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34話

「それにしても、武敏。本当にいいのか?」

 長慶が軍勢を集めている頃、安吉達は台湾を発ち日本に向かっての航海を始めていた。

「シンパイ、無イ」

 武敏はそう答えると興味深そうに水平線を見つめる。

 彼は台湾の宜蘭から出たことが無かったという。

 そんな彼にとって四方八方が海というこの状況は新鮮なものだろう。

「静かなものですな」

 ふと、権兵衛がそう声をかけて来た。

 適度な風が吹き、水面もまっ平だ。

「嵐の前の静けさ、じゃないといいがな」

「そうですな!」

 安吉の言葉に権兵衛はそう言って二人でケラケラと嗤った。

 彼らの心境はすがすがしい物であった。

 最初、3カ月かかると要されていた台湾での行動はわずか1カ月で終わった。

 今後の予定は何度か船団を派遣し、乗組員の教育に努めていく。

 その後に宜蘭を本格的に補給拠点とする。

 金山開発もしたいし、時計を設置して測量拠点にもしたい。

 などと安吉は考えていた。

 取り敢えずは台湾までの航海を安吉や紀忠、門右衛門無しでも問題なく行えるようにならなければならない。

「まだまだ、長いな」

 安吉は小さくそう呟いた。



「船長! 足摺岬が見えました!」

 台湾を出てから1週間後。

 船団は四国の南西端にある足摺岬を発見した。

「ようやくたどり着いたか」

 安吉は安堵するとそう呟いた。

「アレガ日ノ本カ?!」

 後ろから武敏がそう声を上げる。

 彼の問いに安吉は「あぁ、アレが土佐だ」と答えた。

「トサ?」

「日ノ本にはな、68の国がある。その一つだ」

 それを聞いて武敏は解ったような解っていないような表情を浮かべていた。

「大キイノカ?」

 武敏の問いに、安吉は言葉を詰まらせた。

 台湾に比べれば大きいのだが、大陸国家に比べればまだまだ小さい。

「そうかもしれないな」

 安吉はそんな要領を得ない解答をするほかなかった。

「船長、針路は北で構いませんか?」

 そんな会話を交わしていると権兵衛がそう尋ねて来た。

 彼の問いに、安吉はこう答える。

「いや、事の成果を長慶殿に報告するために東へ向かう」

「京、ですかな?」

「あぁ、俺と紅衆を摂津に降ろしてくれ」

 安吉の命令に権兵衛は「承知」と答える。

「早く、小春殿に会いたいなぁ」

 彼は静かにそう呟いた。



 異変が起きたのは、四国南東にある室戸岬沖で変針したころであった。

「船長! 紀伊水道から無数の船団が!!」

 船長室で仮眠をとっていると、士官の一人が飛び込んで来た。

「どういうことだ!」

「わかりませぬ! しかし、安宅船や関船が100艘を超えまする!」

 その言葉を聞いて安吉は飛び起きた。

 それほどの軍勢を動かせるのはこの日本に二人しかいない。

「村上か! 三好か!」

 安吉の問いに、士官は言葉を詰まらせた。

 何事かと首をかしげる安吉に、彼は衝撃的な言葉を発した。

「その、どちらにもでございまする!!」

 

「どういうことだ!」

 慌てて甲板上に上がった安吉を待ち構えていたのは水平線上に広がる東へ向かう軍勢であった。

 しかもそのほとんどが関船で構成されており、時折安宅船が混じっている。

「識別できた家紋はあるのか?!」

 そう怒鳴り声を上げる安吉に権兵衛は困ったような表情でこう伝えて来た。

「安宅、河野、堀内、加羅、端山でございまする」

「三好水軍の主力ではないか」

 驚く安吉をよそに権兵衛は言葉を続ける。

「加えて、嶋、能島村上家」

 それを聞いて安吉は目を見開く。

 兄の軍勢が三好と共に行動していることが信じられなかったのだ。

「兄上自らでているか?」

「否、隆重殿と思われます」

 それを聞いて安吉は思案した。

 恐らくこれは三好家による何らかの軍事行動であることは明白だ。

 東へ向かっていると言う事は、北畠あたりだろうか。

「それと、見間違いかとは思うのですが……」

 そう言い澱む権兵衛に安吉はいらだった。

「なんだ、早く申せ」

 急かす安吉に権兵衛は微妙な表情を浮かべるとこう答えた。


「来島村上家もおられる様子」


 権兵衛の言葉に安吉は困惑した。

「通康殿自ら出ているんだな?」

 意外にも冷静にそう尋ねた安吉に権兵衛は頷いた。

 彼は最後尾の軍勢を指さす。 

 それにつられてそちらを見ると、確かに来島村上家の家紋が風にたなびいていた。

 だが、もう一つ異なる家紋があった。

「我が、大祝家の家紋か」

 それを見た瞬間安吉はハッとした。

「安正殿か小春殿の手だな」

 彼はそう呟くと「まぁいい。我らは変わらず京へと向かう!」

 安吉がそう声を上げると、船団は北進を開始した。


 

