第三話 サカナ
ミキの仕事初日から二週間ほど経った。横顔エルニエッタことエルに教育係を任せていたのは正解だった。ハナコは二週間という短い時間で一日にヒトを二十匹ほど安定して狩れるようになっていた。まぁ、初心者地区には一番弱いヒトしかいないし初心者が多くてモンスターを倒している途中に横から奇襲をかけられることも少ないから死ぬことなく安定して狩れるのは当たり前だが、それでもあのハナコが強くなったことに驚きだった。今日はハナコがF地区に行きたいと言い出し、エルニエッタがお休みということで私がついていくことになった。そして現在、いつものファミレスでコーラを飲みながらハナコを待っているところだ。にしても遅い・・・遅刻するなら連絡くらい入れろ、報連相もできないのか。そうイライラしながらコーラのストローをガジガジと噛んで平たくしてしまう。すると、カランコロンとドアベルがなり、ハナコが入ってきた。
「ごめん!お母さんがなかなか行かせてくれなくて!」
「はいはい。じゃあ、行こ。」
「うん!」
コーラを飲み干し、会計を済ませて、ハナコとともに師匠の別荘に向かった。
別荘に到着し、庭に行くと、庭を見ながら縁側でスイカを食べている白のTシャツに黒の長ズボンというラフな格好をしたソウル先輩がいた。
「あれ?先輩じゃないですか。何してるんですか。」
「ん〜、ウェナトリアじゃん。スイカ食ってるーそっちの人は?まさか、友達?」
スイカをシャクシャクと音を立てて食べながらソウル先輩は私の後ろにいたハナコを見る。
「あーこれは友達じゃないよ。昔の関係者。ハナコって言うんだ。」
「み・・・は、ハナコです!昔の関係者ってひどくない!?友達じゃん!」
「ちげぇよ、黙ってて。ハナコ、この人が私の兄弟子のソウル先輩。」
「あのランキング二位の!?」
「そうでーす。よろしくね〜」
スイカで濡れた手を振りながらはにかむ。鬼殺しという二つ名がついているとは思えない。
「ハナコってランキングとか気にするタイプなんだ。知らんかったわ。」
「気にするというか面白いから見てる感じかな。上の方の人とかすごいな〜って思いながら見てる。ウェナトリアさんが一位で、ソウルさんが二位なのは知ってるよ!初心者の間でもずっと話題に上がってるし!」
「初心者の間・・・?」
「初心者の間って?」
ソウル先輩と二人してその言葉に疑問を抱く。初心者の間とは・・・?こんな短期間でまさかもう友達が・・・?
「初心者同士で何人かと仲良くなったからよく話してるんだ!」
「それって友達とかいうやつ?」
「えっ?うん、そうだけど・・・」
済ました顔で即答しやがるこのアマ・・・お前の目の前にいる二人は、もう一年以上この業界にいるけど友達なんて呼べる人居ないんだぞ・・・これだからコミュ力おばけは嫌いなんだ・・・!
