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37話

「大祝安吉である!」

 安吉が陣の最左翼まで向かうとそこには500の槍衆と50の騎馬武者たち。

 そしてそれらを率いているであろう一人の若武者がそこにはいた。

「三好長虎にございまする!」

「三好……。長逸殿のご血縁の方か?」

 安吉の問いに長虎は「長逸は我が父にございまする!」と緊張しながらも力強く答えた。

 それを聞いて安吉はあることに気が付いた。

「長虎殿、歳はいくつになられた」

 安吉の問いに長虎は首を傾げながら「17になりまする」と答えた。

 彼の言葉を聞いて安吉はぱぁっと表情を明るくさせた。

「なんだ! 同い年ではないか!」

 そう言って安吉は長虎の肩をガシッと掴んだ。

「誠ですか!」

 先程までの緊張は何処へやら、長虎も嬉しそうな笑みを浮かべる。

 周りが30や40の人間ばかりだろうか、同い年の人間を見つけると嬉しくなってしまう。

「17で大祝家の当主とは畏れ入りまする」

「なんの! 運が悪く、こんな若者が当主をしているような状況が羨ましいですかな?」

「早く拙者も一軍の大将となりたく」

 そう言ってぎらついた瞳を安吉に向ける長虎。

 彼の表情を見ると、今の自分が少しばかり恥ずかしくなる。

「若さとはいいものだな」

 安吉はそう言って紀忠に笑った。

 すると彼は「貴様も変わらんだろうに」と苦笑いを浮かべる。

「この兵は、長虎殿の兵ですかな?」 

「ハッ、拙者が指揮を任されている兵にございまする」

 その言葉を聞いて安吉は頷くと「信頼している」と笑った。

「合図したら、騎馬武者を突入させてくれ。なるべく早くだ」

 安吉の言葉に長虎は緊張した面持ちでうなずいた。

「すべては長虎殿の働きにかかっている」

 彼はそう言うと長虎の肩をポンポンと叩いた。

 暫くすると、安吉らは布陣を終え狼煙を上げた。



「狼煙が上がった! 弓衆前へ! 叩き潰せ!」

 最左翼から狼煙が上がったのを確認した長逸は鋭く激を飛ばす。

 すると戦列の間から弓兵がぞろぞろと現れ雨の如く蒲生定秀の陣へと弓を浴びせかける。


「竹楯を前に出せぇい! 守れぇ!」

 対する蒲生定秀は消極的であった。

 先程までは騎馬武者を使い、弓衆を迎撃していたが、今回は竹で作られた楯を前に出し、その後ろに長槍衆を隠している。

「隠れよ! 決して応戦しようとするでないぞ!」

 定久はそう厳命した。


「何を考えている……」

 今までとは違う敵の反応に長逸は驚いていた。

「ッ! 槍衆を前に出せ! 弓衆は後ろから矢を射かけ続けよ!」

 彼がそう命じると弓衆の後ろにいた長槍をもった兵達が前にでて、一歩ずつジリジリと敵へとにじり寄る。

 だがそれでも敵に動きが無い。

 まさか戦意を喪失したのだろうかと長逸が案じた瞬間、驚くべきことが起きた。


「よし、もう良いか?」

 定秀は隣に立つ髭面の男にそう尋ねた。

 男は「あぁ、もう十分に引き付けただろう」と答える。

 それを聞いた定秀は太刀を振り上げると鋭く命じた。

「鉄砲衆! 放てぇ!!」

 その直後、すさまじい爆音が周囲を包み込んだ。

 戦場に充満する硝煙。

 今まで聞いたこともないような爆音に定秀は耳を抑える。

 しかし、隣に立つ髭面の男は動揺することもなく冷静に戦場を命じる。

「槍衆を、前に」

 髭面の男がそう定秀に耳打ちすると彼はその命令を大声で繰り返した。

「槍衆! 前へッ!! 弓衆は間断なく射よ!!」

 硝煙を割り、蒲生定秀の槍衆が三好の槍衆とぶつかった。


「敵も鉄砲を使ったか!」

 長逸はそう叫んだ。

 ある程度予想していたことではあった。

 音からするにそれ程多くの数を用意しているわけでもないようし、第2射が来る様子もない。

「敵は寡兵だぞ! 落ち着いて対処せい!」

 長逸は冷静であった。

 だが、兵達もそうとは限らない。

 多くの兵は突然の出来事に錯乱し、陣は乱れている。

「和泉衆を出せ! 敵を押し返さずともよい! 敵を止めろ!」

 長逸は自らの手勢を出すことを決意した。 

 各地から寄せ集められた者共ではこの事態を収束させることは出来ない。

「安吉殿……ッ! はやくしてくだされ!」

 長逸は祈るような気持ちでそう声を上げた。



「ッ! 敵も火縄銃を持ち出したか」

 その頃、最左翼は静かなものであった。

 一定の距離を取り、敵と睨み合っている状況が続いている。

 遠くからは鉄砲の音が聞こえ、蒲生も鉄砲を導入していることが伺えた。

「まだ、俺たちほど使いこなせてないだろう」

