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つくりものの反抗

文芸部の活動の一環として「歯車」「化物」「傾城」という3つの言葉をお題に書いた作品です。

部誌にも掲載しました。

短くスルッと読める作品なのでお気に入りです。

 口をおさえて。

 こほん――。

 ごく普通の、一回きりの咳をした。

 かちゃん――。

 体の中で音がして。

 手のひらの上に何かが転がり出た。

 歯車が鎮座していた。


 赤茶色に錆びた、小指の爪くらいの大きさの歯車だ。

 それを見つめたまま、私はしばし固まっていた。

 なんだこりゃ――。

 歯車だ。

 どこからこんな――。

 私の体の中からだ。

 どういうことだ――。

 歯車が私の体の一部であったということだ。

 ――飲み込んだ?

 そんな覚えはない。第一、体の中で音がしたのだ。それから転がり落ちてきた。

 ――かちゃんと。

 何かが外れるような音だった。

 ――なんだそりゃ。

 私は化物だったのか。

 アンドロイドというやつか。


 確かに普通の人間にしてはいささか美人すぎるというか、見目麗しいというか、傾城であるといっても過言ではないというか、だから今更アンドロイドであると言われてもまあそういう傾向はあったような気がしないでもないが、そうはいってもやっぱりこうした形で発覚するとちょっと茫然とする。

 インスタに投稿すべきかと一瞬考えて、すぐに取り消した。

 こんなものの写真を撮ったって、ただ謎なだけだ。

 あ、そんなことより、今日ミユちゃんのインスタ更新されてんじゃないかしら。

 スマホを取り出しかけて、気を取り直した。

 そんなことしてる場合じゃないよ。

 早く帰って親に聞くべきではないかしら。


 私はアンドロイドなの?

 答えはイエスだった。両親は泣きながら白状した。

 私はアンドロイドなようだ。

 ふむ。

 まあいいだろう。別にそれを知ったところであまり不便はない。現にこの十七年間、多少容姿がきらびやかな養子ではあるけれど、比較的普通に暮らしてきたのだ。

 問題なのはこの歯車がどこの歯車であるかということと、錆びているということだ。この歯車が取れたらヤバいところの歯車だったら、突然私の身に災難が降りかかることになる。しかも、部品が錆びるほど私の体が劣化しているということであれば、これもまた私の寿命が近づいているかもしれないということになる。

 アンドロイドの良い所は、メンテナンスさえ怠らなければ割と長持ちするかもしれないところ、つまりいつまでも美しく若々しくいられるかもしれないということじゃないかしら。そんなことが最近読んだ小説の中に書いてあった。

 ということで私は、私の製造元にアポを取ることにした。両親に聞けば簡単に教えてくれた。私が送られてくるときに使われた小さな箱は今も大切にとってあった。


「あ、もしもし。そちらで製造された製品の者ですが」

「はい、製造番号をお知らせください」

「どうやって知るんですか」

「はい、『私の製造番号は何ですか』と自らの心にお問い合わせください」

「アンドロイドに心はあるんですか」

「そういう問答をするには時間がありません」


 ならば仕方がないな。

 私は頭の中で心に『私の製造番号は何ですか』と問いかけてみた。

 アルファベットと数字の入り混じった返答が、自然と頭の中に浮かび上がった。

 心が頭にあるのかというのは、問答をする時間がないので割愛することにする。

 番号を伝えると、相手は「製造者におつなぎします、しばらくお待ちください」と言って、カノンのオルゴールが流れ始めた。相変わらず美しい。私ほどじゃないけど。

 私がスマホでアパレルブランドの通販を見ていると、ようやくカノンが終わって、優しそうなおじいちゃんの声が聞こえた。


「わが子からの電話なんて珍しいナァ。元気かね、めありちゃん」

「私の名前は美鶴です」

「おうおう、販売先の家庭でつけてもらった名前なんだね。良い名前じゃないか。まあ私が作った時には個人的にめありとつけたんだがね」

「名前も可愛いなんて完璧ですね」

「はっはっは、違いない」


 生みの親とも案外気が合うかもしれない。


「それで、どうしたんだいめありちゃん」

「私の名前は美鶴です」

「まあまあ、どっちでもいいじゃないか」

「そういうものでしょうか」

「ふむ」

「咳をしたら歯車が口から出てきたんです」

「時々あることだね」

「その歯車がどこのものかわからないのと、錆びていたのが気になって」

「もう一回飲み込めば相応のところにはまるし、気になるんだったら錆び取りを飲めばいいんじゃないかな」

「そんな適当な対処でいいんでしょうか」

「そもそもね、君のタイプは大体十五年ほどで自分が機械だったことも知らずに停止してしまうんだよ。ご両親もそれを承知だったはずだ。保証はすでに切れてるし、もう君は今日止まってしまってもおかしくないんだよ」


 なんと。

 そうだったのか。

 さすがに、ならば仕方がないなとは言えない。


「私の一存で直してもらうことはできないんですか」

「高校生に払える金額じゃなんだナァ」

「親に頼みます」

「自分で食い扶持を稼いだこともない小娘が滅多なこと言うんじゃないよう。元々修理は請け負ってないからバカ高くしちゃうよ。こっちも研究費が足りなくてさー」


 ……。

 こいつは何を言っているんだ?