「ウェナトリア、そいつ切っていい?」
そういう先輩の顔は笑っているが目は笑っていない。止めないと、今すぐにでもスイカを切るのに使っていたであろう包丁がハナコの腹に刺さって師匠自慢の池が血の池になる・・・
「先輩抑えて・・・こいつは私が爆散させる・・・」
「えっ、な、なにか悪いこと言いましたか・・・?」
「くっ・・・無自覚かよ・・・!!」
「すみません先輩・・・まさかこんなやつだったなんて・・・」
「えぇ・・・なんかすみません・・・」
「まぁ、いいよ・・・それで?ウェナトリアとハナコさんは今から狩りに行くの?」
「そうだよ。先輩もついてくる?」
「そうだな〜スイカも食い終わったところだし、運動しようかな〜」
そう言いながら、ソウル先輩はスイカの皮が乗ったお皿と包丁を持つ。
「ランキング二位の狩りを見れるんですね!」
「先輩の刀の使い方は無駄がなくて速いから、見て技術を盗むなら目を離しちゃだめだよ。」
「ウェナトリアにそんなに褒められるなんて久々じゃないか?」
「は?うるさい。さっさとスイカ片付けてきて。」
「はーい、あー怖い怖い!」
そう言ってソウル先輩は別荘の中へ入っていった。方向的に台所へ行ったのだろう。
スイカを片付けたソウル先輩が戻ってくる。
「今日はどこいくの?」
「今日はF地区に行きます。ハナコが今日、初めてのF地区なんです。」
「へぇ〜今日が初F地区なの?」
「はい!」
「いいねぇ〜初々しい!」
ソウル先輩は羨まし〜俺にもそんな時期あったよーと話す。昔の話なんか聞いてないんだけどな・・・ソウル先輩のおしゃべりには困ったものだ。
「さっさと行きますよ。」
「あっごめんごめん。よーし行くぞ〜!」
そう言って三人揃って、F地区に行くと念じながら池に飛び込んだ。
ふわりと体が浮く感覚が終わった頃、目を開ける。いつもの黄色い空に浮かぶ紫の雲と、瓦礫の山。変わらぬ仕事場の光景だ。
「ソウルさんはスーツに刀なんですね!」
「そうだよ〜かっこいいでしょ!」
「はい!とっても!」
横で楽しそうに話している二人の会話を聞きながら左袖からロリポップキャンデーを出して食べる。
「話し終わりました?もう始めますよ。」
「はい!」
「はーい」
モンスターを探すために歩きだすと、二人は子供のように後ろをついてくる。小学生の遠足か。子供は苦手なんだ、ほんとにやめてほしい。
「あっいた。」
「どこどこ〜?」
「えっ、ヒトじゃ、ない・・・」
二人に指差しで見つけたモンスターを教える。そこには、黒い魚のようなモンスターが宙を泳ぐように進んでいる。モンスターの口に当たる部分には鋭いピラニアのような牙が生えており、甘噛みでも噛まれたら腕を持っていかれそうだ。その口の少し上、魚のおでこに当たる部分には大小様々な目が無数についている。まるでハスコラだ。
「ハナコ、あれがこの地区から出てくるモンスターの『サカナ』だよ。」
「帰る・・・」
「ダメダメ、金を稼ぎたいならヒトよりサカナのほうがまだ効率いいよ。あいつは一匹百五十M。魚っぽいから『サカナ』って名前。攻撃方法は、噛み付いてくるのと尾びれで叩いてくるよ。」
「痛そ〜・・・」
「めっちゃ痛いよ〜」
横から笑顔でハナコを怖がらせるソウル先輩。やはり目の奥は笑っていないようだ。ブラック企業で務めるとああなるのかな・・・怖・・・
「叩いてくるのは全然いいんだけど、あいつめちゃくちゃ顎が強いから噛まれたら最後だよ。気をつけて。」
「えぇ・・・」
「俺の同期サカナに首から上持っていかれて死んだわ〜」
「えっ・・・」
「先輩その話、前にも言ってましたね。自分もこの前目の前で首持っていかれた人見ましたよ。あれは傑作でした。」
「ひえ・・・」
ソウル先輩と笑顔でそう話していると、ハナコの顔がどんどんこわばっていくのがわかった。もしかして私達に友達ができないのはこういうところもある?まさかな。
「もしかしたら、サカナって人間の頭が好物なんですかね?先輩どう思います?」
「えーどうだろう。でも、ありそう。サカナってすぐに人の頭齧るもんな〜」