 紀忠の言葉に安吉はニイッと笑った。

 そして、振り返ると不安そうな表情を浮かべる長虎に笑いかけた。

「太刀を振り上げたら、突入してくだされ」

 安吉の言葉に長虎は馬上から頷く。

 それを見て微笑ましくもあり、一抹の不安も抱くが、ここは信じるほかない。

「紀忠、できるな?」

 安吉は、紀忠の横に立つとそう問いかけた。

「できる、できぬではないだろう?」

「やってもらわねば困る」

 紀忠の問いに安吉は即座にそう答えた。

 それを聞いて紀忠は「やはりそうではないか」と笑うと、こう続けた。

「貴様がやれと言えば俺らはやるぞ」

 なんと頼もしい言葉か。

 安吉はそう安堵すると、紅衆の面々に振り替えるとこう命じた。


「前進用意! 3列横隊! 敵左翼を崩壊させるぞ!」

「応!」

 彼の言葉に、紅衆たちは力強く応じた。



「なんだぁ?」

 対する敵左翼では足軽の一人が紅衆に気が付いた、

「どうした!」

 異変に気が付いた騎馬武者が寄って来るとその足軽は紅衆を指さした。

 彼らの旗は見たこともない家紋と、京でよく見る家紋の二つであった。

「御所に立っておる旗ではござりませぬか?!」

 足軽の問いに騎馬武者は驚いた。

「御所を警備している紅衆とやらではないか!」

 騎馬武者は指さされた方法を見るとそう驚きの声を上げた。

 紅衆の名は六角家の中でも有名であった。

 堕落しきっていた衛門衆と引き換えに入って来た紅衆はとても精強であると。

 彼らを模倣するように六角家内でも鉄砲衆が創設されたとまことしやかにささやかれている。

 だが、騎馬武者は鉄砲の有用性に懐疑的な一人であった。

 それが彼に不用心な判断をもたらした。

「あのような軽装の者ども軽く蹴散らしてくれましょうぞ!」

 足軽の一人がそう声を上げたのを聞いて騎馬武者は「よくぞ言った!」と嬉しそうに答えた。

「足軽200と騎馬10騎で蹴散らしてくれん!」

 騎馬武者はそう声を上げた。

 兵達はそれを歓声で答えた。



「敵が動いた」

 敵の右翼が動き出したのを見て安吉は勝利を確信した。

「阿呆共だな」

 紀忠はそう言って笑った。

 敵から弓が飛んでくる様子もなく、敵は槍衆と騎馬武者だけの様だ。

「士気だけは旺盛か」

 安吉はそう言って敵を嘲るように笑った。

 敵は歓声を上げ、こちらに突っ込んでくる。

 彼我の距離、およそ100メートル。

「第1列構え!」

 安吉の声に応じて戦列は立ち止まり、最前列の者たちが銃を構える。


「放てぇ!!」



 先頭を走っていた騎馬武者が何が起きたのかわからなかった。

 敵の将が声を上げたかと思えば雷鳴が響き渡り、天地がひっくり返った。

 気が付けば彼は天を仰ぎ、隣には自らの乗っていた馬が倒れている。

「何が起きた?!」

 後ろについてきていた仲間が動揺の声を上げる。

 足が止まり、何が起きたのか理解できていない。

「進めぇ! 火縄銃は装填に時間がかかる! その間に──」

 その直後、二度目の砲声が響いた。

 騎馬武者は怯えるように頭を抱えて身を隠す。

 次々に倒れていく足軽。

 仲間の騎馬武者も同じように、分け隔てなく敵の前に倒れ伏していく。

「どういう事だ……っ!」

 信じられない光景に、彼はそう呻いた。

「続けぇ! 見方を助けるのじゃ!!!」

 後ろから声がしたのを聞いて騎馬武者ハッとした。

 気が付けば味方の右翼の陣形が崩れ、こちらに向かってきていた。

 見方を見殺しには出来ぬと次々と右翼の隊が、敵の鉄砲隊に向かっていく。

「いかん! 行くな! 行くな!」

 彼はそう叫ぶも、次々に敵へと兵達は向かっていく。



「釣れた」

 安吉はそう笑った。

 敵の右翼700程がこちらに向かって一心不乱にかけてきている。

 三好の陣から飛び出した安吉達に引き寄せられていた。

「放て」

 彼は冷酷にそう命じる。

 第一射で敵の足は止まり。

「放て」

 第二射で敵は呆然とする。

 それでも何人かの度胸或る者共が向かってくる。

「放て」

 第三射でその者どもも倒れ伏す。

 目の前に残るのは崩れ切った陣形の敵右翼。

 これは絶好の機会であった。

「長虎殿ォ!!」

 安吉はそう叫ぶと太刀を振り上げた。

「おぉッ!!」

 彼の合図に呼応するように1騎の若武者が背後より飛び出る。

 それに続くようにして50騎の騎馬武者と槍衆が続く。

「我が名は三好長虎ァ! その魂に我が名を刻むが良い!」

 声を上げながら突撃していく長虎の様はたくましい物であった。 

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