「私はまだ止まりたくないです」

「やり残したことでもあるの?」

「具体的になにとは言えませんが、まだ生きていたいのです」


 朗らかな笑い声が聞こえた。


「そもそも君は生き物じゃないよ」


 そう笑いながら言い捨てるこいつもおよそ生き物とは思えない。


「何か方法はありませんか」

「ないね」


 化け物め。


 それから私が止まるまで三十四日と十六時間があった。

 私は二つのことを同時にやった。

 一つは、自分が生き残る術を探すこと。これは図書館に行ったり、あちこちの修理屋を回って門前払いをくらったり、まあ成果が上がるわけもなかった。親にも一応話してみようと思ったが、また泣かれるのも嫌だったし、そして修理費の懇願に首を振られるのを見るのが怖くて、結局何もできなかった。カミングアウトの翌日から、両親は何かを忘れようとでもするかのように、不自然なほど『普段通りに』私に接した。

 もう一つは、周りの人々へ最期の言葉を残すこと。私が人造人間だということを知らせたわけでもなく、最期の言葉だと悟らせたわけでもない。自分の持っていたツイッターやインスタのアカウントに何でもない感謝の言葉を書いたり、親しい人に手紙を書いておいたり。

 私の自己満足。

 わたしの、じこまんぞく。


『そもそも君は生き物じゃないよ』

 じゃあこの欲望は何なんだ。

 予約していたクリスマススペシャルデザインのワンピースは誰が受け取るんだろう。私が着るものだったのに。きっと私なら抜群に似合うのに。それに毎年恒例の私の誕生日のディナーはどうなるの? お父さんとお母さんが二人だけでとるの? 私の誕生日に私がいないの? 私が毎日歩いていた通学路でいつも見かけた三毛猫は結局オスだったのかしら。そういえばそろそろ髪を切らなくちゃと思っていた。前髪がうっとうしいのよね。ああ、でももうそう思わなくなるから必要ないんだわ。華やかなキャンパスライフを送ってみたかったなあ。素敵な恋人も欲しかった。きっと美人な私の恋人はそれはそれはイケメンの中のイケメンで、頭がよくって優しくて、もちろんスポーツだってできて、家事だって完璧にできて、いやこれは私がやってあげてもいいけど任せきりにはしないでほしい。将来は一軒家に住んで、夫に世界一愛される専業主婦になって、子供は三人で、夫が留守の間にエステとかヨガに行って、ネイルもやって、いつまでも綺麗なママで。いつまでも綺麗なままで?

 ……あ。

『そもそも君は生き物じゃないよ』

 ああ、そっか。

 そうだった。


「私は子供なんて産めないんだ」



 私が止まるまで三十四日と十六時間があった。






「めありちゃん、いいことを教えてあげるよ」


 覚醒は唐突だった。

 まどろみなどなかった。

 意識がはっきりすると、首のないからだが白い作業台の上に横たわっているのが緑のガラスごしに見えた。なんだか見覚えのある美しいからだだった。作業台だと思ったのは、レンチやペンチが置いてあったからだ。


「君の生きようとあがく姿勢が学会で評価された。人造人間の生存本能は実に興味深い」


 頭が何かに固定されているのか動かない。目しか動かせない。

 下を見た。

 瓶底に私の髪の毛が渦を巻いているのが見えた。

 こんな風にされたら髪がいたむじゃないの。

 もっとも最近はろくに手入れしてなかったけど。


「君は特例として修復を受け、データ収集のために今後も自分が人造人間だと理解したうえで社会生活をしていってもらうね。よかったねぇ、めありちゃん」


 白衣を着た細っちょろいおじいちゃんがデスクトップ型の大きなパソコンの前に座っていて、白髪がちょろっとだけ残った後頭部をこちらに向けていた。パソコンからは幾多ものコードが伸び、私のからだの首の断面に接続されていた。


「私の名前は美鶴です」

「そんなの、どっちでもいいじゃないか」

「どっちでもよくないです」


 博士は私の話を聞いているんだか聞いていないんだか、鼻歌混じりに作業を続ける。


「いやあ、君はよくやってくれたよ。おかげで研究費ががっぽりだ。ぼかァ、君が大好きだよ~。これからもその調子でいってチョーダイね」


 瓶の中に入った生首の私は言った。


「私はあなたが大嫌いです」

「おや」


 博士がくるりと振り向いた。でぶの猫みたいな顔をほころばせている。

 彼はどこまでも優しい声で言った。


「反抗期かな」


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