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35話

「一存様、義賢様。快進撃にございまする!!」

 その頃、京で後備えの任に就く三好長逸みよしながやすは暇そうに前線からの報告を聞いていた。

「伊賀はどうなっている?」

「北畠の迎撃を難なく打砕きました」

 長逸の問いに家臣の一人がそう答える。

 それを聞いて長逸はため息を吐くと「出番はなさそうだな」と笑った。

 海上は言わずもなが、敵を圧倒している今、彼の出番はない。

「長慶様の手腕は見事だな」

 彼はそう言って笑うと地図を眺めた。

 近江に進入すると瞬く間に支城を陥落させた。

 そして長慶の本隊で観音寺城を包囲すると敵の動きを封じた。

 これほど早く動かれれば敵は迎撃する暇もない。

「朽木は動かぬだろうな」

 長逸はそう言って湖北を扇子で指した。

 現在、朽木家の当主は僅か2歳の幼子。

 2000程の兵を持っているが、機能不全に陥っているはずだ。

 朽木が動かないと言う事は近くの豪族たちも動かないだろう。

「存外、簡単だったな」

 長逸はそう言って安堵した。

 観音寺城が落ちればあとは全力で伊勢と志摩を叩き潰すだけ。

「兵は治安を乱してはいまいな?」

 長逸の問いに家臣は「は、はい」と言葉を濁した。

 それを聞いて長逸はため息を吐く。

 彼率いる7000の後備えは京の寺や宿屋に分散して配置している。

 後備えと同時に治安維持の任務につけようとしたものの、寧ろ彼らの存在が原因で治安が悪化している。

「大祝の紅衆から文句が出ておりまする……」

 苦々しそうにそういう家臣に長逸は全てを放り出したくなった。

 彼とて遠縁ではあるが長慶の一門衆であった。

 同じ一門の者たちが近江や伊賀で戦う中、自分だけ後備えと言う事にいささかの不満もあった。

「観音寺城が落ちれば我らも近江に入る。いつでも動けるように仕度をしておけ」

 長逸はそう言うと、立ち上がった。

 その直後、小姓の一人が彼の元に駆けこんで来た。

「殿ォ! 北より……敵勢が京へ向かっておりまする!!」

 小姓の言葉に長逸は目を見開いた。

「朽木か?!」

 長逸はそう叫んだ。

 機能不全に陥っているはずの朽木家が動いたのだろうか。

 だが、彼の予想は裏切られた。

「先手衆大将は蒲生定秀!! 本陣には六角定頼の馬印がございまする!!」

 その言葉を聞いて長逸は目眩がした。

「定頼は観音寺城にいるのではないのか?!」

 本拠地を棄てて敵の後方を奇襲するなど聞いたことが無かった。

 もしくは敵の撹乱だろうか?

