職員が現場検証や何かしらのものが残っていないか調査することになった。下手に下位の職員を当てがっても死者を増やすだけになってしまうため、ソウル先輩はQ区を一人で担当することになった。
マチの葬式のために出しっぱなしにしていた制服のしわを伸ばす。もし、もしもマチが生きていたら、きっと二人で制服デートとかいって遊びに行く未来があったのかな。