 それから数時間後、船団は大阪湾に到達した。

 端艇で各船の紅衆と安吉、そして紀忠を降ろすと船団は一路大三島へ向かった。

 武敏がついて行きたそうに安吉を見つめていたが、長慶に謁見するとなれば彼は邪魔になりかねない。

 そのまま言いくるめて神風に乗せて大三島に送った。

「お前まで来ることはなかったのに」

 安吉はそう言って紀忠に笑うと、彼は神妙そうな顔でこう答えた。

「何か起きるような気がしてな」

「まさか」

 安吉がそう言って笑うが、紀忠の表情は真剣そのものであった。

 彼がそういうのなら、何かあるのかもしれない。

「まぁいいさ。京に行けば何かわかる」

 安吉はそう答えると、京へ向かって歩き始めた。

 その後ろに続くは60人の紅衆。

 大祝家当主としてはいささか物足りない兵であった。



 その頃、三好家の軍勢は快進撃を続けていた。

 三好義賢率いる5000の軍勢が小堤山城を容易く陥落させるとそのまま南進、水口城をはじめとした近江南部の支城を瞬く間に陥落させていった。

 対して十河一存は湖沿いに進撃、星ヶ崎城を落とすとそこから少し北にある水茎すいけい岡山城に火をかけるとそのまま東進、観音寺城北東にある佐生日吉城を陥落させた。

 両軍の露払いを受け、満を持して三好長慶の本軍が観音寺城を包囲。

 さらに北からは浅井家が南進、鎌掛かいがけ城を包囲。

 六角家の降伏は目前であった。

 伊賀でも三好軍は快進撃を続けていた。

 各地の豪族は三好家に服従するか抵抗するかの二択を迫られ、後者を選んだ者には悲惨な末路が待ち受けていた。

 北畠家はこの状況を鑑みて伊賀で迎撃しようとしたものの、松永久秀の巧みな手腕により撃退。


 戦局は三好家の圧倒的優位であった。



「星ヶ崎城、ならびに水茎岡山城が陥落致しました!」

「北畠軍、惨敗! 伊賀は三好の手に墜ちました!」

 その頃、六角定頼は各地から上がって来る報告を静かに聞いていた。

 苦労して育て上げた所領が敵の手に落ちていく様を座して傍観するしかない自らの不甲斐なさを悔いていた。

「これも、策だ。皆の衆、儂についてきてくれ」

 御年56歳の定頼がそう言って首を垂れる。

 その言葉に家臣たちは不快感を表すでもなく「殿について行きまする」と静かに答えた。

 この場に集まっているのは六角家で動員できる兵力のおよそ7割。

 彼は『賭け』に出ていた。

「敵は湖南を進撃している! その数およそ2万」

 定頼は立ち上がると、並ぶ家臣たちの間を縫いながらそう状況を確認する。

「我らの数は?」

「およそ1万!」

 誰かが声を上げた。

「真正面からの野戦で勝てるか?」

 その言葉に定頼は訊ねた。

 皆が静まり返る。

「勝てませぬ!」

 嫡男の六角義賢が声を上げる。

「そうだ! ならば籠城か?!」

「否!」

 家老の一人が声を上げる。

「籠城しても兵糧がもちませぬ!」

 若い家臣の一人が声を上げた。

 彼らの言葉に定頼は頷く。

「そうだ! 真っ向勝負で勝てぬのならどうする?!」

 定頼がそう声を上げると家臣一同は声を張り上げた。


「智略を絞り! 我が田畑を護らん!」


 その言葉に定頼はニイッと笑った。

 敵は今、近江の湖南ばかりに集中している。

 それもそのはず、六角家の中心は湖よりも南にある観音寺城だからだ。

 

 だが、定頼は観音寺城にはいなかった。

「出陣じゃ! 一挙に南下し京を攻め落とす!」

 彼の言葉に家臣たちは「応!」と力強く答える。


 彼らは今、琵琶湖の北。

 朽木荘にいた。

 京までは直線距離で40km。

 2日もあれば、容易くたどり着くだろう。

 

 長慶はまだ、定頼の軍勢に気が付いていない。

 

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