 後方を強襲することで観音寺城を包囲している長慶の軍勢を退かせるという腹積もりかもしれない。

「その数は?!」

「解りませぬ! 兎に角多く!」

 その言葉を聞いて長逸は自らの予想が間違いであることに気が付いた。

 敵は観音寺城を棄ててこの京を抑えに来た。

 よく考えれば合理的であった。

 敵は数に劣る。

 故に奇策に出なければならないというのは解る。

「だが、観音寺城を棄てられるのか……ッ!」

 格の違い、そして家臣の団結力を羨んだ。

「御所の近くで戦うわけにはいかぬ! 鹿苑寺の麓に陣を張れ!」



「まもなく、京にございまする」

「あぁ、解った」

 紅衆の言葉に安吉はそう答えた。

「それにしても、静かだな」

 安吉はそう呟いた。

 京と堺を結ぶこの道は普段なら人でにぎわっている。

 だが、今や人はほとんどおらず静まり返っている。

「……戦が起きてる」

 紀忠の言葉に安吉は首を傾げる。

「どこでだ」

「京で」

 その言葉に安吉は身構えた。

 後ろの紅衆の面々も銃を構えて臨戦態勢をとる。

「三好殿に報告するのはナシだ。まずは御所に向かう。

 安吉の言葉に紀忠は疑問を呈した。

「御所だと? 三好の援軍ではないのか?」

「これを機に公家衆に恩をたっぷり売ってやるのさ」

 そうニイッと笑った安吉の顔は無邪気な物であった。



「おぉー!! 安吉ではないか」

 それから数時間後、北へと向かう三好の軍勢をよそに安吉は御所に入った。

「前久様!」

 安吉を迎えたのは近衛前久本人であった。

 彼の腰には太刀が下がっており、周囲を見れば若い公家衆も武装していた。

「これはこれは、前久様自ら警備にございまするか?」

「六角めの兵が京に攻め入ったと聞いてな」

 その言葉を聞いて安吉は驚いた。

 やはり紀忠の予感は正しかったようだ。

「数は1万を超えるそうじゃ」

 その言葉に安吉は目を見開いた。

「長慶殿は何をなされておるのですか?」

「観音寺城攻めに夢中で湖北の伏兵に気付かなかったそうじゃ」

 それを聞いて、安吉は驚いた。

 まさか敵は観音寺城を攻められているのにもかかわらずこの京を強襲したとでもいうのか。

 合理的だが、よくもそんな戦術に家臣がついて来たものだと感心する。

「三好殿の軍勢はいくつなのですか?」

「7000とは聞いておるがのう」

 その言葉を聞いて安吉は、勝ち目がないと察した。

 大方、分散して京に配置していたのだろう。

 結果士気は緩み、治安を悪化させていたに違いない。

 そんな兵で捨て身の1万の軍勢に対抗することなどできるだろうか。

「三好の元に向かうか?」

「……。御所の警備は我らの務めにございまする」

 安吉の言葉を聞いて前久は満足げな笑みを浮かべた。

「公家の方々には大三島を贔屓にしていただいておりまする。このような時に恩を返すべきかと」

 そう続けた安吉に前久はわざとらしくうなずく。

 出来ることなら一刻も早く三好の加勢に向かいたかったが、そうもいかない事情が彼にはあった。

「腹芸の出来ぬ男よのう」

 突然前久はそう言って笑いだした。

「今すぐにでも、行きたいという顔をしておるではないか」

 その言葉に安吉は何も答えなかった。

 だが、前久はこう続けた。

「儂としても、三好に恩を売っておきたい。そこでだ、お主等を雇いたい」

 前久の提案に安吉は首を傾げた。

「儂の兵、帝の兵として三好の援軍に出向いてもらいたい」

「……帝の兵、ですか」

 安吉は前久の言葉を反芻した。

 つまりは、三好に対する影響力を高めたいという狙いがあった。

「帝もこれにはご了承いただいておる。後はお主だけじゃ」

「前久様と帝に命じられて、拙者が動かぬとでも思われておるのですか?」

 そう自嘲気味に笑う安吉に前久は「思っておらぬ」と飄々と答えた。

 彼の返答を聞いて安吉は大きなため息を吐くとこう答えた。


「お任せくださいませ」



「陛下、事は順調に進んでおりまする」

 その後、前久は簾の奥にいる人物に向かって頭を垂れていた。

「戦の無き世のために、全て動いておりまする」

「……信じておるぞ」

 簾の奥にいる男はそう答えた。

 今や、朝廷の実権は全て近衛前久に握られた。

 彼が出来ることは前久に自らの意見を伝えることだけであった。

「まもなく三好の手により、天下は治まりまする」

 前久の言葉に男は頷く。

「朕はもう長くない。朕が死ぬまでに戦がなくなればよいのだが」

 男はそう言って咳き込んだ。

 前久はそれを聞いて立ち上がるとニコリと微笑むとこう答えた。


「おまかせくださいませ」

 

 

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