「ヤダ、この二人怖い・・・」
「よし、ハナコ。死んでこい!」
「無理無理無理!!そんな怖い話聞いたあとに行けるわけ無いでしょ!!」
「大丈夫!ハナコさんならいけるよ!頑張れ!」
「そんな運動会嫌がってる子供を送り出す親みたいに軽々しく言わないでくださいよ!!!」
嫌です怖いです!と涙目で駄々をこねるハナコ。はぁめんどい。ガキじゃないんだからさっさといけよ・・・
「あーめんどくさ。先輩、ハナコにお手本見せてくださいよ。多分、サカナが死ぬところ見れば私でも行けそう!って言ってくれるはずなんで。ちょろいから。」
「そうか〜じゃあ、あのサカナは俺の金ってことで!行ってくるわ!」
「いてらー」
「えっ死なない?大丈夫?」
「まぁまぁ、見てろって。」
ソウル先輩は楽しそうにサカナの方へ歩いていく。サカナが先輩に気付き、大きな口を開け先輩に襲いかかる。次の瞬間、襲いかかったサカナは先輩の前で開けた口から上下に真っ二つになって地面の上に二個になって落ちた。ジュワジュワとサカナの死体は溶けてなくなった。
「おぉ〜腕は鈍ってないようですね〜さすが。」
サカナの血がついた顔をハンカチで拭きながら戻ってくる先輩にそう声をかける。ハナコは何が起こったかわからないようで、口を開けたまま固まっている。
「いや〜ダメダメだね〜師匠に見られたら怒られるわ〜」
「えー結構良かったですよ?いいなぁ〜かっこいいなぁ〜自分も刀にすればよかった〜」
「扇子はきれいでいいと思うけどな〜」
「そうですか?刀羨ましい・・・」
「あ、あの・・・」
「ん?ハナコさん、どうしたの?」
「い、今何が起きたんですか?何もしてないのにソウルさんの前でサカナが真っ二つになって・・・」
「あぁ、抜刀知らなかったのか〜」
「抜刀・・・?」
「そう、刀を鞘から出すときの動作で一撃を与える刀特有の技の一つだよ。」
「先輩はサラッと言うけど意外と技術のいる技なんだよ。」
「まぁ刀は技術のいる武器だからね〜」
あはは〜と笑う先輩に苦笑いを返すハナコ。そんなハナコの背中を叩く。
「さ、行ってこい!ここで見てるから。」
「えぇ・・・」
「大丈夫!ドッグタグは俺とウェナトリアが責任持って回収するから!」
「死ぬ前提じゃないですか!!そういうこと笑顔で言わないでくださいよ!」
そうグチグチ言いながらもハナコはトボトボと新しいサカナの元へ歩いていった。
「先輩、ハナコいつ死にますかね?」
「ん〜なんかしつこそうな顔だし意外とやめるまで生きてたりして!」
「え〜最悪・・・やめるって言い出したら殺そうかな。」
「いいんじゃない?こっちで殺したら殺人罪にも問われないし。」
そう言いながら先輩は自分の刀を常に持ち歩いている簡易手入れ道具で手入れし始める。先輩の使う刀という武器はとても技術のいる武器であり、武器のレベルは三に指定されている。刀を使ってランキング二位をキープしている先輩は見た目に反して意外とすごい人だ。
「次はサカナを三枚おろしにしてくださいよ。前やってくれたじゃないですか。あれは面白かった!」
「あぁ、三枚おろしか〜あれは即興でやったネタだからな〜今できるかな〜」
「次見せてもらったとき用に三分クッ○ングのBGM用意したんですよ〜!」
「見る気まんまんじゃんw」
「あのときはスマホ壊れてて動画取れなかったんで、次やってもらったときは動画撮って三分クッキ○グのBGMつけるって決めたんすよ!」
「そっかーそういやあのときウェナトリアのスマホが壊れて、ウェナトリアが落ち込んでたからやったんだっけ〜」
「そうそう!私のスマホ壊したサカナを『ウェナトリア見て!三枚おろし出来た!』って三枚おろしにして見せてくれましたよね!めっちゃ笑った記憶がああります。」
「だね〜ウェナトリア笑いすぎて泣いてたね〜」
ハナコがサカナに苦戦しつつも戦っている姿を眺めながら他愛もない会話をする。先輩の手入れする刀をよく見ると、前に使っていたものと少し変わっていることに気付いた。
