第一話 就職
ピピッというアラームで目が覚める。スマホに映る時間はちょうど午後二時を表示している。
「やべっ!約束まで後三十分じゃん!」
寝ぐせの付いた髪を手櫛で整えながらベッドから飛び起きる。適当に選んだのは黒いTシャツに、黒のスキニーパンツ。洗面台で顔を洗い、前髪はピンで止めて、長い髪をポニーテールにする。長い髪で隠されていたツーブロックが露わになる。歯を磨き、ソファーに放り投げていたパッションピンクで蜘蛛のプリントが施されたボディバッグにスマホを入れ、財布などが入っているのを確認。テレビの隣に飾られている祖父母の写真に麦茶を供える。
「行ってきますばあちゃん、じいちゃん。」
一足しかない水色のスニーカーを履き、隈の消えない目をこすりながら私は約束していたファミレスに向かった。
自転車を全速力でこぎ、約束のファミレスに着く。LINEには連絡が無いため、まだ来ていないのだと安堵した。ファミレスに入り、後でもうひとり来ると言って案内された四人がけの席に座り一息ついた。約束の時間まであと十分。
「まだ十分あるし、朝飯でも頼もうかな〜もう昼だけど。」
独り言に自分で突っ込みながら、メニューをパラパラとめくる。目に付いたホイップクリームたっぷりのパンケーキとコーラを頼んだ。自分でも、寝起きでこんな高カロリーなものを腹に収めるのはどうかと思うが仕方ない、お腹の虫が食べたいって鳴いたら食べるしかないよね!そう自分に言い聞かせ、パンケーキとコーラが来るのを待った。
ホイップクリームたっぷりのパンケーキを食べ、甘くなった口の中を炭酸の効いたコーラでリセットする。これ程までに最高のコンビはないのではないかと錯覚するほど美味しい。
「うんめぇ〜」
五分と経たず、ホイップクリームたっぷりのパンケーキは私のお腹に収まり、皿の上は綺麗になっていた。コーラをチューっと吸い、炭酸のパチパチを口の中で楽しんでいると聞きたくない声が私の名前を呼んだ。
「ナミ〜!!!」
「おっそ、何分待たせる気?呼んだのそっちでしょ?なんで遅刻するの?」
「ご、ごめん・・・ほんとごめん!」
軽く涙目になりながら謝ってくるこの女は、高校時代の昔の友達であるミキだ。
「もういいから。で?用件は?さっさとしてね、私忙しいから。」
「えっ、高校辞めてまだ半年くらいだよ?もう仕事やってるの?」
「そりゃするでしょ。てか、そんなのどうでもいいから用件!」
高校の時からこいつのこういう言い方やゆっくりした態度にイライラする。
「あ、ごめん・・・えっと、借金してたじゃん?あれ返したくて・・・」
「やっと?」
「返したいんだけど・・・半分しか返せそうになくて・・・」
あはは・・・と困り顔ではにかんでいるミキにさらにイライラする。なんなんだこいつ、返せないならなんで呼んだんだよ。
「は?じゃあなんで呼んだの?」
「いや、聞いて!」
「ずっと聞いてますけど?」
怒りに任せ、言葉を考えずにそのまま口に出す。こいつに言葉を考えて言う必要は無い。
「あのね、昨日まではあったの!でも・・・その・・・」
ミキが口ごもる。あぁ、またか。このパターンの時、必ず答えは一緒だった。高校の時からずっとこのパターンに悩まされ続けてきた。
「お母さんが・・・増やすからって・・・今朝、半分持ってっちゃって・・・」
「はぁ・・・」
もうため息しか出ない。なんでこいつはパチンカスの母親に金を取られてるってまだ気づいてないのか・・・
「増やせるわけねぇだろうがよ!どうせパチンコだろ!?何取られてんだよ!!」
「そ、そんな怒らないで!お母さんも悪気があるわけじゃ・・・」
「悪気がないのがダメなんだよ!!罪悪感がないから何度も何度もお前の稼いだ金をまるで自分の物ですとでも言うようにドブに捨てるんだよ!!わかってる?あんたは搾取されてるって!」
「そ、そんなことないよ・・・お母さんはそんな事しないよ・・・」
「してっからお前が私に借金してんだろ!?母親に洗脳されて正常な判断ができねぇみたいだな!!」
思わず怒りに任せて怒鳴ってしまい、怒りを抑えるためにコーラを飲む。
「ごめん・・・」
俯き今にも泣きそうな声でそういう。こいつのこれは無意識である。わかっていても、イライラする。
「そ、そういえばさ・・・ナミは今、どうなの・・・?」
「楽しんでますけど?」
「そうなんだ・・・確か学校辞める時『お金稼ぎたいからここで無駄な時間は消費したくない』ってやめたよね?」
「あぁ、そんなこと言った気がするわ。」
確かに自分は半年前に『お金を稼ぎたい』という理由で学校を辞めた。しかし、理由はそれだけではない。私の通う学校は県内で一番頭の悪い学校だった。そのため周りはゴミを擬人化したようなクズしかいなかった。実際、目の前のこいつも毒親に洗脳された搾取子だ。そんな掃き溜めで満足に勉強できるはずもなく、私はこんな場所で無駄な金と時間と労力を使うくらいなら・・・と学校を辞め、今の仕事一本にしたのだ。そして、それは正解だった。今では貯金額も高三の年齢にしては多い方だと自負している。
「お金は貯まるし、楽しいし、とっても充実してるけど?」
「そ、そっか・・・その、髪は・・・?」
ミキが指さすのは私のこの特徴的な髪だった。
