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三話「馬鹿げたことだ」

 それから私は、私を助けてくれた青年ジェネに、ここへ至るまでの経緯を説明した。


 普段の私であったなら、婚約者を他の女に奪われたということを出会ったばかりの人に話すなんて、絶対にしなかっただろう。そんなことをして、変に噂にされたりなんかすれば、最悪だからだ。


 だが、ジェネにはすんなりと話すことができた。

 理由は分からないが、彼のことは妙に信頼することができたのだ。


 自分でも馬鹿だとは思う。数時間前に最愛の人に裏切られたばかりなのに、今日出会ったばかりの人を信じそうになっているなんて、愚かとしか言い様がない。


「……ふぅん、なるほどね。そんなことがあったんだ」


 ジェネはあまり関心がないようだったが、私の話が終わったのを確認すると、そんな風に返してくれた。


「でも、自分で自分の命を絶つなんていうのは良くないよ」

「分かっています。けれど、あの時は、もう消えてしまいたかったんです」


 本心をはっきり述べると、彼は呆れたように少しだけ笑って「まぁ、そうなるよね」と言った。


 それから彼は立ち上がる。

 私の話には、それ以上何も言わなかった。


「マリエ……だったっけ。お腹空いてるんじゃないかい」


 ジェネに言われて、初めて空腹に気がついた。

 確かに、だいぶ何も食べていない気がする。


「はい。確かに、ちょっと空いています」

「人間が食べられる物、何か持ってくるよ。少し待ってて」


 ジェネは奥へと歩いていく。

 華麗な刺繍が施されたコートの裾をなびかせながら。



 彼がいない間、私は一人考える。

 カイのことではなく、家で待つ家族のことを。


 私は、父親と父方の祖母と姉との四人で、ミジーズという村で暮らしている。


 数十年前から住んでいる家は、ぼろぼろとまではいかないものの、それほど豪華な建物ではない。どこにでもあるような、石造りの家である。


 ただ、父方の祖父が遺してくれた書斎があり、そこには私が好きな魔法に関する本も多く存在していて。幼い頃から不思議な力に憧れていた私は、それらの本に心を奪われ、よく書斎にこもったものだ。


 けれど、父親と祖母は、他の同年代の少女たちとは少しばかり違った生活をしている私を、責めたりはしなかった。私の個性をきちんと受け入れてくれた。


 ……もっとも、姉が少女らしい少女だったから不安はなかった、ということかもしれないが。


 それはともかく。


 きっと皆、私のことを心配しているだろう。結婚式——もうなくなったものだが、その前日にカイの家へ行ったっきり帰ってこないのだから、気にしているに違いない。


 それと、婚約が取り消されたという情報が家まで伝わっているのかどうかも、気になるところだ。きちんと話が伝わってくれていれば良いのだが、もし何も知らず明日が私の結婚式だと思っていたとしたら、そんなに悲しいことはない。


「お待たせ」


 洞窟のようになっている空間の奥から、ジェネが現れた。

 相変わらず光り輝く宝石のような容姿だ。が、手に石でできたすり鉢のような物を持っているところが、非常にシュールである。


「ジェネさん」

「……ジェネでいいよ。さんとか付けなくていいから」


 彼は両手にそれぞれ一つずつすり鉢のような器を持ちながら、すぐ傍までやって来る。そして、私の腰の横辺りに、二つの器をそっと置いた。


 片方の器には、五種類ほどの小さな木の実が混ざって入っている。

 そして、もう一方の器には、刻んだ葉っぱが入っていて、赤紫の汁がかけられていた。恐らく、汁はソース的なものなのだろう。


「どうぞ。食べていいよ」


 説明もなくいきなりそう言われ、戸惑いを隠せない。


「これは……何ですか?」

「何、って?」

「私、こんな食べ物、見たことがないので……」


 するとジェネは、また呆れたように少し笑って「あぁ、そっか」と呟く。それから説明を始める。


「これはこの辺りで採れる木の実を何種類か混ぜただけのもの。人体に害はないとされている物ばかりだから、マリエが食べても体調が悪くなったりはしないと思うよ。そしてこっちは、食べられる葉っぱにファヌシーベリーの汁をかけたもの。こっちも、人体に害はないよ」


 聞いたことのない名前が出てきていたが、人体への害はないということなので安心だ。


「ありがとうございます、いただきますね」

「気に入ると良いけど」

「何でもありがたいです。助かります」


 食べたことのない物を口へ入れるという状況だけに、最初は少々不安もあった。体調が悪くなったりしないだろうか、と。


 ……馬鹿げたことだ。


 つい先ほどまで、自ら死のうとしていたというのに。

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