「あれ?先輩、刀変えたんですか?」
「ん?あぁ、まぁね。前のやつは使い慣れてたけど、ちょっと前に修理できないくらいボロボロにされちゃってね〜」
「あぁ、サカナですか?」
「そう。噛まれてポキっと、俺の愛刀を・・・」
「あれまぁ、ご愁傷さまです。」
「それで落ち込んでたらアヤさんが『これ、私の新作です。使って感想教えて下さい。』ってこれくれたんだ!!まじでアヤさん優しすぎてもう惚れたわ・・・」
「それ、新作の実験台にされてません?」
「それでもいい!!めっちゃかわいい!!まじで猫!!急なデレが可愛い!!俺は9.9ツンの0.1デレくらいが好きなんだ!!マジネコちゃん!!がわいい!!」
「うわ・・・」
ソウル先輩が猫好きだと知ってはいたがまさかここまでとは・・・よく見るとスーツのジャケットの下に来ているベストには猫のシルエットが刺繍されている。ネクタイピンには猫の顔がついているし、ネクタイにもうっすら猫がちょうちょを追いかけているシルエットがプリントされている。これは猫好きではなく猫狂いだ・・・
「もう、黙って刀磨いててください・・・聞かなきゃよかった・・・」
「引くなよ!!」
「いや、もう大丈夫です・・・先輩の恋、応援してますね。」
「そ、そんな悲しそうな目で見るな!絶対、失敗すると思ってるだろ!!」
「ちなみに聞きたいんですけど先輩今何歳ですか?」
「ちょっと〜そんなこと聞くなよ〜!」
「キメェ、はよ答えろ。」
「うわ怖。俺はね〜二十三歳!」
「意外と歳いってますね〜これまでに付き合った回数は?」
「・・・0回」
「あー、アヤさんは諦めたほうがいいかと・・・」
「うるせぇ!諦めねーし!」
「じゃあ、頑張ってください。応援してますw」
「半笑いで言うなや。」
「すいませんw」
「絶対思ってないやつだ〜!」
「はいはい、それより手入れ終わりました?」
「それよりって言ったこの人・・・まぁ終わったかな。」
「じゃあ、狩りしましょうよ。そろそろ行かないと新人が死にそうです。」
そう言って指差したハナコは六体ほどのサカナの群れに囲まれ、サッカーボールにされそうになっている。
「やば、リアル『サッカーしようぜ!お前ボールな!』状態じゃん。」
「私的にはあのままサッカーボールにされてほしいところですけど昨日個人チャットで横顔エルニエッタに『ハナコ殺すなよ!』って釘刺されたの今思い出したんで助けに行きましょう。」
「横顔エルニエッタってウェナトリアの同期のエルくんのこと?w」
「そうですよ?」
「フフフ、俺ウェナトリアのあだ名のセンス好きだわww」
「いいでしょう?私のあだ名のセンスって昔から独特で好きっていろんな人に言われるんですよ。」
「たしかに独特だわw」
話しながら歩いてハナコのもとに向かう。その間もハナコはサカナにサッカーボールにされそうになっている。そんな姿に少しにやけてしまう。
「ニヤニヤしてるとこ悪いけどウェナトリアは戦っちゃだめだよ?」
「えっなんで?」
「ウェナトリアなら間違えた〜とか言ってハナコさん殺しそうだもん、ダメダメ。」
「えーなんでわかるんですか!隠してたのに!」
「いや、前に同じことやって師匠に怒られただろ!」
「あれは、あいつが師匠の邪魔ばっかりしてたから、死んで当然です。」
「そうは言ってもだな〜」
「あと、向こうの人は忘れるわけですし一人くらい殺しても大丈夫ですよ。」
「うっわ・・・罪悪感とかないの?」
「罪悪感?どうせ、人はいつか死ぬんですから早死しても天寿をまっとうしても一緒でしょう?」
真顔で言うと先輩は心底引いていると言いたげな顔をしている。
「人の考え方には何も言えないから黙っとくわ・・・」
「あざす。てか、早く行かないともう瀕死っすよ。ハナコ」
ゆっくり歩きながら話していると、六匹のサカナに囲まれていたハナコはもう真ん中でぐったりとしている。サカナが食べ始めていないのを見るとあのサカナたちは腹がいっぱいであり、ハナコをおもちゃと思っているようだ。ハナコに他のモンスターが群がっていないことからまだ息はあるようだ、惜しい。