「これ?ずっとしたかったけど、校則でツーブロック禁止だったでしょ?もう自由だから。」
「そ、そうなんだ・・・」
二人の間に沈黙が流れる。私は残り少しのコーラを飲み切り、バッグから財布を出した。
「借金、半分でもいいから返して欲しいんだけど。」
「えっ、あっ、はい・・・」
ミキは持っていたカバンから封筒を取り出す。それを受け取り、中を確認する確かに、三万程しか入っていない。残り四万はクソ親に取られたのだろう。ため息をつきながら、財布から千円を出し、席を立とうとした。すると、机についていた手をミキに掴まれる。
「何」
「あの、仕事何やってるの?私もできない・・・?」
「は?お前バイトしてんじゃん。」
「実は・・・この前バイト先に親が来て・・・店長と喧嘩して・・・私、クビになったの・・・」
「・・・洗脳されてるお前もお前だけど、そこまでくるとお前も可哀想に思えてくるわ・・・」
「あからさまに引かないでよ!」
「引くだろ、普通。で、仕事?」
帰れそうにないので、もう一度席に座る。出した千円はズボンのポケットに突っ込んだ。
「そう、ナミの働いてるところバイトとか雇ってない?」
「うーん・・・」
私の仕事は正直言って、誰でもできるし高額報酬だが一歩間違えば死ぬ仕事だ。簡単に人に紹介するのは控えるべきとわかってはいる。頭を抱えていると、ミキが魔法の言葉を言った。
「何でもするから!」
『何でもする』それはとても簡単に誰もが使う言葉だがそこには人生を大きく変える力がある。良くも悪くも。
「言ったね?」
「えっ、う、うん!言った!何でもするって言った!」
「わかった。死ぬかもしれないけど大丈夫?」
「えっ、死ぬ!?」
「そう、まぁバイト代は働けば働いた分貰えるから死ぬくらいどうって事ないでしょ?」
「働いた分貰えるの!?」
「そう、やる?」
「やる!!」
「おっけー。じゃあ、連絡するわー。」
「わかった!」
スマホである人に連絡する。
『一人駒が見つかった。初期武器等の準備よろ』
そうメールして一分ほどで返信が来た。
『了解しました!ウェナトリアちゃんのためなら何でもするよ!』
軽快な絵文字と共に帰ってくるメールに少し笑ってしまう。
「んじゃ、行こ。ついてきて。」
「は、はい!」
私はミキと共にファミレスを出て少し離れた場所にある研究所へ向かった。
コンクリートで、できた建物の前に自転車を停める。ミキも私の自転車の横に自分の自転車を停めた。
「ここは?」
「ここは研究所。黙ってついてきてくれる?おしゃべりは嫌いなの。」
「えっ、ご、ごめん・・・」
ミキとの会話を早々に切り上げ、玄関に行く。ドアノブについている小さなタッチパネルに親指を付けるとピピッと音が鳴る。ドアを開ける時、後ろから「えっすごっ」と声が聞こえたが無視して、中に入った。中に入ると早速、研究員の一人がお出迎えしてくれた。
「あっ、ウェナトリアさん!こんにちは!」
「こんちは。ボスちゃんは?」
「ボスなら奥の部屋です!でも、三日間何も食べてなくて・・・これ持ってって貰えませんか?」
そう言って研究員は飲み物とサンドイッチを渡してくる。またか・・・飽きないなぁ・・・ボスちゃんも。
「了解。ボスちゃんに渡すのはこれだけ?」
「はい!お願いします!」
「了解。」
そういうと、研究員は「では!」とまた机に向かいだした。
飲み物とサンドイッチを持って研究所の奥の部屋に行く。ノックしてみるが返答はない。どれだけ集中してんだよボスちゃん・・・
「入るよ〜」
そう言ってガチャリとドアを開ける。資料が散乱した足の踏み場もないほどちらかった部屋が目の前に広がる。その一番奥で、一人の白衣を着たお団子頭の女が机に向かっていた。カリカリと音を立てながら紙に何かを書いている。
「ボスちゃん!来たんだけど〜?」
そう声をかけると、ボスちゃんはピクっと反応してこちらを振り返った。ずれた黒縁メガネをかけ直し、私の顔を見る。見た瞬間、険しそうな顔は喜びに満ちた笑顔に変わり、こちらに抱きついてきた。
「ウェナトリアちゃーん!!」
「ヴッ・・・」
抱きついてきた勢いで変な声が出る。ボスちゃんのつけているドッグタグが胸にくい込んで痛い。相変わらずだな・・・
「ウェナトリアちゃん!聞いて!新作武器作ったら賞とったんだよ!すごくない!?」
「はいはい、すごいねー」
「でしょ!」
「とりあえず離れて、これ食べてくれない?」
「うん!ウェナトリアちゃんの言うことなら!」
キラキラと目を輝かせてボスちゃんは私から離れ、手の中にあった飲み物とサンドイッチを食べ始める。ボスちゃんは腹が減ると変にポジティブになり、扱いが面倒になる。後ろでミキがちょっと引いてるのを見て少し笑ってしまった。
「今日は、新人さんに武器だっけ?」
サンドイッチをものの一分で食べ終わったボスちゃんが飲み物を飲みながら聞いてくる。正常に戻ったようだ。
「そう、こいつに武器と登録もして。」
「おけ〜」
ボスちゃんは資料を適当に集め、ぼすっと部屋の隅に投げた。絶対後で使い物にならないだろうな・・・と思いながら、ボスちゃんが作った道を歩き、部屋の端にあるソファに座る。ボスちゃんはパソコンに向かい、カチカチと登録してくれている。
「コードネームは?」
「お試しだし、『ハナコ』でいいっしょ。」
