六話「待ち望む再会」
翌朝、一人で日でも浴びようと家の外に出ると、何やら噂話が聞こえてきた。
いつも井戸端会議をしている女性たちの噂話である。
彼女たちの話によれば、昨日は予定通りエッカルト家の息子カイの結婚式が行われたらしい。ただ、そこで、カイの結婚相手の女性にハプニングがあったと、彼女たちは言っていた。
——何でも、白い蛇が現れたとか。
式を終え夫婦となったカイら二人が、人々が集まる街の中央に位置する広場へ登場した瞬間、どこからともなく太めの白蛇が姿を現したらしく。初めは皆「蛇も祝ってくれている」などと呑気なことを言っていたそうだ。しかし、その直後、蛇はカイの結婚相手の女性に襲いかかったらしい。白色のドレスをまとった彼女に絡みつき、するすると動いてしばらく離れず。
結局、その蛇は、観客の一人が投げた石に当たり逃げていったそうだ。
白蛇というのは、恐らく、あの路地で彼女を襲っていたのと同じ個体なのだろう。
私は密かにそう思った。
その日、私は、あの崖へ行くことに決めた。
ジェネに会って、カイの結婚式が残念な結果に終わったということを話したかったからである。
彼には、出会ってまもないにもかかわらず、色々嫌な話を聞かせてしまった。それも、非常に中途半端な形で。だから、せめてその結末くらいは、聞かせてあげたかったのだ。
到着した崖。
そこは今日も空に近かった。
海と空が混じり合う場所。風は相変わらず強く、髪を激しく揺らす。昨日飛び降りる直前とは時間帯が違っているものの、崖から見える世界の爽やかさと美しさはちっとも変っていない。
あぁ、なんて素敵。
ここは人の世の穢れを消し去ってくれる。
ここに立つと、自身の汚れのすべてが削ぎ落とされる気がする。
暫し美しい光景を眺めていると、みるみるうちに心が洗われた。が、その頃になって、自分がここを訪れた理由を思い出す。そう、私がここへ来たのは、ジェネに会うためなのだ。
しかし、周囲を見渡してみても彼の姿はない。
「ジェネー!」
大きく息を吸って、彼の名を呼んでみる。
だが、返事はなかった。
「やっぱり会えないのかしら。せっかく話したいことがあったのに」
その時。
想像を遥かに超える強い風が吹いた。
「あっ……」
風に煽られ、バランスを崩す。
そのまま、地面のない方に向かって体が傾いていってしまう。
「そんなっ……!」
このままでは海に落ちる。
今日は飛び降りる気はなかったというのに。
そんな馬鹿な——。
……。
…………。
次に気がつくと、私は、見覚えのある岩場にいた。
「ここって……」
ごつごつした岩の地面。洞穴のような構造。そして、周囲を覆い尽くすような無数の植物、木々。
そう、ここはジェネと出会った場所だ。
ということは、また彼に会えるかもしれない! と期待していると。
「やぁ。また君と会うことになるとはね」
背後から、儚げな容姿の青年——ジェネが、私へ声をかけてきた。
「ジェネ!」
「またこうして会うことになるとは思わなかったよ」
一つにまとめた白銀の髪。大きくて華やかな目。
目の前の彼は、確かにジェネだった。
それまで岩場に座っていた私は、すぐに立ち上がり、心の赴くままに彼へと駆け寄る。
「会いたかった! 会いたかったの、貴方に!」
駆け寄って、遠慮なく彼の手を掴む。
感情が昂って、思わず丁寧語も忘れてしまっていた。
「ジェネに話したいことがあるの!」
「……何だか前とは違うね」
「そうなの! だって私、貴方に会いたくて、崖まで来たんだもの!」
丁寧語に戻すことも忘れ、私はそう言った。それを聞いたジェネは、しばらくの間、不思議そうにこちらを見つめていたけれど、次第に穏やかな表情になっていく。
「何か良いことでもあったのかな?」
「そうなの! …まぁ、『良いこと』なんて言っちゃ駄目なことかもしれないのだけど……」
言いながら視線を下ろしていくと、その途中、ふと気になることがあった。コートの下から覗く右足に、白い包帯が巻かれているのが見えたのだ。
「……ちょっと待って」
包帯を巻いているということは、怪我をしたのだろう。
何もなくても包帯を巻く趣味なんて、彼にはないはずだし。
「マリエ?」
「その足……もしかして怪我したの? 確か、前に会った時は、そんな風にはなっていなかったわよね」