「あっやべっ!ゆっくりしすぎた!」
「じゃ、見ときまーす。」
「はいよ」
先輩は鞘に収めている刀に手を起き、走ってハナコの周りに群がるサカナに向かっていく。その背中はさながら武士のようだ。先輩は手前にいる三体を抜刀で真っ二つにし、奥側にいる三体を順番に切り倒していく。六体分の血を浴びたソウル先輩は頭から墨をかぶったように真っ黒になっている。口にちょっと入った〜最悪〜と叫びながらぺっぺっとツバをはいている先輩にポケットからタオルを出し、渡す。
「おつでーす。先輩どうぞ。」
「あぁ、ありがと〜」
「おーいハナコ〜」
倒れているハナコに声をかけると小さな声で「はい・・・」と返答された。生きていることを確認し、左袖から少し前にボスちゃんからもらった回復薬(イチゴ味)を取り出し、ハナコの口に流し込んだ。
「いいなぁ、四次元ポケット〜」
「ゴフッ、ゴフォ!甘!何これ!!!」
「おぉ〜さすがボスちゃん効き目大。」
「けが人に急に飲み物飲ますなんて!あれ、全然痛くない・・・さっきまで痛かったのに・・・!?」
「ボスちゃん印の回復薬。流石な効き目だな〜」
「えー何それ俺もほしい・・・」
「ボスさん印・・・すごいな・・・」
先輩についていたモンスターの血はもう無くなっており、刀をきれいに拭きながらそう言ってくる。ハナコも手をグーパーしながら凄さを実感している。
「多分まだ二本もらってたからあげる。私使わないし。」
そう言って左袖から二本回復薬を取り出し、一本ずつ二人に渡す。正直使わないので処分に困っていたからちょうどよかった。
「ウェナトリアさんは使わないんだね」
「そんな弱くないから。」
「そ、そうですか・・・流石ですね・・・」
「さすがウェナトリア!師匠が見初めただけあるな〜」
「見初めた、ならソウル先輩も一緒じゃないですか。」
「あーそうだな!」
ハハハと笑う先輩。その隣でハナコは怖いものでも見るような目で私と先輩の顔を交互に見ている。
「連れてきてもらってあれなんですけど・・・やっぱり私にはまだここは早かったですかね・・・」
うつむいてそういうハナコ。先輩はアワアワしている。
「そ、そんなことないよ!生きてるだけ上等だよ!ね!元気出して!」
「そう、ですかね・・・」
「死にかけただけで落ち込んでたら一生初心者地区から抜け出せねぇよ。雑魚が。」
「ウェナトリア!そんな暴言はかないの!ほら!ハナコさん泣きそうじゃん!」
ソウル先輩の横で涙目になっているハナコ。そういう顔がうざくて大っ嫌いだ。イライラしてハナコから目をそらすと、少し遠くに別のパーティーがいることに気付いた。いかにも初心者であろう一人に二人が色々教えているようだ。
「おい、ハナコ。」
「なん、ですか・・・」
「あそこにいるパーティーに混ざってこい。」
「え?」
「え?何言ってんのウェナトリア?」
「そのまんまだよ。私は今日のノルマをクリアしないといけないからここじゃあ暴れられない、でもハナコをレベルの高いところに連れて行って死なれたらエルニエッタに私が怒られる。そんな面倒なことは嫌だからさ、いっそあそこの別パにハナコが混ざってくれれば私的にはありがたいんだけど?って話。」
「俺は!?」
「先輩が教えるの下手なの、私がよく知ってる。」
「うっ・・・」
先輩はぐうの音も出ないようだ。実際、先輩は人に物事を教えることが苦手だ。語彙力が少ないのか知らないが、基本擬音ばかりで説明もクソもない。これに教わってここまで強くなった私を褒めてほしいくらいだ。
「だから、ハナコはあっちに混じってきてよ。私も先輩も人に教えるのは苦手なんだ。」
「なるほど・・・」
「ちょっと待ってて。」
「はい?」
右袖から一つだけキラキラとした角砂糖くらいの大きさの赤い宝石のようなものを取り出し、ハナコに渡す。
「!?ウェナトリア!それってまさか!?」
「これは?」
「それはレア素材。なかなか手に入らないものだからこれ渡せば快くパーティーに入れてくれるはず。」