「リょーかい!」
ミキが部屋を見ている間に勝手に全て決めてやった。優柔不断なミキに任せると五分で終わるものが一時間はかかる。
「おっけー、登録できたよ!はいこれ!」
そう言ってボスちゃんはパソコンの横にある装置から新しいドッグタグを取り出し、ミキに渡す。
「これは?」
「それを持った状態で水に入るとディープレベルに行けるから、持っててね〜」
「え、あ、は、はい!」
「後、仕事中はコードネームで呼ぶこと!本名はくれぐれも言わないでね〜」
「なんでですか?」
「えっ、あぁ~そうだな。コードネームの方がかっこいいじゃん!」
ミキは少しきょとんとした後、なるほどと無理やり納得したような顔をした。
「ボスちゃん、武器。」
「あーはいはい」
ボスちゃんが壁に着いたボタンをポチッと押すと、本棚が引っ込み、扉が現れた。ボスちゃんが扉に入っていく後ろをついて行く。ミキは何が何だか分からないというような顔をしていた。
扉の先には様々な初心者用の武器達がガンショップのように綺麗に並べられていた。難易度がレベル一~三まであり、難易度で分けられている。
「はーいこちらが初心者用武器達になりまーす!」
ボスちゃんが両手を広げ、自慢げにそういう。ミキは「わぁ・・・」っと驚いている。
「さっさと選んで来て。」
そう言ってミキの背中を押す。ミキはとぼとぼ歩いてレベル一の武器が置いてある場所へ見に行った。腕を組んでそれを見ているとボスちゃんが隣に立つ。
「ウェナトリアちゃんが弟子なんて初めてじゃない?」
「弟子じゃない。」
「じゃあ何?友達?友達だとしたらよくこんなすぐ死ぬ仕事紹介したね〜」
「友達じゃない。」
「えーじゃあ何?てか、なんでこの仕事紹介したの?」
「私はあいつが死のうが生きようがどうでもいい。だから、金が欲しいって言ってたあいつにこの仕事を紹介した。私にとってあいつはただの肉壁。」
キッパリそう答える。事実、私はミキが死のうが関係ない。まぁちょっとだけあいつがなんかヘマして死なないかなっとは思ってるが・・・それは内緒だ。
「肉壁・・・うぅ〜痺れる〜!そういうとこうち大好きだよ!ウェナトリアちゃん!」
そう言いながら満面の笑みでどこから取り出したのかピンク色に光るペンライトを振っている。ウザイけど良い奴だから無下にできない。
「ねぇ、ナ・・・ウェナトリアは武器何にしたの?」
「さんをつけろ。」
「ごめん・・・」
「私はこれ。」
そう言って私は、難易度最大のレベル三ゾーンに置いてある扇子を見せた。
「えっ、そこにあるのレベル三だよ?」
「うん。これすごいんだよ〜振るだけで突風がおこせる。突風で敵を吹き飛ばして倒す武器なんだけど人気ないんだよね〜」
「ね〜」
ボスちゃんと苦笑いで顔を見合わせる。この扇子は敵を吹き飛ばす以外の攻撃方法がないため、レベル三に指定されているのだ。要は、使い方が難しいからレベル三に指定されている。他のレベル三の武器に比べれば可愛いものだ。
「ちなみに、今もこの武器を使ってる。」
「えっ?初期の武器を?」
「そう。」
「ウェナトリアちゃんは、この武器を改良したやつを使ってる初期武器厨!」
ペンラを振りながらボスちゃんがそう叫ぶ。別に初期武器厨なわけじゃないけど・・・。
「師匠が選んでくれた武器だから大事に使ってるだけ。」
「へぇー今出せないの?」
「改良して扇子が当たったところが爆発するから下手に出せないし、向こうに行った時だけ使うようにしてる。」
「えっ・・・」
「初期武器を改良する人はウェナトリアちゃんくらいだよ〜!私も初めて武器の改良した!」
あはは!と笑いながらボスちゃんは、びっくりして口が開いているミキの周りを歩いている。私が武器の改良を頼んだ時、すごい楽しそうに改良してたくせに。武器の改良がしたくてわざわざこの研究所まで来たら武器作りの天才は変人だし、改良お願いしたら懐かれるし大変だったな・・・。
「ハナコ、さっさと決めて。このあとは会社のこととか教えなきゃいけないから。」
「はい!えっと・・・」
レベル一ゾーンでいろんな武器を見ているミキを他所に、レベル二ゾーンにあるマイクを手に取る。
「これでいいんじゃない?」
「えっ?なにこれマイク?」
「おっ、それはまた面白い武器を選んだね!ウェナトリアちゃん!」
「ハナコにはこれがいいと思ってね。カラオケ好きだったでしょ。」
「まぁ、カラオケは好きだけど・・・これどうやって使うの?」
私からマイクを受け取り、まじまじと見ているミキはボスちゃんにそう問いかける。
「それは電源を入れてマイクに声をかけるとその声が弾になる武器だよ!『死ね!』とか『バカ』って感じのチクチク言葉を言うとチクチクした弾をだせる!ちなみに撃った弾は、相手に自動的に飛んでいくから相手をしっかり見ることが大事だよ!」
「簡単なんですね。」
「でも、ちゃんと電源を切らないと勝手に色々生成されちゃうから取り扱いが雑な人は即死する!」
「えっ怖・・・」
「自殺率が高いからレベル二判定なんだよね。まぁ、ハナコなら大丈夫でしょ。」
はい決まりーとミキにマイクを押し付け、私とボスちゃんは武器部屋を出た。その後ろを戸惑いながらもミキが付いてくる。武器部屋を出ると、ボスちゃんはもう一度ボタンを押し、扉は本棚に隠され消えていった。
