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30話

「船長ォ!!」

 端艇を入り江の出口の近くまで移動させると神風が待っていた。

 権兵衛が身を乗り出して手を振ってきているのを見て安吉は笑み浮かべた。

「港から船がでてきておりまする!」

「見えるのか!」

 この闇夜で船の動向が見えるのかと安吉が驚いていると、権兵衛が「蜂の巣を突いたかのような騒ぎでございまするぞ!」と声を上げた。

 それを聞いて安吉は冷や汗をかくと「端艇は捨てても構わん! 縄梯子を降ろせ!」と叫んだ。

 この状況で端艇の収容作業を行うのは危険極まりない。

 端艇の1艘や2艘失ったところで最早問題はない。

「急げ!」

 安吉はそう言って怒鳴り声をあげる。

 この闇夜の中において、敵と沿岸で戦闘をするのはなるべく避けたい。

 こちらは地形をよく知らずに、機動がままならない中敵は縦横無尽に動く。

 なるべく早く沿岸から離れたかった。

「鉄砲は投げ入れろ! 壊れても構わん! 棄てるよりはマシだ!」

 鉄砲をもって上がろうとしていた紅衆にそう声を上げる。

 戸惑いながらも紅衆たちは甲板上に鉄砲を投げ入れる。

 聊か嫌な音が聞こえるが、無視する。

「総員よろし!」

 安吉の乗船を確認した権兵衛がそう叫ぶと、士官たちが「帆を広げぇ!」「縄梯子を引き入れろ!」など指示を飛ばしていく。

「敵船! 出港致しました!」

 水夫の一人がそう声を上げたのにつられて、港を睨むと敵のジャンク船がこちらに向かってきていた。

 それを聞いて安吉は覚悟を決めた。

「針路を東に取れ! ここを離れるぞ!」

「篝火を炊け! 信号旗を照らすんだ!」

 安吉の命令に権兵衛はそう雄たけびを上げる。

「酉の舵!」

 士官の一人がそう声を上げると船は急速に左旋回を始める。

「武敏、武豪殿。しばし御辛抱くだされ」

 安吉はそう言って呆然とする二人に声をかけた。

「你会赢吗(勝てるのですか)」

「当然(勿論ですとも)」

 不安そうな武豪の問いに安吉はそう言ってニイッと笑うと船尾から迫る敵のジャンク船を睨んだ。

 そして、周囲の状況を確認する。

 入り江の出口付近に陣取っていた神風は、一路南を目指している。

 対して島風と春風は岬の北から東へと向かい、現在は左舷後方にその光が見える。

 そしてさらに後ろから敵のジャンク船がおってきている。

「速度はどうだ」

「こちらのほうが断然早く」

 安吉の問いに権兵衛は嬉しそうに答えた。

 ジャンク船はこの時代の船に比べれば優れた構造をしている。

 だが、この帆船の設計思想は500年も先の物なのだ。

 そこには圧倒的な性能差があった。

「一度針路を北に取り、島風らと合流する。陣形は縦陣だ」

 安吉の命令に権兵衛は「了解!」と応じると慣れたように信号旗を揚げさせる。

 この航海で乗組員たちの練度も随分上がっている。

 問題は、砲兵達であった。

 これが初の実戦という物たちが多く、その練度は未知数と言ったところであった。

「準備はよいか!」

 安吉は甲板から1層したの砲列甲板に降りるとそう声を上げた。

 薄暗く、蝋燭で照らされた彼らの表情は酷く緊張していた。

「この戦、貴様らの働き如何ですべてが決まる」

 敢えて、安吉はさらにプレッシャーをかけた。

「今まで仕事が無かった分。気張れよ」

 安吉はそう言って悪戯気な笑みを浮かべた。

 それを聞いて兵達が「応!」と応じる。

 何も、安吉の言葉は嘘ではなかった。

 ジャンク船には100名以上の倭寇が乗っていると思われる。

 しかも、そのほとんどが白兵戦に長けた者たちであろう。

 対してこちらは1隻の帆船に20人程度の紅衆しか乗っていない。

 それ以外はかろうじて戦闘ができる程度で、倭寇とまともに戦えばいとも容易く負けてしまうだろう。

 つまり白兵戦に持ち込まれてはいけない。

 砲撃戦で全てケリをつける必要がある。

 砲兵達に喝を入れたところで安吉は甲板上へと戻る。

「どうだ」

「今ちょうど島風、春風が戦列に加わりました」

 権兵衛の返答を聞いて安吉は満足げな笑みを浮かべると鋭く指示を出した。


「左転せよ! 敵に対して平行移動し砲撃を加える!」

 


「頭、敵は逃げて行きますぜい」

 そのころ、ジャンク船では倭寇たちが怒りに震えていた。

「追え、逃がしてはならん!」

 特に、頭と呼ばれた人物はその度合いが強かった。

 顔を紅潮させ、錯乱していた。

「えぇい。宜蘭の阿呆共が……」

 彼はそう忌々しげに声を漏らす。

「敵は、大祝なのでしょうか」

「だとしたら許せぬ!」

 頭はそう怒鳴った。

 この時代の倭寇にしては珍しく、彼らは元々日本人であった。

 だが、この戦乱で主家を失い、我が腕一つ頼りにこの台湾まで落ち延びていた。

 そして彼らは昨日から宜蘭沖に停泊する帆船の家紋に見覚えがあった。

「今更になって出てきおって……」

 彼らは元、村上海賊の人間達であった。

 日本を離れたのはもう10数年も前のこと。

 能島村上家で起きた内紛であった。

「何が目的か知らぬが、あの武豪とやらがいなければ我らは死ぬ」

 頭はそう言って唇をかみしめた。

 ようやく、ようやくこの台湾で安寧を手に入れようとしていたのだ。

 主を失い、内乱に敗れた彼らはこうして倭寇となるほかなかった。

「誰にも邪魔させぬ、ここは我らの土地だ」

 強い、強い憎しみと共に頭はそううなった。



「敵船左舷前方45度!」

 見張りの水夫が声を上げる。

「左舷斉射用意!」

 安吉の怒鳴り声を聞いた砲兵士官は「左舷斉射用意!」と繰り返していく。

 次々に砲の装填作業が行われていく。

「敵は、どう動きますかね」

 権兵衛の問いに安吉は「すれ違った後、最後尾から喰らうだろう」と答えた。

 自軍の数が敵軍よりも少ない場合、先頭の船に白兵戦を仕掛ければ後続の船に横槍を入れられる。

 まともな将ならば、先頭の船とはすれ違い、最後尾の船に白兵戦を仕掛ける。

 そうすれば前にいた船は一度反転する手間が必要となり対応は遅れる。

「すれ違う時に弓を射かけて指揮系統を乱してもいい」

 安吉はそう呟いた。

 それが、この時代に於ける小規模海戦の当たり前、であった。

 大規模な海戦となれば互いに陣を取りあい、駒を操り合う。

「だが、今宵。その常識が崩れ去る」

 安吉はそうニイッと笑う。

「敵船左舷正横!」

 その言葉を、安吉は待ちわびていた。

 敵の船からは無数の矢が放たれる。

「弓など」

 安吉は嘲るように笑うと、冷酷な表情でこう命じた。


「撃て」

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