「えっ!?そ、そんなの受け取れないし渡せないよ!」
「いや、これ渡して確実に入れてもらえ。もし入れてもらえなくってこっちに帰ってこられても私が困る。」
「・・・わかった。ありがとう。」
「ん、じゃ。」
「うん!バイバイ!」
「ハナコさん頑張ってね〜」
「はい!」
そう言ってミキはレア素材を持ってパーティーのところ行った。遠目から見る限りだがうまくいったようだ。
「先輩、今からZ地区いきません?」
「は?絶対に嫌だ。」
「ひどくないですか?」
「ひどくねぇよ。命は大事にする主義なんだよ。」
「そうですか〜じゃあ、U地区行きましょうよ。」
「S地区ならいくわ」
「えーS地区ですか!?あそこ狩りごたえなくないですか?」
「狩りごたえより生きること優先だろ。」
「えっ・・・そんなんだから晩年二位なんですよ、先輩。」
「うるせぇ!俺は長生きしたいんだよ!!」
「ハイハイわかりました。S地区行きましょう。」
「おう。」
適当な高台を見つけ、私は先輩と共にS地区に向かった。
S地区につくと、モンスターがうじゃうじゃ居た。
「先輩どっち行きます?」
「お、選ばしてくれんのか。じゃあ、右行くわ。」
「おけ。私、左潰します。」
「じゃ、また後で生きて会おうぜ!」
「先輩のドッグタグは拾ってあげますよ。」
そう言って、先輩の返事を聞かずに左側にいるモンスターたちにアメちゃん爆弾を投げつける。ボンッボンッという音とともにモンスターの粉々になった肉片が空を舞う。
「汚ねぇ花火」
運良く爆弾が当たらなかったモンスターを扇子で一匹ずつ爆散させながらちらりと先輩の様子を見る。ニコニコと笑いながらモンスターを切り殺している。モンスターたちは先輩に襲いかかったものから真っ二つになっていく。モンスターの血で濡れているにも関わらず、ニコニコとモンスターたちを豆腐でも切るかの如く斬り殺している先輩。『鬼殺し』という二つ名をつけた奴の気持ちもわからなくもない。ブラック企業って恐ろしいなと再認識する。
周りに居たモンスターが居なくなり、先輩を見ると最後の一匹を切り捨てたところだった。
「おつかれ〜す」
「おつかれ・・・あぁ、もう疲れた・・・死ぬ・・・」
そう言いながら先輩は刀についたモンスターの血を振って落とし、鞘に収める。
「はいはい。てか、先輩。今日も合法ロリ猫系研究員のアヤさんところ行くんですよね。」
「合法ロリ猫系研究員はやめなさい。そうだけど?」
「ちょっとついてってもいいですか?」
「は?なんで?」
「先輩がアヤさんに見合っているかどうか査定します。」
「そんなことしなくていいから!!」
「いいじゃないですか。じゃあ、ついていきますね!」
「なんでそこだけ元気なんだよ!!」
「一応まだ若いので。」
「くっ、羨ましい・・・!!」
「はいはい。」
先輩と刀専門の研究室へ行くため会社に向かった。
ボスちゃんのいる研究所以外の専門の研究所はSKP社内にあり、誰でも簡単に行ける。私はボスちゃんのところに持っていくのでドッグタグを持ってくるときくらいしかここへはこない。カウンターにいるテレビ顔の受付嬢がこちらに気付く。
『今日はどうされました?』
「武器の修理だ。六階に行きたい。」
先輩がそう言うと受付嬢の顔に『Now Loading・・・』と表示されたあと『確認できました。エレベーターをご利用ください。』と表示される。
「ありがと。」
「ありがとね」
『いえいえ』
先輩の後ろを追いかけ、エレベータに乗る。そういえば私は三階にしか行ったことないな・・・
「先輩。」
「なんだ?」
「私、ここあんまりこないんですけど何があるんですか?」
「あーそっか。ウェナトリアはボスさんのところ行くもんな。」
「はい。」
「行くついでに教えてやるよ。」
そう言って先輩はエレベーターの六階のボタンを押してから、ボタンを指差しながら教えてくれた。
「下から行くぞ、まず一階。さっき見た通りロビーだ。」
先輩は1と書かれたボタンを指差す。そこから順番に上へ指を滑らせて行く。