「ボスちゃん、会議室借りていい?」
「もちろん!ウェナトリアちゃんなら、何時間でも使って!紅茶いる?」
「あるなら欲しいな。」
「わかった!アイスティーでいい?」
「うん。ありがと。」
ボスちゃんは嬉しそうに自室を出ていった。私はミキを連れ、ボスちゃんの部屋から研究所にひとつしかない会議室に入った。
会議室には長机が二つ並んでおり、一番前の真ん中にミキを座らせた。その前には教卓のような机とホワイトボードがある。机の上に置いてあったホワイトボード用のマーカーが使えるか確認し、ミキの方を向いた。ミキは長机の真ん中にちょこんと座っている。補習をする先生の目線ってこんな感じなのかなぁ。
「えっと、話すことは三つくらいあるかな。多分。こういうのやる人間じゃないから色々詰まると思うけど、一回しか言わないからちゃんと聞いてて。」
「はい!」
「はーい!」
「いつの間にいたんだよ・・・」
「いやぁー、紅茶入れて持ってきたらまだインクの確認してたからワンチャンバレないかなって思って!」
ミキの後ろの席から顔を覗かせるボスちゃん。教卓を見ると、しっかりアイスティーが置いてあり、ミキの前とボスちゃんの前にも置いてある。ミキは驚いて固まっている。ボスちゃんはそんなミキを笑いつつも、ミキにメモ用のルーズリーフと筆記用具を渡し、ミキの隣に座った。聞く気満々みたいだ。相変わらずボスちゃんの胸ポケットの中でペンライトが輝いている。
「ボスちゃんは聞いたって意味ないでしょ・・・まぁいいや、さっさとしないと私の今日の収入が減る。」
「お願いします!」
「きゃー!ウェナトリアちゃーん!」
うるさいボスちゃんを無視して、ホワイトボードに書きながら説明を始めた。
「一つ目は私達の会社『シーカーカムパーニャ』についての説明。みんなSKPって言ってる。SKPに所属してる人たちはみんな一応職員って呼ばれてる。まあ、会社の人間だから普通だよね。SKP職員はみんな会社から支給されるドッグタグを持ってる。さっき渡したやつね。まぁ、ドッグタグについては三つ目に詳細を説明するから、話を戻すよ。SKPには大きく分けて二つのグループがある。グループは学校で言うところの文系とか理系みたいなものだと思って。ハンターグループと開発グループがあって、私とハナコはハンターグループ、ボスちゃんとかここにいる人は開発グループに所属してる。ここまで大丈夫?」
「うん。」
「めっちゃわかりやすいよ!」
真面目に話を聞きながらメモを取っているミキの隣でボスちゃんはペンライトを振っている。正直ちょっとうざい。
「開発グループには武器の種類だけ専門がある。学校でいうとこのクラスみたいなもん。開発って言っても修理とかもしてくれるから安心して。ちなみにボスちゃん含めてここの研究所の職員は開発グループの中でもトップレベルを集めた開発グループの頂点みたいなもんだから。ここの人とは仲良くしといたほうがいいよ。」
「えっじゃあ、そんな研究所のボスであるボスさんは・・・」
「めっちゃっすごい研究者。ちなみにボスちゃんの作った武器は高値で取引されてる。」
「イェーイ!」
ボスちゃんは満面の笑みでダブルピースしている。
「あーでもここの人に修理は任せないほうがいいよ。」
「なんで?」
「ここの職員に修理を任せると改造されて帰ってくるから。ハナコはちゃんとマイク専門に所属してる職員に修理とか任せたほうがいいよ。あとで、そういう掲示板も紹介する。」
「わかった。」
「ウェナトリアちゃんの武器を修理・改良するのは私だけだからね!」
「はいはい、ヤンデレは黙っててね〜」
「はーい!」
「話戻すよ。SKPのグループはそんな感じ。ちなみに、SKPに対立してる会社はないし、SKPの存在は国の秘密みたいなもんだからべらべら話さないでね。話して消された人、何人かいるから。」
「えぇ・・・」
「あと、スマホ確認してほしいんだけど。」
「スマホ?」
ミキは自身のスマホを取り出し、画面を見て目を丸くしているM。私も、スマホを取り出し、アプリを開く。
「こ、このアプリ知らない・・・」
「誰でも、入れた覚えのないアプリが勝手にインストールされてたらビビるよ。そのアプリは『Mポイント(モンポイント)』っていうアプリ。SKPが独自開発したアプリで、職員には必須なアプリ。」
スマホの画面にはでかい字で現在の私の所持Mが表示されている。その下には『Mショップ』と書かれたボタンがあり、そのさらに下には『チャット』と『設定』と書かれた二つボタンがある。
「ディープレベルにいるモンスターたちを倒すことでそのアプリで使えるMっていう電子通貨が貯まるから、そのアプリに入ってる『Mショップ』でいろんな商品に交換って流れ。ちなみに百M=百円、一万Mから現金に交換可能だから。後で『設定』から銀行登録しときなよ。Mショップで交換したアイテムは早くて当日に届く、遅くても三日以内に届くと思う。」
「なるほど・・・」
「ちなみにそのチャットていうのはLINEみたいなもの。全体チャットと個人チャットと専門チャットがあって、全体チャットには職員全員が好きに書き込める。掲示板みたいなもんだね。個人チャットは特定の人と一対一でチャットができる。専門チャットは開発グループの専門別のチャット。修理とか武器のメンテナンスしてほしいときはこの専門チャット見て動くとスムーズだよ。」
「なるほど。」
スマホの画面を見せながら説明する。ミキはなんとかついてきているようだ。
「二つ目に行っていい?ホワイトボード消すよ。」
「ん〜はい!」
ミキがメモし終わったのを見てホワイトボードを消し、紅茶を飲んで喉を潤す。これでまだ一つ目なのが信じられない。時間を確認するとここに来てからもう一時間経っている。
「今日は十匹狩れたらいいほうかな〜。」
「十匹?」
「こっちの話。じゃあ次、二つ目。さっきからちょこちょこ出てた、ディープレベルについて。ディープレベルっていうのはこっちの世界の負のエネルギーが作り出したもう一つの世界、それがディープレベル。SKP一代目社長が偶然見つけたんだけど、ディープレベルにはモンスターがいて、一代目社長はこのまま放って置くとこっちの世界にモンスターが流れてくるかもって危惧して、国と協力してSKPを作ったの。」
「すごい・・・」
「一代目社長は本当にすごい。現社長の祖父らしいよ。ちなみに現社長は三代目で、Mポイントアプリを作った人。こっちもすごいよ。」
「まじ、尊敬だ・・・」
「話が逸れた。えっと、ここからは絶対に覚えててほしいこと。まず、ディープレベルに入る方法なんだけど、特殊な金属を持った状態で水に入ることが条件なんだよ。」
「特殊な金属?」
「そう、特殊な金属がなにかは企業秘密で社長と一部の人しか知らないらしい。でもまぁ気にしなくていいよ。ちなみに自分たちのこのドッグタグ。これがその特殊な金属でできてるから、ディープレベルに入りたいときはドッグタグを身に着けた状態で水をかぶればいけるよ。だからドッグタグつけてお風呂に入らないように。ディープレベルから帰るときはドッグタグを持った状態で高いところから飛び降りれば戻れるから。覚えとくように。」
「はーい。」
「あと、これは一番重要。ディープレベル内で命を落とすとこっちの世界では存在が消えて、ドッグタグ以外はディープレベルのモンスターに食われるから何も残らない。」
「えっ?」
「簡単に言えばこっちの世界では元から居なかったことになって、SKP職員しか覚えてない状態になる。しかも、死体も残らないから最後はドッグタグだけになる。」
「じゃあ・・・もし、向こうで死んだら、お母さんは・・・私のこと覚えてないの?」
「そうだよマザコン。」
「嘘・・・」
「いまさら引き返せないよ。何でもするって、自分でするって言ったよね?」
「・・・」
ミキは無言でうつむいている。
「大丈夫、死ななきゃいいだけだから。」
我ながら悪魔の囁きだと思う。初心者は下手すれば一日目で死ぬこともあるこの仕事、私は持ち前の運と恵まれた人間関係によってこの首の革がつながっている状況だ。それなのに、運も経験も恵まれた人間関係もないミキにこんな無責任な言葉をかけてしまうほどに私はミキが嫌いなのだと再確認する。無言のままのミキを無視して話を続けた。
「ちなみに、死んだ人のドッグタグを拾って会社に返すと、死んだ人の最終所持Mを全部もらえるから見つけたら積極的に拾うといいよ。」
「・・・わかった。」
「あと、ディープレベルはA〜Zまで細かく地区分けがされてる。全体チャットでみんな毎回報告してから行くから確認して行くといいよ。任意の場所に行くにはディープレベルに入るときに念じればいいから。『D地区に行きたい!』って感じで念じたら行けるから。」
そう言いながらホワイトボードに箇条書きする。ミキを見ると、メモを取るスピードが格段に遅くなっている。超がつくほどの洗脳マザコンにとって母親に忘れられてしまうことはそれほどショックなことらしい。馬鹿みたい。
「あーあと、ディープレベルはこっちの負のエネルギーが作った世界だから建物とかは全部ボロボロで季節もないよ。でも、どこに行ってもWiFiがあるから親に怒られることが少なくなるよ、良かったな。」
「うん・・・」
「それと、ディープレベルのモンスターは全部で今のところ確認されてるのは五種類だけ。写真がないから、向こうで見つけたときにその都度教えるわ。」
「わかった・・・」
「三つ目行くからホワイトボード消すよ。」
「ん。」
ホワイトボードを消し、もう氷の溶けたアイスティーを飲む。氷のせいで少し味の薄くなったアイスティーが喉を通って落ちていくのがわかる。
「最後、三つ目。ドッグタグについて。結論から言うと、ドッグタグは銀行のカードであり、身分証明書でもあり、社員証でもあり、交通許可証でもある、大事なもの。まず、銀行のカードっていうのはドッグタグでMの管理をしているから。死んだあと、会社にドッグタグを持っていくとそのドッグタグの持ち主が持ってたMをもらえるのはこれが理由。Mのデータは死ぬとNO NAME状態で記録だけが残る状態になってる。記録を消去するとき、ドッグタグがないとその記録は消せないの。そして、記録を消すときにドッグタグを見つけた人はMを譲渡してもらえる。だから、ドッグタグは銀行のカードみたいなものって表現してる。」