「次に二階。ここはモンスターについて研究している部署だ。ここに来ることは極めて少ないな。例をあげるなら新種のモンスターが現れたときだ。そんなことほぼないけどね。」
「ふむ」
「次、三階。ここはウェナトリアもよく知っているだろうドッグタグ回収部屋だ。」
「ここはこの前も来ました。」
「次、四階。ここは俺ら二人は用がないレベル一武器の専門部署。ここにはレベ一武器使いが来るかな。」
「なるほど。」
「次、五階。レベル二武器の専門部署だ。ここも俺らは用がないな。」
「ふむ」
「次、今向かってる六階。レベル三武器の専門部署だ。ここは用があるな。」
「レベル分けなんですね。」
「そうだな。武器は種類がたくさんあるからレベル分けなんだろ。ちなみにここに行ってもカウンターがあって、カウンターに設置されているタブレットで自分の武器の種類とここに来た理由を選ぶことで少し待てば専門の研究員が来る仕組みだ。ちなみに指名もできる有能機能付き!」
「・・・なんか、銀行とキャバクラをひっつけていいとこ取りしたみたいですね。」
「表現が独特だな!まぁいいや。次、七階。ここはディープレベル専門部署だ。」
「ディープレベルに専門部署なんてあるんですね。初めて知りました。」
「俺も初めて知ったときは驚いた。なんか聞いたところによれば、ディープレベルの仕組みとかモンスターの発生源とか色々研究してるみたいだ。」
「へぇ〜」
「次、八階。ここがこのタワーの最上階、社長室と会議室があるらしい。」
「らしい?なんで推定形なんですか?」
「ここには一部の上層部と社長くらいしか入ったことがないんだ。いわばシークレットフロア。」
「シークレットフロア・・・師匠は入ったことあるんですかね?」
「さぁ?社長と双子の兄弟だし入ったことあるんじゃないか?」
「なるほど・・・」
そう話していると、ピンポーンと音がなってエレベーターのドアが開いた。六階に到着したのだ。
「ついたついた!」
「ここが六階・・・」
三階と同じように真っ白だが明らかに狭い。エレベーターから出て少し進むと、部屋の真ん中に壁があり、部屋が二つになっている。部屋を二つにしている壁の真ん中には宝くじを買うカウンターのようなものが一つあり、奥には椅子と扉があるのが見える。先輩は鼻歌を歌いながらカウンターのガラスについているタブレットをポチポチと操作している。多分噂のアヤさんを呼んでいるのだろう。打ち終わると、タブレットのついたガラスはシャッターのように上へと上がっていき、先輩はウッキウキで刀をカウンターに置く。
「もう呼んだんですか?」
「あぁ!はぁ・・・楽しみ・・・」
そう言いながら先輩は鼻の穴を大きくしている。正直ちょっと引いた。三分ほど待っていると、奥の扉が開き、白いバインダーを持った黒髪の小柄な女性の研究員がスタスタと出てきた。黒い髪はサラサラと女性の肩の上で揺れ、前髪は二本のヘアピンでしっかりと止められている。大きな目と小さな口はまるで猫のようで愛らしい。化粧をしている様子はないのに透明感のある白い肌。白衣の下に来ているシャツは淡いピンク色で大きく開いた丸首の襟は彼女のきれいな鎖骨とドッグタグの銀色のボールチェーンを隠せていない。
「あ、アヤさん!!!そ、そんな首元出したら襲われますよ!!!」
頬を赤く染めながらソウル先輩が裏返った声でそういう。いや中学生かよ。
「こんにちは。今日は修理希望ですね。」
ニコリとも笑わずアヤさんはソウル先輩をスルーし、カウンターに置いてある刀を手に取る。それはうざい飼い主を無視して冷蔵庫の上に行ってしまう猫のようだ。
「はい!修理希望です!!」
ソウル先輩は無視されているのが嬉しいのか目を輝かせながらアヤさんの確認に返事をする。
「わかりました。刀を預からせていただきますね。」
「はい!!あっ、使い心地すごく良かったです!!」
「わかりました。」
そう言って、バインダーに挟まっている紙に何かを書いてから刀を持って奥の出てきた扉に入っていった。あの奥に研究所があるのだろうか?