ミキはうなずきながらメモを取っている。さっきからやけに静かだな、と思いボスちゃんの方を見るとペンラを握って眠っていた。仕方ない、研究者はこういうときじゃないと眠れないのだ。そう自分に言い聞かせ、ホワイトボードにまた書き始める。
「次、身分証明書って言われてる理由だけど、まあ元々ドッグタグはそういうやつって言えばそこまでやけど・・・それは一旦置いといて、さっき話した、ディープレベル内で死ぬとドッグタグ以外何も残らない、これがドッグタグが身分証明書って言われてる理由。こっちの世界からは存在がなかったことにされ、ディープレベルではドッグタグとSKPの情報しか残らない。ちなみに、ディープレベルに一度でも入ったことある人の記憶からは消えない。こっちの世界でしか生きたことのない人の記憶から消えてしまうから、ディープレベル研究者の間では何かしらのディープレベル内にある巨大な負のエネルギーが人の記憶に作用しているのではないかって噂されてる。まぁディープレベルは日本語に訳すと深層って意味だから名付け親の一代目社長はそういうのわかってたんじゃないかな?知らんけど。」
「深層・・・」
「ディープレベルのことを『こっちの人たちの記憶の一番深いところ、深層に眠る恐怖心や怒りなんかの負の感情を具現化させた世界だ』って言ってる人もいるから、まだまだ面白くなっていきそうだね。」
「ふむ・・・」
「次、社員証って言うのはまぁ、そのままの意味。SKPの社員であることを証明する唯一の物って意味。次の交通許可証もそのままの意味やね、ディープレベルとこちらを行き来するのに絶対いる物ってこと。だから、ドッグタグは絶対なくしたらだめ。なくしたら最後、見つけるか死ぬまでディープレベルに閉じ込めらるか、ドッグタグを悪用されるか。」
「悪用する人いるの?」
「SKPの社員が拾ったら悪用する人がいるかもしれない。勝手にMを全額譲渡されたりね。もう一つは、悪用というか後味が悪いかな?こっちの世界の人が拾って交番とかに届けに行く途中に水かぶってディープレベルに入ってしまったら・・・手をくださずに人を殺したことになる。」
「そんな・・・」
「だからなくさないように!」
「はい!」
「はい、これで終了。授業終わり〜!」
「ありがとうございました!」
ふぅ〜っと背伸びをする。ポキポキと肩や腰から音がなる。多分全部説明できたと思うけど、まぁわからなかったら聞いてくるか。ミキだし。
「もう、暗くなるから帰れ。ハナコ、門限あったでしょ。」
「うん、わかった。」
「初めて行くときは言って。モンスターの説明とかしないといけないから。」
「わかった!そんなに良くしてくれるのはやっぱりまだ友達だと思ってくれてるから?」
おずおずと聞いてくるミキ。友達だったらもっと優しく教えてる。
「んなわけあるかバカ。この業界に人を誘ったら誘った人はその誘った相手の面倒を見るのがマナーなんだよ。こんなマナーなけりゃ、お前みたいなポンコツに教えてない。てか、さっさと借金返せよ。」
「わ、わかった・・・」
「んじゃ、出口はあっちね。」
会議室の出口を指差すとミキは「それじゃあね・・・」と小声で行って出ていった。高校生で糞親のために友達から借金してるようなやつ、友達なんて思いたくない。
「ボスちゃんは・・・まだ寝かせとくか。」
会議室からボスちゃんの部屋に行き、資料で埋もれたベッドからタオルケットをとって会議室に戻る。会議室の机に突っ伏してすやすやと寝息を立てているボスちゃんに持ってきたタオルケットをかけ、ボスちゃんのメモ帳とボールペンを借りて『会議室ありがとう。ちゃんと休んで。』とメッセージを残し、会議室を出た。ボスちゃんを部屋のベッドに運べたら一番いいのだが、なにせボスちゃんのベッドは資料に埋もれていて運ぶ前に掃除せねばならない。そんな時間は今の私にはないので、あれだけで勘弁してもらおう。
「あっ、ウェナトリアさん!先程、お連れ様が帰りましたよ。」
「わかった、報告ありがとう。ボスちゃんは会議室で寝てるから、できるだけ起こしてあげないで。」
「わかりました!ボス、最近寝れてなかったみたいなのでありがとうございます!」
「気がついたら勝手に寝てただけだから。そうだ、紙コップある?」
「はい!」
そう言って研究員の一人が紙コップを持ってきてくれる。
「サンキュ、水道とシャワールーム借りるね〜」
「はい!行ってらっしゃいませ!」
そう言ってあまり使われてないキッチンの水道で紙コップに水を入れ、会議室の真向かいにあるシャワールームに入る。スマホでMアプリを開き、全体チャットに『T地区行きます。』と書き込む。スマホをバッグに入れ、バッグのチャックなどを確認してT地区に行くと念じながら目をつむって、頭から紙コップに入れた水をかぶった。
ふわりと体が浮いた感覚のあと、重力が戻ってくる。エレベーターに乗ったときの感覚とよく似ていて結構好きだったりする。目を開けると、先程居た研究所の狭いシャワー室ではなく、毎日見ている仕事場の風景になっていた。黄色い空に浮かぶ紫色の雲、巨大な地震があった後のようなボロボロの見知った街。向こうの世界と時間が逆のディープレベルは今日もとても明るい。そして、一番変わったのは服装だろう。バックはなくなり、蜘蛛の巣がプリントされたパッションピンクの振袖パーカー、紺色のミニスカートとスパッツ、白いくるぶしソックス、蛍光水色のスニーカーという格好に変わっている。これは自分の仕事用の服のようなもので、ディープレベルに入るとき、設定している服に自動で変更してくれるのだ。そのため、間違えてドッグタグをつけたままお風呂に入っても裸でこちらに来てしまうということはない。安心安全である。人によっては自分が入りたかった場所の制服なんかを設定している人もいる。ちなみに私は、可愛いからポチったはいいものの着る機会がなかった服を設定している。
「やっぱり、かわいいなこの服。」
独り言をつぶやきながら、左袖のポケットからロリポップキャンディを一本取り出し、包装を開けて舐め始める。包装はお腹のポケットに入れる。スタスタと歩きながら、お金を探す。左肩にはセアカゴケグモのグミちゃんが乗っている。
「グミちゃん、今日は実態でいるの?いつもはプリントのままなのに。」
そう声をかけるとグミちゃんは怒っているみたいで、前足でチクチクと首元を軽く刺してくる。
「あー、今日は来るの遅れちゃったから怒ってんの?」
グミちゃんはコクコクとうなずく。正解みたいだ。
「ごめんごめん。新しいやつに授業してたら遅れちゃったんだ。許して。」
そう言うとグミちゃんは許してくれるらしく、おとなしくパーカーのプリントの一部に戻った。どうして、蜘蛛のプリントであるグミちゃんが動くのかというと、この服を修理に出したときにボスちゃんに改造されたのだ。この仕事を初めて二週間ほど経った頃、戦闘で服に穴が空いてしまったのをボスちゃんに言うと、『そのくらい私が直してあげるよ!まかせて!』とトントン拍子でボスちゃんの中で勝手に話が進みこのパーカーはボスちゃんに修理された。その時、計三つあるポケットがボスちゃん曰く四次元ポケットにされ、パーカーの絵柄であったはずの蜘蛛が実体化し、自我を持つように改造されていた。このときに実体化した蜘蛛がこのグミちゃんだ。今では相棒だが、はじめはめちゃくちゃびっくりした。なにせ、猛毒を持ったセアカゴケグモだったから。でも、こちらに毒を使うことはないし、言葉もいつの間にかわかるようになっていたため今では一人の時のいい話し相手だ
「懐かしなあ〜。ん?」
ロリポップキャンディをなめる口を止める。少し先には、三体モンスターがいる。目玉が集まったところから木の根っこのような体が生えたよく見るSAN値が削られる見た目のモンスターだ。
「あ〜!お金、見っけ!!」
お腹のポケットから飴型の爆弾『アメちゃん爆弾』を取り出し、右袖のポケットから武器である扇子を取り出す。
「初めはド派手に!いっけぇ!!」
アメちゃん爆弾三つを上に放り投げ、扇子で風を起こし、モンスターの場所まで飛ばす。次の瞬間、モンスター達に当たったアメちゃん爆弾はボンッと大きな音と共にピンク色の煙をあげた。
「アッハハ!た〜まや〜!」
舐めかけのロリポップキャンディーを振りながらピンク色の煙を見る。
「ほんとに、ウェナトリアは見つけやすくて助かるよ。」
不意に後ろから声をかけられる。後ろを振り向くと、スーツ姿で腰に刀を差した青年がいた。それは私の唯一の兄弟子、ソウル先輩だった。
「ソウル先輩!なんでここに!?」
「いや〜、飲み会断る理由考えてたら、全体チャットが騒がしくてさ〜見たら、みんな『ウェナトリアがT地区行くからT地区から離れろ!』って言ってたぞ。」
「は〜?何それうざ。」
「まぁまぁ、みんなその戦い方が怖いんだよ。」
「この戦い方って?」
「何でもかんでも爆発させる。」
「・・・」
何も言い返せなかった。確かにこの戦い方が好きだし、楽でずっとやっていた。しかし、この戦い方でみんな怖がって誰も自分と共闘してくれないのも事実。今のところ共闘してくれた人は師匠とソウル先輩だけだ。
「このままじゃ友達できないぞ。」
「それはわかってますけど・・・友達とかもういらないですし。」
「まーたそうやって強がる〜」
ソウル先輩は笑顔で、後ろから近寄ってきたモンスターの脳天に刀を突き刺す。
「別に強がってないですよ。友達なんて手に収まる程度でいいんですよ。てか、そういう先輩だって友達いないじゃないですか。」
遠くに見つけたモンスターに爆弾を投げつけ爆散させる。
「俺はいるよ!?」
「何人」
「えっと・・・三人?」
「師匠と私を抜いて。」
「・・・一人」
「ほら、全然居ないじゃないですか。しかもその友達って刀専門のところの研究職員ですよね?いつも先輩の刀メンテナンスしてくれる背の小さい合法ロリの女性職員のことですよね?」
モンスターの大群に爆弾を投げ込み爆発させ、残ったモンスターの頭を扇子でたたき爆散させる。先輩も刀で切り倒していく。
「アヤさんのことを合法ロリとか言うな!?どこで覚えたのそんな言葉!!お兄ちゃん泣いちゃう!」
「えっきも・・・」
「おい、引くな。笑えよ。ボケたのに。」
「はいはい、面白いっすね〜」
「う〜わひっど、ウェナトリアひど〜い!」
「うざ。まぁ、社内恋愛も社内結婚もSKPはオッケー出してますけど、ちゃんと相手さんに恋人が居ないか確認してからアプローチしないとただの寂しいやつですよ?」
「そ、そんな感情ねーよ!友達だって!」
「ふーん」