「先輩。」
「なんだ?」
さっきの反応が嘘のように真顔に戻っている先輩。正直、ここまで顔に出る人そんなに居ないと思う。
「アヤさんて何歳でしたっけ?」
「確か、俺と同い年だから二十三だったと思う。」
「二十三・・・合法ロリだ・・・」
「その言葉を使うなって!」
「先輩、前から怪しいなって思ってたんですけどまさかロリコンだったなんて・・・」
「違う!ロリコンじゃない!!」
「いやロリコンだろ。」
「ちげーよ!アヤさん成人してるからロリじゃないし!!」
「見た目がロリだって言ってんだよ。いやー、絶対先輩のアヤさんに入らないと思います私・・・」
「ばっか!ウェナトリア!!そんなこと言う女の子に育てた覚えはありません!!」
「先輩に育てられてないんで。」
「んなぁ〜!!かわいくないな!!!」
「かわいい女子なんてぶりっ子くらいですよ?先輩、ぶりっ子好きなんですか?趣味悪〜」
「うるせぇ!!俺のタイプはアヤさんだ!!!」
「修理終わりましたよ。」
いつの間にか帰ってきていたアヤさんが真顔で声をかける。ソウル先輩は赤くなったり青くなったりしている。
「いや、その、さっきのはちがくて!」
慌てながらアヤさんに弁解しようとする先輩。あぁこりゃ脈がなかったら終わりだな・・・
「修理に出されてましたけど特に異常はなかったですよ。ちゃんと自分で確認してください」
「ハァイ!!」
先輩はカウンターの上に乗った刀を受け取る。すると、アヤさんがバインダーから何かを外して、カウンターの上に置く。
「あと、この間頂いたアメのお礼です。お口に会うかわかりませんがどうぞ。」
カウンターの上に置かれたのはきれいなラッピングのされた手作りであろう型抜きクッキーだった。猫の形にくり抜かれたきれいに焼けたクッキーを見て先輩は思考が止まっているのか固まっている。
「手作りは食べられない人でした?」
そう言ってソウル先輩の顔を覗き込むアヤさん。ソウル先輩は耳まで赤くしてぎこちなく動き始めた。
「全然大丈夫ですけど大丈夫じゃないです。」
「そうですか。では私は研究があるので。」
そう言ってアヤさんは私達に会釈してまた扉に戻っていった。先輩はクッキーを手に取り、クッキーを見つめたまままた固まっている。
「先輩〜生きてます〜?」
「死んでる」
「生きてますね。帰りますよ。」
「ば・・・い・・・」
「えっ先輩泣いてます?」
「だって・・・だって・・・手作りのクッキー・・・俺今日死ぬのかな・・・」
「死にたいなら死んでください。」
「ひでぇ・・・」
「はいはい」
クッキー片手に鼻水を垂らしながら泣いている成人男性を連れて、私はエレベーターを使って一階に降りた。一階に降りると、受付嬢が自分の顔をタオルで拭いていた。お辞儀をすると、拭きながらお辞儀を返してくれた。外に出て高台に登る。
「それじゃ、お先です。」
「うん。またな。」
「決め顔しても鼻声と涙の跡で全然かっこよくないですけど。」
そう言って、私は高台を飛び降りた。