顔についたモンスターの返り血を拭う、先輩のスーツは返り血がべっとりとついていた。
「雑談してたらこの辺一掃しちゃいましたね。」
「ホントだな。」
「今なんぼ貯まってるんすか?」
「俺?この前、換金したから全然残ってないぞ。」
「いくらすか?」
「五千M」
「ぷっ、換金もできないじゃないすか」
「だから言ったろ!この前、換金したって!しかも最近リアルが忙しくてこれてないんだよ!そんなに言うなら、ウェナトリアはいくら貯まってんだよ。」
「私ですか?」
「そうだよ!もちろん換金できるくらい貯まってんだろうな!」
「えっと〜」
スマホをポケットから出し、Mアプリを開く。デカデカと『1,000,000M』と表示されている。そろそろ換金しないとな〜。
「百万Mあります。」
「えっ?」
「百万M」
「マジ?」
「マジです。」
「ま、マジか・・・」
ソウル先輩は自分のスマホを見ながらうなだれている。ザマァと思ったことは内緒。モンスターが居なくなった広い公園の壊れかけのベンチに座る。先程までついていた血はもうなくなっていた。舐め終わった飴の棒をお腹のポケットに入れ、新しいロリポップキャンディーを左袖から出す。
「先輩もいります?飴ちゃん。」
「何味があるの?」
先輩は隣に座る。左袖から三種類のロリポップキャンディーを取り出す。赤、黄、青の包装がされた三個のロリポップキャンディーを先輩の前に差し出す。
「赤色が『君の好きなイチゴパフェ味』黄色が『君が初恋レモンスカッシュ味』青色が『君の居なくなった雨の日味』です。」
「なんかどれも引っかかる味の名前だな・・・」
「私のおすすめは雨の日味ですね。」
「雨の日ってどんな味なの?」
「雨の日の味です。」
「雨の日の味・・・」
うーんと吟味したあと、先輩は赤い包装の『君の好きなイチゴパフェ味』を取った。
「随分可愛らしいのを選びましたね〜」
「う、うるせぇ!」
「じゃあ、イチゴパフェ味をもう一本あげますよ。」
左袖にレモンスカッシュ味と雨の日味を片付け、入れ替わりにもう一本イチゴパフェ味を取り出し、先輩に渡す。
「えっなんで?」
「どうせ今日メンテ行くですよね。メンテ以外の話題作りに協力してあげますよ。」
「べ、別にいらねぇよ!」
「まぁまぁ、もらっといてくださいよ。」
先輩にアメを押し付けていると向こうから二人組が歩いてきた。男と女のコンビだ。
「あの!ソウルさんとウェナトリアさんですよね!?」
キラキラさせた目で女のほうが聞いてくる。二人を観察すると、腕に同じブレスレットをつけていた。ブレスレットは二人がカップルであるとわかりやすく教えてくれる。
「そうですけど・・・」
ソウル先輩がそう答えると、二人は「やっぱりそうじゃん!」「本物だ!」と話している。こういうのめんどくさくてイライラする。ソウル先輩に小声で話しかけた。
「先輩、なんでこんなに二人とも有名人みたいになってるんですか?」
「ウェナトリア知らないのか?師匠がランキングの一位ずっと独占してて、社長が殿堂入り制度追加したから師匠が殿堂入りして、三ヶ月前からウェナトリアがランキング一位なんだぞ?ちなみに俺は二位だ。」
「えっ、そうだったんですか!?」
すぐにMアプリを開き、設定から月間ランキングを出す。このランキングはM獲得数で変動する。一位だから何かあるわけではないので、私はあまり気にしていなかった。ランキングに新たに、『殿堂入りリスト』が増え、三ヶ月前のランキングから一位と二位に私の名前とソウル先輩の名前が載っている。三位から下は色々な人が入れ替わっている。
「うわ・・・本当だ・・・」
「あの!写真撮ってくれませんか!」
「えっちょっと写真は・・・」
「えっとじゃあ、握手してください!」
「えぇ・・・先輩、お先どうぞ。」
そう言ってソウル先輩の背中に隠れる。こういう遠慮のないやつはどうも苦手だ、私はアイドルでもなければ女優でもないのに。先輩と握手をする二人。先輩もまんざらでもなさそうだ。先輩がおとりしてる間に逃げよう。スマホをポケットに入れ、三人から少し離れて、アメちゃん爆弾を一個取り出す。
「それじゃ、先輩お元気で!」
そう言って足元にアメちゃん爆弾叩きつける。
「あっ!逃げんなコラ!ウェナトリア!」
先輩の静止を背中で聞きながら、私はそそくさとピンクの煙に隠れて瓦礫の海に入っていった。適当に見つけた、高い瓦礫に上り、あたりを見渡す。
「今日もノルマ達成〜おつかれ私。」
そう独り言をつぶやく。小さく先輩とさっきの二人が見える。先輩はまだ二人に絡まれているらしい。
「さっさと逃げればいいのに。お人好しだな〜。」
独り言は誰にも届かず消えていく。帰ろう。もうモンスターいないし、今日はやけに疲れた。研究所の自転車はまた今度取りに行こう。『家の玄関に帰る』と心で念じながら目を閉じ、高い瓦礫から飛び降りた。
ふわりと体が浮く感覚。エレベーターに乗った気分。地面に足がついた感覚がしてから目を開けると、自分の家の玄関だった。玄関のすりガラス越しに外が薄暗くなっていることに気付く。
「4時くらいか。あーねっむ・・・風呂入ってねよ・・・」
いつもなら6時くらいに帰ってくるため、薄暗いのは久々だ。眠い目をこすりながら、風呂に入り、さっさとベッドに入り眠りについた。